#13 王女は試験を始める
翌日。
フェルゼッタの昇級試験当日である。
試験会場となるのは、セントリス市街の南正門から、馬車で半刻ほどの距離にある雑木林の一帯。
この付近には、ニワトリに近い姿をしたゴッコー、幼い狐に似たローキー、ハエトリグモが大型化したような姿のエデンキ……などという、小型の魔物が棲息している。
ただし数は多くはなく、ほとんどが飛行能力もなく、攻撃性の低い、害の少ない種類ばかりだった。
これまでセントリスには、魔物ハンター組合という組織は存在しなかった。もともと、この地方にはさほど強力な魔物が棲息しておらず、職業ハンターが必要とされなかったためである。
数年に一度、周期的に小型魔物の大量発生という事態はあるものの、それも街の衛兵隊だけで、十分に対処可能であった。
そのような土地柄ゆえ、セリナ王女が初めて新設した魔物ハンター組合について、セントリスの人々の多くは、ただ奇異なものでも見るような目を向けていた。
――そんなもの、セントリスに必要だろうか?
現状、市井では、それくらいの認識であった。
一方で、ごく一部の高官や有力者は、王国の現状や、セリナ王女の意図を、既に知っていた。それらの人々は、むしろ積極的にセリナ王女の協力者となり、様々な形で支援を始めていた。とくに人員面で、有力者らの仲介による事務職員やハンター候補の派遣手続きが始まっている。
今回の昇級試験は、組合長セリナ王女自らが試験官をつとめ、立会人として執政官ハルケル子爵、商工組合会頭ジャック、馬運業組合長ヘレネ、衛兵隊司令ランザ、乾物商店組合長アンブローズ男爵、セントリス石工組合棟梁ヒラム・アビフなどという、錚々たる街の有力者たちが勢揃いしていた。
それらの人々は、おのおの高級馬車で昇級試験会場たる林野へと乗りつけるや、大勢の使用人、雇用人らを動員して、現地に大きな天幕を張り、蓆を延べ、テーブルを並べ、飾りつけまでしつらえて、いかにも豪華な野宴会場を設営し、セリナ王女とフェルゼッタの到着を待ち受けたのである。
「えっ……なんですか、これ? どうなってるんですか?」
やがて、セリナ王女とともに、馬車で試験会場へたどり着いたフェルゼッタは、現地に立派な宴会場ができあがっている有様に、わけもわからず、きょときょと周辺を見回していた。
そんなフェルゼッタの様子を、無表情で眺めながら、セリナ王女が告げた。
「試験は、予定通り行います。今日は、そのついでに、ここに関係者を集めて、パーティーを行うことにしたのです」
「パーティー、ですか?」
「王族や貴族というものは、事あるごとに、適当な口実を設けては、パーティーをするものなのですよ。それで、今日はハンター組合の設立と活動開始を祝うという名目で、野外パーティーをするということになったのです」
「は、はあ」
平民のフェルゼッタには、いささか要領を得ない話であった。
上流階層のパーティーとは、およそ単なる宴遊の場でなく、政治外交の舞台であり、一種の戦場である。
きらびやかな灯火、贅を尽くした料理、典雅なる奏楽……それらすべてに、必ず何らかの政治的意図が込められている。
雅びな会話の裏側、水面下で繰り広げられる武器なき闘争――貴顕には貴顕なりの苦労というものが、そこに存在するのだった。
今回の野外パーティーは、名目上は執政官ハルケル子爵の主催となっているが、実際の発起人はセリナ王女であり、出席者全員がそれを承知していた。
ただし、王女がどのような狙いをもって、この野宴を仕立てさせたのか――そこまでは、いまだ誰も把握していない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
祝宴の設営はまだ続いている。
その慌ただしい中で、来賓たちは天幕の下に居並び、少し距離をおいて、セリナ王女とフェルゼッタのやりとりを見守っていた。
「試験内容は把握していますね。二時間以内に、最低でも一体以上、魔物の捕獲か討伐を成功させること。いいですね?」
「はいっ、は、把握してますっ。頑張りますので!」
彼らの視線は、小さくも典雅可憐な王女セリナの立居振舞い、その一挙手一投足に注がれている。セリナの容姿には、幼くとも、何かしら人目を惹きつけずにおかぬ華やかさがあった。単純に見惚れている者もあれば、その挙措や言動から、政治的な思惑を探らんとする者もある。
唯一、注意深くフェルゼッタのほうを観察していたのは、衛兵隊司令ランザという人物だった。
平民の一衛兵から、三十年かけて、セントリス衛兵隊のトップの座にまでのぼりつめた、叩き上げの武人である。
その老ランザは、フェルゼッタの身ごなしに、やや眉をひそめていた。
――鈍重。
出てくる感想は、ただその一言に尽きた。
老ランザも、あのフェルゼッタなる娘が、魔物退治を専門とする職業ハンターの見習いであり、今日、正式なハンターとなるべく昇級試験を受ける身であることは、上司のハルケル子爵より聞き及んでいる。
であれば、その武力において、なにかしら見所のある者やもしれぬと……観察していた。
年頃の娘ながら、肩幅や腰まわりはがっしりしており、四肢、体幹も、相当に鍛えられている。
力仕事だけは、並以上にできそうである。実際、つい先日まで鉱山作業員として働き、そちらでは非常に高く評価されていたとも聞く。
とはいえ。
見るから鈍くさい挙措、足取り。
身ごなしは緩慢で、緊張感の欠片もない。
ただセリナ王女の後について歩く姿さえ、どこか足元が定まらず、傍で見ていて危なっかしさすら覚える。
(大丈夫なのか、あれは)
侮るというよりは、世慣れぬ女児でも見るような心持ちで、老ランザは危惧を抱いた。
この付近の魔物は、小型で危険度は低いものの、警戒性が強く、敏捷な種類ばかりである。ランザ自身、衛兵として何度か討伐に参加し、それらの素早さに手を焼いた経験があった。
「……ランザ」
ふと、隣りに立つハルケル子爵が、老ランザに声をかけてきた。
二人は同世代であり、身分こそ違うが、つきあいは古かった。
「は、閣下」
「気になるようだね。フェル嬢のことが」
問われて、老ランザは素直にうなずいた。
「どうにも……戦いなどに向いているようには見えませぬ」
「そうだろうね。なんとも頼りない娘だと、私も思うよ」
苦笑を浮かべるハルケル子爵。
先日、第三坑道にて足を挫き、一時は車椅子で移動していたが、その後、回復魔法による治療を受け、現在は問題なく歩けるようになっている。
「だが、私は、この目で見たよ。銀山の坑道の中で……。彼女は、とんでもない技能を持っているんだ」
「技能……ですか?」
「ああ。畏れ多くも、セリナ殿下が礼を尽くして、ご自身の組合に、まっ先に彼女を迎え入れられたというのも、おそらく、その技能を見込んでのことだろうと、私は推測している」
「ははあ……それほどですか」
老ランザは、再びフェルゼッタとセリナ王女の姿を眺めやった。
相変わらず、そう有能なようには見えないフェルゼッタ。一方のセリナ王女は、どこか確信に満ちた顔つきで、フェルゼッタに全幅の信頼を寄せているようにすら、老ランザの目には映った。
(ワシには、まだわからん……。どんな結果になるのやら)
大勢の貴賓らが見守る中。
フェルゼッタは、セリナ王女に一礼を捧げると、ひとり、ばたばたと林の中へ駆け去っていった。
昇級試験が始まった――。




