懐旧1
──百年前──
あれは、私がまだ二十歳前後の頃だった。
当時の私は高等魔術のほぼ全てを習得し、新たな魔術の開発に取り組んでいた。
私は弟子をとった。
名は【グレイスト・リースト】私の一番最初の弟子だ。
グレイストは突然私の元にやって来て、『弟子にしてください』と嘆願して来た。
私にはそんな技量は無いと思い、何度も断ったのだが、それでも折れずに『弟子にしてくれ』と頼んでくるものなので、しぶしぶ了承した。
その時の私はまだ日本を訪れたことはなく、本名のミスティファと呼ばれていた。
グレイストはどこから来たのか、どうやって私のことを聞いたのか、そう言ったことも何一つ話はしなかったが、気の利く面白い奴だったのであまり気にしないことにした。
それから二、三年ほど共に過ごした。
「グレイスト、見てくれ! 新しい魔術を開発したんだ!」と若い頃の朝霧が興奮した様子で言った。
彼女の表情は今よりも活力に溢れており、瞳には熱がこもっていた。
「おお、ついに出来たんですか! あの秘密にしていた魔術が!」とグレイストも嬉しそうな様子で言った。
グレイストはシルクのような白髪に虹色の瞳を持った少年だった。
朝霧はマッチで火をつけ、松明に火を移した。
「はーーーー!」
朝霧は勢いよく魔術を発動させた。
すると、炎の色がゲーミングPCのようにレインボーになった。
「うわ、色がギラギラして、めまいが......!」グレイストはクラクラしていた。
「ふふ、これが新たに開発した魔術、名付けて......【炎の七変化】略してFCRだ!」と朝霧が自慢げに語った。
「流石です、ミスティファさん! 名前はダサいけど......それで、その魔術何に使うんですか?」グレイストは尋ねた。
「ふ、甘いな。この魔術があれば......黒い炎を操れるだろ!」朝霧は手から黒い炎を出した。
「か、かっこいい......! かっこいいです、朝霧さん!」グレイストは目を輝かせて言った。
朝霧は黒と青と緋色の炎の玉を出してジャグリングした。
「ふっふっふ、これこそが魔術と言うものだよ」朝霧は誇らしげな顔をした。
「なら、俺も見せてやりますよ! 最高傑作の魔術を......!」グレイストは腕を天高く伸ばして魔術陣を展開した。
朝霧はグレイストの最高傑作《魔術》のことを知らなかったので、驚いていた。
「一体、どんなことが......!」
グレイストは手のひらの上で魔術陣を展開し、それを回転させ長文の詠唱を多少噛みながら続けた。
(噛んでるじゃないか......効果が弱まるぞ)
「出でよ、雫!」グレイストは魔術を発動させた。
その瞬間、一滴の雫がコップに落ちた。
グレイストはドヤっという顔をした。
「どうですか、空気中の水蒸気を集めて水にする魔術ですよ!」
「詠唱時間の割にしょぼくない.......!?」
「ちっちっち、甘いですよミスティファさん。このコップに水を入れて飲んでみてください」とグレイストが言った。
朝霧は言われた通りに水滴の入ったコップに水を入れて飲んでみた。
「......軟水!?」と朝霧が呟いた。
「そうです。硬水を軟水に変える副次的効果があるんです!」
朝霧が言った。
「これは、思ったより便利だね。ここらは硬水だから軟水はほぼ無いし......六十点をあげよう」
「思ったより低い!」
「詠唱時間が長すぎるんだよ......ただ、効果は面白いよ。要改善だね」
グレイストは魔術師としてはあまり才能が無かったが、何か秘めた力を隠し持っているようで、強い気配を持っていた。
気になって色々探ってみたが、結局その強い気配の正体までは掴めなかった。
それから、二番目の弟子を取ったばかりの頃、私の元に一人の女が尋ねて来た。
その女は全身を黒い外套で覆っていて顔は見えなかったが、"赫い瞳"がちらりと見えた。
「貴方が、ミスティファ=シャールさんですよね?」と赫い瞳の女が私に話しかけた。
「そうだが......一体何のようだ?」
「僕は魔術の探求を行う者として、貴方のような優秀な方に智慧をつけてもらい、魔術を更なる段階へ進歩させてほしいのです。そのために、この魔導書を渡しに来ました」
その魔導書は赤い皮の表紙のもので、タイトルは【神の眼】だった。
その魔導書を見た途端、私はそれを読みたいという強い衝動に駆られ、その魔導書を受け取った。今思えば魔導書に魅入られていたのだろう。
私はその本の中を読んだ。
その本の内容についての記憶は無いが、その影響で【眼】が見えるようになってしまった。
「ミスティファさん、最近どこか変ですよ。視線が時々変な方向に向いていて......」とグレイストが心配そうに言って来た。
「......実は」私は【眼】について話そうとしたが、その途端に息苦しさに襲われてしまった。
そこで初めて【眼】について伝えられない呪いについて知った。
「ミスティファさん......! どうしたんですか!」
「いや、なんでも無い」私は苦し紛れに笑った。
「何でも無いって......」
グレイストは何かを察して口を噤んだ。
「ミスティファさん、何か困っているなら、俺は絶対に力を貸しますからね」とグレイストは言った。
「ありがとう......だけど、これは私の自業自得だ。気にしないでくれ」
それからしばらく、平穏な日々が続いた。
【眼】が見えるようになり、常に視線を感じているようで落ち着かなかったが、段々とそれにも慣れていっていた。
そんなある日、世紀の大事件が起きた。
【魔女狩り事件】現在ではそう呼ばれている。
その日、私とグレイストは数百の魔術師と共に、とある街に向かった。
そこではカルト教団による神の招来の儀式が行われようとしており、私たちはそれを阻止しに向かった。
しかし、それは大惨事の始まりだった。
街に到着して早々、街の者の何人かが苦しみ始め、異形の怪物へと変貌した。場に混乱と緊張が満ちた。
街の者たちの一人が突然狂ったように叫んだ。
「魔女がいるんだ! 俺たちの中に魔女がいて、そいつが俺たちを怪物にしているんだ!」
その声と共に、街の者たちは狂っていった。
突然、男が近くにいた女を殴り、顔の原型が無くなるまで、生き絶えるまで殴り続けた。
恋人達は先程まで愛し合っていた者と殺し合いを初め、どちらも死んだ。
銃を持った老人が魔女狩りだと叫びながら、女子供も男も見境なく殺した。
人々は疑心暗鬼なんて言葉では生ぬるいほどの恐怖と狂気に呑まれて街は一瞬にして血の海に変わった。私たち魔術連の者達も次第にその狂気に呑まれていき、殺し合いが始まった。
私とグレイストはなんとか正気を保ちながらこの現象の元凶であろう魔術の発生源に向かって走った。
道中、大勢の人間が血を流して倒れ、血の池が出来ていた。潰されて原型のないものや燃やされたもの、撃ち殺されたもの、バラバラに切られたもの、そこは血と焦げるような匂いがした。
発生源の場所に着くと、そこには黒い外套を纏った赫い瞳の女がいて、そいつが魔術を発動させていた。
私は戦慄した。
その女の背後には無数の【眼】があったからだ。
本来、生物には一つしか【眼】が付いていない。だと言うのに、目の前にいた女はおびただしい数の【眼】を持っていた。
【眼】は黒い涙を流し、絶望と狂気に満ちた眼差しで私の方をじっと見つめていた。
女は外套を外し、顔を見せた。
血のように赤く染まった髪に吸い込まれそうな赫い瞳、常にニヤついていて、全てを見透しているようだった。
「久しぶりですね。ミスティファ・シャール。しかし残念です。智慧を拒絶するとは」と女が言った。
「お前が、これをやったのか? 何者だ?」私は言った。
「その通り、僕がやった。僕は【深淵の魔女】神の代弁者にして、深淵教団の教祖をしている者だ」と赫い瞳の女が言った。
「どうして、こんな酷いことが出来るんだ!」とグレイストが叫んだ。
「我が神は人間が恐怖と狂気に苦しむ様が好きでな。神が望んだゆえ、実行したのだ」と魔女は言った。
「深淵の魔女......貴様は、ここで必ず殺しておかなければならないと、いま理解した」
私はグレイストと共に魔女と戦った──




