(2-19)第三章 予定にない嵐(4)
笑みをそのままに、クロミは僕たちを見回した。
仮面に隠された視線が、向かい立つ一人一人を値踏みするかのようだった。
「王位継承試験を邪魔する? そんなことが、本当にできると思っているのか?」
ざっ、と砂を踏みしめ、珊瑚が言いながら前に出た。
珊瑚の移動は、何かあった場合に備えたものだ。
例えば、クロミと名乗る〈闇の魔法少女〉が、問答無用で攻撃魔法を放ったとしても、茜を守れる位置取りへ移動するものだった。
「あら、元気な〈騎士〉様ね。もちろん、そのつもりよ? そうでなければ、わざわざ全員集合している所に出てこないでしょ? ふふふ」
応えるクロミの声は、余裕を全く失わない。
「試してみるか? 少なくとも、俺を突破できない限り、他の〈魔法少女〉にも〈騎士〉にも手が届かないぜ?」
先頭で、未知の存在からのプレッシャーをもっとも強烈に受けている珊瑚は、さらに言葉を重ねて一歩前に出た。
初手を自分に攻撃するよう誘導している。
ふむ。
悪くない。
だが、悪いな珊瑚。
その役目は――。
「まあ、珊瑚先輩。待ってください」
――僕が引き受けるべきだ。
〈保護魔法〉により、あらゆる魔法から守られている僕が。
「玖郎くん――」
「心配ない。合図をしたら防御だ」
「はい」
すれ違いざまに、瑠璃に短く指示を出しておく。
水辺での〈試練〉、しかも、瑠璃が水上を移動することを想定して、携帯電話を用意しなかったのが裏目に出た状況だ。
まあ、この距離だ。
声をあげれば十分届く。
気軽な様子になるよう心がけながら、僕は歩く。
僕は、珊瑚の横に並び立ち、それからゆっくりと横に歩く。
最前線は珊瑚に任せつつ、僕は横にずれて角度を――クロミが注意しなくてはいけない範囲を拡大した形だ。
僕の誘導は、そこそこ効果を上げた。
クロミの視線――は正確には分からないが、少なくとも顔をこちらに向けることに成功している。
「すぐに戦闘モードに入らないでください。まずは話し合いからというのが、地球世界の常識ですよ。まずは、王位継承試験を邪魔しようと考えた理由くらい聞いてあげるべきでしょう」
僕は、余裕を崩さずに珊瑚に声をかける。
言いながら、視線をまっすぐ珊瑚に向け、小さく頷いた。
邪魔をするなと言いたげだった珊瑚が、僕の意図を理解してくれたのか、唇を引き結ぶと小さく頷き返してくれた。
僕は、それを『任せてやるよ』と理解する。
そんなやりとりをしながら、言葉を切った。
「革命が必要だと思った理由、とかね」
僕は、敢えて断言する。
その言葉を、ぶつける。
魔法使いだと思われる少女による〈試練〉の妨害――。その状況だけを考えるなら、動機は無数に想像できる。
革命の他にも、王位継承試験に参加できなかった他の王族や貴族による妨害、あるいは最有力候補として有望視されている茜以外の〈魔法少女〉の派閥という可能性もある。
だが。
革命で間違いない。
そして、その言葉をぶつけられたクロミは――。
「――」
ふん。
顔の上半分を覆った仮面が助けになったのだろう。クロミの表情の変化は読み取れなかった。目の動きや、視線の変化が見えないのはやりにくい。
半分勘のはったりだが、効いたかどうか不明だ。
「ふぅん。どうしてそう思ったか教えてくれる?」
余裕を崩さないまま、クロミが僕を見下ろして言った。
合っていたとも間違っていたともとれる返しだ。
「良いだろう。過去の王位継承試験の中で、大怪我をした参加者がいた。地平世界の女王を決める試験、しかも高位の〈精霊〉が審判を務める試験の最中に、だ。その出来事は、ここにいる〈魔法少女〉ですら知らない。禁忌とされ、伝えられていないからだ」
僕は、常盤の一言から推測した考えから話はじめた。
「それは、『予定にない嵐』という隠語で呼ばれているらしい。〈魔法少女〉であっても『知る必要のないこと』だそうだ」
そう。
あの『雪の宝石』の一件で、常盤が声を荒げてまで話題にすることを避けた、『予定にない嵐』について。
その一言に、強い違和感を覚えたのだ。
すなわち――『私達が知る必要のないことだ』、と。
常盤を含め、知る必要がないことらしい。
常盤のあの時の反応からすると、知ってしまったために軽くない叱責を受けた可能性が高い。あるいは、通常とは違う情報筋から手に入れたか。
どちらにせよ、次の女王になる可能性のある〈魔法少女〉ですら、触れられない情報だ。
つまり、その王政の根幹に関わる情報なのだ。
おそらく――国の醜聞に属する情報。
「〈精霊〉の加護をすり抜けて起こった事故、それが禁忌とされている理由――そこから考えると――」
僕は、結論を口にした。
「その『予定にない嵐』とは、魔法使いによる妨害だ。そして、その目的は王政に対する攻撃――つまり、反乱や革命」
にやり、とクロミの口許が笑ったのを、僕は見逃さなかった。
ふん。
当たり、か。
「少ない情報から、よくそこまで考えたね。すごーい」
余裕を崩さないままで、クロミがそう言った。
「正解、だな?」
「大正解よ。そう、私の目的は、革命よ。だって、そこにいる〈魔法少女〉達より、私の方が女王にふさわしいと思うんだもの」
なるほど。
核心の動機は明かさない、ということか。
だいたい想像はついているが――とすると、説得の方向性は無理、か。
仕方ない。
「ずいぶんと余裕だな。『予定にない嵐』なんて呼ばれているが、このような状況は想定済み、対策済みだ」
「あらぁ? そうなの? みんな驚いていたし、とてもそうとは思えないわね」
ちっ。
なかなか頭も切れるようだ。話題の誘導がうまくいかない。
一人でこの場に乗り込んで来るだけのことはあるということか。
「クロミ自身が言ったはずだ。完璧な不意打ちのはずが、防御された、と。それが事実を表している」
僕は、肩をすくめて見せた。
「当然、今日必ずと思っていた訳ではない。だが、攻撃をしかけてくるとすれば、〈試練〉開始直後だと想定していた」
それは、嘘ではない。
過去にあった『予定にない嵐』において、ジャッジメントの加護があるにも関わらず怪我を負った。そこから考えれば、ジャッジメントが最も手を出しにくい瞬間が狙われたのだと考えられる。つまり、〈試練〉の最中だ。
ジャッジメントが、万能の〈精霊〉であり、あらゆる瞬間のあらゆるアクシデントに対応できると仮定しても、自らが審判を勤める〈試練〉の最中には、その干渉を最低限にしようとするはずだ。
〈試練〉は、その中でおきる様々な不足の事態に対処し、その対応方法なども評価の対象になっているためだ。
「そっかー。確かに、あの防御は、心構えがあったから、って訳ね。納得だわ」
「こちらは、迎え撃つ態勢が整っている。それでも続けるつもりか?」
そう。
これは、言わば瑠璃の意向をくんだ最後通告だ。
彼女は、例え自らの敵であることが判明している相手であろうとも、問答無用で戦闘に突入することを良しとしないだろう。
だから、可能な限り情報を引き出し、戦闘することを通告してからにしようと思った訳だ。
僕の価値感から言えば、先手必勝、拙速であろうとも先の先を取ることで、抵抗の暇もなく制圧してしまいたいのだが――。
〈闇の魔法少女〉であろうと、極悪な魔女であろうと、僕の目的に合致するとなれば、あらゆる利用可能なものを利用する覚悟ができている。
ただし、過去の『予定にない嵐』では、参加者が大怪我を負っている。ジャッジメントという強力無比な〈精霊〉の加護をすり抜けて、だ。
当然、命に関わるほどの危険性が存在すると認識すべきだろう。
さすがに、目的のための利用という多少のメリットは、命のリスクとは釣り合わない。
結論するに――。
「当然でしょ? 対策されてるから帰りますなんて、そんな格好悪いことできなーい」
ふん。
それでは仕方ない。
「それでは、登場して早々で悪いが――ここで潰させてもらう」
【瑠璃】
「ここからの戦闘は、命に関わるリスクがあることを認識しろ。一瞬たりとも油断するな」
玖郎くんの言葉は、私達〈魔法少女〉や〈騎士〉に向けたものでした。
「やっとやる気になったようね? それとも、話が早くて助かるわ、かしら? ふふふ……」
〈闇の魔法少女〉クロミ、そう名乗った彼女は、余裕の笑みを浮かべています。
「偉そうな口を叩くのは、僕の魔法を防ぎ切ってからにするんだな――」
玖郎くんが、その言葉と同時に、大きく右手を振り上げました。
クロミは、余裕の表情を崩さないまま、それでも玖郎くんの行動に集中し――。
「――〈剣〉っ!」
魔法の言葉を叫んだのは、玖郎くんではなく、珊瑚くんでした。
事前に、打ち合わせがあったのでしょうか。
玖郎くんが注意を引き付け、集中させた瞬間に合わせた、絶妙のコンビネーションでした。
おそらく、珊瑚くんは、玖郎くんからの合図を受け取ったのでしょう。
珊瑚くんは、声もなく〈靴〉で移動し、クロミの横に突然現れました。着地と同時に、一切の容赦なく、クロミに切りかかりました。
クロミは、間違いなく不意を突かれていました。にも関わらず――その攻撃を回避していました。
一体どんな種類の魔法を使ったのか見当もつきません。
不自然という一言がふさわしい急加速で上空に――魔法の言葉も、予備動作もなく、上に逃れたのです。
「珊瑚! 上っ! 防御してっ!」
「はははっ! 〈生成〉っ!」
鋭い茜の叫びと、クロミの魔法の言葉が同時でした。
珊瑚くんの真上の位置から、クロミの魔法によって産み出された炎が、珊瑚くんを襲います。
間一髪、珊瑚くんの〈盾〉が間に合いました。
二つの炎が、互いに打ち消し合いながら、熱波と閃光を撒き散らします。
――炎。
クロミは、『火』の魔法を使うのです。
「常盤さん、向日葵、茜達の援護を! 敵の魔法は未知数です。距離をとって攻撃してください。綾乃さんと翔さんは〈魔法少女〉をバックアップ、〈盾〉に集中してください! 瑠璃は待機、万が一の場合、防御と氷結で全員を守れ!」
玖郎くんの声が、戦況を操作します。
〈魔法少女〉による波状攻撃です。
それでも、この指示は、最大火力で制圧するというよりも、防御に重きを置いている印象です。
しかも、海辺という状況で最も力を出せる私を、温存する慎重さです。
玖郎くんなら、一気に封殺しそうな場面ですが、何かを警戒しているか――あるいは、何か考えがあるのかもしれません。
「クロミっ――! 〈生成〉っ!」
茜の炎が、空を焼き尽くそうという勢いで放たれました。
先ほどの、不自然な加速で空中を横に滑り、クロミが炎の奔流から距離を取ります。
――っ、おかしいです。
『火』の魔法使いが空中を移動するなら、〈生成〉の炎が見えるはずなのに――。
「ははっ! 〈魔法少女〉が四人そろってその程度? そんなことじゃ――〈生成〉っ!」
クロミの呪文。
その言葉に応じて、空中に巨大な氷の塊が四つ、まさに魔法のように出現しました。
「バカな!」
常盤さんの叫びが聞こえました。
氷の塊は、すべて四人の〈魔法少女〉の直上に出現していました。
――氷。
ありえません。
複数の属性の魔法を、一人の人間が扱うなんて。
魔法世界の歴史上ですら、誰一人としてそんなことができる魔法使いはいないはずなのに――。
いいえ、思考は後です。
重力に引かれて、落下を始める氷塊――直撃を受ければ怪我ではすまない破壊力を、それはすでに得ています。
「〈盾〉っ!」
翔さんと常盤さん、それに珊瑚くんの声が聞こえました。
私は――皆の無事を確認している暇はありません。
私めがけて落下してくる氷の凶器を、なんとかしないといけません。
「――っ」
小学生一人くらい簡単に潰してしまえる速度を得た氷塊は、目前に迫っています。
悠長に〈操作〉で水を運んで、防御をする時間はありません。
同様に、〈操作〉を使って私自身の体を運んで回避することも間に合いません。
予定にない嵐。
その言葉が示す通り、圧倒的な嵐の前に命の危険すら覚悟しなくてはならない、そんな一瞬――。




