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(改訂統合版)2番目の魔法少女 〜次期女王になって優しくできる世界を作りたいのですが、天才少年は契約のキスをしないことに決めたようです〜  作者: 秋乃 透歌
第三巻 汚した手の価値

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(3-09)第二章 瑠璃が知らない物語(2)

 僕が目の前に立つと、その人物はほんのわずかに表情に驚きをにじませた。

 ここには瑠璃はいない。

 僕と、彼女だけだ。

 だから、僕がとるべき手段は――先制攻撃をしかけ、主導権を握ること。


「今日もその仮面をつけているんだな。クロミ」


 僕の言葉に――。

 クロミ――自ら〈闇の魔法少女〉と名乗る彼女は、静かに息を吸って、ため息のように吐き出した。


「――『彼』からの連絡が途絶えたから、まさかとは思っていたけど――あの状況を切り抜けちゃったわけね」


 クロミは肩をすくめて空をあおぐような動作をして見せた。

 驚いたというよりは、呆れたと言いたげである。


「そのほっぺは、『彼』に殴られたの? そう言えば、今日はあなたのお姫様とは一緒じゃないのね?」


 ふん。

 こちらが会話の主導権を握ろうというのに、よく喋るな。

 しかし、相手が軽口であれ返してくれるというのは良い傾向だ。


「この頬は別件だ。そして、瑠璃はいない。僕一人だ。――話がしたい」


 僕は、クロミの問いに応え、直球で要件を切り出した。

 そう。

 これが、今日の決断だった。

 クロミと一対一で話をすること。

 夏の出井浜海岸で、彼女が僕たちの前に姿を表してから、ずっと実現したいと思っていたこと。

 あの『最悪の状況』に対処するためだけに、後送りになっていたこと。

 瑠璃と委員長の、女同士の話のためにできた、今日の空白の時間を使って実現しようとしたこと。

 それが、これだった。

 僕の視線とクロミの視線が交錯する。

 一瞬の間。

 そして、クロミはニヤリと笑って言った。


「話ねぇ。もしかして罠とか?」


 確かに、そうとられても無理はない。

 これまで、クロミは一方的に敵対関係を強いて来たし、僕も瑠璃とは違って好戦的な手をためらわない。そんな関係の片方が、話をしたいなどと言い出すのだから。


「ふん。罠にかけようとするなら、もっと別の手段を取る」


 そんな風に応えてやる。

 クロミの言葉は、彼女流の軽口だ。

 罠を警戒するなら、僕の目の前から一目散に逃げ出す選択肢を取れば良いのだ。

 そうしない以上、クロミは既に、半分以上話し合いに応じているとも言える。

 目的は、一つでも多く会話し――情報を得ること。

 だから――。


「まさか、『デートの申し込みは一週間以上前!』と決めている訳でもないんだろう?」


 調子を合わせて、冗談で言葉を続ける。


「ぷっ。何それ。今のがデートの誘いのつもりだったの?」


 警戒と皮肉の色は表情から消えないものの、クロミは笑ってみせた。


「ま、いっか。オッケー、話とやらをしましょうよ。でも、やっぱり罠は嫌だから、場所はそこの公園のベンチね」


 よし。

 第一段階クリアだ。

 クロミは僕の提案を呑み、しかし堅実に条件を付けて来た。もとより罠ではないのだから、全く問題ない。


「それで構わない」


 僕とクロミは連れだって――と表現すると非常に間が抜けた感じになってしまうが――すぐ近くの公園に入ると、クロミが選んだベンチに距離を置いて座った。

 秋風が冷たい。

 だが、今の静かに張り詰めた緊張感には心地よく感じた。


「――で、話って?」

「投降しろ」


 僕の一言目は、端的に要件を表したもを選んだ。


「はぁ? それって、いつもあなたのお姫様が言ってることでしょ? なんでわざわざ二人だけでする話もそれなのよ? 訳わかんなーい」


 クロミの反応は、当然、そうなるだろうな。


「僕は、こうやってクロミの目の前に現れることができた。つまり、お前の正体についても正確に把握しているということだ」

「はいはい。どーせ水の騎士様にはバレるだろーな、って思ってたわよ。そんなの今さらね」


 予想済み、か。

 では、ここから多段攻撃で畳み掛ける。


「クロミが複数の属性の魔法を使う、その仕掛けも解明している」

「っ!」


 さすがのクロミも、驚きを隠しきれなかったな。


「――それって、私がフラッタース王国始まって以来の天才〈魔法少女〉だってこと?」


 その冗談は、若干苦しいものに聞こえた。ここで茶化しても、時間稼ぎ程度の意味しかない。

 僕は続きを口にする。


「その仕掛けは、〈開門〉(オープンゲート)だ。そして、クロミの本来の魔法の属性は――『雷』だ」


 僕は、ここで切り札を使った。

 クロミの強さの拠り所である、複数属性の魔法。その謎をここで解き明かす。


〈開門〉(オープンゲート)からは、魔法の属性そのものを取り出すことはできない。例えば、瑠璃の水の〈開門〉(オープンゲート)にペットボトルに入れた水を格納しても、取り出すと空になっている」


 その原理は――推測の域を出ないが――〈開門〉(オープンゲート)による格納と取り出しの仕組みに起因すると考えている。

 〈開門〉(オープンゲート)に格納される際に、あらゆる物質は一度水に変換され、取り出される時に再変換されて物質に戻る。しかし、水を格納してしまうと、魔法を構築する水と、中に入れた水とが混じってしまい、分化することができなくなる――と、そんな理由だろう。

 僕は続ける。


「一方で、〈魔法少女〉(プリンセス)達も知らなかった事実だが、自分の属性でないものであれば、〈開門〉(オープンゲート)への格納と取り出しが可能だ。瑠璃の〈開門〉(オープンゲート)の中に、茜が〈生成〉(クリエイト)した炎をしまうことができる。実際に検証したので間違いない」


 クロミは、反応を返さない。


「つまり、クロミ、複数属性の仕掛けはこうだ。革命の同士達が生成した炎や氷や金属の柱を、〈開門〉(オープンゲート)で格納し、取り出す。魔法の呪文は『〈生成〉(クリエイト)』と言う。こうすれば、複数の属性を〈生成〉(クリエイト)できる複数属性魔法の使い手が誕生すると言うわけだ」


 一瞬の間を置いて。


「は。……あははっ。そうだね、認めちゃおうかな。その通り。全部正解ー。さすがは天才少年で通ってる水の騎士様」


 芝居がかった動作で拍手までしてみせ、それでもクロミは挑みかかかるような視線を僕へと投げた。


「で? それが分かったから何? まさか謎が解き明かされれば対処できるっていうの? 仕組みがバレても、私が色々な属性の魔法を使えるってのは変わらないでしょ? ぷぷぷ」


 ああ、そうだな。

 そこが重要だ。


「その通りだ。大抵の問題は、現象を解き明かしたところで解決しない。だが、これは違う」

「なっ――!?」


 クロミの驚きの声を遮って僕はいう。


「複数魔法の仕組みが〈開門〉(オープンゲート)の応用ならば、対処法は存在する」


 僕は、一呼吸置いてからいった。


「答えは至ってシンプルだ。格納された他属性の魔法が枯渇すれば良い。つまり――持久戦、消耗戦による弾切れだ」


 数瞬の無言の後――クロミはため息とともに肩をすくめて見せた。


「まあ、当然そこにも考え至るか。まったく見た目と違って可愛くないんだから」


 ふむ。

 その反応は、自分自身の弱点は把握していたか。

 僕のクロミの評価をさらに上方修正する必要がありそうだ。

 次に決戦ということになれば、無尽蔵といえるほどの多種多様かつ大量の魔法を〈開門〉(オープンゲート)の彼方に格納して現れるだろう。


「じゃあ、私の本来の魔法が『雷』っていうのは?」


 クロミは、完全に僕の話を聞く姿勢になっていた。

 続きが楽しみだというような雰囲気すら出てきている。

 よし、リクエストに応えるとしよう。


「複数属性のトリックでは説明できない事例があった。一つは空を飛ぶ方法。空間全方向への瞬間的な加速は、炎や水のような反作用を利用したものではなく、〈精霊〉の力を借りたものではない。その上強力で、一切の予備動作を必要としていない。どんな魔法を使えば、そんな挙動が可能なのか。その答えが――」


 僕は、改めていう。


「雷だ。正確には、電力によって発生する磁力で、身に付けた金属のアクセサリーを動かし、それによって自分の身体を運んでいるんだ」


 クロミの反応は、今のところ冷静だな。


「それに思い至ったのは、実はもう一つ、トリックでは説明できない魔法の使い方があったからだ。夏の出井浜海岸で、最初に僕達の目の前に現れた時――ジャッジメントの雷の障壁を潜り抜けただろう? あれが決め手だった」


 僕はクロミの無言がうながすままに、言葉を続けた。


「雷の障壁をその場だけ無効化し、潜り抜けた後に、追っ手を阻むために再度復元する。そんな現象は『雷』の〈操作〉(オペレート)以外では実現できない」


 僕は、肩をすくめて見せた。


「昨日も、茜の言葉に激昂したクロミの回りには雷が発生していた。茜が良い例だが、強い魔力を持つ者は、感情の高ぶりとともに自分の魔法が漏れ出てしまうことがあると聞いている。――さて」


 僕は再度、クロミへと問いかける。


「以上より、僕は降伏することを勧める。正体不明の利点は失われ、複数属性魔法の正体と弱点も知られている。さらには、本人の魔法の属性も把握されている以上、こちらの攻め手もそれを織り込んだものだ。――クロミに勝ち目はない。降伏しろ」


 僕の言葉をゆっくり噛み締めるように――クロミは一つ頷いて。それから首を横に振って見せた。


「――それは、できない」

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