檻の外の獣
智也が朝霧のいる探偵事務所にゲートを繋げて現れた。
「少し遅かったね。何かあった?」朝霧は尋ねた。
「すいません、少し話してたら遅くなりました......」
「構わないよ。とりあえず、一旦座ってくれ。紅茶でも飲みながら話をしよう」と朝霧は言った。
智也は椅子に座り、しばらくすると朝霧が金色の紅茶を持ってきた。
「いい匂いですね」智也は紅茶の香りを嗅いで表情が柔らかくなった。
「これは私の実家の庭で育てられたものだよ」と朝霧は自慢気に言った。
「すごいですね! そう言えば、実家ってどこなんですか?」
「私の実家はイギリスにあるよ。まあ、辺境の地だけどね......」
智也は朝霧の髪の色や顔立ちから日本人では無さそうと思っていたが、実際に聞くと納得した。
「なら朝霧 黎って日本での名前なんですか?」
「まあそうなるね。私の本名はミスティファ=シャール。でも朝霧 黎って名前の方が気に入ってるからこっちを使ってるんだよ」
智也はふと思った。
(そう言えば、【炎の目】って奴もミスティファって名前だったな。背丈とか雰囲気が似てたけど......まあ、だとしたらあんなに弱いわけは無いか)
「......朝霧さんっていつ頃日本に来たんですか?」
「だいたい八十五年前だったかな......その頃はまだ大戦も終わったばかりだったよ」
「......朝霧さんはどうして日本に来たんですか?」智也は尋ねた。
「......まあ、色々あってね......おっと、話が逸れたね。とりあえず本題に入ろう」朝霧は少し暗い表情をした。
(......昔、何かあったのかな?)智也は心の中で思った。
朝霧が智也に尋ねる。
「一度確認するんだけど、昨日智也くんとその祖父を襲った男は深淵教団のグリフィンと名乗っていたんだよね?」
「はい」
「......そのグリフィンという男、おそらくは深淵教団の幹部だろうね」
「幹部......確かに大司教と名乗っていましたね」
「深淵教団は十三人の幹部がいてね、そのうち十人は【使徒の目】、それよりも上の位の幹部は【魔眼】と呼ばれている。そのグリフィンという男は使徒の目の一人、十年前には魔術の実験によって大勢の死者と行方不明者を出している」朝霧は言った。
「......あいつはそんなことを.......」
朝霧は少し言いづらそうに言った。
「そして、昨日の夜に頼まれていたご両親の頭蓋骨についてなんだけど......魔術で調べたところ、"本物"だとわかった......」
「......そう、ですか......」智也はそれを悟っていたのか、あまり衝撃は受けなかった。いや、すでに受けてしまっていったと言った方が正しいだろうか。
「............智也くん、君は本当に両親の仇を討つのか?」朝霧は真剣な表情で尋ねた。
「はい......親の仇もそうですけど、あの男のせいで祖父が命を狙われ、他にも大勢傷つけられているなら、もうそんなことの起こらないように、確実に息の根を止めます」智也は覚悟のある目で答えた。
「......わかった。それなら私も止めはしない.....けれど、おそらくあいつは人間から変じた魔物、言うなれば元人間だ。君はそれを殺す覚悟はある?」朝霧は怖い表情で告げた。
「......あります。それに、元人間であっても、心が人で無いならそれはただの怪物だと思います」智也は強い決心を持って言った。
「......その考えは、少し危ういかもしれなよ。この人間社会では、人であればどんなに凶悪な殺人犯であっても殺してはいけないのだからね。もし、君がその魔術の力を人間であるものに向けるならば、私はそれを全力で止める」朝霧は真顔で言った。
「......人を殺すことなんて、しませんよ」
「そう言ってくれると、私も安心だよ......それで、グリフィンの居る場所に目星はついているの?」朝霧は尋ねた。
「今朝、家の郵便受けに一通の手紙が入っていました。それには『一週間後、再び貴方に会いに行きます』と書かれていました」
「一週間後か......なら、まだ少し時間はあるね......智也くん、君には今から特訓してもらう」
「特訓ですか! それはありがたいです!」
「気合いは十分だね。これから、智也くんには一つ魔術を覚えてもらう。そして覚え次第、魔物戦闘のスペシャリストと共に魔物狩りに行ってもらう」と朝霧は言った。
「わかりました......それで、なんの魔術を教えていただけるのですか?」と智也は尋ねた。
「......これから教えのは空間転移魔術、名は『空風』移動したい座標を指定し、そこまでの空間を圧縮することで瞬間的に移動するんだ」
「移動に使う魔術なんですね」
「そうだよ。この魔術は即時発動型、窮地での回避とかに使える。そして、智也くんにはもう一つ『無詠唱』を覚えてもらう」
無詠唱とは、魔術発動時の言葉を唱える動作を省略することである。効力が少し落ちるが、魔術の発動がより速く行えるようになる。
しかし、それには高度な技術とセンスが必要となる。しかし、魔術の熟練者には必須のスキルとなる。
「でも、一瞬間足らずでそんなこと出来ませんよ」智也は難しそうな顔で言った。
「いや、無詠唱は『空風』にだけ使えるようになれば良いと思っている。智也くんは空間魔術に適性があるから、きっと上手くいくよ」
(グリフィンと戦う前に出来ることは全てやる......!)
「じゃあ、早速教えるよ」朝霧は言った。
「はい!」
◇◇◆◆◇◇
グリフィンの屋敷で男は地下にあるハイテクノロジーな機械のある部屋にいた。その部屋にはたくさんの檻と、不気味な獣達の呻き声が聞こえる。
そこに一人の男がやって来た。目は暗い青色で髪は灰色、グリフィンと似た顔をしており、肌は青白い。
「ここは本当に悪趣味だな」その男は言った。
「はあ、兄様にはこの部屋の素晴らしさがわからないのですね......魔物たちの鳴き声に日々癒され、いつでも鑑賞できるのですよ? 素晴らしいじゃないですか!」とグリフィンは言った。
「お前の趣味にどうこう言うのは面倒くさい。この話は終わりだ............それで、お前はこれから前兆と戦うそうだが、勝算はあるのか?」
「確かに、真正面から戦えば私に勝ち目は無いでしょうね。ミスティファさんも口を聞いてくれませんし......ですが、前兆には致命的な弱点がある。それを付けば容易です」グリフィンはニヤリと笑った。
「そうか......まあどうでも良いが、俺に迷惑はかけるなよ」
「わかってますよ兄様」
「あとそうだ、例の魔人を復活させるという話だが、もしお前が死んだら俺が引き継ぐ」
「......兄様、魔人をあの無意味な儀式に使うつもりなのですか......私としては止めたいところですが、死ぬことはありませんので......」グリフィンは男に鋭い視線を向けた。
「くはは、そうか。まあ、せいぜい死ぬなよ。お前が死ぬと儀式の材料が減る」男はそう言うと背を向けて去っていった。
「やれやれ、兄様はワガママですね。まあ、いつものことですが......」グリフィンはそう呟くと一つの檻に近づいた。
その檻の中には醜悪な怪物がいた。単眼で腕のような触手を持つ巨大な怪物だ。
「くふふふ、前兆の魔物......楽しみですね」
グリフィンは獣のように笑った。
◇◇◆◆◇◇
一方その頃、智也は魔術を習得していた。
「空間を圧縮して、距離をゼロにして、自分を押し出して、空間圧縮を戻して、反動を制御して......ぬわぁー! 難しい......!」智也は難解な術式に混乱していた。
「でも順調だよ。術式構築がかなり速く出来るようになっている。この感じなら明日には覚えられるね。じゃあ、今日は夜遅いし終わりにしよう」と朝霧は言った。
「でも、もし習得に時間がかかってしまったら怖いですし、朝霧さんが良ければもう少しだけ教えていただげませんか?」と智也は不安な気持ちに駆られて尋ねた。
「智也くん、焦る気持ちはわかるけれど、今は休息をとった方が良い。精神的にも肉体的にも疲労が溜まっているはずだ。本番に備えて力を蓄えるのも大事なことだよ」と朝霧はさとした。
「......わかりました。あと、ありがとうございました」
「はい。じゃあまた明日ね」
朝霧は軽く手を振り智也はゲートで家に帰った──
智也が家に帰ると、机の上に皿に盛られた料理があった。それはぶり大根だった。
その皿の横には紙が置かれており、そこには昏の筆跡で文字が書かれていた。
『疲れていそうだったから料理を作っておいたよ。保存の魔術かけてもらったから、鮮度もバッチリだよ。
まだ大変な時だと思うけど、ちゃんとご飯食べて寝てね』
「......おかんかよ......ありがたいけど」
智也は料理を食べた。
「うまい」




