蒼天の夜空、果ての奈落
右半身が眷属化した智也と悍ましい怪物と化したグリフィン、体躯の巨大さならばグリフィンの方が遥かに大きいが、溢れ出る魔力の大きさは遥かに智也の方が大きい。
赤と白の二体の魔物は智也の放った魔術によって体の半分を抉られ、瀕死の状態だった。
グリフィンは瀕死の二体の魔物を巨椀で掴むとそのまま口の中に放り込み、喰らった。
その途端、グリフィンの手のひらに変化が現れた。右手には赤い魔力のオーラが放たれ、左手には花弁のような形の突起が現れた。
「魔物の肉体を取り込み、体の一部としました。貴方がそれほどの力を得てしまったのは誤算でしたが、私はまだ、勝機を失った訳ではありません!」
グリフィンはそう言うと智也に向かって俊敏な動きで急接近し、巨椀を振り下ろす。
智也はそれを避けず、右手だけでそれを受け止めた。
(なんだ、この感触は......まるで不動の剛体を殴りつけているような)
グリフィンは驚愕していた。岩をも容易く砕く男の一撃を、智也は片手で受け止めてしまったからだ。
「もう、終わりか?」智也はグリフィンを静かに睨んだ。
その目を見たグリフィンは全身に悪寒が走り、無意識に後退した。
(私が、恐れたのか? そんなことあるはず無い。私は既に魔物だ、恐怖心など無い!)グリフィンは再び智也に接近し、右手から溢れ出す赤い魔力の斬撃を放つ.......その直前。
「流刃」
智也はそれを先読みしているかのようにグリフィンよりも早く、先に魔術を放った。
蒼い魔力の斬撃が"空間を断つ"。
それによってグリフィンの右腕が吹き飛び、吹き飛びされた腕が宙を舞った。
「馬鹿な!」
グリフィンは焦りを露呈させるような声を出した。
グリフィンは右腕を失った直後、左手を智也に向け、手のひらから白い魔力の光線を放った。
「不可視の衝撃」
智也の放った蒼い魔力の塊が光線を呑み込み、男の左腕を抉り取った。
(やっぱりだ。僕の通常魔術が『蒼星の雫』のように蒼い魔力を用いた魔術と同等の効果を発揮している)
智也は体の半分が眷属化したことにより、次元の神の力を普段よりも大きく引き出している。故に通常の魔術にも次元の力が宿っている。
しかしながら、眷属化状態で放つ『不可視の衝撃』よりも通常状態の『蒼星の雫』の方が威力は高い。
智也は溢れ出る魔力をどうにか制御し、グリフィンとの戦闘を続ける。
(魔物化も眷属化も、その人物の魔力量が多いほど強大な力を得る.......前兆という魔力の塊が眷属化すれば、これほどの力を得ると言うのか......!?)
グリフィンは両腕を再生させ、智也を中心として、彼の周囲を円状に回転し始めた。
その時、声がした。
「前兆!」
グリフィンは回転を止め、そのまま正面から智也に突撃した。
少し先の未来が見えている智也の右目にも、突進するグリフィンの姿が鮮明に見えている。
智也はグリフィンに向かって『不可視の衝撃』を出力を上げて放った。
正面から突っ込んでくるグリフィンの体は、いとも容易く木っ端微塵になり、消滅した。
智也は訝しんだ。
(.......おかしい。回避もしないなんて、これは......)
その瞬間、智也の右目が視界の端に映るグリフィンの姿を見た。
その直後、背後から強烈な一撃が智也に叩き込まれた。
赤い魔力と白い魔力、加えて強化魔術や『不可視の衝撃』などの魔術をいくつも重ね合わせた男の渾身の一撃が智也に放たれたのだ。
智也はグリフィンの一撃により勢いよく吹き飛ばされ、水切りの石のように吹き飛んだ。
しかしすぐに自力で勢いを止めて着地し、揺らついた様子で立ち上がった。
「くははは、どうですか? "幻魔"を使った不意を突く一撃、貴方にもダメージを与えられましたね!」グリフィンは嬉しそうに叫んだ。
「確かに、これは堪えたよ」智也がそう言うと、グリフィンはさらにニヤリと笑った。
「でも......」
智也は右腕で自身の体に触れた。
頭では知らなくても、体で力の使い方がわかっているのだ。
「瞬間遡行」
そう唱えると、突然、彼の体にあった傷が消えていった。
グリフィンが負わせた傷は【常態化】によって治らないと言うのに、智也は容易くその傷を消してしまった。
「どう言うことです、魔術でも無く、私の負わせた傷を癒した!? なぜ、なぜそんなことが!」グリフィンは叫んだ。
その気持ちはRPGのボスをやっと倒したと思っ
たら全回復されるあの気持ちだ。
「お前だって何度も何度も再生してるだろう!」
「ああ、ああ! これでは、美の追求どころか、神託すらも果たせない! なぜ、これほどまでに世界は無情なのか!」
「世界が無情だと言うなら、自分の行いを顧みろ」
このままでは前兆を殺せない。それどころか、自身も殺されてしまう。
焦ったグリフィンは"最後の切り札"を使うことに決めた。
「これだけは使いたくありませんでしたが、致し方ない。使いましょう。これが私の、最後の切り札です!」
グリフィンは巨大な赤い目の模様のついた魔術陣を構築し、悍ましい旋律のような呪文を唱えた。
「虚構世界門!!」
グリフィンが唱え終えた瞬間、魔術陣の目の模様が開き、そこから黒色のヘドロのような影の球体が現れ、膨張していった。
その球体の内部には人間や動物の骸が無数に見え、内側から外側に這い出そうともがいている様に見えた。
それを発動させたグリフィンは明らかに消耗している様子で、荒い息を吐き、黒い体液がより吹き出していた。
「この魔術こそ、私の切り札。深淵教団の幹部のみが知る古代魔術です。この魔術によって先程私が取り込んだ二百三十七の魔物の魂を解き放ち、亡者達はこの一体にいる生命を根こそぎ奪い取ります。貴方はまだ半分人間です。故に、一撃で殺せばいいのです!」
グリフィンは狂った様に叫んだ。
「そんなこと、させるかよ」
智也は魔術を放とうとした。
「無駄ですよ。少しでもこの球体に貴方の攻撃が当たれば、即座に暴発します! 私もろともね!」
そう言っている間にも球体は大きくなっていく。いずれこれが風船のように破裂し、中から亡者達の魂が生あるものの命を奪い取ろうと溢れるのだろう。
(どうする、グリフィンには生半可な攻撃は効かないから強力な範囲攻撃が必要だが、そうするとあの球体が暴発してしまう......)智也は考えた。
黒い球体はさらに膨張していく。
「いや、単純な話だ」
智也は上空へと飛んだ。
「ははは! まさか逃げる気ですか?」グリフィンが嘲る様に言った。
智也はそれを無視して上空を浮遊した。
眷属化の影響により飛行が可能になっているのだ。
一面の夜空、そこには星々が輝いている。智也は空に向けて右腕を掲げた。
そして、彼から放たれる蒼い輝きを放つ魔力が空一面に広がった。
異次元な量の魔力が夜空を覆うように放出され、黒い夜空を蒼空へと染め上げた。
(空を覆うほどの魔力......異常だ。人間の持って良い力では無い)グリフィンはその光景に驚愕し、釘付けになっていた。
突如として、蒼天にグリフィンよりも遥かに巨大な魔術陣が現れた。
智也は笑った。
「単純な話、こっちも一撃で仕留めればいい!」
彼の構築した魔術陣は『蒼星の雫』、しかしながら眷属化状態の今、その威力は計り知れない。その調整のため、彼は空中に魔力を放出することで強引に出力調整を行った。
魔術陣の内側に黒い空洞が開き、その空洞はまるで宇宙を映す窓のようだった。
グリフィンはその計り知れない膨大な魔力に恐怖を抱いていた。
「なんですか、これは......もはや、人の域を逸脱している......これは.......神の領域だ.......!」
グリフィンは魔術を起動し、亡者達が現界に溢れ出す。その刹那、智也が唱えた。
「蒼星の雫」
その瞬間、蒼空に開いていた巨大な黒い空洞から蒼い稲妻のような、光の柱のような光線がグリフィンに向かって放たれた。
その光景は、まるで神の裁きを受ける咎人の姿を映したようだった。
黒い球体は蒼い光線によって一瞬にして消滅し、グリフィンの視界には蒼い輝きのみが映った。
蒼に呑み込まれるまでの刹那、グリフィンは周囲がスローモーションのように遅く感じられた。しかし、体はこの光線を避けられるほど速く動かない。
『くそ、私は、まだ、至高の、美に......!』
その時、グリフィンの脳内に疑問が生まれた。
(なぜ私は至高の美を求めたのだ?)
一匹の魔物の脳内に、走馬灯が駆け巡った──
◇◇◆◆◇◇
初めて魔物によって死にかけた後、私はひたすらその魔物の絵を描き続けた。
部屋に引きこもり、脳内に焼きついたあの美しい姿を時間を忘れて描き続けた。
そんなある日、私の両親が部屋に入ってきた。ほとんど家にいない二人だったが、久方ぶりに戻ってきたのだ。
まだ幼かった私は自身の異端さにも気づかず、両親に自分の描いた絵を見せた。
すると両親は怒鳴った。
「こんな醜い怪物の絵なんて描くな! 気味が悪い! こんなものばかりに時間を使っていないで、兄を見習って勉学に励め!」
それでも、私は魔物を描くことは辞めなかった。
しかし、自分の異端さを理解したので、親に隠れてこっそりと絵を描いた。
それからしばらく経ったある日、兄に新しい家庭教師が着いた。血のように赤い髪に吸い込まれそうな赫い瞳をした女だった。
そんなある日、私は兄の部屋の近くに立ち寄った。普段は近づかないのだが、その日は用事があったのだ。
兄の部屋は僅かに開いていて、私は愚かな好奇心で部屋の中を覗いてしまった。
その部屋で、兄は一人絵画を描いていた。
その絵を見た瞬間、私の心臓が跳ねた。その絵から感じる神々しいほどの力、絶対的な者への狂信、そして、"美しさ"......
私はその絵に心を奪われた。
兄はこっそりと見ていた私に気づき、近づいた。
「何か用か?」
兄は普段と変わらぬ濁った冷たい瞳で私を見下ろした。
「い、いえ......その絵は、一体、何を描いているのですか?」
「あれは"神"を描いている。俺の思い描く理想だ」
「あんな素晴らしい絵は初めて見ました。誰かに絵を教わったのですか?」
「いや、独学だ。だが、つまらんな。戯れで描いてみたが、面白いと思えない。お前はよく絵を描いているようだが、何が面白いのだ?」
兄は淡々とした様子で語った。
私は顔を背けて、何も言わずにその場を去り、廊下を走った。
眩暈がして視界が歪み、足元がふらついた。
吐き気がした。頭痛がした。全身が痒くなった。
自室に戻り、布を剥ぎ取ってこれまで描いてきた絵画たちを見た。
しかし、どれも劣っている。美しく無い。醜い。戯れにすら劣っている。
私はキャンパスにナイフを突き立てて破いた。
一つ、また一つと破いていき、最後の一つ、初めて描いた魔物の絵だけが残った。
「こんな、醜いもの......!」
私はナイフを振り上げ、そして振り下ろした。
その時、一人の女が振り下ろされるナイフを受け止めた。
「こんな"美しいもの"を、傷つけてはいけませんよ」
気づいた時、真紅の髪に赫い瞳をした女が私の前に立っていて、ナイフの刃で手を怪我して血を流していた。
「血が......どうして、こんな絵のために」
女は優しく語りかけた。
「この絵からは貴方の感じる美しさと、異形の中にある願いを感じ取れます。これほどの想いと美を詰め込んだ絵画を私は見たことがありません。それこそ、血を流してでも残したくなる物です」
その時、私はずっと言って欲しかった言葉を言われた気がした。
ナイフを地面に落とし、その場で泣き崩れた。
「貴方の絵は美しい。だからこそ、更に研鑽を積めば"至高の美"へと辿り着けます。その方法を教えましょう」
◇◇◆◆◇◇
(ああ、そうだ、だから、私は......)
男の体は大半が消滅していた。
あれから、至高の美を求め続けた。
人を魔物に変え、それを描いた。そうすることで至高の美に近づいているはずだった。
彼女......いや、我らが教祖とはもう長い間会っていない。美しいと言ってくれたあの言葉が、本当に真実だったのか疑わしいほどだ。
しかし、それでも描き続けた。
ただ、何かになりたかった。自分の歪んだ価値観を、誰にも劣らない唯一性を、認めてもらいたかった。
それ故に、至高の美を求め続けた。
だが、いくら追い求めてもその果てにあるのは自己満足だけの空虚な醜悪。私の本当の望みでは無い。
(ああ、そうか。私は、不完全な人間だったのか.......)
死の間際、一人の男は過去の記憶がフラッシュバックした。
今まで殺めてきた者、命を弄んできた者、彼らの自分を憎むような目、美の探究に盲信した男は、最期に過ちを悟った。
男は弱い人間だった。自身を正当化し、人では無い魔物とならなければ自身の狂った美の探求を続けられなかった。
幾つもの悲劇を生み、多くの者を殺めた。
しかし、その先に追い求めたものは......"何も無かった"のだ。
グリフィンの肉体が蒼い輝きと共に完全に消失し、男のいた場所には地面に開いた巨大な空洞のみが残った。
智也は何も無い空洞の淵に立った。そして空洞を眺め、僅かに悲しげな表情をした。
「お前のことは許さない。でも、お前という"人間"がいたことは忘れない」
ついにグリフィン戦の決着まで書けました(思ったより長かった)。元々は四章のストーリーにグリフィンなんていなかったですが、思いつきで書いたキャラでこんなに長くなるとは...四章はあと少しで終わりになるので、もう少しお付き合いください。




