湖上の戦い
智也たちが向かうビルの名前は『骨蛇ビル』例のカルト教団の拠点で青年の話によればそのビルの地下には大きな空間があり、そこで彼の妹か監禁されているとのことだった。
しかし智也が気になったのは、このビルはカルトの信徒ではない普通の会社員が働いているということだ。一体なぜ蛇骨教の者たちはこの場所を拠点にしているのだろうか......
朝には事前に気配を隠す魔術をかけ、三人は青年の案内で地下への入り口に入って行った。
隠された地下への通路を開くと目の前には階段があり、しばらく降りていくとそこには大きな空間があった。
その空間はコンクリートの壁で覆われており、電気は無く、蝋燭の火で照らされていたため暗かった。
中心には大きな魔法陣があり、その周辺に黒い布で全身を覆った人物たちと、赤い布で全身を覆った教祖のような人物がいた。
智也たちは息を殺してゆっくりと見つからないように歩いた。
そんな時、青年が突然叫んだ。
「生贄を連れてきたぞ!」
その声に智也が驚いたのも束の間、【眼】が笑い始め嫌な予感がした。
その瞬間、赤い布の人物が突然消え、智也の肩に硬いゴツゴツとしたものが乗っかった感触がした──
◇◇◆◆◇◇
「ここは......どこだ......」智也は驚愕した。
智也は霧に囲まれた湖の上に立っていたからだ。
下は水になっているというのに、不思議と体は沈まず立つことができ、動くたびに湖に波紋が起きた。
そして、目の前には赤い布の人物がいた。
(一体どうなっているんだ......)智也は嫌な予感がして冷や汗が出た。
「ここは、どこだ!」智也は叫んだ。
「この空間は私が神から賜ったものだ。私のみがこの空間の出入り口を持ち、私が出すか、お前が私を殺さなければ出れない」赤い布の男が言った。
智也は『神から賜った』という言葉から、これが魔法のようなものだと気付いた。そして、智也は気になったことを言った。
「......あの青年は......僕たちを騙していたのか?」
「ああ、彼は同胞さ。くく、しかし良い生贄を連れてきてくれた。お前の魔力量なら儀式は成功するだろう」赤い布の男は嬉しそうに笑った。
「お前たちは何がしたいんだ?」智也は男に尋ねた。
「お前は質問が多いな。まあ、我々の目的は一つ"蛇骨様をこの地に招くこと"だ」
「お前......」
この瞬間、智也は男に対して強い怒りが湧いた。
神の顕現によって世界が滅んだことを智也は知っている。だからこそ、神を召喚するこもを......誰かの命が理不尽に奪われることを、彼は許せなかったのだ。
智也が赤い布の人物を睨んでいると、突然男は赤い布を脱ぎ捨てた──
その姿は異形だった。体全体が骨になっており、頭部は蛇の頭蓋骨のようで、胴体は人間の骨のようだったが手や足の骨には鋭い鉤爪のついた恐竜のようなもので、長い骨の尾がクネクネと動いていた。
人智超えた異形の存在に対する恐怖が智也の体を震わせた。
そんな時、智也は朝霧の言葉を思い出した。
『恐怖を忘れろ』
(そうだ、恐怖を忘れろ。そのための勇気を......あいつに立ち向かう勇気を持て! 覚悟を決めろ、前に、進め! 恐怖に立ち向かえ!)
智也は一歩、足を強く踏み出した。
湖に大きく波紋が広がった。
その瞬間、【眼】が閉じた──
静寂が満ちる空間、智也の額から汗が一滴頬を伝い、雫が落下し、湖へと落ちて波紋が立った。
刹那、赤い布の男が目の前から消えた。
(どこに......)そんな事を考える間もなく智也の背後に強い衝撃が襲った。
しかし、振り返っても誰もいない。すると今度はまた別の方向から衝撃が襲い、また別の方向から何度も何度も強い衝撃を受けた。
(突然姿が消えた? それに、湖に波紋が出てない。どうなっているんだ?)智也は考えたがわからない。それもそうだろう。ここは彼が元いた世界ではないのだ。
そしてどこからともなく攻撃され、現状相手の居場所さえわからない。加えてその攻撃の威力は高かった。おそらくは鉄の棒をひん曲げるくらいには強いだろう。
(防御魔術を教わっていなかったら今頃は......)この危険な状況に悪寒が止まらなかった。それでも彼は打開策を考え続けた。そのさなか、智也は朝霧に教わった事を思い出した。
この空間がおそらく魔法だと智也は気づいている。だとすると、男の異形の姿は魔法を何度も使用したことによる眷属化なのだろうと智也は勘づいた。
ならば、あの男の魔力が尽きる可能性もある。しかしながら、ただ攻撃を受け続けるだけでは相手の魔力が切れる前にこちらがやられる可能性もある。
まずは相手の位置を把握して攻撃を避けるなどの方法を考え、智也はは自身の魔力を広げて相手の位置を把握することにした。魔力は自身の一部なので広げることで周囲をサーチできるのだ。
そして周囲をサーチし、男がどこから攻撃しているのか調べた。どうやら男は鋭い鉤爪で直接攻撃をして来ているようだがそのスピードは今の智也では到底捉えられるものでは無かった。
しかし男がいるはずの場所を見ても姿が無い。おそらくは透明化をすることが出来るのだろうと智也は考えた。
この空間から出る方法......あの男の話では自分が出そうとするか、もしくは死ぬ以外で外に出る方法は無いと言っていた。相手の言葉を鵜呑みにするわけでは無いが、今の智也が出来ることを考えると、一つしかない──
(こいつの防御魔術、なんて硬さだ......もう何度も攻撃し続けているのに一向に壊れる気配が無い。このままでは私の魔力が先に尽きるのでは無いか......?)男は智也の防御魔術が予想以上に硬く、苛立ちを覚えていた。
智也はいぜんとして動かず集中していた。
(かくなるうえは......)男は突然、透明化を解除して姿を現した。
「お前の防御魔術の硬さ、それは私でも突破が難しい。それは認めよう。しかし、お前は未だに攻撃をしてこない。おおかた、攻撃魔術が使えないのだろう?」
「......!」図星をつかれ、智也は思わず顔に出てしまった。
「ふっ、どうやら当たりのようだな。ならばお前を捕獲する手段は......」
男は智也に高速で接近して首元を掴み、片手で軽々と彼の体を持ち上げた。首が絞まって窒息することは無いが防御魔術がジリジリと削れていった。
このままでは先に智也の魔力が尽き、攻撃魔術を使えない智也は男に一方的に攻撃されやられることは目に見えていた。しかし、智也はそうは思わなかった──
「くふふ、ふはは! だめだな抑えられない。私の悲願が遂に叶えられると思うとどうにも笑いが止まらない!」男は笑いながら言った。
「......どうして、誰かを生贄にしてまで蛇骨を呼ぼうとする?」智也は男に言った。
「蛇骨様の信仰は途絶えかけていてな、本物の蛇骨様のお姿を拝見することで蛇骨様のお力を示し、信仰心を高めたいのだよ」男は言った。
「それで......人が大勢死んだとしてもか?」智也は静かな声で言った。
「蛇骨様に会えて死ねるのだ。他の者も幸福だろう」その男の声からは、それが"普通"だと感じているように聞こえた。
その男の言葉が神の眷属になり精神構造まで変わってしまったことによる狂気なのか、はたまた元来から保有する狂気なのかはわからない。
ただ、智也はこれで決心がついた。智也は今からやることを悩んでいたかはだ。しかし、男の答えを聞いて覚悟が決まったのだ。
「......今からやることを本当にやるべきか悩んでいた。でも、良かったよ。お前が心まで人の形をしていなくて」智也は言った。
「.......何を言っている?」男の困惑をよそに智也は集中し魔力の【圧縮】を始めた。
魔術を教わる前に調べた智也の"魔力特性"は【圧縮】だった。魔術で攻撃出来ない以上、彼はこの魔力特性を使って攻撃しなければならない。
そのためには相手の全身を智也の魔力で覆える程近づいてもらう必要があった。しかし、男は自ら《みずから》近づいてきた。これならば勝機はある。
智也は自分の周囲に魔力を集め、男の全身を魔力で覆った。そして、渾身の力をかけて魔力の圧縮をした。
魔力を圧縮することにより魔力密度が大幅に上昇、その結果、魔力の圧力が高まり攻撃に転用できるほどとなるのだ。
その瞬間、智也の魔力は蒼い輝きを放ち、男の全身に途轍もない圧力が加わった。
「これは......本来不可視の魔力が、可視化できるほどの圧力と膨大な魔力......馬鹿な、なぜこんな芸当が出来る......!」男は予想外の攻撃に驚愕していた。
今の男の体には深海に近いレベルの圧力が加わっていた。それによって男の骨の体が軋む音が聞こえる。
男は苦しみ、智也の首から手を離して距離をとろうとした。
そして男が智也から離れよう足に力を入れた瞬間、男の足が砕けて倒れ、体に小さな亀裂が入った。
「ガキ、一体何をした! 攻撃魔術は使えないはず......!」
「魔力を圧縮してお前の全身、特に足を重点的に圧力を加えた。そうすればお前は移動が出来なくなってお前の魔力が尽きるのを待てる」智也は言った。
「くそっ......! この、ガキが! 大人しく生贄になれば蛇骨様をお呼びする糧となれたのだぞ!」男は怒りで声を荒げた。
「......僕は生贄になんてなりたくない。自分の幸福を他人に強要するのは筋違いだ」
「この、クソガキが......」
◇◇◆◆◇◇
次の瞬間、智也は元いたコンクリートの壁で覆われた空間にいた。
(戻った......魔法を解いたのか!)
そこにいた朝霧の周りには大勢の黒い布を纏って者たちが倒れていた。
「そんな! 同志たちよ!」男はこの状況を見て半泣きになった。
朝霧はこちらに気づくと急いで近づいて来た。
「すまない智也くん、私が近くにいたと言うのに......怪我はない?」朝霧は心配そうに尋ねた。
「大丈夫です。教わった魔術のおかげで怪我もないです」
「そうか、良かったよ......」
男は智也たちに向かって叫んだ。
「このガキどもめ! 我らの悲願を......よくも潰してくれたな!」
智也が男に対して反論を言う前に、朝霧が男の顔面をサッカーの球のように蹴飛ばした。
そのフォームはまるでサッカー漫画のように美しいものだった。
「誰がガキだ! 私は百二十九歳だぞ!」朝霧は怒って言った。
(いや、そこなの!?)智也は驚いた。
男は壁に叩きつけられ、頭蓋骨が外れた。
「やばっ、ちょっとやり過ぎたかも」朝霧は焦った表情をしま。
「な、ならババアじゃねえか......!」と頭蓋骨になった男が言った。
(お、生きてた)朝霧は安堵した。
「ていうか、お前......今ババアって言ったよな!」
朝霧は男に向けて「火球」の魔術を発動させ、命中させた。
「ぐあっ! 殺す気か!」男は必死に叫んだ。
「さあて、あと何発耐えられるかな?」と朝霧は怖い顔で言い放った。
「いや、その、悪気は無いんだ。こう、何と言うか、熟年者の余裕を感じるって言うか、その......とにかく許してくれ」男は焦ってしどろもどろな口調で言った。
「......はあ、まあいいや。とりあえず、君たちの保管しているてまあろう魔導書のある場所まで案内してもらおうか」
朝霧は頭蓋骨となった男を抱えて案内させた──
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