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(1-12)第二章 悪い魔女(2)

 琴子さんに助けてもらう、ですか?


「頼みたいことは、三つ。一つ目は家事。特に食事だ。成長期でもあるし、栄養バランスに気を付けたものを食べた方が良い」

「ちょ、ちょっと玖郎くん。琴子さんに紹介してくれたのは、そういうお願いをするためなのですか?」


 私は驚いて口を挟んでしまいます。


「あはは。玖郎ってあんまり事前に相談とかしないでしょ。きっと色々びっくりさせちゃってるよね」


 琴子さんは笑顔でそう言ってくれます。


「それから二つ目」


 対して、玖郎くんは私の言葉をまったく気にせずに話を続けます。

 ちょっと玖郎くん。


「僕と瑠璃にスマートフォンを持たせて欲しい」

「ふーん?」


 そこで、琴子さんの表情が変わりました。

 なんというか、玖郎くんとそっくりの目付きになったのです。見かけの表情こそさっきまでと変わらない笑顔なのに、瞳の中の光がぐっと増した感じです。玖郎くんの言葉や動作から、色々な情報を読み取ろうとしているみたいです。


「何かあった時に、連絡できる先が瑠璃にはない。もちろん、本当に緊急の時は、学校の先生とか祖国の領事館とかに連絡できる。ただし、日々の生活レベルで困ったことがあっても、頼れる先がない。そういう連絡のために、僕と瑠璃にスマートフォンを一台ずつ。機種は一番安価なもので十分、なんなら子ども用で構わない」


 緊急時に先生とか領事館とかって、私も聞いたことないんですが。玖郎くんの言葉は、いかにもありそうな説明ですが、完全に口から出まかせなのです。


「へえ。子ども扱いが嫌いな玖郎にしては珍しい。子ども用でも良いの?」


 琴子さんの質問に、玖郎くんは真剣な表情を変えないまま頷きます。


「構わない。契約内容も、最低限、僕と瑠璃が通話できれば、それで十分だ。探せばきっと、特定の番号同士の通話が無料になるような契約プランかアプリがあると思う」

「なるほどなるほど。とりあえず最後まで聞いてあげる。三つ目は?」


 うんうんと頷いて、琴子さんは続きを促しました。


「常識的な範囲で、僕の夜間外出を認めて欲しい。つまり、夕食をこの家で食べた時の瑠璃の送り迎えと、何かあった時に駆けつけるため」


 それから、玖郎くんは座ったまま深々と頭を下げました。


「以上、よろしくお願いします」


 本当は、私も一緒に頭を下げるべきかもしれませんが。

 私は、玖郎くんが突然言い出した内容による混乱の方が大きくて、固まってしまっていました。


「玖郎が真剣に考えた内容だ、ってことは理解したわ。本気の表情みたいだし、ね」


 琴子さんはそう応じた後、私を見ました。


「瑠璃ちゃんは、今の内容が実現したら、迷惑? つまり、玖郎の独りよがりな、善意の押し付けじゃないことを確認したいんだけど」

「いえ、迷惑だなんて」


 突然話を向けられて、私は椅子の上で飛び上がるように姿勢を正しました。


「でも、あの、今のお願いは甘えられる範囲を超えている気がします。玖郎くん、いくらなんでも――」

「必要だ、と僕は考えた。食事も、通信手段も、ピンチの時の助けも」


 真剣な目で言い返してくる玖郎くんに、私は言葉が続けられません。


「私も、それは賛成ね。せっかくの一人暮らしだから、自分の力で全部やってみたいって気持ちも分かるわ。でも、何があっても自分一人しかいない、っていうのは大人でも大変なの。あなたには、困った時に頼れる先が必要だと思うわ」


 琴子さんは続けます。


「その助けを考えたときに、玖郎の提案は妥当ね。しっかり考えていると思うわ。さて、残された唯一の問題は――」


 一度言葉を切ってから、琴子さんは言いました。


「それを玖郎が――私がやるかどうか、ね」

「僕の理由は単純だ。僕は瑠璃を助けると決めた。それだけだ」


 玖郎くんは、真剣な表情のままそう言い切りました。私に向けた言葉じゃないのに、頬が熱くなってしまいます。

 にやり、と琴子さんが笑いました。


「直球勝負、か。本当に今日は珍しいことだらけだわ」


 それから。


「玖郎の理由は良いわ。じゃあ、私の理由は?」


 そう玖郎くんに向けて尋ねます。

 あ、それって――玖郎くんが昨日言った、報酬と同じことです。琴子さんがそうするに足る理由を示せと言ってるのでしょう。


「例のアメリカの話。まだ迷っているが、一週間で結論を出す」

「あ、それは助かるわ。先方からも催促されてたし」


 パッと笑顔になって琴子さんが言いました。


「でも、それって突き詰めて言えば玖郎の話よね? 私の理由にするには弱いかな」


 玖郎くんは、ため息とともに静かに目を閉じました。

 それから、なんだか重大な決意でもしたかのように顔を上げます。


「一回だけ限定で、どんな理不尽なものであっても、反論も反抗もせずに母さんの命令をなんでも聞く。これでどうだ?」


 え? そんなことですか? どんなすごい内容が飛びだすのかと思っていた私は、思わず肩の力が抜けてしまいます。

 と、私がそう思うのと同時に。


「え? ほんと? 本当に? 猿の着ぐるみでも、フリフリのスカートでも、全身タイツとマントでも、着なさいって行ったら着るの? ひゃっほい?」


 琴子さんが、座ったままの椅子を弾き飛ばす勢いで立ち上がりました。その言葉からして、ちょっと表現できないくらいにテンションが高くなっています。歓喜で目がぐるぐると渦巻いているように見えます。


「ぐぐぐ……。くっ、文句も言わず、抵抗もせずに、着る。――さすがに『悪い魔女』との取引だ、無傷と言う訳には……」

「すごい! それで決まりね! あ、瑠璃ちゃん! 瑠璃ちゃんは、メイド服の玖郎と、チャイナドレスの玖郎と、フライトアテンダント姿の玖郎、どれが見たい?」

「えっ? ええと」


 言われて、反射的に想像してしまいます。

 メイド服の玖郎くん。

 チャイナドレスの玖郎くん。

 フライトアテンダントの玖郎くん。

 どれも――うわあ、どうしましょう。とってもいけないことを想像しちゃってる気がします。

 頬が赤くなってしまう気がして、両手で押さえて隠します。


「母さん、その手の話を瑠璃に振るな。瑠璃も妙な想像をするな」


 うう、玖郎くんに怒られてしまいました。


「……お母さんが決めるのが良いと思います」


 それが、私に言えるギリギリの答えです。


「そうよね! じゃあ、本気で真剣に考えるわね。今日からお仕事はお休みにして。まずは候補のリストアップから――あ、ドイツにいるお父さんにも相談しなきゃ」


 めちゃくちゃ喜んでいます。

 あ。しかも、なんだか勢いでお願いごとは通っているみたいです。


「じゃあ、スマートフォンは手配するわ。瑠璃ちゃん好きな色とかある?」


 しばらく狂喜乱舞していた琴子さんは、比較的冷静になると、私にそう聞きました。


「青、が好きです」

「了解。それから、今日の夕食はウチで食べていってね。久しぶりにカレーでも作ろうかしら」

「あの、琴子さん」


 うきうきと鼻歌を歌いだす琴子さんに声をかけます。それから、私は改めて、きちんと椅子から降りて頭を下げました。


「ありがとうございます。ご迷惑をかけますが、よろしくお願いします」


 顔を上げると、琴子さんが微笑んでいました。


「礼儀正しい良い子ね。とっても可愛いし、玖郎もなかなか見る目があるわ」

「そんな……。あ、お料理、私も手伝います」


 琴子さんはますます笑顔になりました。


「いいのいいの。座っていて」

「じゃあ、お願いします。私、あんまり地球せ――じゃなくて、この国の料理って知らないから。琴子さんさえ良ければ、私にも教えて下さい」

「よし、ますます気に入った!」


 琴子さんに、ぐしゃぐしゃと頭をなでられました。


「おいで。みっちり教えてあげるから」

「はい!」


 返事をして、琴子さんの後を追ってキッチンに入れてもらいます。

 なんだか、私はとっても楽しくて嬉しいですが。

 これで良かったんですよね、玖郎くん。



【玖郎】


 なんとか、『お願い』は通った。

 代償に支払ったものは――果てしなく大きいが、背に腹は代えられないだろう。

 そもそも、母さんは、話を聞いた段階で了承しても良いと思っていたはずだ。そうでなければ、最終的に了承に漕ぎ着けることは至難だったはずだ。その上で、理由――僕が言うところの報酬の話にしたのは、僕の真剣度合をはかるためだろう。まあ母さんのことだから、何か良いものくれたらラッキー、と思っていた可能性も残るけど。

 どちらにせよ、直球勝負にして良かった。母さんが相手なのだ、下手に小細工や策略などを使えば、勘付かれて失敗する可能性が高いと判断せざるを得なかった。戦略の方向性としては、完全に親の弱みに付け込んだ形だが――まあ、あの人は真っ直ぐに頼られることに弱いのだ。

 さて。

 これで一つ目の条件は整った。

 次は――。

 僕は、瑠璃と母さんが並んで楽しそうに台所に立つ姿を確認する。

 そう言えば、瑠璃の母さんへの対応が、予想以上に機転が利いていて感心した。特に、事前の打合せもしなかったのに、フラッタース王国などと言い出さなかったことは評価に値する。言ったら最後、確実に全てを――魔法も含めて全部だ――説明する破目になっただろう。今もああして、まるで本当の親子のように仲良く夕食の準備をしている。

 よし。

 今なら、あの二人に聞かれる心配はない。

 そう判断して、僕は口を開いた。


「――ジャッ爺、と呼ばれていらっしゃいましたね? 昨日は、〈保護魔法〉(プロテクト)についての知識をいただき、誠にありがとうございました。それにも関わらず、危急だったため、満足に挨拶もできずに申し訳ありませんでした。加えて、地平世界について寡聞とは言え、高位の存在であることも見抜けず、重ね重ね失礼致しました。若輩のすることと笑って許していただけるのなら、姿を見せて頂けませんか――?」


 軽く頭を下げ、台所まで聞こえないよう小声でそう言った。

 瞬間の後。


「むっふっふ。……なるほど。生意気な小童と思っておったが、なかなか見どころがありそうじゃの?」


 ポン、と音を立てるように、僕の目の前に緑色の毛玉に似た〈精霊〉――ジャッ爺が出現した。そういえば、この〈精霊〉の外見は、いつだったか国内で開催された万国博覧会のマスコットに似ている。

 昨日の出来事――〈試練〉(トライアル)と瑠璃は言っていた――以来、なんとかこの〈精霊〉と一対一で話す機会が欲しいと思っていたが、こんなに早く実現するとは。

 そう、これから話そうとする内容に関しては、瑠璃がいない状態で話すことが重要だ。

 それにしても、見え透いた敬語を使っただけでほいほい出てくるとは、思った以上に扱いやすい。好都合だと言える。


「ご降臨頂き、大変光栄です。僕は小泉玖郎といいます。ジャッ爺などと馴れ馴れしく呼ぶのは恐れ多いので、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「むっふっふ。よかろう、わしの名は、オリジンじゃ。王位継承試験を司る審判の〈精霊〉、オリジン・ジャッジメントという」


 なるほど。それで、ジャッ爺か。


「では、ジャッジメント様?」

「むっふっふ。なんじゃな?」


 上機嫌で聞き返してくる、ジャッジメント。

 ふ。

 ん、まずいな。母さんに禁止されている、悪い笑いが思わず出てしまう。


「いくつか教えて欲しいことがあります。でも、まずはお互いの立場をはっきりさせておきましょう」


 僕は、いくらか敬語を軽くして、用意しておいた質問を口にする。

 そして、突然冷たい声色になった僕の言葉に、ジャッジメントは小さな瞳で器用に不審感を表現して見せた。




「昨日の〈試練〉(トライアル)についてですが――瑠璃や僕が何もしなくても、フーセンクラゲにさらわれた委員長は、傷一つ負わなかったんでしょう?」

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