#01 追放されるフェルゼッタ
フェルゼッタはクビになった。
街のハンター組合へ顔を出した直後。
朝の挨拶をする前に、廊下で組合長たる人物に呼び止められ――。
「フェル。もうここには来ないでくれ」
朝食の卵の茹で具合でも注文するように、あっさりと、そう通告された。
当年十六歳。ハンター組合最下級、Gランクハンターの少女、フェルゼッタ。
ハンター組合の置物。
ガザリアの小荷物。
ハンターを名乗る草食動物。
……などと、これまで、同僚のハンターたちからも、街の人々からも、散々に言われ続けてきた。
とはいえ当人は、懸命に努力をしてきたつもりだった。
街の清掃、薬草採取、荷運び、失せ物や迷い猫の捜索……ハンター組合に登録してから二年間、様々な依頼を精力的にこなし続けてきた。
それだけに、フェルゼッタは、驚き慌てつつ、訊ねずにはいられなかった。
「なぜですか?」
と。
組合長は、これも当然のごとく答える。
「だってきみ、一度もハンターの仕事してないじゃないか」
「それは……」
言い返せないフェルゼッタ。
事実だった。
そも、ハンターとは何か?
魔物を狩る者である。
――大陸に蔓延し、人に仇為す脅威……魔物。
野生動物に似た外見のものも多いが、ゴブリン、オークなど人間に近い姿を持つものもいれば、昆虫のような外見の小型種、一つ目巨人や人食い鬼のような、人間の数倍の体躯を誇る大型種まで、多くの種類が存在している。
それらは姿形、また知能、能力、習性にも様々な種族差、個体差はあるものの、すべてが人間に強烈な敵意と害意を持ち、問答無用で人間を攻撃してくるという点だけは共通している。
基本的には、各国の軍隊や治安組織が率先して魔物の対応に当たっており、その補助的な役割を担う民間人有志がハンターである。
単独で活動する魔物ハンターも稀に存在するものの、大多数は民間で結成された互助組織、いわゆるハンター組合に所属する職業ハンターであり、平時は人里付近の魔物を可能な限り掃討し、都市や村落、街道などの往来の安全を確保している。
より強力な魔物の出現に際しては、国家や治安組織、もしくは個人からの要請を受け、情報を共有し、組合から派遣される形で討伐に参加する。
そのようにして、官民協力のもと、一体でも多くの魔物を狩ることが、組合に登録したハンターの仕事である……。
「きみ、討伐に参加したことないよね」
「だって、それは、そういう決まりで」
組合長の冷ややかな言に、反論しようとするフェルゼッタ。
ガザリアのハンター組合は、身元さえ、ある程度きちんとしていれば、誰でも加入契約自体は可能である。年齢や能力についての条件等も緩く、わずか十一歳の少年が加入を認められた例などもある。
加入後は最低のGランクからスタートし、定期試験に合格すれば、Bランクまでは、ほとんど自動的に上がってゆく。最高はAランクだが、これは実績と能力が十分に認められたベテランに与えられる名誉の等級であり、実質はBランクが最上位といってよい。
Gランクというのは本来、新規契約直後の新人専用の等級であり、仕事内容はほぼ雑用。いわば見習い、試用期間である。
加入契約から一ヶ月後、ごく簡単な試験が実施され、これに合格すれば見習い卒業ということで、Fランクに昇格できる。魔物討伐の依頼や要請を受けることができるのは、このFランク以上となっていた。これはガザリアに限らず、各地のハンター組合共通の決まりごととなっている。
「アタシはずっとGランクの見習いで、討伐に行けないから、だからアタシは……」
「なぜずっとGランクなのか、という点は?」
「それは……試験が……」
「この二年で、昇格試験二十四回受験、ことごとく不合格。そうだね?」
組合長の、氷刃のような眼差しが、フェルゼッタの肺腑に突き刺さる。
Fランク昇格試験の内容は、単独で小型の魔物を討伐し、その証明となるものを持ち帰る……というものである。
討伐というものの、組合が「魔物」として定義した対象であれば、種類は問われない。昆虫型や小動物タイプの、比較的害のない、微弱な魔物で十分である。
街道や平原などのフィールドにて、その対象を一定時間内に自力で捜索・発見・討伐し、死骸や特定部位を持ち帰れば、Fランクへの昇格が認められ、晴れて討伐に参加できる身となる……。
子供のお使いより易しい――とすらいわれるこの試験に、フェルゼッタは二十四度挑戦し、すべて失敗していた。
小型の魔物は、攻撃力や殺傷力は低いが、およそ警戒心が強く敏捷なものが多い――対してフェルゼッタは、おそろしく反射神経が鈍く、何事につけ、人より動作が遅かった。
膂力や動体視力は、むしろ人並み以上に優れていながら、肉体の反応速度がまるで追いつかないのである。
これまでの試験では、蜘蛛型のフライータや兎型のドゥームラビット、鶏のような外見のゴッコーといった小型の魔物を目ざとく発見しては追い回すものの、結局その影すら踏めずに時間切れを迎えていた。
ハンターとしてやっていくには、あまりに、身体能力が鈍重すぎる。当然、試験は不合格。
フェルゼッタの昇格はかなわず、加入契約から二年間、ずっと最低のGランクのまま、街の雑用のような依頼だけをこなして過ごしてきたのである。
「さすがに、これ以上は、きみをここに置いておけない。これは私個人ではなく、評議会で話し合ったうえでの裁定なんだよ。きみはハンターに向いていないんだ」
淡々と語る組合長。
フェルゼッタは、反論しようと口を開くものの、言葉が出てこなかった。
「そんな、ことは……」
「きみはまだ若い。いくらでもやり直すことができるはずだ。そもそも、きみの『天授』は、なんだったかな?」
「は、はいっ。穴を掘るのは、得意ですっ」
天授とは、この世界において、一定の年齢に達した人間が「天から授かる」特殊技能を指す。およそ五歳から十歳くらいまでの間に、身分の貴賎や性別を問わず、誰でも、なんらかの「天啓」を受け、ひとつだけ、特殊な才能がその身に宿る。
その内容は、例えば剣術や魔術の技であったり、料理や手工、算術や弁論の才であったりと、人によって様々である。多くの場合、天授には、その後の人生を決定付けるほど強い影響力がある。ハンター組合にも、魔物との戦闘や索敵に役立つ強力な天授を備えた者が、数多く在籍していた。
そして――。
フェルゼッタの天授は『掘削』である。
地面や岸壁などを巧みに穿ち、穴を掘る。その一点においてのみ、フェルゼッタは天才的な技量を擁していた。
あらゆる掘削道具を説明無しに使いこなすばかりでなく、なんなら素手でも、軽々と固い土を穿ち、どこにでも大穴を掘り抜くことができるという、きわめて特殊な「天授」を、フェルゼッタは授かっている。
「で。きみの得意な穴掘りは、ハンターの仕事に役に立つと思うかね?」
「それは……」
「きみは、こんな街ではなく、鉱山に行くべきだな。ハンターよりよほど稼げると思うがね」
「だけど、アタシはっ、その」
「きみの事情は承知している」
もう目に涙をためつつ、組合長を凝視するフェルゼッタ。
組合長は、あくまで冷然たる態度を崩さず、フェルゼッタの言葉をさえぎった。
「きみの父親は、かつて、わが組合のハンターであり、私の同僚でもあった。だから、父の遺志を継いでハンターになりたいという、きみの希望を汲んで、ここに置いていたのだ」
「……はい」
「だが、二年もやって、芽が出ないのでは、もう向いてないといわざるをえん。本来、ハンターは実力と実績がものをいう世界だ。組合の中でも、きみを疎んじる声がぼちぼち出はじめている。いつまで特別扱いする気だ、とね。……わかってくれ、フェル」
そう諭されて、フェルゼッタは、組合長にも立場があること、自分の存在が組合長、ひいては組合そのものに迷惑をかけていることなどに、あらためて思い至らされた。
そうまで言われてしまっては、身を退かざるをえない――。
「……お世話に、なりましたっ。組合長さん」
涙をこらえながら、フェルゼッタは深々と一礼した。
――かくしてこの日。フェルゼッタは、ガザリアハンター組合との契約を打ち切られ、除名となったのである。
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