亥
はぁ・・・やっとか
奴と組んで長いがどうしてもあいつ性質上仕事が長期的に
なってしまう。
面倒ではあるが何よりも安全を重んじているわしとの相性はいい。
あいつと出会ってもう20年以上か、
そう思えば長いようで短い期間だった。
奴は現在、「鶏」と通り名付きで呼ばれている。
忘れてしまう、あやつ最大の特徴を皮肉ったものだ。
今でこそ通り名付きの殺し屋までになった鶏だが
元々はどこにでもいる普通の子供だった。
20年前、交通事故で、両親、妹共に死別し
天涯孤独、自身も脳に重大な障害を負った。
特に海馬の機能は壊滅的だった。
要は記憶することがほぼ出来なくなった。
正確に言えば断片的に覚えていることもあるらしいが、
それだって人間が泥酔している時程の記憶しかない。
繰り返された検査がその事実を物語る。
それは間違いない。
なのに、なのに奴は、その断片的な記憶と自分が残している一日一行足らずの
日記で概ねのこと把握してしまう。
だから今日だって普通に出勤してきた。
そう普通にだ。異常だ。
事故によっておかしくなったのは記憶をつかさどる海馬だけで
その他の脳機能は正常に動いている。
だから物事を普通に判断出来る。そこは健常者と何も変わらない。
だからこそ、正確に判断出来るからこそ
奴は異常だ。
奴にあるのは事故からの断片的な記憶と他愛ないことが記された日記のみ
わしなんて飲んで数時間の記憶が無いだけで
何か口走ってないか、間違いを犯してないかと気が気でない
それが20年分。
それを平然と受け止め
今日自分がどうするべきかを冷静に判断出来する。
人はそんな彼を見て、忘れっぽい奴だと言う
記憶することが出来ない人間が忘れっぽい?
その程度で済む訳がない。
さも当たり前のように生きる奴に誰も違和感を抱かない。
情報を漏らす心配が無いこと鶏の強み?
そんなもの些事だ。少ない情報しか持てない、さらに言えば自分の根幹すら積み重ねが乏しい人間が普通に生活し殺しまでしていること比べれば。
わしはこいつが心底恐ろしい。
わしのことすらまともに覚えてないのが唯一の救いと言える。
出来れば敵に回したくない・・・
いかん、いかん、仕事の終わりが見えるとつい悲観的になってしまう。
ちなみにわしも鶏と同じく殺し屋だ。通り名は「猪」。
太って毛むくじゃらの男むさい見た目に反して肝が小さいことから
お猪口、お猪口と馬鹿にされ、それがそのまま通り名になった。
心臓に毛は生えてないのかい?
何度言われたことか、
そんな人間いるか!
そう言えば、偽装先にいる女子高生が「何で毛むくじゃらなのに
禿げてんの?」って笑ってたなぁ・・・
知らんわ!男性ホルモンに聞いてくれ!
思考が逸れた。
事故後、天涯孤独となった。鶏を引き取り
殺し屋にしたのは何を隠そうわしだ。
それしか手が無かった。
当初は反対もあったが、今では組織で通り名まで付く殺し屋だ。
立派に育った鶏に、わしも鼻高々。
だって覚えられないんだぜ。
よく仕込んだよわし。
結局反復最強。
立派に育った鶏だが、性質上サポートが不可欠で
自然とわしがするようになった。
サポートは多岐にわたる、
先ずは殺すターゲットの刷り込み、ここが一番苦労する。
結局は忘れる訳だが、トリガーと撃つ対象の仕込みは欠かせない。
ターゲットの違和感の無い位置に配置し機会を伺う
わしも同道し、しかるべきタイミングでトリガーを起動する。
ターゲットの立場や警戒度によって長期化することが多いが
この方法だからこそ手練れを何人も始末してきた。
こんなことを十数年続けている。
今では殺し屋稼業よりカモフラージュでやっている仕事の方が長いぐらいだ
もう何の為にやっているか分からないが
裏の世界は底なし沼、一度足を獲られれば抜けることなど出来ない。
ましてやわしみたいな憶病者の皮被った憶病者に出来る訳がない。
本当は辞めたい。
もの凄く辞めたい。
辞める=死、死にたくねぇな。わしが言っちゃ駄目なのは分かってるよ?
今回は鶏と組んだ中でも最長だった。三年もコンビニの店長をしていた。凄く楽しかった。
売上が悪いと何も知らない本社の若造に罵られても
陰で、女子高生にキモイ、臭い、と言われていても
私は幸せだった、何より安全だった。
組織に報告すればまた新しいターゲットの所に行くことになるだろう。
嫌だなぁ、組織の人達怖いんだよ。
胃が痛い。催促無けりゃあな。
レジのヘルプで隣に立っただけで女子高生に嫌な顔される方が100倍ましだ。
ちょっと酷くない?
鶏はいいよな、女子高生に気持ち悪がられなくて
あいつはズルい、二十年以上見た目が殆ど変わらない
わしなんて太るは禿げるは散々だというのに
女子高生が鶏のことを童貞っぽいって言っていたから
全力で乗ってやった。
ざまぁみろ、ちょっと抜けてて可愛いとか無いから
そいつ人殺しですから
まあわしは案の定無視された訳だが
酷くない?
女子高生に冷たい目を向けられる日々も今日までのこと、ここからは迅速に動く必要がある。
とは言っても既に下準備は済んでいる。
成功だろうと失敗だろうと、この地からは撤退する。
昔からそう、わしは垂らした糸の行方を待つのみ。
鶏は一時間程で帰ってきた、どうやら成功だったらしい
ここからはわしの仕事
ターゲットの死の偽装も含め、決めた通りこなしていくだけ
鶏に簡単な指示を出す。
少しの間潜伏する必要がある。
次に会うときはわしのことは殆ど覚えていないだろう。
いつもならすぐに動きだす鶏が今日に限って
ぐずぐずしている。
時間が無いのだが、再度支持を出そうとすると
鶏が徐に喋り始めた。
「店長、一つ聞いていいですか?」
「・・・どうした、改まって。」
「僕ね、人を殺した瞬間は覚えてるんですよ。
人の死の瞬間、人の目から光が失われていく
あの時間だけが、僕の人生なんです。」
「・・・そうか」
「でね、今日、二人目の女を殺ろうとした時、思い出したんですよ
初めて見た死の事を。あの事故の時、妹は即死じゃなかったんです。
血だまりの中、ゆっくりと光が無くなっていくそれを僕はずっと
見ていた。命が消えていく姿を僕はずっと見ていた。」
「辛い記憶だな。」
「いえ、かけがえのない記憶です。僕にとってかけがえのない。」
「・・・」
「全身の燃えるような熱さ、咽かえる血の匂い、頭が割れるような痛み。
色を失っていく瞳。そしてその瞳に映る人物。」
「・・・・」
「店長ですよね?」
「・・・・」
「殺し屋である店長が何で近くにいたんですかね?」
まだ続きます




