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(改訂統合版)2番目の魔法少女 〜次期女王になって優しくできる世界を作りたいのですが、天才少年は契約のキスをしないことに決めたようです〜  作者: 秋乃 透歌
第三巻 汚した手の価値

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(3-05)第一章 汚した手の価値(3)

「ターゲットジュエルがこの神社の中にある、ってことは――やっぱりお堂の中かな?」


 気分を切り替えた茜が、改めて場を仕切りました。

 そうですね。いかにもありそうな場所は、この本堂の中です。

 とは言ったものの、神様が住んでいる場所にみんなでぞろぞろ入っていくのは抵抗がありますね。


「うーん、そうだとしても、さっきの洞窟とは違った意味で入りづらいね」


 茜の言葉を受けて、常盤さんもそう言いました。やはり抵抗感があるようです。


「――よし。さっきの瑠璃のやり方を真似してみよう。私なら、水や土と違って、建物を汚したりしないからね」


 なるほど、〈開門〉(オープンゲート)による召喚ですね。そして、確かに風の魔法なら、本堂の中を汚してしまう心配も少なそうです。


「……〈開門〉(オープンゲート)。おいで、シルフ」


 ふわり、と優しい風が私の頬をなでました。

 小さな風の〈精霊〉が、常盤さんの魔法に呼ばれて地平世界からやってきたようです。

 私には、その姿は見えませんが、優しい風の源が常盤さんの目の前に現れたことはわかりました。


「向日葵、さっきのターゲットジュエル見せてくれる?」

「うん。――はいこれ」

「これと同じものが、お堂の中にあると思うんだ。できるだけ中を汚したり、散らかしたりしないで探して来て」


 その言葉を受けて、風の中心がするりと移動しました。

 神社の本堂の、格子になったところから、中に入って行きました。


「少し探す必要があるかもしれないからね。瑠璃の時よりも時間がかかるかもね」


 常盤さんはそう言って、ぐっと背伸びをしました。


「少し疲れましたか? あまり気を張りすぎないで下さいね。無理は禁物ですわよ?」


 綾乃さんが、特性のスポーツドリンクを差し出しながらそう言いました。

 常盤さんが、それを受け取り、一口飲んでから答えます。


「シルフを召喚したくらいだから、大丈夫。私だって、春先から随分成長してるんだよ? 魔力だって、まだまだ保つよ」

「……そうですわね。失礼いたしました。余計な心配でしたわ」


 ふ、と優しく微笑むと、常盤さんが綾乃さんの頬にそって触れました。


「いや、ありがとう。綾乃の心遣いには、いつも助けられているよ」

「はい」


 ええっと。

 なんだか、その、とっても良い雰囲気で――というか恋人同士のような、なんだかとってもいけないシーンを見てしまっている気がするのですが。

 なんでしょう。

 私の気のせいですよね? 考えすぎ――ああ、きっと疲れているんですね。慣れない山歩きの最中ですからね。


「瑠璃?」

「ひゃい!?」


 お、思わず変な声が出てしまいました。

 玖郎くんが突然声をかけるから、飛び上がってしまったじゃないですか。


「どうした? なんだか顔が赤いようだが――?」

「そそそ、そんなことありませんよ。私は大丈夫です! むしろ応援します!」

「……なんのことだ」


 あ、玖郎くんの視線に、若干のあきれが混じりました。た、ため息とともに肩をすくめないでください。


「ああ、その気持ち良ーく分かりますわ。あの表情と視線で『もう少し自分の頭で考えたらどうですか? 救い難い愚鈍ですね』とか言われたいですわねぇ……」

「私はそんなこと思いません! 音もなく背後に回らないで下さい!」


 背後から悩ましげな雰囲気で不穏なことを呟く声に、私は反射的に声を上げてしまいました。


「あら、わたくしとしたことが。失礼しましたですわ」


 確認するまでもなく、綾乃さんでした。


「もう、私と玖郎くんとのことは放っておいて下さい! 常盤さんとお幸せに!」

「ふふふふふ……」


 余裕の笑顔を崩さないまま、綾乃さんが行ってしまいます。

 まったくもう……。


「翔ちゃん、今のってどういうこと? にやにや」

「子どもが知らなくても良いことです。あと見ちゃいけません。にまにま」

「ふーん。大人って大変なんだね。ぷぷぷ」


 ううう、間違いなく向日葵ちゃんと翔さんは分かってて言ってます。からかわれています。


「ふむ。良く分からないが、そんな言葉が欲しいならいくらでも言うぞ? 確か、『自分の頭で考――」

「ひゃああ、いりません! いりませんから!」


 慌てて玖郎くんの言葉を遮ります。

 私にそんな趣味はありません。

 むしろ、玖郎くんの言動が、からかうつもりのない物なのか、心中でニマニマしながら私の反応を楽しんでいる物なのか、そこが気になります。


「あ、戻ってきたみたいだよ?」


 茜の声が、私のどうでも良い悩みを止めてくれました。

 確かに、小さなつむじ風のような風の発生源が、神社の本堂から出てきたようでした。

 しかし、それがターゲットジュエルを運んできたかと言うと、どうやらそうでもないようです。


「ありゃ、本堂の中にはなかった? そうかー」


 風の〈精霊〉シルフとやり取りをする常盤さんの声を聞いても、それで間違いないようです。


「常盤さん。シルフに探索範囲を境内全般にするよう指示して下さい」


 玖郎くんが、常盤さんにそう提案しました。


「叡知稲荷神社の中にターゲットジュエルがあると言った場合、本堂の中にあるとは限りません。『神社』の範囲には、通常その敷地も含まれます」

「なるほど。そう言われればそうだね。じゃあ――」

「シルフには、人が探しにくそうな場所を重点的にお願いしてはどうでしょうか? わたくしたちも、待っているだけではなく、一緒に探しましょう」


 綾乃さんの提案に異論はありません。

 常盤さんが〈精霊〉に指示を出すのを待たずに、私たちも探索を始めます。自然とそれぞれの〈魔法少女〉(プリンセス)〈騎士〉(ナイト)がペアになって、神社の境内に散開しました。


「玖郎くんは、どんなところが怪しいと思いますか?」


 木立の陰や、小さなお地蔵さんの後ろを除き込んだりしつつ、玖郎くんに尋ねてみます。


「ポイントは、ジャッジメントの思考を読むことだろう」


 玖郎くんの答えは、『どこなら隠しやすいだろうか』と考えていた私の思考とは違う視点のものでした。


「ジャッ爺の思考、ですか」

「そうだ。これまでターゲットジュエルがあったのは、絵筆岩の絵筆の先、水没した爺泣き洞窟の中だ。そこに共通する特徴があれば、今回の隠し場所を特定できる」


 なるほど、そういう考えもあるのですね。

 私の感覚では、ジャッ爺は小さい頃から面倒を見てくれた優しい〈精霊〉で身内のように思ってしまいますが、王位継承試験においては出題者なのです。そして、出題者の意図を読むことは、色々な問題を解く時に重要なポイントなのです。


「共通点は……そうですね、絵筆岩なら筆の先、水没した洞窟の水の中――つまり、その場所を一番象徴した箇所に隠されている、ですか?」


 歩きながらの私の言葉に、玖郎くんは、うん、と頷いてくれました。


「とすると、叡知稲荷神社を最も象徴する場所は?」

「神社ですから――御神体でしょうか」


 あるいは本堂とか。

 あら?

 でも、本堂の中はハズレでした。御神体も本堂の中にあるはずですから、これもハズレということになります。


「僕も最初はそう考えた。だから、本堂の探索を優先するという茜と常盤さんの案に異論を唱えなかった。しかし、空振りだった」


 そこまで考えて、シルフが探索する結果を待っていたんですね。

 玖郎くんは続けます。


「もし、共通点があるという前提が間違っていなければ、別の着眼点があるはずだ」


 別の着眼点、ですか。


「そうか、協力型――」


 ポツリと呟き、玖郎くんが足を止めました。


「え? 何です?」

「最初は土。次は水。ここは――風か」


 ええと、なんでしょう?

 私の胸中の疑問に答えることなく、玖郎くんは次の動作に移ってしまいました。

 ポケットからスマートフォンを取り出すと、どこかへ連絡します。


「――綾乃さん、常盤さんは近くにいますね。風の〈生成〉(クリエイト)〈操作〉(オペレート)で、神社の中にある木立全てを揺らすようにお願いできますか? ――ええ、考えがあります」


 脈絡なくそう伝えると、玖郎くんはスマートフォンをしまいました。


「今のは?」

「この叡知稲荷神社の中で、ターゲットジュエルが隠されている場所は、おそらく高い木立の枝葉の陰だろう」


 玖郎くんは、結論から話を始めました。


「今回の〈試練〉(トライアル)の最大の特徴は、今までなかった『協力型』だというところだ。今回の内容には、制限時間や困難な制約が決められていない。ハイキングも楽しめるような気遣いだという可能性もゼロではないが、どちらかというと試供的――つまり、『協力型』がどういうものか理解することに重点を置いているとも考えられる」

「つまり、お試し版、ということですか」


 私の言葉に、玖郎くんは頷いてくれました。


「『協力型』の本質が、チームの中でどのような役割が果たせるか、どれだけ成果に貢献したかを評価するものだとすれば、その試供版には、四人の〈魔法少女〉(プリンセス)がそれぞれ得意とする課題が用意されているはずだ」


「あ、そういうことですか! 絵筆岩の課題は、向日葵ちゃんにうってつけでした。爺泣き洞窟は、私の得意とするフィールドでした。だとすると、この叡知稲荷神社は――」

「火か風だとすれば一貫性がある」


 玖郎くんは辺りを見回しました。


「そして、この場所を考えると、火ではないだろうな。山の中の神社と火の相性は最悪だ」


 私は、玖郎くんの言葉に連想してしまった、自分の想像に笑いそうになってしまいました。


「茜なら、自分がやると言い出しますよ。珊瑚くんに『重要文化財を焼失させるつもりか! このサラマンダー!』とか言われながら止められるんです」

「ふ。確かに、目に浮かぶようだな」


 あ、玖郎くんもちょっと笑ってくれました。


「さあ、まとめるぞ。叡知稲荷神社が風の課題だと仮定して、ターゲットジュエルの隠し場所を考える。火や水や土にできなくて、風が得意とするアプローチは何か。まず思い付くのが――」


 その瞬間。

 突風が、私たちのいる場所を吹き抜けていきました。

 一瞬の強風でした。不意打ちのタイミングもあって、私はバランスを崩しそうになり、玖郎くんに支えてもらってしまいました。

 風は、境内に立つ幾本もの木を全て駆け上がり、その流れを細かく分岐させて全ての枝と葉を揺らしました。


「全方位に無差別同時多発的に風を走らせること。火はともかく、土や水に比べて、風の利点は空気のあるところ全てに作り出すことができ、操ることができことだ」


 そのタイミングで。


「ターゲットジュエル、あった! 上から落ちてきた!」


 茜の元気な声が聞こえました。


「――よし。自分で発見できなかったのは悔しいけど、課題クリアだね」


 ちょうど歩いてきた常盤さんが、茜の声を聞いてそう言いました。


「そうですわね。お疲れさまでした。今日の〈試練〉(トライアル)も、あともう少しで完全制覇ですわね」


 綾乃さんが、そう言って常盤さんに笑いかけています。

 それに同じように達成感が見える笑顔を返し、常盤さんは玖郎くんに軽く手を上げて見せました。


「小泉、ナイスアドバイスだったよ。さんきゅ」

「いえ、むしろ余計なことをしました。先ほどの魔法は、高い枝葉に隠されたターゲットジュエルを振り落とすようなものでした。僕の説明が不十分だったにも関わらず、です。常盤さん、隠し場所の見当がついていましたね?」


 え?

 そうなんですか?

 玖郎くんの言葉に、常盤さんも驚いたようでした。


「まいったね、そんなことまで判っちゃうのか。いや、綾乃が小泉からの電話を受けている時、ふと空を見上げて、なんとなく閃いただけだよ。偶然偶然」

「そうだったんですの? 常盤さんすごいです!」


 〈騎士〉(ナイト)から手放しで誉められて、常盤はなんとも言えない照れ臭そうな表情を見せました。


「と、ともかく! これで三つ目のターゲットジュエルも回収したよ」


 常盤さんのその言葉を待っていたかのように、向こうから茜たちと、合流したらしい向日葵ちゃんたちの姿が見えました。

 茜が高く掲げた右手には、黄色いターゲットジュエルが輝いていました。




 飯尾山展望台。

 そこが、ハイキングコースの終着点にして、『協力型』〈試練〉(トライアル)の四つ目のチェックポイントでした。

 近隣の山々の紅葉を望める絶景と、二時間弱のハイキングコースを制覇した達成感、そして、〈試練〉(トライアル)最後のチェックポイントであることが影響して、その時の私たちは、どこか浮わついた雰囲気で歩みを進めていました。

 やがて見えてきた展望台は、コンクリートでできた簡単な二階建ての建物でした。二階部分に展望スペースがあるようで、おなじみのコインを入れて使う双眼鏡が設置されているようです。

 しかし。

 そこへ足を踏み入れる直前に。

 常盤さんが足を止めたのを合図にしたかのように。

 私たちは、それに気づいてしまいました。


「――クロミ」


 茜の呟きが聞こえました。

 そうです。

 まさにそのタイミングで、展望台の二階からこちらを見下ろす形で、〈闇の魔法少女〉と名乗るクロミが、姿を表したのです。

 背中まで届く黒髪を風になびかせた、私たちと同年代の年齢に見える少女です。

 全身を覆う黒色の衣装は、リボンやフリルではなく金属の鎖で装飾された、革製の長そでシャツとロングスカートです。彼女自身が、首や手首に金属の輪をつけていることもあり、可愛らしいという印象はありません。心臓を守るためでしょうか、左胸に硬そうな皮の鎧を装着しています。同じ素材が、両の肩も守っています。

 それでも、方向性こそ違うものの、その非現実的な雰囲気が、わたしたち〈魔法少女〉(プリンセス)と類似しています。

 そして、いつものように、顔の上半分を覆う、黒色の金属性の仮面。表情を消してしまうその仮面と、口許だけに浮かべた笑みが、こちらの不安をあおります。


「待ちくたびれちゃった。本当に、退屈だったわー。もう飽き飽きしちゃう」


 相変わらずこちらを馬鹿にするかのように薄く笑った表情で、クロミはそう言いました。


「クロミ、あなたどうして――」

「もしかして、これを探してる?」


 茜の問いを無視して、クロミが言葉を発しました。

 彼女がポンと放り投げ、自分自身で受け取って見せたのは、赤い輝きを放つターゲットジュエルでした。


「それ――」

「ハイキングしながら宝石探しなんて、本当に〈魔法少女〉(プリンセス)のみなさまは平和なのね。羨ましいわぁ」


 ポン、ポン、とターゲットジュエルを空中に放り投げながら、クロミはそう言いました。


「返してよ! それは私たちの――」

「もちろん返すわよ。こんなモノいらないもーん」


 クロミは、言葉に嘘はないというように、つまらなそうにターゲットジュエルを投げ捨てました。

 もともと、投げて寄越すつもりはなかったのでしょう。

 赤い輝きは、私たちまで届かずに地面に落ちて、硬い音を響か――。


「防御だ! 上!」


 玖郎くんの叫びと、私の右手が強く引き寄せられるのが同時でした。


「――っ!? 〈盾〉(シールド)っ!」


 珊瑚くんの声が、すぐ側で聞こえました。

 慌てて上を見上げると、巨大な岩が落下して、珊瑚くんの防御の魔法に激突する瞬間でした。

 クロミが、落下したターゲットジュエルに全員の意識が集中した瞬間を狙って、それぞれの頭上に岩を出現させたのです。

 重力に引かれ落下する岩の質量を利用した攻撃。

 それを予見したのか、一瞬先に行動を起こした玖郎くんが、私を茜と珊瑚くんの側まで運んでくれたのです。

 ようやく、私の認識が現実に追いつきました。

 他のみんなは無事でしょうか。

 私の視界の端で、同様に上方に向けてシールドを展開している翔さんと綾乃さんが見えました。

 良かった、全員無事です。


「――ははっ! どっちを見てるのさ。〈生成〉(クリエイト)っ!」


 ――っ。

 声に弾かれたように視線を動かすと、いつの間にか地面に降たクロミが、両手をこちらへとかざしていました。

 これは――。

 ターゲットジュエルが上方からの攻撃のための布石なら、その岩による攻撃は次の一手のための布石だったのです。

 〈騎士〉(ナイト)達の防御の魔法は、上に向けて展開されていて、誰一人として反応できず――。




 ――クロミの魔法を受けて出現した四本の氷の槍が、私たち目掛けて射出され――。




 ――るその直前に、割り込んだ人影によって全て受け止められてしまいました。

 いいえ、違います。

 受け止めたのではありません。

 消失させたのです。

 そう、人影は玖郎くんでした。

 この場で唯一〈保護魔法〉(プロテクト)に守護された彼が、クロミの魔法を無効化したのです。

 玖郎くんは、落岩の攻撃を防いだ瞬間には、次の一手が予想できていたのでしょう。だから、私を珊瑚くんの側に置いて、自分は全員の盾になるよう走り出していたのです。

 本当に、玖郎くんはすごいです。


「まだだっ!」


 そして、玖郎くんの行動はさらに続いています。

 玖郎くんが、クロミの右手をつかもうと、左手を伸ばします。

 さすがに、二段の不意打ちを使った攻撃を全て無効化され、次の瞬間に反撃されるとは想像もしなかったのでしょう。

 目前に飛び出してきて、瞬く間もなく攻撃を消し去ってしまった玖郎くんに、クロミの反応が遅れます。

 捕らえました!


「――っ!」


 鋭く吸い込んだ息が、玖郎くんのものかクロミのものかを判断する間もなく、玖郎くんの右手がクロミの額に疾ります。

 玖郎くん得意のデコピンです。

 大人でも痛みにうずくまってしまうような一撃が、クロミの額に決まり、びしっ、と音が――。

 ――響きませんでした。

 え、当ったように見えましたが、空振り?


「このっ! 離せ!」


 クロミの声とともに、茜の〈生成〉(クリエイト)もかくやという勢いで炎が生まれ、玖郎くんの全身を包み込んでしまいました。

 しかし、次の瞬間、玖郎くんを守る〈保護魔法〉(プロテクト)がそれを一片残らず消滅させています。

 そのタイミングで、私の両隣を、翔さんと珊瑚くんが走り抜けました。玖郎くんのバックアップに駆けつけるのです。

 それを待たず、玖郎くんがクロミの右手を高く上に動かします。

 これは、例の『ぐいっ、すっ、くるくる~』の動きです。合気道の技を玖郎くんが練習したもので、不意を突ければ翔さんだって地面に押さえ込んでしまうのです。

 しかし――。

 ああっ。

 玖郎くんの動作は、完成する前に防がれてしまいました。

 捕獲のための動作だと予見したのか、バランスを崩すことを厭わずにクロミが玖郎くんに体当たりを仕掛け、結果としてクロミは玖郎くんの手を振りほどくことに成功してしまいました。


「なんなのよ、もう! 断りもなく女の子の手をつかむなんて、サイテー!」


 わずかに余裕を取り戻したのか、そんなことを言いながらクロミが飛び下がりました。

 二度、三度と跳躍を繰り返し、彼女は私たちから距離をとりました。

 距離の関係だけ言えば振り出しに戻った状態ですが、もう不意打ちはさせません。

 地面から体を起こした玖郎くんの横に、翔さんと珊瑚くんが並びました。

 今度こそ――。

 ここで、クロミを捕まえるのです。


「あーあ、か弱い女の子によってたかって本気なんだから。つまんないの」


 私たちを見て、クロミがそう言いました。


「私たちは本気だよ。遊びじゃない。クロミこそ、もう諦めて降参して」


 茜が、クロミへと呼び掛けました。


「本気、ねぇ。あんた達が次の女王様になったって、何にも変わらないと思うけどね。ねえ、茜。この前も聞かせてもらったけど、もう一度聞かせてくれる?」


 クロミが、茜へと問いを投げ掛けました。


「あんた、どうして女王になりたいの?」


 その問いに。

 茜の答えは――。


「この前も答えた通りだよ。私は、今の地平世界よりもっと、みんなが笑顔で暮らせる世界を作りたい。そのために、女王になるの!」


 そして。

 その答えを受けて――。


「そうそう。それそれ」


 クロミはその口元に、笑いだすのを堪えられないという表情を浮かべて、言いました。


「『今よりもっと笑顔でいられる』って、あんた、あはは――」


 瞬間――。




「――ふざけるなっ!!」




 感情の爆発を見た気がしました。

 一瞬で態度を豹変させたクロミが、一喝とともに全方向に雷の魔法をぶちまけました。

 狙いもない、方向すら定めていない、ただ激情の発露としての雷撃。

 紫電が大気を焼く迫力に負けたというよりは、クロミから発せられる怒気に、私だけでなくみんなが一歩後ずさりました。


「今! 誰が! あの世界で! 笑顔など浮かべている! ――答えろ!!」


 それは、心からの叫びでした。

 少なくとも私にはそう聞こえました。

 天をも焦がす怒りと、それに隠されて海よりも深くそこにある悲しみの慟哭を、見た気がしました。


「――っ」


 茜が、言葉を飲みました。


「自分の世界で何が起きているかを知ろうとしないヤツが! 次の女王だなどど――笑わせるな!」


 クロミは、感情に任せて叫んでいました。

 いつもの仮面に隠された、薄笑いに覆われた、見せかけの気持ちではなく――。

 やっと、彼女がどこにいるのかが分かった気がしたのです。

 だとしても。


「――クロミ、待ってください!」


 私の声は。


「もういい! 茜、あんたの言う通りだ。こっちだって本気だ。遊びは終わり、ついでにあんた達もここで終わりだ!」


 クロミには届きません。

 ぞくり、と。

 背筋に悪寒が走りました。

 一瞬の時差で、その原因に思い至ります。

 それは、クロミの怒りに触れたことでも、遊びは終わりという言葉のせいでもありませんでした。

 それは――展望台の陰から姿を表した、新たな人影のせいでした。

 なぜ、このタイミングで。

 この場所に。

 現れたのか。

 現れることが、できたのか。

 まさか――。

 その人影――男が、身に付けたコートの内側に右手を入れる動作を、まるでスローモーションのように認識しながら――。

 私は。

 玖郎くんに聞かされている、想定される最悪の状況が頭をよぎりました。

 そうです。

 これが――。


「この八人で間違いないな?」

「ええ、そうよ。一人残らず、殺して」


 男が、取り出した拳銃を、私へと向けました。

 これが――。




 玖郎くんの言っていた、『最悪の状況』のはじまりでした。

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