6話 森へ
「ねぇ、ルクスさん」
「なぁに、どうしたのよ」
「……ちょっとくらい荷物持ってよ! 流石に重いよ!」
ルクスは購入した武器、防具、各種道具をすべてアツトに持たせていた。鎧や兜ではなく最低限の防御力を兼ね備えた機動力重視の装備なため何とか運べてはいるが、それでもかなりの重量がアツトの肩と背中に襲いかかる。
「嫌よ。キミはレディに荷物もたせるつもりなの?」
「いやいやいや! 普通自分のやつくらい持つでしょ! ただでさえ慣れない石畳の道で足腰痛めてるのに!」
「もぉー、もしかしてまた取り憑いてほしいんでしょ? そしたらそのくらい朝飯前だもんねぇ〜」
「それ結局荷物もつのオレじゃん……」
アツトはため息をつきながらも、ルクスを見失わないように荷物をひきずりながらの大股歩きで後を追いかけた。
やがて街を出ると、すぐそこに広がっていたのは辺り一面緑色の草原であった。見たこともない鮮やかな体毛の鳥がさえづりながら飛び回り、きれいな花々が数え切れないほどに咲き誇っている。
「ここ、本当に異世界なんだ……」
アツトがその景色に見とれていると、背後からベトベトした何かが密着してきた。
「うわっ、なんだコレ! 何かベトッとしてる!」
「ちょっとキミ! スライムに襲われちゃってるじゃん、すぐ行くから待って!」
「うわっ、こいつどんどん纏わりつこうとしてくるぞ!」
緑色のドロドロした異物はどんどんアツトを包み込もうとしてくる。アツトも必死にスライムを引っ叩いて引き剥がそうとするが、その部分もスライムに沈み込んでしまう。徐々に身を取られて動きが鈍くなっていくアツトにスライムは容赦なく攻撃を続ける。アツトは足をバタバタさせるが全くスライムは剥がれることなく、やがて顔面に向かってその体は動き出した。
「キミ、痛くても我慢してね! ……ヒガン!」
ルクスが人差し指で発射した薄紫色の小さな結晶がゆっくりとスライムに向かって進み、激突した瞬間アツトもろとも爆発した。その爆発音とともに何かが蒸発する音とアツトの断末魔が響き渡った。
「ウギャアアアアアアア! ……ハァ、ハァ、死ぬかと思った」
「キミ、背後には気をつけないとダメ、基本でしょ! ……スライムにとって敵味方なんて概念は存在しない。同族だろうが何だろうが、お腹が空いたら襲うし、そうじゃなければ特に何もしてこないの」
「ご、ごめん。助かった」
「……やっぱり私が後ろを歩く。言われた通りに進んだらいいから、前後交代するよ」
「あ、あぁ。わかったよ」
心なしか、ルクスの表情はどこか呆れ顔に見えた。アツトは少しショックを受けながらも、全身に張り付いたスライムの欠片を払い落とすと再び荷物を引きずり歩きだした。花の香りに包まれながら晴天の下を歩いていると、ルクスが小さな声で話しかけてきた。
「ねぇ、キミ」
「ん? どうした?」
「……何でさ、私に背中預けられるの? ホントのホントに疑ってないの?」
「疑う? もしかしてゴブリンが言ってたことか?」
「……うん」
ルクスは立ち止まると、目に涙を浮かべ、肩を震わせながらアツトに擦り寄ってきた。どうやらずっと気にしているのだろう、ゴブリン男が口にしていたことを。
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『サキュバスッテノハ、身勝手デ薄情デ利己的デ! ソイツラトノ契約ハ大ハズレナンダヨ。実際、コレマデニ多クノ人間ガ裏切ラレ、精神及ビ体ヲ乗ッ取ラレテイル』
《そいつを信じないで! 少なくとも、私はそんなのじゃない! 本当に私はキミを必要として……!》
『オイ人間、サッサトソイツヲ切リ離セ』
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「多くの人間が裏切られた」というゴブリン男の言葉と、「少なくとも私は違う」というルクスの言葉。恐らくルクス以外のサキュバスがこれまでにたくさん人間に害を与えているのは事実なのだろう。確かにアツトの中にも、物語に登場するサキュバス=男を欺き、命を奪う悪魔、という概念は存在していた。
それに、客観的に考えればルクスも利己的である。勝手にこちらに連れてきて、自分でやろうともせずにゴブリンとの戦いを命じてきて、さらにこれから冒険にすら出ようとしている。詳細もよく分からない中、確かにアツトは振り回されている身だ。
それでもアツトがルクスを見捨てないのは女の人が怖いとか逆にルクスはいい人だと無理やり自分に言い聞かせているとかそんなものではなく、ただ嬉しかったからだ。自分を認めた上で叱ってくれたことそのものが。自分勝手で放任的な部分はあっても、ちゃんと関わってくれるルクスという存在が。だからこそ、街で暴れるゴブリン男を倒した後も、文句は言いながらも結局はルクスと共に歩んでいる。
ついに涙をこぼし始めたルクスの手のひらを持ち、アツトは声をかけた。
「さっきみたいにベストを尽くせ、って言ってくれたじゃん。ルクスさんはクラスの皆みたいに悪意を持った言い方をしてこないじゃん。それに、今重い荷物を持っているオレを襲ってない。疑う気なんてもはや無いよ」
「アツ……ト、くん……」
「おお、オレのこと、ついに名前で読んでくれた!」
「べ、別に今の言葉が嬉しかったからじゃないからね! 私達と人間が融合すると、断片的にだけどお互いの記憶が共有されるの。だからキ……アツトくんもヒガンバという中級闇魔法の名前を叫べた。キミキミって呼ぶの飽きただけなんだから!」
「ハハハ、そっか。ならずっと飽きていてほしいな、その呼び方っっっ――」
「うるさい! このバカ!」
「ぎゃはああああああ!」
ルクスは酷く赤面し、アツトを思いっきりビンタした。その勢いで転倒してしまったアツトの頬は手の平状に赤く染まっている。ルクスはため息をつき、アツトの左足を担ぐように肩に乗せ、そのままふわふわ、ゆっくりと引っ張って森へと向かったのであった。




