(1-13)第二章 悪い魔女(3)
「むむっ!」
ジャッジメントの顔色が変わった。
「そう思い至った理由を説明しましょう。と言うより、ジャッジメント様、あなたが教えてくれたんですよ? 〈保護魔法〉――確か、地球世界の人間が魔法による影響を受けないようにする魔法、でしたか?」
一字一句違わずに、言ってやる。
「でも、考えてみるとおかしいですよね? 瑠璃には既に確認しましたが、『強制送還魔法の発動で、委員長が真っ逆さまに落ちてぺちゃんこ、命に係わる』と言ったのは、間違いなくあなたですよね?」
「いや、それはじゃな……。そう、〈保護魔法〉は、王位継承試験については無効化されることに――」
「おや、おかしいですね。それだと、この僕自身が体験した、瑠璃が〈操作〉した水に乗れなかった事実と矛盾するのでは?」
僕は、容赦なく追い詰める。
「それは、むむむ、それはじゃな……。そうじゃ! 小童はまだ〈騎士〉の契約を結んでおらん。だから、王位継承試験と無関係と判断された訳じゃ」
そうじゃ! とか言う時点で、たった今思いついた理由だとバレバレだ。
でも見事と言っておこう。良く気が付いたと褒めたいくらいだ。確かに、それが現状で唯一残された逃げ道なのだ。
だけど、逃がさない。ここから連続でチェックをかける。
「とすると、ますますおかしい。僕は、ほとんど終端速度で地面に激突するはずだった瑠璃と委員長の下敷きになって、かすり傷一つなかったんですよ?」
そう。
瑠璃には減速が十分だったと伝えたが、それは嘘――まあ、方便だ。
現実は違う。
瑠璃が落下する委員長に追いついたのは、一般的な建物の三階よりも低い位置だ。その時点で二人の速度は、ほとんど終端速度に到達していた。そんな状態では――しかも地上に到達するまでという厳しい条件下では、生半可な減速では止まれない。もし、止まれるほどの加速度で無理矢理に減速したとすれば、瑠璃たちの体が壊れてしまう。
あの時の僕は、地面と衝突する際の衝撃を少しでも緩和しようと、二人の落下地点へと飛び込んだ。冗談ではなく、内臓破裂や骨折を覚悟した。
いや、認めよう。二人を助けようと反射的に行動したが、あれは自分の命を粗末にするレベルの危険な行為だった。そのはずだった。――それが、誰一人として、かすり傷一つなかったのだ。
「間違いなく、〈保護魔法〉は発動していましたね?」
ジャッジメントは、本当に渋々と頷いた。
「さて。ここからが本題です。『瑠璃が次期女王になるよう採点しろ』というような無茶を言うつもりはありません。――僕はあなたに色々と聞きたいことがあります。ぜひ快く質問に答えてください」
「なんじゃと! 黙って聞いていれば偉そうに! なぜ小童にそんな――」
その怒りを可愛い瞳に宿して、声を荒げるジャッジメント。
僕は、それを遮って言ってやる。
「そんな大声を出して良いんですか? 瑠璃に聞かれて困るのは、あなたでしょう? なにしろ、瑠璃に対して『委員長の命が危ない』とか嘘をついたのは、ジャッジメント様ですからね」
ぐう、とか変な声を出して、ジャッジメントが黙った。
「嘘を吐いたジャッジメント様に対して、瑠璃は『本当は規則とかあるはずなのに、協力してくれましたね。本当にありがとうございます』とか、青い目に涙をためながら、お礼を言っていました。瑠璃は『ジャッ爺、大好きです』とも言っていたし――あなたは本当に、好かれて、懐かれて、慕われているんですね。純真に信頼してくれている瑠璃を、あなたは裏切った訳だ」
さあ、これでチェックメイトだ。
「この事を知ったら、瑠璃は傷つくでしょうね」
がっくり、と。
ジャッジメントは空中に短い膝を付いた。
「僕は、昨日の〈試練〉でのあなたの嘘を、瑠璃に黙っている。その報酬として、あなたは僕の質問に快く答える。どうです? 悪い取引ではないでしょう?」
やがて、ジャッジメントはついに観念して言った。
「わかった。わしの負けじゃ。できることなら協力しよう。なんでも聞いてくれ」
「まずは、王位継承試験について確認させて下さい」
僕は、全体の概要から把握し直すことにした。
瑠璃というフィルターを通さずに、ルールを確認できる貴重な機会である。それも審判である〈精霊〉ジャッジメントに直接聞けるのだ。できる限り多くの、有効な情報を集めたいところだ。
「王位継承試験では、四人の〈女王候補〉が、一年間の試験期間を通して採点される。その得点の合計が最も高かった一人が、次の女王に決まる。間違いはありませんね?」
「その通りじゃ」
では、次だ。
「採点対象は、昨日の『フーセンクラゲ捕獲』のような〈試練〉の結果ですね? 結果に到達するまでの過程も採点対象ですか?」
僕の問いに対する、ジャッジメントの答えは。
「うむ。過程も採点しておる。結果が成功でも過程に問題があれば点数は低く、逆に結果が失敗であっても素晴らしい過程を経たなら考慮した点数をつける。――じゃが、採点の対象となるのは〈試練〉だけではないぞ。その他に、〈仕事〉というものがある」
「〈仕事〉?」
僕は、言葉を返すことで詳細な説明を求める。
「〈仕事〉は、魔法を司る者の本来の役割じゃよ。〈魔法少女〉でもそれは変わらん。普段の生活の中で、誰かの不幸を退け、誰かに幸せをもたらすのじゃ」
なるほど。〈魔法少女〉の仕事、というわけか。
「不幸を退ける。幸せをもたらす。その結果と過程が採点対象ですね? 〈試練〉のようにジャッジメント様が用意する課題ではなく、自分自身で解くべき問題を探す、という理解で間違いないですね?」
「その通りじゃ。やれやれ、小童は理解が良すぎてつまらん。次は何じゃ?」
もう説明することに抵抗はないのだろう。ジャッジメントは次の質問を促した。
「そうですね。では、先程の〈保護魔法〉について。地球世界の人間が魔法による影響を受けないようにする魔法、と言っていましたが、『影響を受ける』の線引きは? 僕は水で飛べなかった。でも、委員長はフーセンクラゲによって空へ連れ去られた。落下について言えば、僕と委員長が無傷だっただけでなく、地平世界の瑠璃も無傷だった。なんだか一貫性がないように思えますが?」
ふうむ、とジャッジメントは呻いた。
「〈保護魔法〉は、三代目の女王と三人の側近が、この地球世界を、魔法から守るためにかけた魔法じゃ。実は、細かい条件などはわしも知らんのじゃ。聞くところによると――基本となるのは、地球世界の人間の、体や心が傷つかないようにすること。そして、地球世界の人間が、意図して魔法の影響を受けないようにすること、と聞いておる」
なるほど。
僕は、魔法を使って空を飛ぶつもりだったので、水には乗れなかった。対して、委員長の場合は彼女の意志ではなかったので、フーセンクラゲによって空を飛べた訳だ。
落下の衝撃で僕と委員長は、間違いなく大怪我をしたはずだ。だから守られた。その時に、地平世界の人間である瑠璃も守られたのは――守られたように見えたのは、僕を守るため瑠璃の落下速度が打ち消されたから、というところだろう。
そうか。委員長がフーセンクラゲにさらわれたのは、体も心も傷つかないからだ。その後、彼女は気絶してしまった訳だが、それは高さに対する恐怖が原因で、魔法のせいではない――少し分かってきた。
次だ。
ここからは、僕が今後の戦略を考えるために、特に必要な質問になるはずだ。
「それから、他の候補についても聞いておきましょう。王位継承試験に参加しているのは、瑠璃も含めて四人の〈女王候補〉で間違いありませんね?」
「そうじゃ」
その答えに、僕は頷く。
「瑠璃以外の〈女王候補〉には、みんな〈騎士〉がいるんですか?」
その質問に、ジャッジメントは頷いて見せた。
「うむ。今の時点で、瑠璃姫以外の全ての〈女王候補〉が、〈騎士〉の契約を結んでおるな。やはり、〈試練〉でも〈仕事〉でも、〈騎士〉の力があれば心強い。逆に、〈騎士〉がいない今の瑠璃姫は、競争形式の〈試練〉でも始まってしまったら、かなり不利になるな。小童も覚悟が決まっておるなら、早く〈騎士〉の契約を結ぶことじゃ」
「〈騎士〉が〈女王候補〉を助けて試験に挑むことは理解しています。で、その〈騎士〉ですが――」
僕は、さらに質問を重ねる。
「一体、何ができるんです?」
「地球世界の人間でありながら、地平世界の人間と同等に見なされる」
それは、先程の〈保護魔法〉の話に直結するだろう。魔法によって、体や心が傷つくことがある代わりに、意図して魔法の影響を受けることができる訳だ。
「その上、簡単な魔法が使えるようになるのじゃ。〈魔法少女〉の魔法属性の――瑠璃姫ならば『水』じゃな――〈剣〉と〈盾〉と〈靴〉じゃ。簡単に言うと、攻撃と防御と移動の魔法じゃな。イメージできるかの?」
「ええ、問題ありません」
それなら確かに、王位継承試験――特に〈試練〉において〈騎士〉の役割はかなり大きい。自分の盾として使うもよし、攻撃に使うなら挟撃など戦略の幅が広がる。いるといないのでは大違いだ。
よし。
これで、必要な情報は抑えたように感じた。
僕の頭の中には、瑠璃を助けて王位継承試験に臨むための、アプローチが出来上がりつつあった。
「〈女王候補〉を助けるには、〈騎士〉になる必要がある。それは正確ではないんでしょう?」
「なんじゃと?」
僕の言葉がよほど意外だったのか、ジャッジメントはまじまじと僕の顔を見た。
「つまり、そう、ただの地球世界の一個人が『協力者』として助けても良いんじゃないですか? もちろん〈騎士〉ではないから魔法も使えないし、〈女王候補〉の魔法を利用することもできない。それでも〈試練〉や〈仕事〉の場にいて、手助けすることくらいはできるでしょう?」
「いや――んむむ? しかし、そんな前例はないぞ?」
ジャッジメントは難しい顔をして唸ってしまった。
「前例は問題ではありません。ルール上、例えば『〈騎士〉ではない地球世界の人間と、行動を共にしたり、試験における助言を受けた場合は失格』なんてことはないんでしょ?」
「それはそうじゃ。そんなことでは、地球世界で友人も作れん。しかし――。まさか、小童、お主――」
さすがに勘付くか。質問事項が直接表している。
それでも、ジャッジメントへの返事は保留にとどめておこう。
「まだ考え中です」
そう答えたタイミングで、台所からカレーの香りが漂いはじめる。
そろそろ話を切り上げるか。
「では、最後の質問にしましょうか」
僕は、ぜひとも確認しておきたい内容を口にする。
「これまで、あなたに対して、僕のようにルールの詳細を確認したり、質問をした〈女王候補〉や〈騎士〉はいますか?」
「な、なんじゃその質問は? 誰もそんなことはしておらん。小童のような変わり者が何人もいてたまるか」
その答えに、僕は思わず笑みを浮かべてしまう。
きっと、母さんに禁止されている、悪い笑みになっているだろう。
「そうですか。それは良かった――」




