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#15 魔物を屠るフェルゼッタ


 ローグは、狼がさらに大型化・獰猛化したような姿と性質を持つ、凶暴な魔物といわれる。

 ごわごわと硬い灰色の毛皮に、鋭い牙と爪を持ち、敏捷性にも優れ、しばしば野生動物を狩って食い殺す。


 王国各地のハンター組合においても、D級以上のハンターが三人がかりで、かろうじて討伐可能、とされるほど危険度が高い。

 基本的に冷涼な気候を好み、王国ではおもに北部から東方の山岳地帯にかけて、少数が棲息している。


 ここセントリスは王国南方。当然、ローグの生息域からは大きく離れていた。

 そうでなくとも、滅多に人里には姿を現さない習性で、以前フェルゼッタが暮らしていたガザリア地方でも、平野部での遭遇例は稀だった。フェルゼッタも、街の外へ出た際、街道から離れた山裾で一度見かけただけである。


 そのときは偶然近場にいたガザリアのA級ハンターの一人、「高速剣」のアレステルが駆けつけて討伐し、事なきを得ている。

 そんな職業ハンターでさえ一筋縄ではいかぬ魔物が、いま、フェルゼッタの眼前に現れた。


 それも生息域から外れた、セントリスの林中での遭遇。

 明らかな異常事態だった。


 ――とはいえ。


『掘削』


 ローグが地を蹴り、咆哮一声、灰色の突風のごとくフェルゼッタに跳びかかる――そのとき既に、フェルゼッタのスキルは発動していた。

 フェルゼッタの手前に「設置」済みの、見えざる特大ドリルが唸りをあげて、飛び込んできたローグの巨体を瞬時に分解する。


 鮮血が霧となってあたりを漂い、肉片と毛皮と、かろうじて原型をとどめる四肢とが周囲に飛び散った。


(うまくやれた)


 内心、少しほっと胸をなでおろすフェルゼッタ。

 以前、アレステルとローグの交戦を目の当たりにしていたため、フェルゼッタはローグの挙動を知っていた。


 知っていれば、「掘削」を活用することで、対処できる。

 それこそ、セリナ王女から授かった、フェルゼッタの戦術。


 重要なのは、冷静に相手の動作を、次の一手を見極め、適切に対応すること。

 以前と異なり、いまのフェルゼッタには、それが可能だった。


(……でも、いいのかな、こんな簡単で)


 あまりの手ごたえの無さに拍子抜けしながら、フェルゼッタは、ローグの残骸を眺めた。

 一応、これも討伐成功ということで、証になる部位を持ち帰るべきだろう、とフェルゼッタは考えた。


 その場にしゃがみ込んで、足もとに散らばる肉片のなかから、後肢の一本と思しき部位を拾いあげる。


「あれ?」


 と、軽く首をかしげ、手にした後肢をあらためて観察した。

 ローグの後肢、その膝下から爪先にかけての部位である。その根元、ちょうど、人間でいう、くるぶしにあたる部分に、細い鉄製のリングのようなものが嵌めこまれていた。


 ――さながら奴隷の足枷でもあるように。


 なにやら文字らしき刻印もある。フェルゼッタが見たことも無い文字で、判読できなかった。


(……殿下なら、なにかわかるかも)


 不審な思いにとらわれつつ、ローグの後肢を背嚢に放り込み、足早に、その場を離れる。

 本来セントリスにいるはずのない魔物との遭遇――なんとなく、フェルゼッタは胸騒ぎをおぼえていた。


 はっきりとはいえないが、何か、いまセントリスで、よくないことが起きているのではないか……と感じたのである。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 現在地から、セリナ王女ら貴賓一行が待つ野宴会場まで、徒歩で四半刻足らず。

 すぐに戻って、この出来事をセリナ殿下に告げなければと、フェルゼッタは、いささか気が急いていた。


 その行手、林の木々の陰から、新たな気配がする。


「また、魔物?」


 フェルゼッタは足を止めた。

 下生えをかきわけ、フェルゼッタの前にゆっくり姿を現したのは、ドゥームボアという魔物だった。


 野生の猪をさらに大型化したような魔物である。水牛のような体躯、茶褐色の毛皮の下は隆々たる筋肉に覆われ、常に鼻から蒸気を噴き、象牙のごとく湾曲した立派な牙を生やしている。

 外見こそ大型の野猪だが、それとは比較にならぬほど俊敏で、個体によっては、その突進は亜音速にも達するといわれていた。


 種族としての危険度はローグ以上。Cランク以上の熟練ハンターが五人がかりで、ぎりぎり討伐可能とされている。


(……これも、ここにはいないはずの魔物だ)


 ドゥームボアもまた、本来の生息域は北方である。

 ただ、既にローグと遭遇し、想定外の事態を経験しているためか、フェルゼッタは、ドゥームボアの巨体を前にしても、さほど慌てなかった。


 なお、ガザリアにいたころ、地元のA級ハンター「抜刀術」の老剣客ダッカが、人里に降りてきたドゥームボアと、単独で戦闘を繰り広げている様子を、フェルゼッタは目撃している。


 ――林中、鉢合わせしたフェルゼッタと、しばし向き合うドゥームボア。

 その両眼は爛々と赤く輝いており、猛烈な敵意に満ちている。


「ぶしゅう!」


 鼻から勢いよく蒸気を噴き、やや前傾姿勢を取った。突進の準備である。


『掘削』


 ドゥームボアの逞しい四肢が、地面を蹴る――前に。

 フェルゼッタのスキルは発動していた。


 魔猪が、真っ黒い突風と化して、まっしぐらに、フェルゼッタめがけ飛び込んでくる。

 フェルゼッタの前に「設置」された不可視の巨大ドリルが、再び唸りをあげて回転し、亜音速の猪突猛進を、正面から迎え撃つ。


「ぶっ」


 さながら波濤が岸壁にぶつかり、砕け散るように――悲鳴未満の短い鳴き声を残し、ドゥームボアの頭部は瞬時に捻り砕かれた。

 不可視のドリルは、なお金属音をあげつつ回転し続け、残った胴体をも巻き込み、跡形なく解体してゆく。


 あたりに飛び散る、おびただしい血しぶき、脳漿、真っ赤な肉片がフェルゼッタの頭上にまで降り注いでくる。


(……終わり?)


 これという手ごたえすら覚えず、フェルゼッタは呆気に取られた態で、スキルを停止させた。

 以前見かけた、老剣客ダッカとドゥームボアの戦いは、文字通りの死闘だった。


 同僚のA級ハンター「天眼」のナードラもその場にいたのだが、ダッカが「手出し無用」と、あらかじめ言い含めており、フェルゼッタはナードラとともに、やや離れた場所で見物していた。

 結局、一刻もの激しい攻防の末、かろうじてダッカが魔猪の首を切り落とし、決着したものである。


(もしかして、このスキル……とんでもないものなんじゃ)


 フェルゼッタは、眼前の惨状を眺めつつ、内心呟いていた。

 ドゥームボアの牙は、鋼鉄製の刀剣をもへし折るほどの硬度を持つという。


 その立派な左右の牙は、いまフェルゼッタのドリルに砕かれ、ほとんど粉末状の残骸と化している。

 掘削技能。フェルゼッタの身に宿る、天より授かりし穴掘りの技。


 ドゥームボアほどの魔物を、一撃で挽き肉にする威力があろうとは――。

 自身の技能の凄まじさに、今更ながら驚きを禁じえない。


(殿下は……言ってた。アタシには、アタシの知らない、大きな力があるって)


 初めて会った日の夜。

 離宮に招かれた晩餐の席で、セリナ王女は、そう確かに言っていた。


 そのときは、あまり深く考えなかったのだが……。

 セリナ王女には、人や物の価値を見抜く「鑑定」の技能があるのだという。


 とすれば、あの時点ですでに、セリナ王女は、フェルゼッタ自身すら知らない「掘削」の詳細を鑑定し、把握していたのかもしれない。


(戻ったら、きちんと聞いてみよう。アタシの力が本当はどんなものなのか。何ができて、何ができないのか。きっと、殿下なら、もっと詳しくご存知なはず)


 フェルゼッタは、あらためて、セリナ王女に疑問をぶつけようと決めた。


 ――それはそれとして、これも討伐の証明として、どこかの部位を持ち帰るべきと、ドゥームボアの残骸を眺めると、何かがキラと光った。


(……まただ)


 血だまりに転がるドゥームボアの太い後肢。それにも、ローグの後肢に嵌め込まれていたものと同じ鉄環が、しっかと嵌まっていた。

 いよいよ不審の念を深めつつ、部位の回収を済まし、場を離れる。


 帰路を急ぐフェルゼッタ――その後姿を、やや離れた場所から、じっと観察している人影があることに、このとき、フェルゼッタは気付いていなかった。





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