魔術と魔法
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「君、何の神と契約した?」朝霧は少し怖い顔で智也に尋ねた。
智也はまだ彼女についてほとんど知らない。どうやってあの鍵を手に入れたのかも、どうして自分をこの場所に運んだのかもわからない。
そしてありのまま全て話せば最悪タイムリープに気づかれてしまう可能性も高い。智也はこの状況を切り抜けるべく智也は思考を巡らせた。
「......僕が神と契約しているとどうしてわかるんですか?」彼は尋ねた。
「神と契約した人物は"神の気配"がわかるようになる。何の神かまではわからないけれど君からはその気配がする」朝霧は言った。
(しらばっくれたりは無理だよな......だったらもう......)
「......確かに、僕は神と契約しました。ですが、そのことついては話せません」智也は正直に言った。
「......なぜ?」朝霧は言った。
「そう言う契約なんです。あなたからすると、僕はかなり怪しいと思います。でも、僕が神と契約したのは決して力を悪用するためでは無いと信じて欲しいです」
彼は未来で朝霧に鍵を託された。それはあくまで未来の話ではあるが、この人物なら自分のことを信じてくれると直感的に感じていた。
「......安心してくれ、私は元より君と敵対するような気もない。それに、色々な人間を見てきたからね、君の言葉が真実なこともわかる。だから、君を信じるよ」朝霧は言った。
「ありがとうございます......」
「だけど、これだけは教えてくれ。君は何を成したい? 神との契約は強い"意思"が必要だ。それほどまでに君は何を求めた?」朝霧は言った。
「............身近な人たちの幸せな時間が、理不尽に奪われず、もっと長く続くように......そんな気持ちで契約しました」」
智也がそう言うと朝霧は優しくほほえんだ。
「......そうか。ありがとう、君の気持ちは伝わったよ。そこで提案だけど、私の助手にならないか?」朝霧は言った。
「助手......ですか?」
「そう。これから君に色々と話したいことや教えたいことがあるんだけど、それを伝えるためには君に助手になってもらう必要があるんだよ」朝霧は言った。
智也としても朝霧に教えて欲しいことがたくさんあるため、拒否する必要も無いと思った彼は助手になることを承諾した。
「ありがとね。ところで、神と契約している以上、君は魔術についても知っているよね?」朝霧は言った。
「魔術って何ですか?」
「魔術を知らないのに神と契約したの!?」朝霧は驚いた様子だった。
「はい......」
「魔術といのは......いや、説明は長くなるから後にしよう。なら、もう一つ聞くけれど、廃教会の地下にあった魔法陣に触れた?」
「触れました」と智也は答えた。すると朝霧は考えごとをし始めた。
「......なるほどね。なら、まずは"私たち"の目的を話すことにするよ」朝霧はそう言うと、長くなるという理由で紅茶を淹れてくれることになった。
それからしばらくして高そうなカップに入った紅茶が机に置かれた。その紅茶からは湯気が立っており、落ち着く良い香りがした。
紅茶を机に置いた朝霧の手には黒手袋がつけられており、室内だと言うのにそんな物をつけている朝霧を智也は不思議に思った。
そして、朝霧は椅子に座り智也に言った。
「......これから君に話すことは、世界で秘匿されている話だ。しかし、君にはこの話を知ってもらいたいんだ。覚悟はいいね?」
智也が首を縦に振ると朝霧はまず始めに大昔の伝説について語り始めた──
──はるか昔、この星に一柱の神が現れた。美しい人間の姿をしたその神は人に"予言"を伝えた。
その予言は【五つの厄災】と呼ばれ、その厄災に対抗する力として神は人類に『魔術』を教えた。その神を『予言の神』と呼ぶ。
神が予言したという五つの厄災というのは"人類を全滅させる"五つの事象のことを指し、いつ、どのようなことが起こるかはわからない。
この伝説は世界各地に同時期に存在しており、魔術は様々な地域で独自の体系が確認されている。
そして、この伝説には続きがあり、五つの厄災を退けた後に予言の神は再びこの星を訪れて『楽園』を創ると言われている──
「実はね、厄災は過去に二度、退けられているんだ。そして、その二回の厄災の前には必ず極めて"魔力の高い人間"である『前兆』が生まれてくる......そして君は第三の厄災の前兆なんだ」朝霧は智也に告げた。
(なら、未来で起きた世界の終わりが【第三の厄災】で、僕はその前兆だったってことか......?)彼は驚いた。
「ちょっと待ってください。なら僕は、その魔力というのが多い人間ということですか?」
「その通りだ。どんな人間にも魔力はあるけれど、君の魔力量は人間の域を超えている。おそらくは突然変異だろう。けれど、その突然変異は決まって厄災の前に発生するんだ」
その時彼は気づいた。自分の周りを覆うオーラが朝霧のものよりも大きかったことに。
「......もしかして、このオーラみたいなのが魔力なんですか?」智也は尋ねた。
「そうだよ。私も普通の人間よりはかなり魔力が高いけれど君には及ばない......まだ魔術経験の少ない君にとってかなりのアドバンテージになる」朝霧は言った。
「なるほど......なら廃教会の地下にあった魔法陣みたいなのは何なんですか?」
智也が尋ねると朝霧は答えた。
「あの魔法陣は魔術を使うための前段階である"魔力の知覚"を可能にするための特別なもので、予言の神が伝えた最古の魔術の一種なんだ」
魔術には現代魔術と古代魔術が存在し、古代魔術は現代のものよりもリスクが大きく、なるべく誰かの使用を避けるためそのため今でもその魔法陣を残しているそうだ。
朝霧は管轄地域にある魔法陣の置かれた廃教会が崩壊したことで急いで駆けつけたところ智也を発見し、前兆ということや魔力の知覚が出来ることを確認したため彼を運んだのだ。
それから智也はあの化け物について聞いてみることにした。
「朝霧さんは蒼白いぼろ布を纏ったミイラみたいな化け物について知りませんか?」
朝霧さんはしばらく考え込んでいたが「わからない」と答えた──
彼が朝霧と話してわかったことは彼女たちの目的も厄災の阻止であること。そして、魔力や魔術という概念が実在しているということだ。
そこで智也の目標も決まった。それは昏と紗由理を救うことと、第三の厄災の阻止である。
「"かつての前兆たち"が厄災を退けてきたように、君にも魔術師となって第三の厄災の阻止に協力して欲しい」朝霧は真剣な眼差しで言った。
「もちろんです。僕が出来ることはなんでもやります!」
「ありがとう、そう言ってくれて嬉しいよ。それじゃあ、まずは智也くんに魔術について教えておこうと思う」
そう言うと朝霧さんは部屋の奥にある扉に戻り、一枚の紙を持って来た。
「この紙に魔力を注ぎ込むと君の魔力特性と適正魔術がわかるんだ。そのために、まずは魔術の基本、"魔力操作"を覚えてもらう」
魔力操作というのはその名の通り魔力を自在に動かすということだ。
しかし不定形の魔力を操作するのは至難の技でしばらくやっても出来なかった。
そんな時に朝霧が言った。
「魔力というのは自分自身の拡張、つまりは自分の手足のようなものだ。意識せずとも息が出来るように、感覚的に動かすイメージを持つんだ」
智也は動かそうと意識しすぎていたのだ。動かせることが当たり前だとイメージした。
彼は目をつぶって神経を研ぎ澄まし、肩の力を抜いた状態で紙に魔力を注ぎ込むように魔力をゆっくりと動かした。
すると、魔力は彼の思い通りに動き、紙に染み込むように注がれた。
「いいね。初めてにしてはかなり上手く出来たよ」朝霧は言った。
智也はそれが成功したことに喜んだ。
「やった!」
それからしばらく経つと、紙から文字が浮かび上がる。そしてその文字は未知の文字で書かれていた。
「結果が出たみたいだね」と朝霧は言った。
「じゃあ今から紙の結果でわかることを説明するよ。まず、魔力特性についてだね。魔力特性というのは、自身の魔力のもつ固有の性質のことだよ」朝霧は言った。
「なるほど......?」
「例えば私の場合は魔力特性が【炎】だから、私の魔力は何もしていない状態でも少しの熱を帯びているんだ。それで、智也くんの魔力特性は......【圧縮】だね」
「圧縮......あまり想像がつかないですね......」
「今はわからなくともじきにわかるよ。それじゃあ、今度は適正魔術についてだね。これによって自分には何の魔術が向いてるのかがわかるようになるよ」朝霧はそう言うと智也の適正魔術を伝えた。
彼の適正魔術は【空間魔術】だった。
「......これで魔術を教える方針は大体決まったかな。それじゃあ、助手になるにあたって正式な雇用契約を結ぼうか。もちろん、しっかりと給料をだすよ」朝霧は言った。
「ちなみに、給料はいくら程ですか?」
「大体......」朝霧は小声で言った。
「えっ! そんなにですか!?」
「まあ、これから君のする仕事はそれくらい危険なものということだよ」
智也は空いた口が塞がらなかった。
「それにしてもすごいですね、僕とたいして歳も変わらそうなのに自分の事務所を持っているし、魔術師なんて凄い職をしていて......」朝霧は二十代前半くらいの見た目なので彼は本心から凄いと思った。
「ああ......私はこう見えて百二十歳は超えているから、まあ年相応と思ってくれていいよ」
「えっ......」
それから、雇用契約をする際に探偵事務所の仕事について教えてもらうことになった。
智也が働くことになった朝霧探偵事務所は表向きの仕事は探偵業をしているが、基本的には魔術に関する依頼をこなす事務所のようだ。
その仕事内容は大まかに二つで、一つは魔術の隠蔽工作、もう一つは魔物と呼ばれる生物の駆除だ。
隠蔽工作というのは、魔術が用いられた何らかの事件を秘密裏に解決し、それを隠すことである。
そして魔物の駆除についてなのだが、魔物というのは【第一の厄災】の時に発生した異形の生物たちのことで、その一部は今も尚存在しており、人に危害を与える前に駆除するのだと言う。
また、魔物にはもう一種類ある。それは魔術師の成れの果て《なれのはて》で、元人間とのことだ。これも魔術の説明時に教えてくれるそうだ。
「よし、じゃあ雇用契約も完了したし、君はこの【朝霧探偵事務所】の一員だ。まあ、社員は私と君しかいないけどね。それじゃあ、これからよろしくね。智也くん」
「はい!」
そして、手続き用の書類を色々書いたりしていると朝霧さんが奥の扉から何かを持って来て智也に渡した。
「智也くんにこのバッジを渡しておくね」
渡されたバッジは五芒星の模様に魔法陣のようなものが描かれたバッジで、よく見ると朝霧もそれを身につけていた。
「このバッジって何なんですか?」
「そのバッジは『世界魔術連合』の証だよ。何かと便利だから仕事する時はつけてね」
「世界魔術連合......とは一体何ですか?」智也は朝霧に尋ねた。
朝霧の話だと、世界魔術連合は各国の魔術師達が集まり魔術の管理、隠蔽を行って来た組織であり、この朝霧探偵事務所は基本的に魔術連(世界魔術連合)から依頼された任務を行うそうだ。
また、隠蔽を行うのにも理由がある。
魔術というのは言ってみれば"技術"であり一般社会に流出すれば大混乱と新たな戦火の種になりかねないため、それを防ぐために魔術師たちを管理、隠蔽するのだと言う。
その後、朝霧は再び奥の部屋に戻ってから大きなホワイトボードを持ってきて説明を始めた。
「今日は最後に、魔術の基礎情報について教えるよ。でも、魔術師でない人に魔術を教えると魔術連の粛清対象になるから気をつけてね」
「粛......清......? わ、わかりました」
それから、朝霧はホワイトボードに魔術と書いた。
「魔術についてまず知っておく必要があるのは、魔術は禁術であると言うことだね」
(禁術......)智也はその言葉に何とも言えない恥ずかしさを感じた。
「魔術とは魔力によって術式を構築し、そこに"魔力"と"精神力"を注ぎ込むことで理を超えた力を得るものだ。ここで重要なのが魔術によって魔力、または精神力が尽きた場合その人物は『思考のない異形の化け物』つまりは魔物になってしまうこと。それこそが魔術が禁術と言われるゆえんだ」
そう聞かされ、今自分が教わっているものはファンタジーのような軽いものではなく、恐ろしい禁術である事を身に染みて理解し覚悟を改める事になった。
「もし、化け物になってしまったらどうなるんですか?」
「......大抵の場合はただ暴れ回って大切な人物さえ傷つけてしまう事になるだろうね」
「......わかりました。肝に銘じておきます」
「そうしてくれ。そしてもう一つ禁術とされるものがある」
そう言うと、朝霧はホワイトボードに"魔法"と書いた。
「魔法......魔術と何が違うんですか?」
「魔法は魔術よりも極めて大きな危険を有するんだ。それは『眷属化』と呼ばれるもので魔法を何度も使い続けるとやがて肉体が変化してその神と近しい姿となる」
「......その場合は魔物化と違って思考が存在するんですか?」
「思考は保持したままだよ。まあ、肉体に引っ張られていずれ精神構造すら本物の化け物になってしまうだろうけどね」
「なるほど......」
「あとはさっきも言った通り、神と契約すると神の気配が付いてしまうから他の魔法使いに狙われやすくなることが注意点だね」
朝霧の話を聞いて分かったのだが、智也は神と契約してタイムリープをしたということは、彼のタイムリープは"魔法"ということになるのでは無いだろうか。
ただ今のところは魔法を使ったことによる体の変化は無い。ただタイムリープは一度しか使えないのでおそらく眷属化の心配も無いと思われる。
しかしもう一つのデメリットである神の気配、これこそがあの蒼白い化け物を惹きつけているのでは無いだろうか......
「まあ、魔法使いは狂人ばかりだから、くれぐれも気をつけてね」朝霧は笑って言った。
「......でも、朝霧さんも神と契約しているんですよね?」
「そうだよ、私も神と契約している。だから私も多少は狂人の部類と言ってもいい」
「......」
(ちょっと待て、僕も頭おかしいってこと?)
◇◇◆◆◇◇
──しばらく後、朝霧は突然真剣な顔つきになって言った。
「......智也くん。これから、君には必ず多くの試練と恐怖に苛まれる経験があると思う。それに直面した時、君の体はすくんで動けなくなってしまうだろう。だから一つだけアドバイスだ」
智也は集中してその言葉を聞いた。
「恐怖を"忘れろ"強い勇気があれば、体はちゃんと動いてくれる」
あの化け物と戦った時、智也の体の動きは鈍っていた。"勇気"それは自分にあるのかと智也は不安な気持ちになった。
(僕に出来るのだろうか......)
突然自身が無くなった。本当に恐怖に負けない覚悟も勇気も自分は持っているのだろうか? 智也は少しうつむいた。
そんな時、朝霧が言った。
「自身が無いって顔をしてるね」
「......はい」
「きっと大丈夫だよ。君なら出来るさ。超年上の私が言うんだ。間違いないよ」
その言葉に智也は自身を貰えた気がした。
「ありがとうございます。頑張ってみます!」
「ああ、共に頑張ろう、厄災を止めるために!」
かくして、未来で出会った二人は過去で再会を果たした。この変化が未来をどれほど変えるのか──
読んでいただきありがとうございます。