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#08 王女は運命と出会う


 王女一行が落盤に見舞われた、その直後のこと――。

 セリナは無傷だった。


 たんなる幸運ではない。いち早く異変を察した現場監督のサイモンが、咄嗟にセリナをかばい、突き飛ばした結果である。

 また、落盤本体の直撃を受けた者はいなかったが、周囲の崩落に巻き込まれて、少なからぬ負傷者が出た。


 ことにセリナの身代わりに落石を受けたサイモンが重傷を負って昏倒し、ハルケル子爵も足を挫くなど、状況は深刻だった。

 セリナの従者のうち半数は、視察一行より後方にいたため、危うく難は逃れたものの、主人と分断される形となった。


「急いで救援を呼んできなさい」


 落盤の向こうから、主人たる王女殿下の指示が響き、従者のひとりが慌てて最下層へ駆け込み、作業員らを引き連れてきた――。

 救援の到着を確認すると、セリナは、おびただしい土埃に喉を痛めながら、気丈にも岩の向こうへ呼びかけ、救助作業を促した。


 作業員らが話し合う声が聞こえる。

 その間、セリナは無傷の随員らに指示を下して、すぐにも負傷者らを搬出できるよう、『照光(ライティング)』の魔法を使用させた。


照光(ライティング)』は、空中に一時的に小さな白光の塊を浮かび上がらせる、ごく初歩的な魔法である。最低限の魔術の知識さえあれば誰でも習得可能だが、光量や持続時間は使用者によって異なる。魔術の才に優れた者であれば、より明るく長時間の照明を作り出すことが可能だった。

 随員たちは、協力して魔力を合わせ、大きな光球を一行の頭上に作りあげ、固定した。


 その直後。

 作業員らの相談がまとまったらしい。若い娘の声が、やけに力強く「任せてください」と響いて、セリナの耳にも届いた。


 ほどなく、凄まじい金属音とともに、向こう側から、大岩が削られはじめた。

 いかなる道具や工法を用いているものか、とにかく耳を聾する轟音が、次第に自分たちの側へ、じわじわと近付いて来る。


(……この岩に、穴を通そうとしている?)


 セリナは、喉の痛みに眉をひそめながらも、作業員らの意図を察し、『万象』を用いて、眼前の巨岩を鑑定してみた。

 かなり高密度の、花崗岩の一種。


 セリナは鉱物や岩石の専門知識はさほど持ち合わせないが、相当に重く、硬い材質であることは鑑定によってうかがえる。

 それにも関わらず、掘削は凄まじい速度で進行していた。


 もう今にも穴が貫通しそうな勢いである。


(いったいどんな方法を? 何が起こってるの?)


 戸惑いつつ眺めているうちに、巨岩の表面に小さな穴があき、あれよという間もなく、セリナの目の前に、きれいな円形のトンネルがくり抜かれた。

 セリナは、再度『万象』をもって、トンネルの彼方に佇む何者かを、鑑定し――。


 わが目を疑った。




  フェルゼッタ

 年齢:16歳(女)

 状態:健康

 職業:セントリス銀山・作業員(勤続3ヶ月)

 知性:63(100)

 身体:21(100)

 属性:善・中立

 天授技能『掘削LV255』

 後天技能『筋力LV9』『精神耐性LV4』『魔物知識LV8』




(……LV255っ?)


 何かの間違いだろうか?

 これまで数多くの人間を鑑定してきたセリナをして、ついぞ見たことのない、途方もない数値が混ざっている。


 しかし『万象』が、誤った情報を提示するとも思えない。

 いったいLV255の『掘削』とは、どんなものなのか?


 いま「素手で」軽々と岩を削り、貫通させてみせたのは、その能力の、ほんの片鱗でしかあるまい。

 また……肉体的なステータスはともかく、後天技能がいずれも、ずば抜けている。セリナが求めているハンター候補としての素養を見事に持ち合わせていた。


 かなり重大な欠点も見えているものの、それを補って余りある。


 ――これは、なんとしても、絶対に、ハンター組合に引き入れねばならない。契約を交わし、決して逃がさぬよう、手厚く囲い込む必要がある。


 セリナは即断を下した。

 その口説くべき人材……、フェルゼッタとかいう若い娘は、穴ごしにセリナの姿を見て、目を丸くしていた。


 おそらく、セリナの容姿が、あまりに頼りなく、場違いなように見えて、驚いているのだろう。

 病弱なセリナは、小柄で痩せぎすで、どうしても同年代の子供たちより数段幼く見えてしまう。


(でも、こういうのは、第一印象が肝心。子供と侮られないよう、しゃんとしなくては)


 粉塵漂う中。

 セリナは、こみあげる咳を懸命にこらえながら、照光(ライティング)の明かりの下、背をまっすぐ伸ばし、きりりと眉を引き締めて、挙措おごそかに――フェルゼッタへ第一声を投げかけた。


「そこのあなた」

「えっ……?」

「わたしと、契約しませんか?」


 精一杯の威儀を取りつくろい、問いかけるセリナ。


「はい、よろこんで!」


 フェルゼッタは、即答した。

 なぜか満面の笑顔で。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 フェルゼッタの即決ぶりに、かえって、セリナのほうが困惑させられた。

 一瞬の沈黙――。


「……まだ、契約の内容を説明していませんが」


 あらためてセリナが告げると、フェルゼッタは、はっと我に返ったように、まばたきした。


「あ。……その、なんの契約でしょうか?」


 セリナは、小さく息をつき、再度、威厳を込めて告げた。


「それは後で話しましょう。いまは先にやるべきことがあります」


 セリナの左右には、現場監督のサイモン、ハルケル子爵ら、複数の重傷者が横たわっている。

 落石に埋まりかけ、動けなくなっている者も多い。


「フェル嬢! そっちの状況は!」

「俺たちもそっちに行く! 怪我人を運び出すぞ!」


 フェルゼッタの背後から、待機していた作業員らが声をかけてきた。


「は、はいっ! すぐに始めましょう!」


 フェルゼッタは、慌てて、短いトンネルをくぐり抜けた。その後ろから、作業員らが次々に身をかがめて、列をなして続いてくる。


「わたしは後回しでかまいません。こちらは気にせず、先に負傷者を運び出してください」


 セリナの指示により、救出作業が始まった。

 作業員らは声を掛け合い、連携して、慣れた手際で、サイモンら重傷者を続々とトンネルの外へ搬出してゆく。


 おそらく、こういう状況を想定した対処マニュアルがあるのだろう。坑道に事故はつきもの、ということだろうか。

 セリナはあえて脇に控え、彼らの邪魔にならぬよう、作業を見守っていた。


 例のフェルゼッタも真面目に手伝っているが、傍目に見ていても、あまり要領はよくない。

 応急処置をほどこす手元はいかにもぎこちなく、無理に重傷者を動かそうとして、周囲から慌てて制止されたりもしていた。


(穴掘り以外の仕事は、頼りないみたい……)


 と、セリナは、その人品を見定めるように、フェルゼッタの悪戦苦闘ぶりを、静かに眺めていた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ……ほどなく、すべての重軽傷者の救出が完了した。

 それを見届けた後、セリナは、余の者たちをトンネルの向こうへ追い出して人払いし、フェルゼッタのみ、その場にとどめた。


 照光(ライティング)の明かりの下で、二人は、あらためて向き合う――。


「一応、自己紹介をしておきましょう。わたしはセリナ・ブランシュ・レクソール。この国の王女です」

「はっ、はい。アタシは、フェルゼッタ……ここで働いてます」


 フェルゼッタは、すっかりかしこまった態で、深々とお辞儀をしてみせた。

 セリナは、注意深く、じっと蒼い双眸をフェルゼッタに向けた。


「それでは、先ほどの続き……契約の話をしましょう」

「あ。そういえば、そういうお話でした……。なんの契約でしょうか?」

「わたしが運営する組合との契約です」

「組合?」


「ええ。フェルゼッタ。わたしのハンター組合に加入し、魔物ハンターとして、働く気はありませんか」


 そうセリナが告げた直後。

 ふと。


 フェルゼッタの両目から、不意に涙が溢れ、頬を濡らして流れ落ちた。


(泣いた?)


 想定外の反応を見せられ、戸惑うセリナ。

 一方、フェルゼッタは。


「ハンター……ハンターにっ、アタシが……? い、いいんですか? 本当に、ハンターになっちゃっても?」


 泣きながら聞き返してきた。

 どうやら、彼女にも、何か事情があるらしい、とセリナは察した。


「あなたでなければ駄目なのです」


 少し声をやわらげて答えるセリナ。

 フェルゼッタは、大きく目を見開いた。


 驚きと歓喜が同時に沸きあがって、いまにも飛び上がらんばかりの顔つき。


「わっ、わかりましだァ! よろこんで、契約させていただぎまずううー!」


 よほど感きわまったのだろうか、いきなり涙声をあげて、フェルゼッタは、がばと、その場にひれ伏してしまった。


(さすがに、大袈裟すぎませんか?)


 などと内心呟きながら……どうにか逸材を確保できたという安堵からだろうか。

 セリナの意識は、急速に遠のきはじめていた。


 もとより病弱な王女。

 この慌ただしい状況と厳しい環境にあって、気丈に振舞ってきたものの、体力は限界に達していたようである。


「詳しい話は、また……後ほど――」


 そこまで告げたところで、セリナは激しく咳き込み、赤い霧のような血を吐いて、その場にくずおれた。





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