青の世界線
これは、青い狼の怪物と成り果てた者の世界線の話。敗北した彼の話だ。
タイムリープ後、彼は蒼白の化け物に襲われることは無く、朝霧との出会いはニ週間ほど経った後になった。
蛇骨教団の殲滅後に【神の眼】と呼ばれる魔導書のありかを掴んだ朝霧は、二条家へとやって来て、智也は朝霧との接触に成功した。
その後、朝霧に懇願して弟子入りし、魔術を教わることとなった。
魔術を教わり始めてしばらく経ち、七月頃に月の神の事件が起きた。
ここから既に、運命の歯車は狂い始めていたのかもしれない。
朝霧は智也、宇佐寺、咲の三人の弟子を引き連れてこの任務にあたった。今回の時間軸と違い、咲が同行したのは智也の戦力が不十分だったからだろう。
月の神の一番大きなカケラは朝霧が破壊したが、ウィンダー=ジェーンの体を乗っ取った月の神に対して、この時間軸の智也は勝てず、弟子の一人の咲が宇佐寺と智也をなんとか逃したが咲と亜様村の住民は殺され、援助に来た救世団のメンバーも何人か死傷した。
その後、月の神は逃亡した。
そして、グリフィン・ヒューラーにより智也の祖父は殺害され、同時期にファング・オーガーがゴブリンの魔人と相打ちして死亡した。
後に、智也はグリフィン・ヒューラーに挑むが敗北し、間一髪で朝霧によって救出され、グリフィンは生存したまま逃げおうせた。
グリフィンの生存により、十二月に深淵教団が起こす大規模テロで復活させる魔人は、個体数の多いゴブリンの魔人を完全に復活させるということになっていたが、魔術連は十二月の初めにゴブリン達を一斉に狩ることに成功したため、その案は潰れた。
しかし、もう一つの案があった。それはグリフィンの兄、ゾルデイラ・ヒューラーの発案。亜人よりも、さらに魔人に近い存在である人間と亜人のハーフを使えば魔人を復活させることが出来るというものだった。
十二月初め、智也の必死の抵抗も虚しく、紗由理は深淵教団の手の者に攫われ、12月25日のクリスマスにロンドンで大規模魔術テロが発生した。
深淵教団の幹部『使徒の目』九人、大幹部『魔眼』三人、そして強大な力を持つ魔人により都市は壊滅状態。
事前に僅かな準備しか出来ていない魔術連の戦力では対抗できず、ジリ貧の状態だった。
しかし、救世団の協力や、朝霧や智也、その他の魔術連の幹部メンバーの力によって次第に巻き返していった。
希望が見えたその時、さらなる絶望が現れた。
ロンドン上空に巨大な黒い穴が出現し、そこから巨大な骨の竜が現れた。
その巨竜の名は【蛇骨】、神にも匹敵する力を持った怪物は、一瞬で都市を蹂躙し、魔術連の部隊はほとんど壊滅した。
朝霧が魔法を使って何とか蛇骨を撃退したが、被害は甚大で、街の建物はほとんど崩れ、魔術連の幹部も何人か殉職し、戦力を大きく減らす結果となった。
魔人によって体を奪われていた紗由理を智也達が保護したが、魔人が人間を虐殺したことと、過去のトラウマを思い出したことが原因で紗由理は廃人のような状態となった。
そして、この頃から遠崎純也は暗い表情をするようになり、蛇骨のような怪物に対してPTSDを患うようになった。
その後、同盟状態だった救世団が姿を消したが、戦力補強をある程度行った魔術連は翌年の三月に深淵教団の本拠地を攻めた。
今度は事前準備を整え、計画しつくされた奇襲であったため、その作戦は成功し、深淵教団の幹部メンバー二人以外を捕縛、もしくは殺害し、トップであった【深淵の魔女】を朝霧が討った。
しかし作戦の最中、深淵教団に懐柔された遠崎純也によって魔術連の人間が殺害された。その中には、智也を庇った宇佐寺もいた。
智也は純也を止めようとしたが、止むなく殺害に至った。
逃げた二名はゾルデイラ・ヒューラーとアテリスと呼ばれる『使徒の目』のメンバーで、捜索が開始された。
そこからはしばらく平穏な時間が続いた。
多くの犠牲を払ったが、深淵教団が無くなったことで大きな事件は無くなった。
昏は部屋で寝たきりとなった紗由理に付きっきりで世話をしていた。だと言うのに、智也の前では暗い顔一つ見せなかった。
その笑顔を見ていると、智也は泣きそうになった。
朝霧は滅多に吸わなかったタバコを吸い始め、酒を毎日のように飲んでいた。目には大きなクマが出来ていて、いつも疲れているように見えた。
厄災の種は全て消えたのか、不安に駆られる智也は深淵教団の残党を日夜探し、殺すようになっていた。
初めの方こそ躊躇していた殺しに、躊躇いが無くなっていた。
この世界線では、智慧の魔女との遭遇は無かった。だからこそ、気づけなかったのだろう。
十一月、昏が殺された。
昏を殺したのは救世団の長、ノックス・ドームだった。彼は黒い影に呑まれた騎士のような異形の姿をしていて、その瞳は虚だった。
手には【神殺しの短剣】を握り、昏の心臓をそれで貫いていた。
智也は憤怒に呑まれてノックスを殺した。
血溜まりの上で仰向けに倒れる昏の手を握った。一瞬、その手が脈動した。
辛うじて息のあった昏は、弱々しい声で智也に最期の言葉を伝えた。
「私のことは、忘れて......」
昏は動かなくなった。
智也は何も考えられず、フラフラと黒戸神社へ向かった。
誰もいない、廃れた神社の鳥居の前に着くと、一人の女がいた。
黒い長髪に赫い瞳をした【智慧の魔女】だった。
「やっぱり、身を隠して正解だった。ノックスが成功して良かったよ」
「......お前が、仕組んだのか?」
「そうだ、と言ったら?」
「殺す」
智也は魔術を発動しようとした。しかし、突然体が内側から爆発したような痛みに襲われた。
「時間切れのようだね」
智也の体が変形していき、体中から青い陽炎のような光が放たれた。
「さようなら、彩島智也」
去っていく智慧の魔女の背中を睨みつけ、智也は声をあげた。その声は次第に獣のような唸り声に変わっていった──




