(2-17)第三章 予定にない嵐(2)
【玖郎】
日差しは強いが、風と潮の香りが心地よい。
白い砂浜と、水平線まで見渡せる青い海が、僕の視界一杯に広がっている。
さすがは武者小路家の別荘付属のプライベートビーチである。人が絶えないはずの夏場の出井浜海岸で、誰にも邪魔されない波打ち際と水平線を楽しめるとは。
そして、予想通りではあるが、別室で準備している女子組よりも、僕達男子組の方が早かったようだ。
砂浜に一番乗りした僕は、贅沢にも、一緒に来たメンバーにも邪魔されることなく、この眺めを独り占めしているというわけだ。
と、そんなことを思っていると。
「海だ海だー!」
今日の同行を渋っていたはずの珊瑚と――。
「ひゃっほーっ!」
巨大なシャチの浮き輪をかついだ翔が――。
――何やら大声を上げながら、僕の両側を走り抜けていった。
二人は同時に波打ち際まで走り着き、白いしぶきをあげ始める。
赤いトランクスタイプの水着姿で、波を蹴り上げては歓声を上げる珊瑚はまだ良い。海は初めてという背景や、小学六年生という年齢を考えても、まだ許せる。
ただし、オレンジ色の迷彩柄という謎のセンスで選ばれたボクサータイプの水着姿の翔が、完全に同じテンションというのはいただけない。年長者らしく、準備運動をしろと注意するくらいの配慮を求める。
「海海、海~!」
「きゃっほー!」
と、既視感のある動作で、茜と向日葵が、僕の両側を走り抜けていった。
それぞれの〈騎士〉と全く同じ動作で海へと走り込み、歓声を上げる。
茜の水着は赤色のセパレート、一本の白いラインが縦にアクセントをつけている。
一方の向日葵は、黄色とオレンジ色の中間色をしたワンピースタイプで、肩紐のあたりにヒマワリの花の飾りがついていた。
どちらも、水着のタイプはともかく、予想通りといったところだった。
特に、色のセンスだ。なぜ、〈魔法少女〉達は自分の色を身に付けたがるのだろう。規則でもあるのだろうか。今度瑠璃に確認しよう。
などと、優先順位の低いことを考えていると――。
「おーい、みんな、準備体操が先だろー」
年長組の汚名返上、常盤が常識的な注意をしながら、砂浜に歩いて行く。
常盤の水着は、深緑のビキニタイプだ。といっても、布の面積が極度に小さい訳でもなく、海を楽しむという気合いが現れた選択のようだ。
そういえば。
余談だが、一部で非常に期待された滝沢さんの水着姿は次の機会に持ち越しとなった。別荘の掃除をはじめ、仕事が山積のため、スーツ姿どころか割烹着姿が見られるかもしれない。
ふん。
「さ、小泉さんも一緒に――と、わたくしとしたことが」
僕の横で立ち止まった綾乃は、砂浜に立ち尽くしていた僕に気を使ったのか、声をかけてきて――何かに思い至ったようにそれを止めた。
薄いピンク色のワンピースに、腰にパレオを巻いている。お嬢様である彼女のイメージを崩さない水着姿である。
「何です?」
僕が聞きかえすと、綾乃はふふふと微笑んだ。
「瑠璃さん、来ましたわよ」
悪戯っぽく微笑むと、綾乃は鼻歌でも歌い出しそうな様子で波打ち際へと歩いて行ってしまった。
ふむ。
綾乃のその様子には、思うところがないでもないが。
優先順位は低い。
それよりも、今は――。
「――玖郎くん」
瑠璃の声が、僕を呼んだ。
視線を動かした先には、少し照れ臭そうに視線を外した瑠璃がいた。
――。
ふむ。
そうだな。
僕も、少し舞い上がっていたのかもしれない。
思考が足りないことを、反省すべきだ。
王位継承試験だ、〈試練〉だと言わずに、素直に海を楽しめばよかったのだ。
――少なくとも、瑠璃には僕の考えを伝えずに、純粋に海を楽しんでもらえばよかった。
瑠璃と一緒だと、自分の想像力や思慮が足りず、後悔や自責を感じることが多い。
まったく。
偉そうなことを言うくせに、僕だってまだまだじゃないか。
「あの、どうですか?」
瑠璃が、僕に訪ねた。
それが、僕の心境についてだと言うなら、苦い気持ちで一杯だ。
「変じゃないでしょうか?」
それが、瑠璃の着ている水色の水着のことなら――。
「可愛いと思う。良く似合ってる」
瑠璃は、僕の言葉に目を丸くした。
それからくすぐったそうに微笑んだ。
ほんの少し、頬が赤みを増していた。
「玖郎くんは、ここぞというタイミングを逃さずに欲しい言葉をくれるから、ズルいです」
腰の回りに、水着と同じ色のフリルが飾ってあり、大人びた落ち着きのある服装を選びたがる普段の服装のセンスとの統一感もある。
とても似合っていると思う。
正直なところ、まぶしいような気がして、詳細に見れないのが残念なほどだ。
「玖郎くん、海ですよ」
「そうだな」
意味のないやりとり。
それでも。
僕が台無しにしてしまったかもしれない今日を、瑠璃が少しでも楽しんでくれれば良いと思う。
「玖郎くん、難しい顔をしています。何か考え込んでいます?」
そうだな。
「三人の〈魔法少女〉に対して〈試練〉を仕掛けるタイミングを考えている。海で遊び終わって疲れているタイミングが良いか、瑠璃の体力も万全な今仕掛けるべきか」
「それ、嘘ですね」
あっさり見抜かれてしまった。
少し驚いた。
「ふふ、ありがとうございます」
どう納得したのか、瑠璃は満足そうに笑うと、僕に向かって手を伸ばしてきた。
「行きましょう、海」
僕は、思考が追い付かないうちに、その手をとってしまっていた。
瑠璃に手を引かれるままに砂浜を走る。
夏の日差しに焼かれた砂が暑い。
なんだか夢の中にいるような、現実感を伴わない、ふわふわとした意識で。
僕は、僕の手を引いて走る瑠璃の髪を見ていた。
駆ける瑠璃の動きに合わせて、海辺を抜ける風に吹かれる黒髪。
夏の陽光を受けて、鮮やかな青色を返す、不思議な――魔法世界の〈魔法少女〉の髪。
ぱしゃぱしゃと足元で水音をたてて、僕と瑠璃は海に入った。
「――んーっ」
冷たかったのか、瑠璃が肩をすくめた。
そのままぎゅうっと肩に力が入り――。
「んんんっ、海です!」
ばしゃん、と音を立てながら水面を跳ねて、瑠璃が叫んだ。
「すごいですよ、海! ぜーんぶ、水ですっ!」
はは。
苦笑するしかないような、普段の何倍もテンションの高い瑠璃だった。
僕も一緒に、瑠璃のように気持ち良く笑いたいのに――。
ああ。
胸が痛いな。
「さあ、せっかく全員集合しておるし、いつもと違う場所にいることじゃし、お楽しみの前に〈試練〉じゃよ」
ポン、と音をたてて出てきた精霊。
オリジン・ジャッジメント。
ああ、そうだよ。
そうなることは百も承知だ。
予想の範疇。
狙い通りだと言っても良い。
そのために――。
競争型〈試練〉における勝率が悪い、茜と珊瑚のペアに、少しでも有利な海辺で戦う機械を逃さないように、僕がセッティングしたと言っても良い状況だ。
だけど。
それでも。
なんだよ、もう少し、瑠璃達に楽しい思いをさせても良いじゃないか。
「玖郎くん」
静かに僕の名を呼ぶ瑠璃の瞳は、戦いに望む青い光を宿していた。
それを見て。
――僕は、もう一度後悔と反省をすることになった。
そうだな。
王位継承試験に勝つために。
女王になるために。
誰もが誰もに優しくできる――優しくすることが許される世界を作るために。
この戦いに望む覚悟を、瑠璃は、とっくの昔に終えているのだ。
まったく。
僕が、たかが海くらいで、見失ってどうする。
「――っ」
パンパン、と僕は自分の頬を打った。
よし。
いつも通り、全力で勝利をつかみに行くぞ。
ジャッジメントが、海辺での〈試練〉について説明をはじめた。
僕は、それを一言も逃さず聞く。そして、瑠璃を勝利へ導くために、思考をするのだ。
「今回は、海辺での〈試練〉じゃ。瑠璃姫に有利な場所であることは一目瞭然じゃな。そこで、少し変則的な内容にするぞい」
なるほど、試験の公平性、か。
確かに考慮されてしかるべき不公平だろう。水平線よりはるか向こうまで続く海の全てが瑠璃の力になるというならば、普段扱う魔法などと文字通りスケールの違うことになる。
「一つはチーム分けじゃ。今回は、茜姫、常盤姫、向日葵姫のチームと、瑠璃姫一人が戦う形式とする」
数により、戦力差を調整しようというのか。
ふん。
だが、その程度は想定済みだ。
〈生成〉が得意な瑠璃と海の組み合わせは、三対一の状況であっても勝利が可能――そう分析したからこそ、この状況を作りあげたのだ。
「さらに、今回は〈魔法少女〉と〈騎士〉には別々に勝負をしてもらう」
――っ、そう来たか。
さすがは〈精霊〉の中でも高位の存在とされ、王位継承試験の審判を任されているだけのことはある。確実に、こちらの痛いところを突いてくる。
僕は、実のところ、〈騎士〉ではない――瑠璃と〈契約〉を交わした〈騎士〉ではなく、ただの地球世界の協力者だ。
それは、強大な魔力を持ち、圧倒的な炎を操る茜に勝つために、地球世界の人間を守る〈保護魔法〉を利用するための戦略だ。
瑠璃には、協力者でいる意味をそう伝えている。
僕が考えるメリットは三つ。残りの二つは、発揮される機会がなければ良いと思うようなものだが――それは別の話だ。
とにかく、僕なりの考えがあって、〈騎士〉ではなく協力者でいる訳だ。
だが、その戦略が、今回は裏目に出た。いや、逆手に取られたということだ。
普段と同様に、〈魔法少女〉と〈騎士〉をまとめて相手にするというなら、瑠璃一人に僕が手助けしながら勝利を模索することができる。
しかし、〈騎士〉は〈騎士〉同士で勝負する、となると話が違ってくる。
なにしろ、僕は〈騎士〉ではないのだ。そもそも戦いに参加する資格がない。
加えて、その事実から『〈騎士〉ではない』という真実が明るみに出ないようにしないといけない。
「まずは、〈魔法少女〉の勝負じゃ。向こうに見える小島の周囲を回ってここまで戻ってきてもらう。空を飛んでも、泳いでも良いぞい。つまりは、速さの勝負じゃな」
なるほど。
単純に速度の勝負と見せかけて、その実は妨害合戦となる訳だ。
飛行速度では茜と常盤が有利である。向日葵でさえ〈開門〉で召喚した〈精霊〉の背に乗って飛行することができる。三人が協力して――例えば、茜がひたすら速度に集中し、常盤と向日葵が妨害に集中するという戦略を採用されれば、かなりやっかいだ。
一方の瑠璃の飛行は〈操作〉の応用なので、速度の面では不利だ。
――いや。
以前どこかで、泳ぎが得意な〈精霊〉なら〈開門〉で召喚できると言っていたな。
ふむ。
移動は〈精霊〉に任せて、三人からの妨害の防御と、こちらからの妨害に集中するなら、なんとかなりそうだ。
よし。
〈魔法少女〉戦は勝機がある。
「〈騎士〉の戦いは、そうじゃの、地球世界の砂浜の遊びで『棒倒し』というものがあるじゃろ。あれで決めようかの。最初に棒を倒した〈騎士〉が最下位になり、順に負け抜けて行こうかの」
棒倒し――。
「〈魔法少女〉のレースの順位と、〈騎士〉の順位に応じて点数を与える。一位は五点、二位は三点、三位は一点、四位は零点じゃ。〈魔法少女〉と〈騎士〉の合計点数が最も多いペアが勝ちじゃ。万が一、同点だった場合は、〈魔法少女〉のレースの勝者を勝者としよう。瑠璃姫以外の三人が勝った場合は、チームの三人が勝ちということじゃよ」
――。
思考が加速する。
あらゆる音と光が、思考の後方へと流れ去る。
勝利のための条件を導きだす。
僕は、〈騎士〉でないため、点数を獲得できない。
瑠璃と僕の持ち点は、どんなにがんばっても五点だ。
つまり、勝利するためには――。
レースの順位を見ながら、棒倒しの勝敗を調整し、五点同点の状況を作り出し、瑠璃の勝ちとするしかない。
「綱渡りだが、道はある」
僕は、そう状況を確認すると、瑠璃を安心させるように不敵に見えるように心がけて笑った。
「こちらから状況を作る手間が省けたな。勝つぞ、瑠璃」
状況は厳しい。
こちらが有利になるよう場所を調整したはずなのに、気づけば勝利をつかむことすら紙一重の状況だ。
それでも。
そう、それでも、だ。
負ける訳にはいかない。
可能性がわずかなら、それを増やすための千の策略を。
現実的な確率論を、非現実的な魔法さえも、潜り抜けて勝利するための万の思考を。
僕は、決めたのだ。
瑠璃を助けると。
彼女に、勝利を――。
「さあ、準備はよろしいですかの?」




