(2-15)第二章 雪の宝石を探して(6)
「王位継承試験で敗れた〈魔法少女〉は、女王になれなくても、女王を補佐する立場に――宰相になる、という話でしたか」
常盤さんの話を聞いた玖郎くんが、そう言いました。
その通りなのです。
私のお母さんも、常盤さんと向日葵ちゃんのお母さんも、その宰相なのです。
「常盤さん。失礼を承知で言いますが、宰相でも取り組めると思うなら、今からでも王位継承試験を辞退してはいかがですか?」
玖郎くんっ。
いくらなんでも、それは――。
「はは。小泉は厳しいな。……それでも、女王になれる可能性を夢見ても良いだろ? 諦めてる訳じゃないんだ。周囲の期待も背負ってここに望んでいるしね」
常盤さんはそう応えました。
そうです。
〈魔法少女〉は、自分の願いだけで王位継承試験に望んでいる訳ではないのです。
それを思うと、私は――。
「そうですか。でも、〈試練〉など、一歩間違えば大怪我や命の危険もあるでしょう。それでも、ですか?」
え?
えっと――?
思わず手をとめて、私は玖郎くんの顔を見てしまいました。常盤さんも、同じように、きょとんとした表情で玖郎くんを見てしまっています。
「大怪我? 命の危険? 何それ?」
常盤さんの言葉が、私の心中も表していました。
そんなこと――。
「王位継承試験で、〈魔法少女〉や〈騎士〉が大怪我したなんて、聞いたことないよ」
そうなのです。
突然、変な事言わないで下さい。
確かに、命の危険を感じるような場面には何度も出会いました。
〈試練〉中は必死ですから、ついつい忘れていまいがちですが――。
危ないことなど何もないのです。
玖郎くんについては、実は〈騎士〉ではないので〈保護魔法〉で守られています。
それは特殊としても、王位継承試験で亡くなった人など、『結果として』一人もいないのです。
「ああ。分かりました。そういうことでしたか」
玖郎くんが、何やら納得したように言いました。
「瑠璃。今のでようやく疑問が解けた」
な、なんのことでしょう?
「僕は、王位継承試験は命を賭けた戦いだと思っていた。でも、確かに、そんな話は瑠璃から聞いたこともなかったな」
玖郎くんは、何やらスッキリとした声で言いました。
「瑠璃は、誰もが優しくできる国を作りたいと願っている。その願いと、初対面の僕に、命を賭けた王位継承試験に参加してほしいと頼むことは、矛盾しているように感じていたんだが――なるほど、そういうことか」
なにやら一人で納得しているようです。
一体、何だったのでしょうか。
あ、そう言えば。
「でも、常盤さん。ふと思い出しましたが、何回か前の王位継承試験で、事故で片腕をなくしてしまった人がいたとか。聞いたこと――」
――ありませんか? と聞こうとして。
「瑠璃っ! それは、予定にない――」
突然、常盤さんが怒鳴りました。
何か言いかけて、不自然に口を閉じました。
驚いてしまいました。
「……突然、大声だしてごめん。でも、瑠璃、その話題はやめよう。私達が知る必要のないことだから」
それだけ言って、常盤さんは黙ってしまいました。
誤魔化すように、探し物に戻ってしまいました。
何でしょう。
こんな時、玖郎くんなら――。
「ふん」
あ、玖郎くん、息を一つついて、指輪を探す作業に戻ってしまいました。こんな時、いつもなら絶対に追及の手を緩めないはずなのに。
うう。
私も質問できません。
しばらく時間が経過した後。
ようやく口を開いたのは、玖郎くんでした。
「説明がまだでしたね。僕が、おもちゃ箱の中――まあ、実質は『おもちゃ部屋』でしたが――ここにあると考えた理由を」
玖郎くんは、そう言って話し始めました。
「ほぼ直感任せの考えですが――おばあさんが綾乃さんに渡した指輪は、模造品の真珠を使った別物にすり替えられていた可能性があります」
手分けして探しながら、玖郎くんがそう言いました。
私も、手を休める訳にはいきませんね。
「高価な真珠の指輪を、子どもにそのまま渡してしまうはずがない。それが理由です」
小さな小箱を見つけました。
いかにも女の子の指輪など入っていそうです。
開けるとオルゴールが鳴るしかけの箱だったらしく、リンと一音だけ音がしました。
指輪、ありました!
「あっ――」
あった、と叫びかけて、私は思い直しました。
確かに指輪は入っているものの、『雪の宝石』と見まごうような白くてきれいな指輪はありません。
赤や緑の透明な宝石は、おそらく色のついたプラスチックでしょう。他にも、黒ずんだ玉のついた指輪や、金メッキがはがれかけた首飾りなどが入っていました。
その箱をもとの場所に戻して、次を探します。
「模造品であれば、大人が回収する理由はありません。この部屋にあるのが自然でしょう。しかし、だとすれば綾乃さんが探した時点で見つかったはずです」
玖郎くんの言葉を聞きながら、私は次に段ボール箱を開けました。
少し高級そうな人形と目が合いました。
ちょっと怖いなと思ってしまったことを心の中で謝りながら、もう一度箱の中に戻ってもらいます。
「では、指輪が模造品ではない場合。先程の話を聞く限り、綾乃さんのおばあさんは豪放磊落――いえ、度量の大きな方だったようなので、本物を渡していた可能性もあります」
次の箱を開けると、小さな可愛らしいドレスが入っていました。
触ってみると、布の質感が高級品ではないようです。綾乃さんのお家のことを考えると、きちんとしたドレスと言うよりは、遊ぶ時――それこそ、お姫様ごっこをする時に使う、おもちゃのドレスのようです。
とすると――。
私は、小さな可能性に気付いて、ドレスについたポケットの中も確認することにしました。
「指輪が本物なら、やはり大人が回収したと考えることが自然です。ただし、滝沢さん達が探して、見逃すとも思えません。宝物室も可能性はない、と判断して良いでしょう」
ドレスのポケットにはありませんでした。
砂粒のような小石が一つ、転がり出てきただけでした。
さあ、次です。
「となると、残された可能性は一つです。指輪が本物であり、この部屋にある可能性です」
え?
でも、その場合は――。
「おばあさんは、綾乃さんが『大切にする』と約束したのに、自分から約束を反故にするようにその指輪を回収することを嫌ったと考えられます。使用人の人たちにも、放っておくように指示を出したと考えれば、この部屋にある可能性が高まってきます。しかし、先程も言ったように、この部屋は綾乃さんが探しています。とすれば――」
玖郎くんは、一度言葉を切ってから、続けました。
「――見つからなかった理由があるはずです。例えば、そう、『雪の宝石』だと思うほど純白に輝いていたはずの真珠が、十年の時間を経て劣化し、黒ずんでしまっていた場合――」
え?
あ、ああ。
そうです。真珠は、いつまでも純白ではありません――。
あ、という事は――。
「さっきの、オルゴールの――」
「ありましたわ」
綾乃さんの手の中には、オルゴールの箱がありました。
先程、私が手に取って、気付かずに通り過ぎてしまった、箱でした。
綾乃さんが、その中にあるものを静かに見つめています。
「これですわ」
すっ、と綾乃さんが指輪をはめました。
幼い頃には余っただろうリングが、綾乃さんの指にはまりました。
今では黒ずんでしまって、とても『雪の宝石』だとは思えないような――それでも、大切な大切な想い出の真珠がはまった指輪でした。
「ありがとう。――ありがとう、ございます」
その指輪を見つめて。
綾乃さんの瞳から、音もなく涙が流れ落ちました。
【玖郎】
綾乃の頼みごとを、無事解決することができた。
綾乃が喜んでいたことは間違いないようだし、これも王位継承試験の〈仕事〉としてポイント加算が期待できるだろう。
手洗いを借りて廊下に出ると、その綾乃が一人で立っていた。
なるほど。
説明する意思はある、ということか。
「常盤さんと瑠璃は、さっきの客間ですか?」
「ええ。準備ができ次第、先に車に乗ってもらうよう滝沢に言ってあります」
それから、綾乃は改めて僕に頭を下げた。
「今日はありがとうございました」
ふん。
「何がです?」
「指輪を見つけていただいたことですわ」
にっこりとほほ笑む綾乃。
そう言えば、涙の跡がなくなっている。いつの間にか、という表現がふさわしいな。
「指輪があの部屋にあることを、知っていたのに?」
僕は、余計な前置きを全て省略して、本題を切り出した。
「ふふ。そうですわね。それでは、『気付いても黙っていて下さったこと』へのお礼ですわ」
あっさりと、綾乃はそのことを認めた。
ふん。
そもそも、綾乃の行動や説明は矛盾だらけだった。
例えば、滝沢さん達に指輪を探すことを頼んだのに、自分の部屋は自分一人で探している。
その他にも――。
「質問してもよろしいですか? まずは――いつから気付いていました?」
「最初からです。そもそも頼みごとがあると僕達を招いたのに、瑠璃と常盤の〈試練〉を悠長に観戦していましたよね。期日の迫った三回忌までに指輪を探したいにも関わらず、です。あまり見くびらないでください」
僕は、できるだけ冷たい視線を向けるよう意識しながらそう応えた。
「あっ――。では、確信したのは?」
その質問の答えはこうだ。
「手袋です。『本当に』真珠が劣化していたので気付かなかった、という可能性はありました。そこで、あえて滝沢さんに手袋をお願いしてみたのです。綾乃さんは真珠の扱いを心得ていました。僕を欺こうとするいは、演技力ともかく、設定が甘かったですね」
「んっ――。や、やっぱり小泉さんの目は欺けませんでしたね」
ふん。
まあ、理由が理由だからな。
「常盤さんの目を欺ければ十分だった訳ですね? 協力した、と思ってくれて結構ですよ」
「そこまで気付いていましたか。さすがですわね」
大したことではない。
「『雪の宝石』を探すことはついで、本命は常盤のモヤモヤした気持ち、ですか」
「その通りですわ。あの三つ巴〈試練〉以降、なんだか考え込んでいたようでしたから。何かのきっかけになれば良いかと思いまして。まさか、競争型の〈試練〉を提案してしまうとは思いませんでしたわ」
綾乃がそう言って微笑んだ。
ふん。
その言葉すら、本心かどうか疑わしいな。
「常盤さんのため、と気付いた理由をお伺いしても?」
「用件が探し物なのに、瑠璃と僕にしか頼まなかったことが理由です。人手が必要なら――滝沢さん達がいることは抜きにしても――あの場には他の〈魔法少女〉も〈騎士〉もいました。最初から全部矛盾していたんですよ。馬鹿にしないでください」
「はうっ――。ええ、あの、失礼いたしましたわ」
というか――。
「気になっていたんですが、その『あ』とか『ん』とか何ですか?」
僕のその言葉に、綾乃はなぜか頬を赤くした。
応えはない。
「何です?」
再度、尋ねると――。
「そ、その……。自分で言うのもなんですが、わたくし、両親からも親族からも、もちろん使用人からも大切に――蝶よ花よと大事に育てられたものですから。その……」
綾乃は、頬を染めたまま、瞳に目をためるようにして、ようやく答えた。
「小泉さんに、厳しい言葉をかけられたり、冷たい反応を返されると、その、胸がきゅんとしてしまって」
――は?
――はあ?
「以前の三つ巴の〈試練〉の時に、ベンチに縛られてからというもの、その、どうにも我慢ができなく――。ああ、もうっ!」
唐突に大声を出す綾乃。
なぜか、怒ったように上目使いで僕を睨む綾乃。
「このまま変なクセがついてしまったら、責任をとってもらいますわよ!」
は。
つまり……?
いや、確かに、そういう性癖が世の中に存在することは知識としては知っているが……。
「せ、責任と言われても――」
僕が言いよどむと。
「わたくしと結婚して下さい!」
は?
はは。
まったく。お淑やかなお嬢様のクセに、斬り込むと決めたら、ためらわずに大上段から振り下ろすんだな。
なるほど。
とすれば、僕の答えは――。
「それはできません。お断りします」
僕の言葉に、綾乃は微笑んで見せた。
ん。
予想と違う反応だ。
「フラれてしまいました。それは、やっぱり瑠璃さんが理由ですか?」
「そうです」
綾乃が手のうちを明かしている以上、僕が言葉を飾る理由はないだろう。そう思って、直球で返してしまったが、これは――。
「そうですか。妬けちゃいますわね」
ふむ。
「さあ、そろそろ行きましょうか。常盤さん達が待っていますわ」
そのあっさりした引き際を見るに。
冗談だったのか?
からかわれた、とか――?
というか、『瑠璃が理由で結婚できない』と言わされた、とか?
判断に迷うが――。
そうだな。
優先順位は低い。
――今はまだ、かもしれないが。
僕は、足早に先導する綾乃を追いかけ、瑠璃達の待つ場所へと向かった。




