月の意思2
[日善タワー トップデッキ]
月の神は夜空を見上げて不気味に笑った。朝霧は月光の下で勇ましく笑った。
月の神が言った。
「君たち魔術師は魔術を知られないようにしている......けれど、それでは全力が出せないのでは無いか?」
朝霧は言った。
「どうして唐突にそんな話をする?」
「......私は人を超越した存在だと言うのに、その小っぽけな人が全力を出せないのなら、私が勝つのは確定したようなものでつまらない。だから......"場所を変えよう"」
次の瞬間、朝霧の景色が一変した。その場所はまさしく......"月"であった。
(どこだ、ここは? こんな地面見たことが無い......ゲートやテレポートの魔術もあいつは使っていなかった......何をされた?)朝霧はこの事態に少しばかり焦った。
朝霧は上を見上げた。すると、そこにはより不可解なものがあった。
上にも月があったのだ。
よく見ると上にあるのはそれだけでは無い。宙に浮いた小さな土や木が空島のように点在し、上下逆さになった千人の人間が、朝霧のいる下に向かって恐ろしい顔で手を伸ばした状態で固まっている。
「ここは......」朝霧はこの空間、いや"世界"に心当たりがあった。
月の神は警戒する朝霧を見て笑った。
「気づいているようだね。そうだよ、ここは私の【神性世界】だ」
神とは意思を持つ世界である。そして【神性世界】とは、神の世界そのものである。
月の神は神性世界の入り口を二つ持つ。一つは空間を吸収する【食】もう一つは魂を招く【世界門】だ。
食は星蝕の神のカケラの大きさによって吸収範囲が異なるが、朝霧の目の前にいるカケラは半径十メートルの範囲を吸収できる。
一方の世界門は吸収よりも範囲が広く、月の神を中心として半径三十メートルほどである。
朝霧は別の神の神性世界に入ったことがあるが、その神と星蝕の神の神性世界は完全に違ったものだった。
「ここなら、君がいくら魔術を使っても一般人にバレることは無いだろう。あと、私を殺さない限りこの世界からは出られないからね。さあ、やろうか」月の神は言った。
(......魔導具の発動を妨害する必要が無くなったは助かったが......こいつを殺すのは少し厳しいな)と朝霧が考えていた瞬間、巨大な結晶の槍が朝霧に向かって放たれた。その大きさは朝霧の三倍ほどだ。
「座標指定-テレポート」
朝霧は空間移動の魔術を用いてそれを回避した。
(凄まじい速度と大きさ、避けるのは困難だな......)
「なら、次はこれでどうだい?」月の神がそう言うと、神の背後から巨大な結晶のゴーレムが三体現れた。
ゴーレムは図体に見合わない速さで加速して朝霧に殴りかかった。朝霧は間一髪それを避けたが、地面が大きく割れ、まともに喰らえば無事では済まないことがわかった。
「琥珀色の流星!!」朝霧は複数の魔術陣を同時展開しそう唱えた。
巨大な琥珀色の熱線が魔術陣から放たれ、その熱線が命中したゴーレムの体に風穴が開き、そしてオレンジ色の光を放ちながら溶けた。
突然、朝霧の間近に月の神が現れ、朝霧は背後から抱きしめられた。
そして、月の神は朝霧の耳元で囁いた。
「君、見た目と精神が一致しないね......君の体にかかっている呪いのせいかな?」
朝霧は急いで空間移動魔術を発動して月の神と距離を取った。
(なんだ、突然瞬間移動した......? 魔術も使わずどうやって......?)朝霧は自身の心臓の鼓動を感じながら月の地表に立っていた。
「おや、逃げられてしまったね。まあいいや、君の体を吸収して記憶を覗かせてもらうよ」神はそう言うと、再び朝霧の元へ瞬間移動した。
神は朝霧に手のひらを向け、その瞬間空気が揺れた。
(これは、食か......!)
空間移動魔術は一度使うと再度使うためには十数秒必要となる。そのため、今の朝霧は空間移動魔術を発動できなかった。
次の瞬間、半径十メートルの空間が球場に削り取られた。
「へえ......そんなことも出来るんだね」神はニヤニヤと笑った。
朝霧は食から逃れ、離れた場所に立っていた。
朝霧は吸収される寸前、魔術で炎を噴射し、その勢いによって吹き飛ばされることで窮地を脱したのだ。
(危なかった......けどこれでは終わりでは無い。最悪あれを使うしかないか)と朝霧は考えた、
「......今までの人間で君以上に強い者はいなかったよ」神は言った。
「まあ、私は最強の魔術師だから当然だ」朝霧は答えた。
「なら、もっと色々な魔術を見せてくれ」神の周囲に白い結晶で覆われた人型の化け物や巨大な狼が現れた。
「私はかなり昔にこの星に降り立ったけれど、久々に高揚しているよ。これが人の感情というやつなのかな」
神は空中に浮かび、結晶の化け物たちは神を讃えるように祈り、ひれ伏した。
神は月の輝きと同じ金色の魔力を放ち、まるで本物の月のようにも見えた。
その時、朝霧の鼻から血が流れた。強い魔力に当てられた人間はそれだけで無事では済まないのだ。
(智也くん以上の魔力量、流石は神だな......)
朝霧は神に向かって琥珀色の熱線を放った。しかし、その熱線は神の結界によって防がれ傷一つつかなかった。
月の神は言った。
「人間の形は素晴らしい。だが恐怖に怯えて泣き喚き、狂う。馬鹿馬鹿しい。私はそれが面倒くさくて仕方がない。だからこそ、君のような勇敢なものは好きなんだ」
朝霧はその言葉に怒りを覚えた。
「......私は勇敢では無い、臆病で逃げてばかりの弱い人間だ。けれど、お前のような人間を弄び、恐怖させ、狂わせる"怪物"に対して私は立ち向かわなければならない。それがかつての仲間たちや弟子との約束だからだ!」
神はつまらなそうに冷淡に言った。
「......約束か、人間はそんな無駄なものに対して己の命を賭けるんだね。やはり理解出来ない」
「理解する必要は無い。お前はどうせ人間が嫌いなんだから」朝霧は言った。
「......どう言う意味だ?」神は言った。
朝霧は笑って言った。
「お前は人間の"形"は好きでも"心"を嫌っている。恐怖したり、狂ったり、面倒な感情を持つ人間に対して興味を持てない。だからこそお前は人間を理解出来ない」
「......君、面倒だね。やっぱり吸収するのはやめるよ。君はここで、殺す」神は冷酷に言った。
「やれるものなら、やってみろ」朝霧は浮遊魔術を使って宙に浮かび、月の神と同じ高さに並んだ──




