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#06 王女は新鉱脈を探る


 二輌の大型馬車が、山道を急ぎ駆ける。

 雨が降り出し、山肌へ吹き付ける風も強まってきていた。


 馬蹄と車輪の音高く、王女一行を乗せた馬車二輌は、風雨を避け、坑道口前の門内へ、直接乗り入れた。

 第三坑道の入口付近である。


 たちまち、周囲に居合わせた何人かの作業員らが、慌てて馬車のもとへ駆け寄ってきた。


「やあ、雨の中、大変でしたな」


 現場責任者らしき中年労働者が馬車へ声をかける。

 客車の窓を開け、執政官ハルケル子爵が応えた。


「おお、サイモンくん、いまはここを仕切ってるのか」

「これは子爵どの。ええ、現在はここの現場を預かっております」


 両者、顔見知りらしい。


「そちらにも、話は通っているな。先触れ通り、王女殿下をお連れした。粗相のないように」

「伺っております。ただなにぶん、今日も作業中ですので、全員でお迎えというわけにはいきませんが」

「案内は?」

「中に入るのは、あまりお勧めできませんよ」


 と、二人が話すうちに、隣りの客車の戸が開き、王女セリナが、随員をともない降り立った。


「ぜひ案内を頼みます」


 穏やかに告げるセリナ。

 顔の半ばをマフラーですっぽり覆い、一応、粉塵には備えている様子。


「聞けば、この坑道は、新しい鉱脈を探っているとか?」


 セリナの問いに、現場監督サイモンが答えた。


「はい。第一、第二は、同じ鉱脈を左右から採掘している形ですが、ここはさらに深いところの別鉱脈を探っているところでして……」




 サイモン・ウィーゼル

 年齢:38歳(男)

 状態:慢性気管支炎(小)

 職業:セントリス銀山第三坑道・現場監督(勤務年数4ヶ月)

 知性:67(100)

 身体:74(100)

 属性:善・中立

 天授技能『剣術LV2』

 後天技能『気配察知LV2』『統率LV5』『鉱山知識LV6』




 話を聞きつつ、ひそかにサイモンを『万象』にかけ、セリナは驚いた。

 ウィーゼルという姓に聞き覚えは無い。おそらく騎士か準騎士くらいの家系の出であろう。


 なにゆえ鉱山の親方に身をやつしているのかはわからないが、本来は王国軍の将校として通用する才能の持ち主。

 ハンターとしても有用と思われる技能を持っている。


 軽度の持病があるが、致命的なものではないようだ。


(これは、人材――)


 内心、感嘆しながらも、表面上は眉ひとつ動かさず、セリナは告げる。


「わたしならば、その鉱脈の有無を『鑑定』できるかもしれません。ぜひ奥まで連れて行ってください」


 これは単なる口実ではない。作業員らの鑑定選考とはまた別に、第三坑道における新鉱脈の探索は、セリナ自身、やっておくべきだと考えていた。『万象』をもってすれば、それは可能なはずである。

 新たな鉱脈の発見は、セントリスにさらなる繁栄をもたらすのみならず、セリナの財力維持、ハンター組合の安定経営などにも大いに資するところがあろう。


「……は。殿下の御意であれば」


 もとより、王族の意に、是も非もない。サイモンは、わずかに難色を示しつつも、坑道深部への受け入れに同意した。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 さすがに全員が、坑道の奥まで、ぞろぞろ見物に入るわけにもいかない。

 侍医数人と随員のほとんどを入口付近に残し、ハルケル子爵とサイモン、わずかな従者のみを引き連れ、セリナは第三坑道の内部へ踏み込んだ。


 まだごく浅い層だが、すでに左右の幅はかなり狭まっていた。壁と天井は坑木で補強されており、魔光球の照明が一定の間隔で点々と吊り下げられている。

 このあたりは単なる通路らしく、作業員らの姿も見当たらなかった。


 下りの階段に差し掛かる。

 銀鉱脈は基本的に深層に走っているため、かなり地下深くまで坑道を掘り進めねばならない。


 照明はあるが、足元は暗かった。

 ややおぼつかぬ足取りで階段を下りつつ、ハルケル子爵が訊く。


「ここを掘り始めて、どれくらい経つのかね?」

「四ヶ月ですね。自分は作業開始とほぼ同時期に、ここの担当になりました」


 サイモンが答えると、子爵は、やや驚いたような顔つきで、周囲を振り仰いだ。


「それにしては、ずいぶん先まで堀り進んでいるようだが。そんなに作業を急がせているのか」

「いえ。最近は作業の効率自体が上がっているんです」

「なにか新しい技術でも?」

「そういうわけではありませんが、この第三坑道には、優秀な人材がおりましてね。今日も来ているはずですが」


 やがて、下層のほうから、次第に物音が響いてきた。作業場が近いようである。

 激しく打ち付ける、マトックやハンマーの金属音。慌ただしく交錯する足音、ざわつく掛け声、呼び声。やや場違いな、若い女子と思しき声もまじっている。


 現場の空気感が、階上にまで反響し、伝わってくるようだった。


「そろそろ最下層です。かなりの粉塵が漂ってますので、しっかりご用意を」


 サイモンが告げると、セリナは、ひたと足を止めた。


「……これは」


 先ほどから、セリナは『万象』を用いて、周囲の地層を探り続けていた。

 セリナは鉱物の専門家ではないが、付近の地層構造を、情報として閲覧できる。


 そこから分析を行い、含有物質を「人類社会における価値基準」に当てはめ、数値を算出することで、「価値の高い」鉱脈、その在り処を探ることができる――。


「鉱脈、近いですね」


 呟くセリナへ、人々は一斉に顔を振り向けた。


「まっ、まことでございますか?」


 サイモンが驚声をあげた。


「事前調査による専門家の予測では、もっと深層まで掘る必要がある、とのことでしたが……」

「その予測も、間違ってはいません。それとは別の鉱脈が……あちらの方に。それも、かなり大規模な鉱脈のようです」


 セリナが指差す方向は、最下層に到達する手前、斜めに伸びる階段の脇。

 そこに、ぽっかりと、横穴状の通路の入口がのぞいていた。


「ああ、そこは」


 サイモンは、軽く首をかしげた。


「この層で最初に堀り進めたルートですが、すぐに、とんでもなく大きな岩盤に突き当たってしまいまして。これは迂回したほうがよかろうと。そこで、もう少し下まで階段を延長し、仕切り直しという形で横穴を堀り進めているのが、現在の最下層ということになります」

「ではいま、あの通路は」

「資材置き場に使っています。ただ、奥のほうは放置されたままですが……まことに、この横穴が?」

「ええ。中には入れるのですね?」

「はい。ですが、あまり奥まで行かれると――」


 とサイモンが答えかけたときには、もうセリナは、当然のように横穴へ入り込んでいた。一行、慌てて、その背を追う。

 通路内には、手押し車や道具類、積みあがった土砂などが雑然と左右に散らばっていた。


 セリナの視界内には、周囲の地層を構成する岩土の組成と、その評価値などが『万象』によって表示されている。

 通路の奥までは、まだ暗く、よく見渡せないが、そちらの方向に、きわめて評価値の高い――すなわち人類社会において高い価値のある鉱物の存在を、セリナは感知していた。


 おそらくは、それが新たな銀鉱脈であろうと、セリナは予測している。


「殿下、足元にお気を付けを。奥のほうは、あちこち固い岩が、下から張り出してまして」


 サイモンが注意を促す。

 ある程度まで進むと、サイモンの言うがごとく、足元の感触が変わってきた。土の地面ではなく、ごつごつした大岩の連なりの上を歩いている感覚。


「たしかにこれは、危ないですね……」


 慣れない感触に、やや戸惑いながら、セリナは通路の奥を目指した。

 ――かすかに、地面に振動が伝わってきている。


 どこから響くのか、けたたましい物音が、一行の耳にまで届きはじめた。


「これは?」


 セリナが訊くと、サイモンは何事でもないように応えた。


「最下層からです。岩盤除去の作業を始めたようで、その作業の音です」

「それで、ここまで振動がくるものなのですか」

「今日のは、かなり厄介な岩盤でして。慎重にやるよう指示は出していますが」


 ふと、セリナは足を止めた。

 前方に無数の岩塊が積みあがって壁となり、行手は完全に塞がっていた。


「ここで行き止まりですか?」

「……おかしいですな」


 サイモンが、不審げな顔して、セリナの前へ出てきた。


「行き止まりの岩盤は、まだ先のはずで」

「だが、もう先には進めないようだが」


 子爵が呟く。


「――まずい」


 サイモンは、行手を塞ぐ大量の岩塊を前にして、目を見張った。


「いけません。殿下、皆様、いますぐ引き返してください」

「どういうことです?」


 セリナの問いに、やや慌てた様子でサイモンが告げた。


「これは落盤によるものです。それも、ごく最近の……いったん戻って、通路の状態を見直しませんと」


 と、言いもあえず。

 最下層から、鈍い衝撃音が響き、同時にセリナ一行の足元が、一瞬、ぐらりと揺れた。


 ぱらぱらと、砂が降ってくる――。

 次の瞬間。


 天井の一角が崩壊し、土煙とともに、セリナらの頭上へ、大きな岩盤が落ちかかってきた。





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