地獄の果てにあるものは1
昔から、人とは価値観がズレていた。
私が美しいと感じるものは、大抵の人間には醜く歪んだものだった。
家は裕福で何不自由無い生活。しかし、その家の中に私が本当に欲しいものは無い。
退屈だった。
そんな時、私は遭遇した。
体の一部が溶け、黒い体液を垂れ流し、ぷよぷよとした水死体のような肌をした人型の魔物。そばにいた執事はそれを見て発狂し、一目散に逃げ出した。
しかし、私は違った。それを見て『美しい』と思った。まるで蛹から蝶に成りきれなかった虫のような不完全で歪な姿、それに心を奪われた。
私はただ立ち尽くして魔物を見つめた。しかし、魔物は私の方を見るとすぐさま襲いかかり、その牙によって私は死にかけた。
その時は逃げ出した執事が呼んできたのか、大勢の人員が銃を乱射して魔物を殺してしまった。
だと言うのに、その時の感情は今までの人生で一番高揚していた。
それから一週間ほど後のこと、私は負傷した体であの時見た魔物を絵に描いていた。そんな時、私の元に一人の女性が訪れた。
血のように赤い髪に、赫く燃えるような瞳、その表情は常にニヤついていてこちらを見透かしたような言動をする女性。
彼女は深淵教団の"教祖"と名乗り、私を勧誘した。そして私は魔物という存在について知り、さらに魔物を知りたいと思い深淵教団に入った。
それからというもの、私は魔物という存在に魅了され続けた。
人間を拉致し、魔術を使って魔物化させた。
どんな姿になるのか、どんな力を得るのか、死ぬ間際に何を強く願い、どのような形で不完全に叶うのか、私は探究し続けた。
様々な人種、生い立ち、年齢の人間を集めて監禁し、魔物化する間際に何を願うのか観察してからそれまでの過程を記録し、最後にその姿を鑑賞する。
とても充実した日々だった。
ある日、そのことが両親にバレてしまった。
秘密裏にことを進めていたが、限界はあったようで、二人は私のことを責め立てた。
うるさいと思った私は二人を魔術で殺した。
母は即死したものの、父はまだ少し息があった。父は最後に地面に這いつくばりながら息絶え絶えで言った。
『なぜ生まれてきた、化け物......!』
私は気づいた。自分は魔物だったのだと、なら、体も魔物にならなくてはいけない。
私は深淵の神に願い、思考を持ったまま魔物にしてもらった。
しかしながら、自分自身を魔物化してなお"至高の美"には辿りつけなかった。魔物化した際の願いは完全には叶わない。故に、私の最も望む美しい姿には成れない。
至高の美とは何なのか、存在するのか? あるとしたら、それは深淵の最奥、観ることは出来ないのだろう──
◇◇◆◆◇◇
地獄絵図のような光景、魔物達が地上に跋扈し呻き声を上げている。
智慧の魔女は背中に"白い結晶"の翼を作り、空を浮遊し月と重なるように見えた。
グリフィンは肉体を変化させて肥大化し、四メートルはある巨体の怪物となった。その姿はマングローブの木のような形をした赤黒い肉体に、背中の部分から無数の腕型の触手が伸び、下半身の部分は全て根のような触手、顔の部分は黒くなり、顔の真ん中の裂け目に大きな単眼が見え、その下に無数の牙のついた裂けた大きな口がある。
魔術陣から現れた怪物はざっと見ても百体はおり、巨大な魔物や小型の魔物、人型や獣型であったりと様々で、その中でも数体の魔物は強い魔力を持っていた。
智也は周囲に蒼い魔力を迸らせ、短剣を強く握った。
(短剣を刺すのはあと三回でいい、あいつの体は大きくなったから当てやすい。大丈夫だ)智也はグリフィンを睨んだ。
グリフィンは笑った。
『空風』
智也は瞬間移動しグリフィンの体に短剣を突き刺す。そしてそのまま体を切り裂いた。
グリフィンは槍のような触手を伸ばして智也に攻撃するが、智也はグリフィンの体を蹴ってそれを避けた。
その時、背後に気配がした。
「食」その声は智慧の魔女だった。
空気が揺れ、智也の体全体に悪寒が走った。
(この感じ、まさか......!)智也は空中を蹴り瞬時にその場から離れた。そのすぐ後、グリフィンの触手が滑らかな曲線を描いて削り取られた。
智也は着地し、魔女に向かって言った。
「やっぱりだ。その力は【月の神】の持ってた力だろ!」智也は叫んだ。
魔女はクスりと笑った。
「その通りです。以前、協力する代わりに月の神からこの力を貰ったのですよ」
魔女は周囲に白い結晶の槍を生み出し智也に向けて放った。
智也はそれを避けながら後退し、地面にはその軌道をなぞるように白い結晶の槍が突き刺さった。
智也は一息つこうとするが、そんな暇を与えず魔物達が智也に襲いかかる。
智也は『流刃』と『不可視の衝撃』を用いて魔物達を殺すが、次から次へと襲ってきてキリが無い。
(こうなったら、『蒼星の雫』で吹き飛ばすか)智也は魔術陣を展開しようとした。
その時、智慧の魔女が唱えた。
「術式崩壊」
その瞬間、智也が放とうとしていた術式は崩壊して発動ができなかった。
(『術式崩壊』は朝霧さんのオリジナルの魔術だろ! どうしてこいつらはこの魔術を使えるんだ!)智也は心の中で叫んだ。
すると、智慧の魔女が言った。
「私は【智慧】の魔女です。全知であるのが当然でしょう」
「は?」智也は思わず声が出た。
魔女は頭上に巨大な赤い魔術陣を作り出し、呪文を唱えた。
「殲滅の魔光」
魔術陣から巨大な赤い光線が智也に向かって放たれ、大地に大穴が空いた。
「ちょっと! 魔物達まで巻き込んでいるじゃないですか! そんな大規模魔術を使わないでください!」とグリフィンが怒鳴った。
「それは申し訳ない。彼に対しては全力で無ければ仕留められませんので」と魔女は言った。
「......前兆はどこへ......」グリフィンは呟いた。
その瞬間、グリフィンの背後に突き刺されるような痛みが二度走った。
男が振り返ると、そこには血を流した智也がいた。
「やはり、生きていますか!」グリフィンは巨大な腕で智也を叩きつけた。
智也は『流盾』でそれを防ぎ、後退した。
「僕の空風は次元の神の力の影響か、魔力体をすり抜ける。けれど、さっきの攻撃はすり抜けず、一瞬ではあるけれど被弾した......それに、朝霧さんはお前に触れようとしたがすり抜けたと言っていた。つまり、智慧の魔女、お前も"次元の神の力を持っている"だろ」智也は言った。
「ふふ、さあ? どうでしょうね」魔女は楽しそうに笑った。
智也は続けた。
「先ほど、お前は僕から神の力を引き剥がそうとした。加えて、月の神の力を持っている。通常、異なる神の力は反発し合うから二つ以上は持てない。けれど、お前は違う」
智也は一つ間を空けて言った。
「僕の仮説が正しければ、お前は【神の力を奪う能力】を持っている。そして、お前の持つ次元の神の力は、おそらく"爺ちゃんから奪った"ものだろ」
「......正解です。けれど、わかったところで変わらない」魔女は常に笑っている。
智也はこの絶望的な状況で朝霧に通信しようか悩んだ。
(ダメだ、もしこいつに朝霧さんの【炎の神】の力が奪われでもしたら、それこそこいつを止められる奴はいなくなってしまう)
智也は朝霧に連絡するのをやめて一人で二人と戦う決意を固めた。
「ふふ、本当に朝霧 黎を呼ばなくて良いのですか?」と魔女が心でも読んでいるかのように言った。
「僕一人で十分だ」智也はそう言うが、その表情はどこか不安があった。
「......貴方の存在によって、私の想定外の事態が起きてしまっている。これ以上のイレギュラーは嫌なので、ここで消えてください」
空を覆い尽くすほどの白い結晶の槍が現れ、その槍の一つ一つに『加速』の魔術が付与された。
(いくつの魔術を同時に発動しているんだ)智也は頭上の光景を見て驚いた。
その直後、白い結晶の槍が地上にいる智也に向かって雨のように降り注ぎ、彼は死に物狂いでそれを避けた。いくつもの轟音が鳴り響き、智也も逃げるので精一杯だった。
白い槍の雨が終わった途端、今度は数十体の魔物が智也に向かって押し寄せた。彼はそれに対処し、数を着実に減らしていくがまだまだ魔物の総数は減っていない。
次第に智也の体力も消耗していく。
智也は押し寄せる魔物に対して『流刃』で薙ぎ払おうとした。
しかし、その直前に智慧の魔女が『術式崩壊』を二つ発動し『流刃』と『防御魔術』の術式を同時に破壊した。
魔物達は智也に迫りかかり、その物量によって智也は押し倒された。
「......これで終わりですね」
防御魔術が発動できていない時点で魔物達に殺されて終わり。魔女はそう考えた。
魔物達が覆い被さり、数による容赦の無い攻撃が智也を襲う。かぎ爪と牙による圧倒的な物量攻撃。防御魔術を張り直す暇も無く、魔術無しの魔力による防御では防ぎきれない。
全身から血が僅かずつ流れ、痛む。視界に映るのは全て悍ましい姿の魔物達。正気が削れそうなこの状況の中、智也は一筋の希望を見出した。
今ならば智慧の魔女もこちらを視認できず『術式崩壊』が発動できないからだ。
智也は全身全霊を込めて魔術を発動させる。
(二つの魔術の同時発動を今ここでやるしか無い)
智也は『空風』と『流刃』を発動させた。
蒼い魔力を用いた魔術を同時に展開するのは困難なことだが、火事場の馬鹿力とでも言うべき力が智也の限界を越えさせる。
魔力を術式に集中させるため、一時的に防御にまわす魔力が少なくなり、体を抉られていく。血飛沫が舞い、悲鳴を押し殺して智也は唱えた。
『空風!』
魔術を発動したその瞬間、智也は智慧の魔女の背後に転移した。魔女はそれに気付き咄嗟に振り向こうとする。
智慧の魔女ならば振り向いたその刹那に『術式崩壊』を発動させることが出来る。故に、智也は魔女が振り向くよりも早くその魔術を振るわなければならない。
彼は渾身の一撃を魔女に向けて放つ。
「流刃・蒼紅葉」
刹那、短剣に纏わせた蒼い魔力が、三日月のような弧を描いて振り下ろされる。
その一撃は次元の壁を超え、本来ならば攻撃が通り抜けてしまうはずの魔女の体を縦に斬り裂いた──




