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私がそこの管理を言い渡されたのが昨日のことです。

倉庫街のとある一つの倉庫

他の倉庫と見た目に変わりは無く、

仕事でなければ気にすることも無かったでしょう。

その倉庫は元はヤクザの所有していたものであったが

その組自体が組長の死、内部抗争の果てに取り潰し状態となり、

倉庫の所有者不明のまま、市に所有権が移り、

本日、倉庫にある品々の整理、リスト化の為、

私が派遣された訳である。

聞いた話によると、南蛮の焼き物や虎の毛皮等、

相当に価値のあるものが眠っているらしいが、

放置されて時間もたっており、面倒な仕事として

私に放り投げられたのである。


放置されて長いと聞いていたが、来てみれば綺麗なもので、

所々、錆びているようではあるが思ったよりはしっかりしている。

見た目にはわからないが特別頑丈らしくその影響かもしれないとぼんやりと思った。


「なんか不気味っすね。」

後輩の町田が言う。今年の新卒で私の部署に配属されたばかりに

面倒な仕事をやる羽目になった運の悪い男だ。

しかし町田の言う通り、近づけば近づくほどその不気味さは際立った。

始めに気が付いたのは臭いだ、

くさい、獣と腐敗臭の入り混じったような臭い。

資料によると、高価なものを保全する為、かなり密閉性の高い

作りをしていたはずだが、それでも漏れ出てくる臭いに

耐え切れずハンカチで口元を大きく覆う。

開かずの倉庫を開ける要因となったのがこの匂いだ。

この匂いではそりゃクレームも来るだろう。


「やっぱり死体とかあるんすかね」

嫌なことを言うやつだ。そもそもこの話が来た段階で

誰でも想像がつく。

クレームを入れてきた方々だってそうだろう。

直接警察が調べてくれたらいいとどれだけ思ったことか、

大きな事件など起きたことのない平和な街で警察の腰が重かったこと、

現時点で所有権を有している、高価な品々を押収されたくない

という内の思惑が重なってしまった。

「とりあえず内で調べて、問題ありました連絡致します。」

たったこれだけのやり取りで、話が終わってしまったである。


いっそ死体があれば、すぐさま警察に連絡して

仕事は終わりなのだがいざ目の前にすると躊躇してしまう。

比較的過ごしやすい日だったはずなのにシャツは汗で

ぐしょ濡れになっていた。

動けないでいると、町田が私の持っていた倉庫の鍵をさっととり

「嫌な仕事はパッパと終わらせて飲みに行きましょう!」

と笑顔で倉庫に向かって行った。


町田のこういったところに救われる。

入って間もない彼だが、明るくめげない性格は、

比較的、暗い者の多い内の部署で瞬く間に人気となった。

所属している女性職員の話に上ることも多いし、

上司の覚えもめでたく、直ぐに出世するだろう。

なんだか腹が立ってきた、このまま一番槍はこいつにさせよう。

そう思っている頃には、町田は鍵を開け

分厚い扉を大きくスライドさせていた。


人ひとり分空いたところで、先ほどとは比べ物にならない臭い

立ち込めた。

さすがの町田も顔を顰め、伺うように中を覗く。

日に焼けることを恐れてか窓の無い倉庫内は真っ暗のはずだが

倉庫内一面に光の粒が散らばっていた。

目が慣れ、それが生き物の目であると気が付いたときの恐怖を

私は生涯忘れることは無いだろう。


それは鼠であった。一匹一匹は、街中で見かける鼠と比べ

小さく痩せ細った鼠。


その無数の目が町田と私に注がれていた。

その目に宿っていたのは圧倒的飢えと恐怖

喰われると悟った。私は食べ物であるという逃れられない実感が

想像を超えた何かを私に見せる。


それは動き出した、もはや一つの生き物であるかのように

一斉に。

私も町田も一歩も動くことが出来なかった。

圧倒的捕食者を前に指一本動かす自由など与えられてはいないのだ。

数歩先で町田が喰われた。

人ひとり分しかない場所に押し寄せた獰猛な波に消えていく。

次は私だ、私も喰われる。


死を目の前にしたとき人は確かに走馬灯を見るのだと知ったが

それは現実はならなかった。


町田を飲み込んで私の方に来たそれは、ちょうど私を分岐とするように霧散し、それぞれ一匹の鼠となって四方に散っていった。

それをしばらく見ることしか出来なかった私はようやく終わりの

ようなものが見えたとき町田の姿を視認した。



町田は一つの雑巾のようであった。

来ていたワイシャツはボロボロで真っ黒で

すこし遠目からでも無数に傷ついているのが分かった。

鼠も喰わない嫉妬で町田を先に行かせてしまった自分を呪う

やっと地面から剥がれた足で町田に近づく

近づけば近づくほど町田の傷は生々しかったが

噛み傷のようなものは見当たらなかった、あの獣どもは

町田をただ単に轢いていっただけのようだ。

何より幸いのことに町田は息をしていた。

悲惨な状態であることに代わりは無いが、死んではいないようだ。

すぐさま救急車を呼んだ。

警察も呼ぼうかと思ったのだがなんて言えばいいのか

今の私に説明出来る気がせず、呼ばなかった。

臭いものに蓋をするように、倉庫の扉を閉め

救急車に乗り込む。

近くの病院に行く道中、ある疑問が浮かぶ。

なぜ、あの獣どもは私たちを喰わなかったのか

あの無数の目は飢えを訴えていた。

あの目にさらされ、自分はエサだと今から喰われるのだと

確かに思った。

しかし、鼠どもは飢えを満たすことよりも逃走を選択したのである。

一体何に恐怖していたのだろうか、

私たちに?そんなことは無いだろう

鼠どもはあの倉庫から逃げようとしていたのだ、

逃走路を塞いでいた、邪魔な障害物をなぎ倒し

我先にと逃げて行ったのだ。

地震、津波で一番先に逃げるのは鼠だという。

どっしりと重い不安が胃の中をかき回していた。


あれから数日経つ。

ことが鼠の大量発生ということで、うちの部署で対応

出来るはずもなく、感染症や未知の病原菌の蔓延

それらを防ぐため多くの人間が数日間眠れない日々を過ごした。

私もそのうちの一人で、報告書のまとめやTVの取材などの

経験したことの無いものでほとほと疲れ切っていた。


倉庫一杯の鼠は、当初の懸念に比べ影響はほとんど無いと言って

よく。

ニュースで取り上げられたのも一日のことで、直ぐに芸能人の

不倫の話題に流されていった。


この事件の一番の被害者である町田は病院に運ばれ、

目を覚ましたのは翌日のことだった。

細かい切り傷や押し倒された圧力による打撲等はあったものの

命に別状はなく、感染症の心配もないそうだ。


体の方は数日の入院でよくなるとのことだったが、

町田の表情は一向に晴れる様子はない。

あんなに明るくムードメーカーだった町田が、

職員がお見舞いに行っても笑顔の一つすら見せないのだ。

この変化に皆、困惑しより一層心配したが、

出来ることは多くなく、お見舞いとしきりに取材をしようとしていた記者を遠ざけることのみであった。

体が回復しゆっくり休めば元の元気な町田になるだろうと

言う職員もいたが、

私は、目の前で飲まれた町田を見た私だけはそう思うことが出来なかった。

私ですら、今だまともに飯が喉を通らない。

あの目に晒されたということだけで私には一生のトラウマである。

実際に飢えた無数の獣の群に飲み込まれた町田の恐怖を誰が

推し量ることが出来ようか。

元に戻ることは無くとも時間が少しでも傷を癒すことを祈るばかりである。


日々の生活が戻り、町田も所内に復帰したころ。

鼠が去った後の、倉庫の中について知ることが出来た。

ずっと頭の片隅にあったことで、聞いてみたら

無関係ではないとのことで教えて頂けたのだ。


倉庫の中は、悲惨の一言だったそうだ。

中にあったのは無数の骨。

共食いだ。

増えた鼠が飢えの果てに選んだのが同胞での喰い合い

骨もかなり細かいものになっており、骨のみならず、排泄物等も

喰っていたのではないかとのことだ。

聞かなければ良かったと後悔した。

また当分飯はまともに食べることが出来ないだろう。


教えてくれた職員が最後に余談ですがと、

不思議なことに、壺や調度品等のほとんどが壊れて

原型を留めていなかったのにも関わらず虎の毛皮だけ

非常に綺麗な状態で発見されたそうだ。

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