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(2-20)第三章 予定にない嵐(5)

 刹那が、無限へと伸ばされているかのようです。

 極度の集中力が。

 氷の塊の落下を――停滞させて認識させていました。

 まるでスローモーションのようです。

 ゆっくりと流れる時間の中で、私は、氷塊へと手を伸ばしました。

 指先が、冷気の塊に、触れます――。

 ――〈操作〉(オペレート)

 実際には、声に出して魔法を唱える時間すらなかったはずです。

 ただし、私の魔法は、確実に効果を現し――。

 氷は瞬時に水に戻り、私の魔法で空中に停止しました。


「――は」


 思わず止めてしまっていた息を吐きました。

 なんとか、なりましたね。

 安堵するのも束の間、私は他の〈魔法少女〉(プリンセス)達へと視線を走らせました。

 ――大丈夫です。

 みんな、なんとか今の攻撃を防ぎきっています。


「このっ――。みんなを、よくも――」


 茜の声が聞こえました。

 瞬間的に炎が吹き上がります。

 砂浜に珊瑚くんを置き去りにする形で、茜が空中に――クロミの正面へと接近しました。

 瞬間的な加速。

 人の認識を遥かに置き去りにする速度。

 離れたこの位置でさえ、認識できるかどうかという圧倒的速度です。クロミ本人は、例え接近されたことに気づいたとしても、視線の移動が追い付けないはずです。


「――〈生成〉(クリエイト)っ!」


 必殺の気合い。

 自分の大切な人達を傷つけられそうになったことによる、激情の発動。

 茜の苛烈な面が、彼女を突き動かしています。

 一瞬を待たずに、クロミは炎に焼かれて、消し炭も残すことなく――。

 ぎゅん、と音が響きました。


「――ははっ! 遅いねっ!」


 クロミの声は、茜が弾き飛ばされてから聞こえました。

 魔法による攻撃――。

 炎も水も、金属の何かも見えませんでした。一体何が――?


「あの音。圧縮した空気をぶつけたか。風の魔法だな」


 玖郎くんの声が、耳に入りました。

 そうです。

 風の魔法なら、目に見えない発動も納得です。

 それよりも、茜は――。


「お願い、グリちゃん!」


 向日葵ちゃんの声に応えるように、土の〈精霊〉グリフォンが宙を舞い、きりもみ状態で落下する茜を受け止めました。砂浜に墜落する寸前、ギリギリでした。


「はは、二人まとめて――」


 クロミの声。

 いけません。

 この位置とタイミングでは――。


「させないよ! 〈操作〉(オペレート)っ!」


 常盤さんの声が、クロミの攻撃を中断させます。

 例の不自然な移動で空中を滑るクロミ。

 風の魔法による常盤さんの攻撃は、避けられてしまいました。

 いいえ。

 わずかですが、傷を残すことに成功したようです。

 クロミの黒い衣装、その襟元が、鋭利な切り口を見せています。


「あっ。あーあ……この衣装気に入ってるのに。やっぱり四人の〈魔法少女〉(プリンセス)に、あたし一人じゃ厳しいかなぁ」


 そう言いながらも、クロミの口許は余裕の笑みを崩していません。


「なぁんてね。最初っから、あたし一人でなんて思ってないよ。それじゃあ、お待ちかね、いよいよ奥の手の登場だよ!」


 その言葉に続き、クロミは大きく両手を空へと掲げました。

 その動作に視線を奪われる直前――なぜか、玖郎くんの表情が目に入りました。

 その表情は――。

 え――?

 その表情は、高速で思考を巡らす真剣な表情でもなく、敵であるクロミの奥の手に焦燥するものでもなく――いつもの、あの笑顔だったのです。

 悪巧みを思わせる。

 悪い、笑み――。



【玖郎】


〈開門〉(オープンゲート)ぉっ!」


 クロミの叫びが、砂浜に響き渡った。

 その声に応じて、この世界に発現した現象は――。

 変身でも、物の出し入れでもなく。

 ――召喚、だった。

 巨大な瞳。

 僕が真っ先に認識できたのが、その瞳だった。

 あまりに唐突に出現したため、そして、あまりのスケールの違いのため、それが瞳だと分かるまでに時間がかかった。


「――っ……。さすがに、これは――」


 それが『何』であるかをようやく把握し、僕は息を飲んだ。

 それは――。

 巨大なドラゴンだった。

 空想や想像の世界で太古から語られる、あるいは映画や漫画の世界ならばお馴染みの、まさにドラゴンの姿を有していた。

 獅子のように大地を踏みしめる四つ足、気まぐれに振るわれる強大な尾、長い首と、有機的な鎧のような頭部に、矮小な〈魔法少女〉(プリンセス)〈騎士〉(ナイト)を睥睨する瞳。

 その背にはコウモリのような翼まで着いていた。

 おいおい。まさか、このサイズで空まで飛ぼうと言うんじゃないだろうな。

 例えば動物園でゾウを見ても、そのスケールの違いは迫力をともなった威圧感として感じられる。それと比較するのが馬鹿らしいと感じるほどの――圧倒的なサイズの違いだった。

 その大きさのせいで、距離感がおかしくなるほどだ。

 イメージできるのは、その凶悪な牙の並んだ口が、僕達程度であれば咀嚼の必要もなく飲み込んでしまえるということだ。

 その巨大さに見合う質量を有しているはずなのに、自重で圧壊することなく砂浜を踏みしめている。どれだけ強靭な体なのか、想像もできない。


「これ――火吹き山の、サラマンドラ……」


 呆然と呟かれる瑠璃の言葉に呼ばれたかのように。

 そのドラゴンは、大きく息をついた。

 吠えた訳でもない、その動作は、蜃気楼にも似た揺らぎを吐き出した。

 高熱による空気の揺らぎ。

 そして、サラマンドラから連想するに――。

 僕の思考を待たず、ドラゴンが息を吸った。

 ――まずい。


「瑠璃――」

〈操作〉(オペレート)!」


 僕の指示より一瞬早いタイミングで、瑠璃が魔法を唱えた。


「全員、集まれっ!」


 僕の叫びを聞くまでもなく、すべての〈魔法少女〉(プリンセス)〈騎士〉(ナイト)が、それぞれの全力でこちらへ向かってくる。

 一様に青ざめた顔。

 必死に向かう表情。

 ――っ。

 予想通り、ということか。

 おそらく、次に起こることは――。



 ――轟音。

 ――そして、業火。



 認識できる範囲を越えたのか、音が消えてしまったかのように感じる。

 ギリギリのタイミングで全員を内側に納めた、大量の海水による氷の城壁は、なんとか暴力的なまでの炎の濁流を受け止めている。

 それでも、この轟音まで防ぐことはできない。

 まさに魔法世界の〈精霊〉にふさわしい、ファンタジーだと笑い飛ばしたくなる炎の息吹だった。


「――なるほど」


 呟いたはずの、自分の声さえ満足に聞こえない。

 なるほど。

 僕は、轟音がもたらした無音の中で、思考を加速させる。

 〈魔法少女〉(プリンセス)〈騎士〉(ナイト)は、全員この場にいる。

 始まりを告げられている〈試練〉(トライアル)

 突如現れた複数の魔法を操る〈闇の魔法少女〉。

 妨害、革命、戦闘、そして召喚。

 炎の息吹、〈精霊〉サラマンドラ。

 周囲の環境。

 こちらの戦力。

 僕たちの目的。

 期待される状況。

 勝利条件。

 敗北条件。

 そして――。


「敢えて言おう。わざわざこちらから状況を作り出す手間が省けた」


 僕の言葉は。

 自分の耳にすら届かない。


「速度と棒倒しを競う〈試練〉(トライアル)より、効果的に瑠璃を勝利へと導ける」


 それでも。

 敢えて言葉にする。

 無音の中で。

 僕が道を間違えないように。


「――くん。玖郎くん、私たち、どうすれば――」


 瑠璃の声が聞こえた。

 ふん。

 さすがのドラゴンも息が無限に続くと言うわけではないのか。

 ようやく音が戻った世界で。

 瑠璃の作った氷の半球の内側で。

 僕は、不安そうにこちらを見る瑠璃に向かって頷いた。


「心配するな、問題ない」


 文字通り言葉を失っていた〈魔法少女〉(プリンセス)〈騎士〉(ナイト)達には、僕の声が大きく聞こえたのかもしれない。

 動きを揃えたかのように、一斉に僕を見た。

 ふむ。

 好都合だな。


「瑠璃。防御を維持したまま、僕の上着を出せるか?」

「――はい」


 僕の言葉に応じて、瑠璃が僕のウィンドブレーカーを虚空から取り出した。

 〈開門〉(オープンゲート)の内側に、僕が頼んで預けているものだ。

 元々は父さんの持ち物なので、サイズは僕に合っていない。色は、黒に見えるような濃紺。防水性能とポケットの数が多いところが気に入っている。


「綾乃さん、水着で戦闘よりはましでしょう。使ってください」


 僕は、それをそのまま綾乃に渡した。

 〈魔法少女〉(プリンセス)達が〈試練〉(トライアル)に備えて変身していた中、綾乃だけが水着姿のままだったのだ。元々、浜辺で棒倒しをするだけなら、それで問題なかった訳だが。


「あ、ありがとうございます。助かりますわ」


 顔を赤くして、上着を受けとる綾乃。

 言われて、自分の格好を思い出した、というところか。

 さて。

 実のところ、僕は、別に綾乃を気遣った訳ではない。

 サラマンドラの圧倒的な存在感に飲まれてしまっている彼女達――僕の戦力に、『水着で戦闘することに気を回せる程度には余裕である』ことを印象づけるための、言わば演出である。


「い、いーなー……」


 ……僕の相棒である瑠璃すら完全に騙せているので、効果はあるだろう。

 それはともかく。


「茜。あれは魔法世界の〈精霊〉で間違いないか? サラマンドラといっていたが、『火』の精霊で合っているか?」

「うん。火の〈精霊〉サラマンドラ――力が強すぎて、言うことを聞かせられないから、普通はあんなの召喚しないんだけど。でも、あのクロミって、金属の杭や、氷を使ってたし、それなのに――」

「落ち着け。クロミの魔法や正体、狙いについては、今は保留にしておけ。最優先は、あのドラゴンをなんとかすることだ」


 話題に出たことが分かるのか、サラマンドラがその巨大な尾を氷の半球に叩きつけた。

 ふむ。

 この様子なら、防御はまだ持つな。

 僕は、思考を巡らせる。

 この状況を打開するだけでなく、瑠璃を一歩でも女王へと近づけるためには、どうすれば良いか。

 何を勝利条件に設定して、どんな状況を作り出すのがよいのか。

 そして、瑠璃の望みを考慮に入れることを忘れてはならない。

 可能な限り――いや、最優先で、クロミもサラマンドラも命を奪うことはしない。傷つけることすら最小限にするような、そんな状況は――。

 無数の思考を組み上げる。

 条件に合致しないものを高速で排除し、戦略の修正次第で目的を達成できないか検討する。

 それでも。

 まだ――。

 まだ、いくつかの条件が必要だ。


「火の〈精霊〉なら、茜の〈開門〉(オープンゲート)で魔法世界に返せないか?」


 僕は、茜に訪ねた。


「えっ? そんなことできるの? 聞いたことないよ」


 戸惑ったように、茜が答える。


「俺も同じだ。無理なんじゃないか?」


 茜と顔を見合わせた珊瑚も、同じ答えを返した。


「小泉、魔法世界に返すつもりなら、考えが甘いぞ。瑠璃を気遣うのは良いけど、サラマンドラ相手に手加減している余裕はない。全力で倒すしかない」


 いや。

 その結論に飛び付くのは早い――。


「――できるよ」


 静かに断言したのは、向日葵だった。

 ふむ。

 そうだな。

 〈開門〉(オープンゲート)を使った召喚に関しては、真っ先に彼女の意見を聞くべきだった。


「〈精霊〉は、呼び出した魔法使いと別の魔法使いの〈開門〉(オープンゲート)で返せるよ」

「向日葵の経験か? それとも、書物で見たのか?」


 僕は、その情報の信頼度を確認する質問を返す。


「少なくとも、土の〈精霊〉は見たことあるよ。私がもっと小さい頃、間違えて、お城の中にロックバイターを召喚しちゃったの。制御できなくて、返してあげられなかったけど、お母さんの〈開門〉(オープンゲート)で返ってもらったの」


 よし。

 ロックバイターという〈精霊〉がどんな姿形や性質を持つものかは不明だが、向日葵の意見は信頼に値する。

 となると――。


「待って! 私っ――」


 らしくない焦った声で、茜が僕の思考を遮った。


「あんな大きなサラマンドラが通れるような、〈開門〉(オープンゲート)は使えないよ」


 ――。

 それは、完全に盲点だった。

 おいおい、魔法世界の歴史であっても五本の指に入る強大な魔力じゃなかったのか?


「仕方ないんだ。茜は〈生成〉(クリエイト)なら無限にできるけど――〈開門〉(オープンゲート)〈操作〉(オペレート)は苦手なんだ。茜が悪いんじゃないぞ。魔力が大きすぎて――」


 本人に代わって、珊瑚が、必死の表情で言葉を重ねる。

 なるほど、そういうことか。

 大きすぎる魔力は、細かな制御を必要とするような魔法を使う場合には、むしろ妨げになってしまうということか。

 とすると、次の手は――。


「珊瑚先輩はどうです? 幸いにして、ここには火の魔法使いが二人います」


 僕の言葉に、珊瑚も悔しそうに唇を噛んだ。


「っ――。すまん、俺も無理だ。〈開門〉(オープンゲート)は得意だけど――魔力が足りない。サラマンドラが通れるサイズでは、開けない」


 僕は、その言葉から得られた情報にいくつもの修正を加え、道を模索するが――。

 だめだ。

 仕方ない、一から別の方法を――。


「いや。小泉の言う通りだ」


 声を出したのは、常磐だった。


「ここには火の魔法使いが二人いる。これ以上ない幸運だよ。良い? 珊瑚が〈開門〉(オープンゲート)を作って、開くための魔力を茜が出すんだ。二人で協力して、〈開門〉(オープンゲート)を完成させるんだ」


 なるほど。

 そんな裏技が可能だとしたら――。


「それは、常盤さんの思い付きではなく、絶対に可能な方法だと認識すれば良いですか?」

「ああ。一人の風の魔法使いに、別の三人が魔力を送って〈開門〉(オープンゲート)を使うところを見たことがある」


 よし。

 まさに、三人よれば文殊の知恵だ。

 僕一人では切り拓くことができなかった道が、構築され始めている。

 これなら――。

 僕は、顔を上げた。


「みなさん――」


 僕は、この場で僕を見る全員と視線を会わせてから、頭を下げた。


「力を貸してください。ここにいる全員の力が必要です」


 そして。

 僕は、その作戦を説明した。


「まずは、〈試練〉(トライアル)の提案です――」


 順に説明する僕に、〈魔法少女〉(プリンセス)〈騎士〉(ナイト)達の表情が、驚きから納得、そして覚悟へと変わっていく。


「すごい……。そこまで、この一瞬で考えるなんて。――分かった、やってみるよ。珊瑚、お願い、力を貸して」

「ああ。成功するかどうか、俺たちにかかってる、って訳だな」

「はは。天才少年ってのは伊達じゃないね。オッケー、お姉さんも力を貸してやろうじゃないの」

「まさか、そこまで考えていたとは驚きですわ。わたくしとしては、気遣いや、優しさや、わたくしへの恋心の発露でないのは残念ですが――」

「ちょっと難しいけど、頑張ってみるね。うまくできるように、応援してね」

「もちろんだぜ。向日葵には、指一本分もダメージなんて通させない。小泉少年、ナイス人選だ。最後の詰めは任せとけ」


 それぞれが、それぞれの言葉で決意を示した。

 そして――。


「玖郎くん。ありがとうございます――」


 瑠璃は、すでに目に涙を浮かべかけていた。


「瑠璃。涙も感謝も、全部うまく行った後だ。瑠璃にも、辛い思いをさせるが、頼む」


 僕は、ばん、と音を立てるように瑠璃の背中を叩いた。

 これは、おまじないだ。

 瑠璃がこの戦いに立ち向かえるように、僕が瑠璃を信じて共に戦えるよう願いをこめた、おまじない――。


「はい」


 瑠璃の力強い頷きを確認して――。

 僕は、宣言する。

 僕の戦略の――。

 僕たちの戦いの開始を――。


「さあ、条件は整った。あとは、思考通りに行動するだけだ」

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