終わりと始まり
楽しんでいただけたら幸いです
人にとって、終わりとは何なのだろうか?
その答えを、僕は探し続けている。
ただ、終わりというものに対して今の僕がわかることは、それは万物に等しく訪れ、全てを「無」に還すということだ──
◇◇◆◆◇◇
[2023年 11月5日]
一人の少年が家を出た。その少年の名は【彩島 智也】と言い、深床高校の二年生だ。
髪は黒色だが瞳はわずかに蒼色をしており、素直で誠実な人間だ。
彼は昔から人には見えないものが見えている。それは人の眼の形をした赫い紋様のようなもので、それはほとんどの生物についており、彼が近づくとじっと見つめてくる。
その眼のことは差別化を図って【眼】と呼ぶ。
【眼】は何か恐ろしいことの前に笑い、とても気味が悪い。彼はものごころつく前からこれが見えており、小さな頃はいつも怯えていた。
しかし、今ではそれも慣れてしまった。
彼は隣にある和風の屋敷に寄り、チャイムを鳴らした。するとすぐに一人の少女が扉から現れた。
その少女の名は【二条 昏】と言い、智也の幼馴染である。
彼女は黒い長髪に黒い瞳をした人物で、智也が知る中では唯一【眼】を持たない者である。
「おはよう智也」昏は言った。
「おう、おはよう。じゃあ行くか」
智也たちは二人で高校へと歩き始めた。
深床高校は彼らの家から歩いていける距離で、彼らの住む深無町のとなりの市にある高校である。
「そう言えば、聞いた? 最近なんか物騒だよね」と昏が言った。
「何のことだ?」智也は言った。
「知らないの! 昨日、この町に殺人鬼が現れたんだよ」と昏は言った。
「それ、高校行ってる場合じゃなくないか!?」智也は言った。
「ああ、何か昨日のうちに捕まったんだって。でも怖いよね。そんな人が現れるなんて......」昏は言った。
「そうだな......そう言えば、僕も聞いた話があるんだ」智也は言った。
「え、なに?」昏は尋ねた。
「実は、この町には神様が封印されてるんだって」智也は言った。
「え......はは、何その話。もしかしてあのオカルト好きの人から聞いた?」
「そうそう。嘘か本当かわからないけど、すごいそう言う話してくるんだ。まあ、面白いんだけど」智也は言った。
そんな談笑をしながら歩き、二人は高校に着きお互いのクラスに入ってわかれた。
教室に入ると、オカルト好きの健吾が話しかけてきた。
「おはよう智也。お前昨日の話聞いたか?」
「昨日の......ああ、殺人鬼が現れたってやつか?」智也は言った。
「そうそう。でもな、実はそいつが殺した確実な証拠は無いんだ」と健吾が言った。
「冤罪ってことか?」
「いや違う。殺人鬼は非科学的な、何か超常的な力を使っているんだ」
「どう言うことだよ......」と智也が少し食いつくと、健吾はニヤリと笑った。
「目撃証言によると、その女は空中に魔法陣みたいなものを作り出して、そこからレーザーを出したり、バリアをつくったりしたらしい!」
「ははは、まあでも、意外といるのかもな、そういう超常現象を起こせる人って」と智也は言った。
「だろだろ! 他にも、"霧の都"事件とかもあるし、各地で怪物を見たって言う人もめっちゃ増えてるし、確実に何かが裏で起きてるんだよ」健吾は言った。
「......確かに、何かあるのかもな」
智也は昨日からずっと【眼】が笑っていることに気づいていた。
それから昼休みになり、智也は昏と昼飯を食べた。
「今日お姉ちゃんの誕生日だから帰ったら、たこ焼きパーティーしよ」と昏が唐突に言った。
「そう言えば今日か......まあ、紗由理さん最近元気無いし、今日くらいは盛り上がらないとな」
昏には年の離れた【紗由理】と言う姉がおり、彼らはときどき昏の家でたこパをする仲だ。
「うん......そうだね、お姉ちゃんを元気付けないと!」昏は言った。
「ああ、でも今日は黒戸神社行くから少し遅くなると思う」智也が言った。
黒戸神社というのは智也の祖父が神主をしている神社で、木の生い茂った丘の上にある、寂れた神社だ。
「そう言えば、お爺さん腰やっちゃったんだっけ......」
「そうなんだよ。爺ちゃんはこれぐらい平気だとか言うから逆に心配で......」智也は言った。
「ははは、あの人らしいね。じゃあ、神社行ったらうちに来てね」
「おう」
やがて昼休みも終わり、授業も終わったので下校の時間となった。
それから智也は学校を出て、黒戸神社に向かった──
黒戸神社まで続くやや長い階段をのぼり、妙な文字の刻まれている石造りの鳥居を抜けて智也は境内に入った。
「おお、智也。来てくれてありがとう。煎餅食うか?」開口一番に智也の祖父が言った。
「食べる。それで今日は何すればいい?」
「毎度悪いな。今日も掃除を手伝ってもらおうかな」
「オッケー」
もう十一月ということもあって境内には落ち葉が沢山落ちており、智也は箒でそれを掃除していた。
「そう言えば、修学旅行はどうだった?」智也の祖父が尋ねた。
智也は少し前に京都に修学旅行へ行ったのだ。
「楽しかったよ。そうそう、二日目の夜に健吾がホテルで怖い話をして自分が眠れなくなってたんだ」
「ははは、あの子はオカルト好きなのに怖いものが苦手なんだったな、それで、昏ちゃんは修学旅行に行けていたかい?」
「ああ......昏は風邪で休んでたよ」
「そうか、昏ちゃんはまた修学旅行に行けなかったのか......」
「うん......」
「なら、昏ちゃん連れて京都に行ってやりな。若いうちにやれることはやった方がいいからな」
「え、う......うん?」
一緒に京都に行ってみるのも悪くないなと考えながら手伝いを続けているといつしか夕暮れ時になり、智也は帰ることにした。
「今日もありがとな。これ持っていきなさい」
祖父はたくさんの煎餅を智也に渡した。
(煎餅のストックがたんまりあるからな、この神社......)と智也は思った。
「ありがとう」智也は煎餅の入った袋を受け取り帰路に着いた。
◇◇◆◆◇◇
──時刻は十七時ごろ、逢魔時だ。空が血のように赤く染まり、鴉が不気味なほどに騒いでいる。
家の近くに来るにつれて、なぜか胸騒ぎが大きなる。
【眼】はいっそう笑い、何か恐ろしいことの前触れが近づいているように感じる。
智也は不安にかられて昏の家へ走った。
そしてチャイムを鳴らそうと思ったのだが、屋敷の門が少し開いていたため、彼は門の中へと入ってみることにした。
木製の門がギーっと言う音を立てて開き、目の前の光景がまざまざと映し出された。
目の前には血溜まりの上で倒れる昏の姿があった。
智也は持っていた袋を落とし、倒れている昏の元へ急いで近づいた。そして動かない昏の手に触れた──手は冷たくなっていた。
彼の呼吸は非常に早くなり、目の前の光景を信じられず、ただ見つめていた。
その時、智也の頭の中を昏との記憶が駆け巡った──
◇◇◆◆◇◇
昏とは幼稚園の頃に出会った。
【眼】が恐ろしくて、人と一緒にいるのが苦手だった智也は孤立していった。
そんな時、智也に声をかけたのが昏だった。
二人は今までの人生の大半を共に過ごし、お互いの辛い出来事も寄り添いあって来た。
誰も信じてくれなかった【眼】のことを、昏が初めて信じた。
それまで不気味がられ、自らも人を避けて来た智也にとって昏の存在は非常に大きなかけがえの無いものとなっていた。
◇◇◆◆◇◇
智也は泣き叫び、動かない昏の手を握った。
昏は心臓の辺りを刃物で一突きされており、生気の無い彼女の瞳は"死んだ"ということを酷く感じさせた。
ふと、智也が横の方を見てみると、そこには見るも無惨な紗由理の死体があった。
かろうじて紗由理だと判別できるだけで、もはやただの肉塊と言っても過言では無いだろう。
「......」智也は沈黙した。
次の瞬間、住人が死んで誰もいないはずの家の扉が開く音がした。
家の中には何かがいた。
一瞬、智也の周りが火花が散るように蒼く光り、智也は無表情のまま立ち上がった。
智也はその何かに向かって走り出した。
しかし、突如として体が金縛りのように動かなくなった。
智也は激情に任せて体を思い切り動かそうとするが、全く動かなかった。
何かは智也に手を伸ばし、そして──
──智也は大通りに立っていた。
手に持っていた煎餅の袋が無く、なぜか心臓の鼓動が高鳴っていること以外には何も変化は無かった。
「あれ、僕は......どうして、ここに?」
智也は何も思い出せなかった。しかし、服に血がついていることに気づいた。
「え、この血......」智也の中で何かが思い出されようとしたが、ノイズがかかったように思い出せなかった。
「......?」
その時、うるさく叫んでいたカラスの声が消えた。空からカラスが一羽落ちて来て、目の前で潰れて死んだ。
そこら中の【眼】が不気味に笑い、智也はその光景に身震いした。
次の瞬間、恐ろしい寒気がした。今まで感じたことのないような恐ろしい気配に思わず身震いする。
その気配は家の方向から現れていた。
智也は無意識に目を閉じて今歩いて来た道の方を咄嗟に振り向き、再び目を開けた。
自分でもどうして目を閉じたのかはわからなかった。ただ、振り返れば死ぬ。そんな予感がしたのだ。
先程まで騒がしく鳴き声を上げていた鴉の声は沈黙となり、大通りにいた人々は力なく倒れた。
倒れた人たちには【眼】がなかった。【眼】は生きている全ての者についている。倒れた人々はすでに死んでいたのだ......
生命の気配が一つ、また一つと消えていき、車が次々と事故を起こしてそこら中が轟音に包まれた。
今何が起きているかはわからない。しかし、「死」そのものともいうべき何かが迫って来ているのを彼は肌で感じた。
智也は来た道を戻り、神社の方へ走り出した。
(何がどうなっているんだ? どうして急にこの人たちは死んだんだ? どうして昏や紗由理さんのことを考えると涙が出るんだ? 何があったんだ! 誰か、教えてくれ......)
智也は息を切らしながらひたすらに走った。
走っている間にも道端で倒れている人々を大勢見かけた。皆一様に【眼】が無く、死んでいるのだとわかった。
今まで生きてきた時間を突然、理不尽に奪われる恐怖。生きていることが無意味なのではないかと感じるほどの絶対的な何かから智也は視線を背けて逃げることしかできなかった。
今まさに起こった悲劇すら、彼は思い出せなかった──
黒戸神社に辿り着き、智也は祖父の元へ急いだ。社務所の扉を開き、中を見てみると祖父は畳の上で死んでいた。
「......くそ! どうしてこんなことに......」
智也は恐ろしい出来事の連続と、悲壮感に苛立った。そしてこの現状を変える術のない自分が悔しかった。
彼はただ理不尽を嘆くことしか出来なかった。
そんな時、誰かが神社の階段を登る音がした。智也は生存者がいると思い、急いで階段の方へ向かった──
そこには金髪の女性がおり、辛そうに体を動かして階段を登っていた。
智也は彼女に声をかけようと駆け寄った。
その時、彼は彼女の顔を間近で見た......彼女の片目は焼けて無くなっており、服には彼女のものであろう血が染み込んでいた。
驚いた智也は思わず距離をとった。
彼女はそんなことを気にせず、智也に尋ねた。
「......前兆か、まさか君がこんな場所にいるなんて......」女性は呟いた。
「あなたは......?」智也は尋ねた。
「すまないが、時間が無い。必要な情報だけ話す」
女性は一気に話した。
「先ほど、この町に神が現れた。あの神は姿を見たものを殺す力を持っている。あれはいずれこの星を、世界を呑み込む。もはや止めることはできない。そして、私たちに残された手段は......"過去に戻る"ことだけだ」
「過去に......戻る......」
智也はその言葉に希望を感じた。
女性は懐から黒色の鍵を取り出して智也に渡した。
「その鍵をこの神社の鳥居にかざしてくれ。そうすれば『時空門』が開く。その先にいる存在と交渉し、過去に戻る力を得てくれ」女性は言った。
「......それはわかりました。でも、見ず知らずの僕にどうしてこの鍵を渡すんですか?」智也は尋ねた。
「......私はもう時期死ぬ。過去に戻ることが出来ないんだ。だからこそ、君に託す。前兆である、君に......」女性は言った。
「前兆......?」智也は呟いた。
女性は口から血を吐いた。
「......もう時間が無いな。最後に伝える......」
彼女が何かを言おうとした瞬間、突然彼女は苦しみだした。
彼女は何かを悟り、智也の手に鍵を握らせた。
智也は死ぬ間際の女性に言った。
「......あなたから託されたこの鍵で、絶対未来を変えてみせます!」
女性はその言葉を聞いて安心したのか、少し微笑み、力なく地面に伏せた。
彼女から【眼】が消えた。
智也は泣きそうになったが、それを堪えて鍵を強く握りしめて階段を駆け上った。
息を切らして走る彼の頭の中には今までの日常の思い出が絶えず流れていた。
『楽しい日々を失いたくない』
『親友を、家族を失いたくない』
『この理不尽な終わりを変えたい』
彼はその一心で鳥居へと進んだ。
そして、彼は鳥居に鍵をかざした。黒い鍵が虹色の光を帯び、鳥居に吸い込まれるように消えた。
その瞬間、鳥居に刻まれた文字が輝き出し、その明るさから彼は思わず目を閉じた。
そして光が収まった時、彼は目を開いた。
鳥居の奥はまるで宇宙のようになっており、この鳥居が『時空門』となったのだと智也は確信した。
「......みんなが生きて、笑っている未来が欲しい。そのためなら、どんな理不尽にも、例え神であろうとも抗ってやる!」
大切な者を救うため、託されたことを果たすため、己の運命に抗うため......彼は鳥居の境界を渡った──
見てくださりありがとうございます。