#07 運命と出会うフェルゼッタ
セリナ王女殿下が、ここの視察に来るらしい――。
第三坑道の作業員らは、朝から、寄ると触ると、その噂でもちきりだった。
フェルゼッタも、昼休憩のついで、なんとなく噂話の輪に加わり、王女にまつわる様々な見聞、評判、憶測など、同僚らと語り合っていた。
「フェル嬢は、セリナ殿下を見たことあるか?」
「いえ。最近、西区画のお屋敷に住んでる、って話ぐらいは聞きましたけど」
「ベルディス離宮ね。あそこはもともと、王家の別荘なんだよ」
「へー。どんなお方なんです?」
「俺は、その離宮の近くで、チラっと見たぜ。いやもう……なんか宝石がぴかぴか光ってる感じで、眩しくて、目が潰れるんじゃないかと思ったよ」
「そんな大袈裟な」
「いやいや、それぐらい、もう見ためから、特別な御方ってことさ」
「まだ十一歳だってな? ほんの子供じゃないか」
「だが、その御年で、もうフラグナ大学を出ていらっしゃる」
ほぉ……と一同、歎声を交わす。
「そりゃ凄い。とてもじゃないが、十一歳が入れるような場所じゃないぞ。まして卒業なんて」
「それほど賢いお方ということだ。このセントリスの領主でもあらせられる」
「今日、ここ来るんだっけ?」
「急に決まったんだよ。サイモンの旦那がいうには、俺たちはあまり関係ねえから、いつも通りやっとけってさ」
「でも、相手が相手だ。粗相はできねえな」
「はぁー……凄い人みたいですね。なんか、住む世界が違う……」
フェルゼッタは、大きく溜め息をついた。
「おおい、フェル嬢――」
横から、何人か、作業員らが歩み寄ってきた。
「休憩が済んだら、こっち来てくれ。今日中に除去しちまいたい岩があるんだ」
「はぁい。すぐ行きますよー」
応えつつ、フェルゼッタは談笑の輪を離れ、靴音高く現場へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
きわめて厄介な岩塊だった。
さほど大きいものではない。とにかく密度が高く、重量がある。
手作業で切除掘削するのも無理ではないが、相当な時間がかかる、と作業員らは判断していた。
以前であれば、こうした厄介者に突き当たるたび、作業員らは是非なく他の作業を中断し、現場総出で除去にかかっていた。
近頃は、もっぱらフェルゼッタが対応にあたり、どんな岩でも難なく処理してしまう。
現場の人々も、フェルゼッタの異能にやや依存しすぎているきらいがあった。
「これは……いつもより、気合が必要ですね!」
フェルゼッタは、真剣そのものという面持ちで、通路の一隅をがっちり塞ぐ灰色の岩塊と向き合った。通常、この坑道でよく見られる岩盤と比較すれば小さい部類だが、それでもフェルゼッタの身長ほどの大きさはある。
「こいつは重いぞ。気をつけてくれ」
「切り出せば、墓石に使えそうなやつだよな、これ」
「ああ。カッチカチの花崗岩だ」
作業員らは、いつも通り距離を取って、フェルゼッタの作業を眺めている。
「やります――」
フェルゼッタは、岩塊へと両手をかざした。
『掘削』
スキルを発動させる。
途端、フェルゼッタの前面に、不可視の大型ドリルが複数形成され、猛然と回転、削岩を開始した。
耳を聾する轟音とともに、おびただしい火花が周囲に散る。
粉塵漂うなか、見る間に、灰色の岩塊表面、五箇所に、まったく同時に大穴が穿たれてゆく。
フェルゼッタは、その気になれば、最大二百五十基ものドリルやハンマーを同時に操ることができる。
その時々、状況に応じて、最適な掘削法を実行する――穴掘りの申し子ならでは、フェルゼッタの『掘削』は、余人には模倣しえぬ特異な技能だった。
「――っ、これ、ほんとに硬い……! でもっ!」
フェルゼッタは、いよいよ意識を集中し、ドリルの回転数を上昇させてゆく。
五つの透明ドリルの先端が、岩塊を削り、貫き、ついに同時に穿ち抜く――。
衝撃とともに、けたたましい破砕音が響き渡った。
灰色の岩塊が脆くも砕け、崩れ落ちる――。
強い衝撃が、四囲の地面や壁を走り、天井を揺るがせた。
おおっ……と、見物していた作業員らが、一斉に歓声をあげる。
「できまし――」
いつも通り、振り向いて、作業完了を告げんとしたところへ。
フェルゼッタの耳に、どこか遠くで、何かが崩壊する音が届いてきた。
「あれ?」
つい、首をかしげるフェルゼッタ。
「どうした? フェル嬢」
「聴こえませんでした? いま……どこかで、落盤みたいな音が」
フェルゼッタが答えると、何人かが「ああ、聴こえた」「俺も」「どこだろう」と、顔を見合わせた。
しばしの静寂を経て。
「おおい、大変だぞ!」
複数、新たな靴音がどやどや奥まで寄ってきて、慌てふためきながら告げた。
「上の資材置き場で、落盤があったって!」
思わぬ一報に、居あわせた全員が目をみはった。
「なんであんなところが」
「いまの除去作業の影響か?」
「おそらく……振動によるものだろう」
「あそこ、補強はしてあっただろう?」
「この時間なら、あそこは誰もいないはず……」
そこへまた見慣れぬ人影が、転げるように階段から最下層へ駆け込んできた。
「い、岩が落ちてきて、王女殿下や、子爵様たちがっ! 誰でもいい、早くきてくれ! 救助を!」
おそらくは、視察一行の護衛か従者であろう――悲痛な呼び声が、最下層全体に響いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
フェルゼッタをはじめ、作業員らは、取るものもとりあえず、一斉に階段へ向かった。
最下層からわずか十数メートル上に、掘削途中で放棄され、現在は資材置き場となっている横穴がある。
その入口付近まで、朦々たる粉塵に覆われて、ひと目に異常な状況とわかる。
フェルゼッタらが奥まで進むと、ひときわ巨大な――人の背丈の三倍はありそうな灰褐色の岩石が、完全に行手を塞いでいた。
その巨岩の向こうから。
「……そちらに、誰かいるのですね?」
くぐもった声が呼びかけてきた。
作業員の一人が応える。
「救助に来ました! ご無事ですかっ!」
「私は無事ですが……遺憾ながら、無事ではない者もいます」
年端いかぬ、少女のような声。
噂の王女殿下であろう。
かろうじて殿下はご無事らしい――と、一同、わずかに息をついた。
「この岩をどかせることは、可能ですか? 怪我人がいます。すぐにも処置を施さないと、危険です」
王女の声は、落ち着き払っているものの、時折、強く咳き込んでいる。
どうやら粉塵を吸い、喉を痛めているらしい。
岩の向こう側は、かなり深刻な状況と思われる――。
作業員らは、巨岩から距離を置き、声をひそめて対策を議した。
「除去するのは……難しいか?」
「周りを見てみろ。ここいらの坑木、全部ヘシ折れちまってる。いまはあの岩盤が、逆にここの天井を支えてる状態なんだ。いま下手にあれを動かしたり砕いたりすれば、支えを失って、この横穴自体が一気に崩壊しかねない」
「では、どうするんだ」
「なにより、まず坑木を組み直して、補強しないと。じゅうぶん安全を確保してから、あらためて除去作業にかかる。これしかないんじゃないか?」
しばし黙して話を聞いていたフェルゼッタが、一歩前へ踏み出し、巨岩の前に立った。
「それだと時間が掛かりすぎます。アタシにやらせてください」
居並ぶ作業員らは、一斉にフェルゼッタを振り仰いだ。
「いくらフェル嬢でも、補強もなしに、これを取り除くのは……」
「考えなしに手出しするのは危険だぞ」
「何か思い付いたのか?」
口々に声をかけてくる者たちへ、フェルゼッタは「大丈夫です。任せてください」と、力強く言い切った。
――彼女がそうまで言うなら、よほどの自信があるに違いない。
人々は、互いにうなずきあい、フェルゼッタに託すことで一決した。
すでにフェルゼッタは、眼前の巨大な花崗岩の石質と構造を正確に見抜いている。どこをどのように削れば、これを砕くことができるか。逆に、砕かずに穴を堀り、貫通させうるポイントまで――。
『掘削』
満を持し、スキルを発動させる。
不可視のドリルが、前面の巨岩を削り、穿ちはじめた。
穴の大きさは、フェルゼッタの身長の半分程度。
それ以上大きな穴を掘ると、岩そのものを砕いてしまう可能性があった。
岩全体の強度を保ちつつ、そのど真ん中に、人ひとりがくぐり抜けられる小型トンネルを形成し、そこから救出を行う。
それがフェルゼッタの狙いであった。
作業は順調に進んでいる。振動を抑えるため、あえて通常より掘削速度を落とし、じわじわ慎重に、穴を穿ち続ける。
左右に火花を噴き散らし、一心にドリルを操りながら――フェルゼッタは、ふと、岩の向こう側にいるという、王女殿下にまつわる噂を思い出していた。
まるで、光る宝石のような御方だと……そんな話を聞いたばかりである。
実際、どんな人物なのか?
――フェルゼッタの見えざるドリルが、ついに巨岩を貫き、穿ち抜く。
岩の真ん中に、ぽっかりと、大きな空間が開いた。人が屈んで通れるぐらいのトンネルである。
フェルゼッタはスキルを停止し、貫通済みのトンネルを、そっと覗きこんだ。
その向こう、粉塵の彼方――。
フェルゼッタは、見た。
暗い洞穴の只中に浮かび上がる、黄金の輝きをまとう少女を。
一箇の宝石どころではない。世の金銀宝珠を一点に凝集したかのごとき、その小さくも絢爛可憐な立ち姿。
(……女神、さま?)
フェルゼッタは息を呑んだ。
言葉を発することさえ忘れて。
洞穴に佇む、美貌の少女を――呆然と、見つめた。
一方、トンネルの向こうからも――光り輝く少女の、冷たく蒼い双眸が、フェルゼッタの姿を、じっと興味深げに観察していた。
やがて、その薄く小さな唇が。
かすかに動いた。
トンネルごしに、少女は、フェルゼッタへ鋭い声を投げかける。
「そこのあなた」
「えっ……?」
呼ばわれ、やや戸惑うフェルゼッタへ……。
「わたしと、契約しませんか?」
まったく唐突に。
しかして、さながら小さな女神の誘いでもあるかのように――。
凛然と、美しい少女は問うた。




