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(1-06)第一章 天才少年(3)

「私は、魔法の国からこの世界に来たの」



 ――ああ、なるほど。

 予想こそしていなかったが、それならいろ色々な点に納得が行く。

 僕は、瑠璃の言葉に頷いて見せる。

 その反応に、今度は瑠璃の方が慌てたようだった。


「あ、あれ? 信じるの? 疑問や質問は?」

「瑠璃の祖国、フラッタース王国だったか? 僕は、そんな国は聞いたこともない。日本と仲が良いとまで言っていたのに、僕が知らない国が存在するとは思えない。念のために、昼休みに図書室のパソコンを使って確認したが、国連加盟国にも非加盟国にもそんな名前の国は存在しない。そんな怪しい王国の存在を信じるより、『魔法の国』の方が信憑性が高い。そういうことだ」

「そ、そうなんだ」


 瑠璃は、気圧されたように呟いた。

 どうやら、瑠璃の脳内では、いかに魔法の国出身であるかを信じさせるというポイントが最難関だと考えていたらしい。


「むしろ、金谷先生が何の疑問もなく王国の名前を口にしていたことの方が疑問だったが――魔法のせい、などという都合の良い理由がつくのなら、安心できるくらいだ」

「――ごめんなさい。いきなり嘘なんかついて」


 今度は僕が驚く番だった。まさか謝られるとは思わなかった。


「いや、謝る必要はない。本当に魔法の国から来たのなら、必要な嘘だと理解できる」


 こほん、と咳払いを一つ。

 僕は、逸れてしまった話を下に戻す。


「とにかく。瑠璃の頼みごとを受けるか、断るか。それを判断するために、話を一通り聞く必要がある。話が終わるまでは疑わずに聞く。続けてくれ」


 促されて、瑠璃は続きを話す。


「私が地球世界に来たのは、王位継承試験のためなの。あ、地球世界っていうのは、小泉くんがいる『この世界』のことね。私は、女王候補――プリンセスなの」


 この世界、とわざわざ言ったということは、この世界とは別の世界があるということだ。


地平(ちへい)世界――つまり私達の世界ね――この地平世界の歴代の女王は、その王位継承試験を受けてきたの。試験で一番点数が高かった〈女王候補〉(プリンセス)が、次の女王になるの」


 地球ではなくて、地平、か。そこに思い至れば、すぐに連想できる――平面(フラット)の地球(アース)――フラッタース王国というのはただの駄洒落という訳か。

 僕は頷くことで続きを促す。


〈女王候補〉(プリンセス)は、私の他にも三人いる。みんなで次の女王になるために試験を受けるの。期間は一年間。それで、ここからがお願いなんだけど」


 瑠璃は、改めて僕の目を見つめてくる。


〈女王候補〉(プリンセス)は、地球世界に住む人から一人を選んで〈騎士〉(ナイト)にすることができる。〈騎士〉(ナイト)〈女王候補〉(プリンセス)に力を貸して、一緒に試験に臨むの」


 なるほど。

 瑠璃の話を全て信じるとして、それなら最初の言葉の説明が着く。『私の〈騎士〉(ナイト)になって下さい。私が次の女王になるために、力を貸して下さい』――か。

 そこで、瑠璃は少し頬を赤くして、若干の上目使いで僕を見た。


〈契約〉(コントラクト)つまり、〈騎士〉(ナイト)の契約のために――契約の証にキスが必要なんだけど」


 は?

 思わず、耳を疑った。

 忠誠を誓うしるしとして、手の甲にでもキスするのか、と頭をよぎるが、瑠璃の表情を見る限り、そういう類のものではなさそうだ。

 とすると、アレか。

 僕は、は、と息をついて瞬時に冷静さを取り戻す。

 それから、きちんと伝わるように大げさに眉をひそめて見せた。ついでに言ってやる。


「転校初日にいきなりキスしろとか、冗談だとしてもタチが悪いぞ。本気で片思いの告白をするより悪質だ。もう一度デコピンされたいのか?」


 脅しのつもりで言った言葉に、なぜか瑠璃は、ぱっ、と嬉しそうに表情を輝かせた。

 ん? それはどういう反応だ?

 まあ、とにかく状況を整理する必要がある。


「いくつか確認するぞ。そもそも、なぜ〈騎士〉(ナイト)なんてものが必要なんだ? 魔法の国のお姫様と言うくらいだから、瑠璃だって魔法の一つも使えるんだろ?」

「うん、使えるよ」


 瑠璃はあっさりと頷いて見せる。

 そうか。もし本当なら、後学のためにぜひ見せてもらいたいと思う。


「でも、〈騎士〉(ナイト)の契約を結べば、その人も簡単な魔法が使えるの。攻撃とか防御とか移動とか。私のお母さんも――あ、お母さんも王位継承試験を受けたの――『誰に〈騎士〉(ナイト)を頼むか、それがとっても重要だ』って言っていました。試験には〈仕事〉(タスク)だけじゃなくて〈試練〉(トライアル)もありますし、戦闘は避けられません。それに、他の〈女王候補〉(プリンセス)〈騎士〉(ナイト)を連れて来ますから、私一人では――」

「ちょっと待て。ストップ」


 どうも、話しているうちに感情が高ぶってしまったらしい。瑠璃は、どんどんこちらに身を乗り出しながら、熱を入れてまくしたてる。

 もはや、僕が承諾する前に唇を奪われそうな距離だ。しかも、説明していない単語も飛び出しはじめている始末だ。


「魔法が信じられないなら、私、全部見せても良いですから」


 論点はそこではない。


「そうじゃない。そもそも何だ、そのいかがわしい表現は。自重しろ」


 全部って、何をどう見せる気だ?

 どうも瑠璃の言い回しは、古臭いラブコメの気配がする。何を教材に日本語を勉強したんだ。

 まあともかく。

 要点は理解できた。


「話は分かった。魔法を含めて全て信じる、という前提で話すぞ」


 さて、まとめよう。


「瑠璃の頼みごとは、僕が瑠璃の〈騎士〉(ナイト)になること。そして、瑠璃を次の女王にするために協力すること。期間は一年間。それで間違いないな?」


 その一言に、瑠璃は感動したようにぶんぶんと首を縦に振った。

 なんだか、妙なやりにくさを感じるな。

 もう引き受けてもらった気になっていないと良いけど。

 さて。

 話の真偽は別としても、魔法にも試験というものにも興味はある。

 それでも。

 それでも、僕がやるべきことは、いつも通りに考え、いつも通りに判断することだ。

 だから、僕は言う。


「それで、僕が〈騎士〉(ナイト)になったとして、瑠璃が僕に支払う報酬は何だ?」

「え?」


 瑠璃は、僕の言葉に驚いて目を丸くしている。

 そんな話になることは、かけらも予想していなかったようだ。

 なるほど。委員長のウワサ情報網はとても強力だけど、欠点もあるようだ。収集時点と開示時点で、委員長自身のフィルターが多分にかかってしまうという欠点が。まあ、ウワサ話の域を出ない分には問題ないのか。


「委員長から聞いていないんだな。僕は、先生や生徒会から頼みごとを引き受ける代わりに、それに見合った報酬を受け取っている。逆に言えば、報酬が気に入らなければ、その頼みごとは引き受けない。絶対にタダ働きはしない」


 僕は続ける。


「金谷先生の時間割作りを手伝う報酬は、僕が授業中に自分の本を読むことを黙認することだ。授業内容をちゃんと理解して、テストの点が一定水準を下回らないこと、という条件付きではあるけど。まあ、それは先生という立場上仕方ない」


 瑠璃は、うん、と頷いている。

 そういうことだったのか、と納得する表情だ。僕が授業中に堂々と自分の本を読んでいて、しかも注意もされないことが不思議だったのだろう。


「生徒会の予算会計を手伝った報酬は、このベンチの設置だ」

「え? ベンチって、このベンチ?」


 瑠璃が、僕達が座るベンチを叩いて示した。


「そう。授業が終わったこの時間のこの場所は、日当たりと風通りが最高だ。真夏と真冬以外は快適に過ごせる場所という訳だ。だから、頼みごとの報酬として、生徒会から学校側へベンチの設置を提案してもらった。その結果、目論見通りに僕専用の居場所を得たという訳だ」


 瑠璃は、報酬のことを理解してくれたようだ。今見せている思案顔は、既に自分が報酬として何を提案するべきか考えているのだろう。


「そうだな――違う視点から考えるなら、僕を〈騎士〉(ナイト)にするということは、どんなことと釣り合うと思うんだ?」


 僕の言葉に、瑠璃は考え込んでしまう。

 そう、それはつまり、どれくらいのことを僕に期待しているのか分かる尺度になる。そんな風に僕は考えている。

 先程例に挙げた生徒会の頼みごとで言うならば、『ベンチ設置の提案』が報酬だから引き受けた。生徒の立場でそれができるのは、生徒会だけだ。彼らにできて、僕にできないこと。それは取引として十分成立する。

 金谷先生の時間割で言うならば、見た目よりもずっと真面目な教師であるあの先生が、その信条を曲げてまで頼む価値があると思ってくれたから引き受けたのだ。その報酬が例えば『飴玉一個』だとしたら、僕は引き受けなかっただろう。

 こんなビジネスライクな考え方も――委員長あたりに、性格に問題があるとか、他人と積極的に関わりたがらないとか、壁を作ってるとか、そんな風に言われる原因だろう。

 担任の先生や、生徒会の先輩、クラスメート達と、そんな取引でしか関われない――関わろうとしないのだ。

 そのことが問題だという自覚くらいはある。

 だが、今のところ、変えるつもりはない。


「どんな報酬なら、引き受けてくれるの?」


 瑠璃は熟考の末に、質問に質問を返して来た。

 なるほど。

 先程の発想を逆転すれば、僕が提案した報酬により、どれくらいの成果を出すつもりがあるのかを探ることができる。

 そう、例えば――。


「瑠璃は魔法が使えると言ったな。その魔法を使って、世界を征服して、僕に譲って欲しい。瑠璃の言う地球世界だけで十分だ。そうしたら、世界に見合うだけの働きをしよう」


 冗談だと伝わるように、唇を笑みの形にする。僕の言葉は確かに冗談だけれど、もしも世界が報酬だと言うならば、僕は命を賭してでもそれに見合う働きをするだろう。


「世界、って。無理だよ……」


 しかし、冗談を真に受けてしまったのか、瑠璃は泣き出しそうな顔になってしまった。

 女子の泣き顔など見たくはないが、泣き落としで頼みごとを聞いたりはしない。そういう意味では、僕は容赦するつもりはない。

 そのあたりが、僕の性格的な問題、というやつだろう。


「じゃあ、この話はなしだ。魔法については、絶対に他言しないと約束する。瑠璃は頑張って女王を目指してくれ」

「ま、待って」


 話を切り上げようとする僕に、瑠璃は僕の袖をつかんで引き留める。

 見ると、目の端に涙が浮かんでいた。

 そして気が付く。

 瑠璃の瞳の色だ。ぱっと見るだけでは間違いなく黒色なのに、光の加減なのか、綺麗な深い青色に見える。

 なるほど、魔法の国かどうかは別にしても、確かに日本人ではないようだ。

 そうだな、特別にヒントくらいは提示しても良いかもしれない。


「瑠璃。正直に言うと、僕は世界にもあまり興味はない」

「え?」


 僕の言葉に、瑠璃が聞き返す。


「世界を征服するにはどうすれば良いか、真面目に考えたことはあるか?」

「そんなの……ないよ」


 まあ、それは無理もないだろう。

 なにしろ、彼女の話を信じるなら、王位継承試験で良い点が取れれば、地平世界が手に入るのだ。世界征服の必要はない。


「僕は、去年の秋頃、結構真面目に考えた。『征服』の定義によって多少の幅が生じるが、一個人でも決して無理ではない。一番簡単なのは、情報から世界を征服すること。この方法が、一番効率良く世界を掌握できる。逆に、最も効率が悪いのは、武力による世界征服。とは言え、この方法でも今日から活動を開始すれば二十九年で達成できる」


 話を続ける。


「僕が持っていないもの。僕が手に入れられないもの。それを報酬に欲しい」


 要するに、僕が言いたいのはこういうことだ。


「瑠璃は、何を持っているんだ? 本当に自分だけのものと言えるものは何だ?」


 瑠璃は、目を閉じた。

 深く息を吸って、吐く。

 それから、ゆっくりと目を開いた。

 まっすぐに、僕の瞳を見つめてくる。


「そういう意味で、私が持っているのは――この『私』くらいだよ」

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