#14 試験を受けるフェルゼッタ
勢い込んで、雑木林へ踏み入るフェルゼッタ。
背中には、以前ガザリアを去るにあたり、雑貨屋で餞別とばかり渡された、大きな背嚢。
革製で、頑丈なつくりの高級品である。
それ以外に、これという装備品は持ってきていない。ナイフ一本すら携えていなかった。
ただ、虫刺されや足元の怪我などを防ぐため、厚めの長袖ブラウスに、ゆったりした布地のズボンをはいて、肌の露出は極力抑えている。ブーツも、革製のがっしりした作業用のものである。
鉱山の作業着より、多少はカジュアルな服装といえなくもないが、いずれにせよ、魔物討伐に赴くとは思われぬ軽装であり、それも出発前、老ランザがフェルゼッタに対して眉をひそめる一因になっていた。
むろん、フェルゼッタはそんな視線に気付きもしなかったし、気付いたところで気に留めもしなかったであろう――。
一人、林の奥へと、ゆっくり歩を進めるフェルゼッタ。
事前、雑木林とその周辺の地形については、セリナ王女から図面を受け取っており、フェルゼッタはそのすべてを記憶している。
ゆえに足取りに迷いはない。
どのあたりに何があり、どのように歩くべきか、また近付くべきでない場所など、この一帯の歩き方というものを、既にフェルゼッタは把握していた。
ほどなく。
(……いた)
行く手に、ブナの大木がそびえている。周りの木々より、ひときわ幹が太く、茂る葉も青々として、枝ぶり立派な古木だった。
フェルゼッタの目は、その古木の根元にうずくまる、小さな影を捉えていた。
握りこぶし程度の大きさの黄色い毛玉に、ぴょこんと細い二本脚が生えているような姿。
よくよく見れば、それは毛玉ではなく、ニワトリのヒヨコに酷似した生物である。まだトサカはないが、つぶらな黒い目に小さな嘴。未発達の羽翼をちょこちょこと動かしながら、黄色い頭をもたげて、フェルゼッタの様子を眺めている。
コゴッコーという魔物で、ニワトリ型の魔物、ゴッコーの幼生である。
一見、まるで無害な雛鳥としか思えないが、実は成鳥のゴッコーよりも多少、危険度の高い魔物として知られていた。
ゴッコーは警戒心が強く臆病だが、コゴッコーは幼生ゆえか、かえって怖いもの知らずで、気性が荒い。しばしば人間に跳びかかってきて、鋭利な嘴で突かれ、ちょっとした怪我をさせられるケースが少なくなかった。もちろん生命に別状があるほど深刻なものではないが。
見ためは愛らしくとも、所詮は魔物。決して人間に懐くようなことはない。
(この子は……前にも、何度か見たことがある)
フェルゼッタは、歩みを止め、正面からコゴッコーと相対した。
黄色い雛のような小さな魔物が、文字通り、目の色を変えて、フェルゼッタを凝視する。
両目を赤く妖しく光らせ、細い両脚を張って、今にも襲いかからんとする様子。
『掘削』
フェルゼッタは、静かにスキルを発動させた。
「ぴょー」
なんとも可愛らしい鳴き声をあげて、コゴッコーが地面を蹴り、フェルゼッタの胸元めがけ飛びついてくる。
フェルゼッタは以前にも、ガザリアでの昇格試験の際に、数度、コゴッコーと遭遇している。
コゴッコーの動きそのものは、さほどトリッキーなものでもないが、それを真っ正直に追うとなると、フェルゼッタの反応は鈍すぎた。
結局、いつも胸や腹を散々に突っつかれたあげく、逃げられていた。
しかし、その経験のおかげで、フェルゼッタは既に、コゴッコーの行動パターンを把握している。
――コゴッコーは、初撃で必ず相手の胸もとを狙って、まっすぐ跳びかかる。
ならば、あらかじめ掘削スキルを用い、その予測点へ、ドリルなりを「置いて」おけば。
「ぴょっ?」
コゴッコーは、空中に設置済みの見えざる小型ドリルへ、自ら突進し――瞬時にばらばらの肉片へと分解され、血霧とともに飛び散った。
断末魔の鳴き声すら、上げる間もない。
もはや原型すら留めず、わずかな肉片と、血まみれの羽毛が、残骸としてフェルゼッタの足元に散乱していた。
かろうじて、細い足が一本、肉片のなかにのぞいている。
「……これでいいかな」
フェルゼッタはコゴッコーの足をそっと拾いあげ、軽く汚れを拭って、背嚢に入れた。魔物の部位を持ち帰ることが、討伐の証明となるからである。
……かくして、因縁あるコゴッコーへのリベンジを果たし、フェルゼッタは昇格試験の合格切符を手にした。
(簡単すぎる)
あまりのあっけなさに、フェルゼッタも、やや拍子抜けしたような顔つきで、空を振り仰いだ。
ガザリアでの苦労が嘘のように、簡単に魔物を倒せるようになった。無論、セリナ王女に与えられた、小さな気付きがあればこそ、の話である。
そもそも「掘削」を魔物への攻撃に用いるという発想自体、以前のフェルゼッタには、思いもよらなかった。
人より反射神経に劣るフェルゼッタでも、確実に魔物に対処しうる……「見切り」「先手」という戦法を授けてくれたのも、セリナ王女である。
(……殿下は、すごいお方だな)
と、フェルゼッタは、あらためてセリナ王女の可憐な姿を脳裏に想い描いた。
――あの御方についてゆけば、間違いない。
そんな確信を、はっきりと抱いた。
そうでなくとも、出会ってから今日まで、まだ短い期間ではあるが、フェルゼッタにとって、セリナ王女は、他にかえがたい、敬愛すべき存在となっていた。
セリナ王女は、ただ可愛いばかりのお人形ではなかった。冷ややかな表情の下には、王国を救いたいという、確固たる意志が蔵されている。
その年頃にも似げぬ優れた発想力、該博なる知識、強引にでも我意を押し通さんとする行動力――それらすべてが、フェルゼッタを惹き付けてやまない。
小さな女傑というも過言でない、天才王女。
ただ惜しむらくは――その強い意思と行動力を支える体力がない。
とにかく、すぐ倒れる。本部内でも、庭園でも。
近頃は、そのたび、フェルゼッタが抱え上げたり、背負ったりして移動するのが日常となっていた。
離宮には侍女たちもおり、侍医団も控えているのだが、彼らはハンター組合本部の棟には出入りしていない。セリナ王女が、それを許していないからだという。
そのためか、侍医長の典医ファクトからは、フェルゼッタへ「どうか殿下の支えとなっていただきたい」と頼まれていた。
(頼まれなくても……アタシは、あの人についていく。できるだけ長く――かなうことなら、ずっと)
そう想いもあらたに、林の外へ引き返そうとするフェルゼッタ。
ふと。
風向きが変わった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
雑木林を流れる風が、枝葉をざわつかせ、剣呑な空気を運んできた。
(なにか、近づいてくる)
フェルゼッタが感じたのは、新たな魔物の気配。
それも、この地域にはいないはずの、比較的大きな魔物である。
(……この感じは)
フェルゼッタは、足を止め、感覚を研ぎ澄ませた。
(まさか?)
フェルゼッタが知覚したのは、かつて、ガザリアで一度だけ遭遇した、聞き覚えのある足音だった。
近づいてくる。
一歩、また一歩と、地面を踏みしめつつ――。
やがて、大木の陰から、何かが飛び出してきて、フェルゼッタの行手を遮った。
(ローグ……! なんで、こんなところに)
その魔物、外見の特徴は、野生の狼によく似ている。
しかしながら、体高はフェルゼッタの胸もとあたりまであり、狼とは比較にならない巨体。
その両眼は、爛々と赤く輝いている。
四足歩行の大型魔獣――ローグと呼ばれる、きわめて危険度の高い魔物が、地の底から涌き出るような唸り声をあげて、フェルゼッタを睨み付けていた。




