(2-13)第二章 雪の宝石を探して(4)
「順番に戦うなら、先攻の方が不利だね。よし、私からやるよ」
常盤さんはそう言いました。
レンガゴレムの動き方、有効な攻撃方法など、先攻は全て初見で対処する必要があります。一方の後攻は、一人目の戦い方を参考にすれば良いので、かなり有利です。
そんな状況を理解した上で、常磐さんが、わざわざ先攻を選んでくれました。
「ふむふむ。それでは、常盤姫から行きましょうかの。準備はよろしいかな?」
「〈開門〉」
常盤さんの声に応じて、ふわりと風が生じました。
それは一呼吸の後に竜巻のように渦巻く突風に変わり、常盤さんの全身を包み隠してしまいます。
そして、次の瞬間、嘘のように消え去った風の中から姿を現した常盤さんは――〈魔法少女〉の姿に変わっていました。
後頭部の高い位置で一つにまとめた髪は、鮮やかな緑色に変わっています。風の残滓に吹かれ、髪が肩のあたりで揺れました。
髪と同じく鮮やかな緑色に変わった瞳が、まっすぐに私を見ました。
私の〈魔法少女〉の衣装とは色違いの――黄緑色、深緑色、青緑色といった緑系統でまとめられた〈魔法少女〉の衣装です。フリルの量やリボンが控え目なだけで、ぐっと大人っぽくなり、年上の常盤さんに似合うものになっています。
「ああ。いつでも良いよ」
常盤さんの言葉に応えるように、レンガゴレムの一体が前に進み出て、常盤さんに向かいました。
同時にもう一体とジャッ爺は、場所を譲るようにその場を離れます。
「それでは――」
いよいよ、ジャッ爺が、〈試練〉の開始を告げます。
「――始め!」
【玖郎】
「――始め!」
〈精霊〉ジャッジメントの声が、〈試練〉の開始を告げた。
意外にも先手を取ったのは、戦闘によって倒すべき――行動不能にすべきターゲットである、〈精霊〉レンガゴレムだった。
その体に充填させたエネルギーを一気に解き放ったかのように、巨体に似合わぬ瞬発力で常盤に飛び掛かった。
同時に、巨大な右腕を振り上げ、標的に叩きつける。
僕の足元まで、地響きが伝わってきた。戦闘から離れた位置に立っているにも関わらず、だ。
レンガでできた拳が、地面を陥没させ、土煙を立てた。
そして、常盤は――。
「――遅いっ!」
空中にいた。
離れた位置から見ているのでなければ、間違いなく姿を見失っただろう。
それほどまでに急激な移動だった。
常盤は、風の〈操作〉で瞬間的に上へと逃れたのだ。
側転の途中のような――頭を下、足を上にした体勢でなお、相手に苛烈な視線を向けている。
「悪いけど、時間優先で倒させてもらうよ」
常盤がそう呟くのと同時。
彼女の両足は、何もないはずの空中を踏みしめた。
あれは――。
おそらく、〈操作〉を応用して、空中に高密度の空気の固まりを作って、それを足場にしているのだろう。
これまで常盤が使っていた、風によって体を運ぶ、あるいは空気抵抗を操って加速するといった移動方法よりも一段上の概念だ。
常盤はその足場を蹴り、鋭角に方向転換して、一気にレンガゴレムとの距離を詰める。
一撃目の挙動は素早いものだったが、重い巨体が邪魔をするためレンガゴレムの動きは鈍重だ。
文字通り風のように動く常盤に対応できない。
「〈操作〉っ」
常盤の魔法の言葉に応じて、真空の刃が生み出される。
その攻撃は、レンガゴレムの未だ地面を叩いた姿勢のままの右腕――その関節部分を狙っている。
確かに可動部を狙った攻撃は、見るからに堅牢な装甲部分を狙うよりも堅実だ。特に四肢を切り取ることが可能であれば、勝利条件である『十秒以上身動きが取れない』状態にすることができる。
しかし。
真空の刃は、レンガを切断するには弱い。
僕は瞬時にそう判断した。
人間や、あるいは有機物で構成された生物の体表面ならともかく、硬質の鎧のような無機物の体を切断するのは、真空の刃では無理だ。
できたとしても、わずかにその表面を削り、小さい傷をつけるだけだ。
無理に真空の刃を使って切断しようとするなら――寸分違わず同じ位置に、何度も何度も切りつけるしかない。
それは、余りにも現実離れした、実現困難な――。
キキキキキキキンッ。
僕の思考を中断するように、音が響いた。
それはまるで、真空の刃を、レンガでできた装甲に向け、寸分違わぬ同じ場所に、無数に、無限に、切りつけたような音だった。
なるほど。
魔法で生み出した刃であっても、何度も間合いを計り、何度も切りつけることは――しかも完全に同じ場所に、である――至難だと思ったが、そんな方法があったか。
すなわち、無数の斬撃を、一回の攻撃にまとめて放つ。
確かに、この方法なら――。
ゴトリ、とレンガゴレムの右腕が地面に落ちた。
――強固な装甲ですら、突破できる。
ふん。
常盤の魔法は、前回の直接対決である三つ巴の〈試練〉から、飛躍的に進歩していると言える。
それば、彼女のたゆまぬ研鑽を表している。
加えて、あの決着がどれほど悔しかったのかも表しているのだろう。
「次っ!」
常盤は、気迫の叫びと共に、跳ぶ。
空中を三度蹴り、彼女を捕まえようと伸ばされる〈精霊〉の手をすり抜けた。その勢いのまま、レンガゴレムの後方に回り込んだ。
背後から、レンガでできた巨大な両足の太ももに、両手で触れる。
「――っ! 〈操作〉っ!」
苛烈と表現したくなる鋭さで、常盤が叫んだ。
応じて、先程に倍する激しさの斬撃音が響いた。
轟いた、と言うべきか。
そして――。
起こった現象に、さすがの僕も息を飲んでしまった。
レンガゴレムの両足が、左右同時に砕けたのだ。
自らの巨体を支えきれずに、地響きとともに地面へと崩れ落ちる〈精霊〉。
そうか。
両手にそれぞれ真空の刃を作り出し、無限と言うべき回数叩きつけたのだ。
片手に集中した一撃目と比較して、その威力は落ちたかもしれない。それでも、レンガゴレムの両足は、その巨大な体重を支えていたのだ。半分も切断すれば――あるいは、わずかでも亀裂が入れば、自壊する。
綿密に練られた攻撃方法だった訳だ。
あるいは、常盤の戦闘センスがそれを可能にしたのか。
どちらにせよ、これで決着が着いたも同然だった。
レンガゴレムは左腕一本を必死に動かし、なんとか常盤から距離を取ろうともがく。
そんな様子を、風の〈魔法少女〉は無慈悲に見下ろしていた。
すっ、と常盤は右手をかざした。
レンガゴレムの唯一動く左腕に向けて――。
「〈操作〉」
真空の刃が、レンガを砕く音が響いた。
これで決まり、だった。
レンガゴレムが動きを止め、そして十秒――。
「そこまでじゃ」
ジャッジメントの声が、〈試練〉の前半の終了を告げた。
「常盤姫の記録は、一分十六秒じゃ」
その声とともに、身動きのとれなくなった一体目のレンガゴレムは、ふわりと姿を消した。
「よし。イメージ通り、こんなものだね」
満足気に常盤はそう言った。
それにしても――。
残酷。
そう感じても無理はない。
そんな戦闘だった。
何しろ四肢を引きちぎって行動力を奪っての勝利だ。
それは、人ならざる〈精霊〉に対しても、傷つくことを嫌うような優しい人物にとっては、思わず目をそらしたくなる光景だった。
そして。
瑠璃は――。
そう。
わざわざ確認するまでもなかった。
瑠璃は――例え〈精霊〉であっても、〈試練〉の目標であっても、傷ついて欲しくないと願っている彼女は――。
瞬間も目をそらすことなく、常盤の〈試練〉を見つめていた。
血色を失うまで強く握られた拳。
蒼白と言ってよい顔色。
噛み締められた唇。
どれもが、彼女の心中を表している。
それでも。
瑠璃は、ほんの一瞬であろうと、目を逸らさなかった。
それが、彼女の覚悟だ。
「さて、次は瑠璃姫の番じゃよ? 用意は良いかの?」
ジャッジメントが、瑠璃へと言葉をかけた。
「準備はできています。いつでもどうぞ」
それに応えて、瑠璃が静かに頷いた。
「って、瑠璃、変身しないのか? 集中力が――いや、防御力が――」
慌てたように常盤がそう言った。
〈魔法少女〉の衣装が持つ表向きの機能は、正体を隠すことだ。髪と瞳の色も鮮やかな原色に変化するため、印象が大きく変わる。
加えて、普段と違う衣装に身を包むことで、意識を切り替え、集中力を高める効果があると言うことだ。その常盤の言葉は、僕も予測していたものだった。
しかし、どうやら防御力に関する効果もあるようだ。さすがはメイド・イン・地平世界と言ったところか。
「必要ありません。ジャッ爺、いつでも始めてください」
「ふむむ。瑠璃姫がそう言うなら――それでは――」
ジャッジメントが〈試練〉後半の開始を宣言しようと、息を吸った。
意識して観察すれば明確だが、レンガゴレムの初動は、常盤の時と同じ行動パターンのようだ。
瞬時に接敵し、巨体を活かした拳の一撃を放つべく、その両足に容赦のない力が込められている。
そうだな。
僕の予測では――。
瑠璃がレンガゴレムを行動不能にするまでの時間は、最短で三十秒だろう。
今回の〈試練〉の内容は、偶然にも特訓していたアレが効果的だ。加えて、瑠璃が事前にルールを誘導し、自らの勝利の布石になるよう調整している。
一方で、瑠璃は〈生成〉で水を作り出すことが苦手だ。水を用意する時間はどうしても必要である。
以上の条件を考慮して、三十秒だ。
見たところ、瑠璃は非常に集中できているようだ。
わざわざ〈魔法少女〉の衣装に変える手間を惜しんだのも、この集中を途切れさせないためだと思われる。
さあ、瑠璃のお手並み拝見だ。
「――始め!」
ジャッジメントの声が響いた。
瞬間。
〈精霊〉レンガゴレムが地面を蹴り、瑠璃へと飛び掛かる――。
――いや。
それは、現実にはならなかった。
ジャッジメントの声と同時に。
上空より巨大な――レンガゴレムの全身を包み込んでなお余りある量の、水の塊が落ちてきたのだ。
瞬く間もなく、レンガゴレムはその全身を水没させてしまう。
しかも、その水の塊は、自然法則に従って流れ去ることなく、球形を保ったまま、そこに存在している。
――瑠璃の〈操作〉だ。
ふむ。
つまり、こういうことだ。
瑠璃は、常盤が戦っている間に、既に水を用意していたのだ。
おそらく、水音が聞こえていた――瑠璃が水の気配を感じることができる――滝の水を〈操作〉で運んでおいたのだろう。
気づかれないよう、遥か上空に、常盤の一分十六秒を利用して、水の塊を用意していたのだ。
それを保持するために、〈開門〉で変身することを避けた、と言うわけだ。
これは、僕の予想を遥かに上回る戦果だった。
良く考えたなどと褒めるレベルではない。僕も見習わなくてはいけない。
そして。
水が上空より飛来しレンガゴレムを飲み込んだ、まさにその次の瞬間には、決していた。
「――〈操作〉っ!」
――パシン!
瑠璃の気合いの声。
そして、瑠璃が両の手のひらを叩き合わせる音。
両者が同時に響いた瞬間――。
――水の塊が、一瞬にして凍りついた。
文字通りの氷結である。
これが、特訓の成果だ。
〈試練〉前に、瑠璃に使用を許可した『アレ』である。
水の中に存在する――正確に言うなら水を構成する全ての水分子の動きを止め、整列させる。
全運動エネルギーを、魔法で奪い去るのだ。
当然、水の――いや、氷の塊の中に飲み込まれた存在は、一瞬にして身動きを封じられる。
そう。
だから、これで決着だ。
十秒――。
「――そこまでじゃ。驚きましたぞ。瑠璃姫の記録は、十二秒。この〈試練〉は、瑠璃姫の勝ちじゃ」
その宣言が終わらないうちに、瑠璃は氷を元の水へと戻した。
大量の水が、今度こそ物理法則に従って流れ落ち、地面を濡らした。
解放されたレンガゴレムが、当惑を隠せないように体を動かしたことを確認して、瑠璃は大きく息をついた。
「ふぅ」
まったく。
僕の〈魔法少女〉は、一貫して相変わらずのようだ。
そして、その決着の結果――。
「くくっ――」
意外なことに。
「あっはっは。参ったね、私の完敗だよ。やー、昔はこんなに実力差はなかったんだけどね。やっぱり覚悟の差かぁ。――うん、よし。分かった。スッキリしたよ」
常盤は、そう言って愉快そうに笑ったのだった。
「さあ、私のワガママはここまで。本題の、綾乃の頼み事を聞いて欲しい」
常盤は言った。
「失くしてしまった、綾乃の『雪の宝石』を探して欲しいんだ」




