5話 ゴブリンと闇魔法 その2
ヒガンバという技が衝突した瞬間、ゴブリン男は苦しみ悶えるような表情とうめき声を見せた。ゴブリン男は助けを求めているのか、斧を捨てそのまま手をこちらに伸ばしてき、またマトモに話すことすらままならないのか、口パクで「頼む」とも伝えてきた。
しかしアツトは動じなかったし、動じるなんてことはありえなかった。住宅街で暴れたこと、また自分に殺意をむき出しにしてきたこと。むしろ追撃して最後に絶望を味わせてやろうか、とすら考えた。
「助ケテ……クレナイナラ、コウシテヤラアアアア!」
必死に手を伸ばし続けるゴブリン男はしびれを切らしたのか、はたまた最後のあがきなのか、指を立ててこちらを引っ掻くような動きを見せてきた。指元まではよく観察していなかったので気付かなかったが、ゴブリン男にはネコのような鋭い爪が生えている。これで引っ掻かれれば完治に1ヶ月は要するだろう。
醜い。姿形よりもその行動が醜い。最後のあがきが叶わぬ道連れなど。アツトは冷ややかな目でゴブリン男を見つめていると、やがて断末魔とともに消滅していってしまった。
それを見届けるとルクスはアツトの体から抜け出してストレッチをしながらアツトに、
「ぶっつけ本番でも勝てたじゃん! やるぅ〜っ!」
と話しかけ無理やりハイタッチをしようとした。“そういうこと”にあまり慣れていないアツトは慌てて合わせたが、融合が解除されて闘争心が収まったアツトはゴブリン男の行方が気になっていた。
「あの……ルクスさん、さっきの男の人、どこに行っちゃったんですか」
「うーん……目の前から消滅したってことは、まず考えられるのがゴブリンと分離してお互いに元々いた場所へ戻った、次にあの姿のまま人間の世界で生きていくことになった、それか……現世からどこかへ行っちゃった!」
「いやいやいや! 2つ目と3つ目はヤバいでしょ! もしかして大変なことしちゃったんじゃ……」
「あのね、キミ。この世界のルールとして、“人間に憑依、融合することにより起きた不祥事は、いかなるものであろうと両者とも文句を受け付けない”って書いてあるの! 第28条とかだったかなあ」
「だとしたら契約持ち込まれた人間が可愛そうでいたたまれな――」
「ねぇ、それどういうことぉ!」
ルクスはアツトの言葉にたまらず飛びついてしまった。ルクスはアツトをペシペシと叩きながら続ける。
「それ私への当てつけぇ? こっちは困ってるんだから文句言わずに世界のために戦ってくれたらいいじゃない、の!」
「ちょっと! 痛い、痛いって! 手加減してよ少しは!」
「……まぁいいわ。最初の敵を倒したってところで、次のミッションを出すわよ。1回しか言わないからちゃーんと聞いてよね」
ルクスは立ち上がってコホンと咳払いをすると、ウロウロとアツトの前を腕組みしながら歩き始めた。
「まずはこの街から出て、近くの森の一番奥に住み着いている知り合いのエルフをスカウトしにいくわよ。あの種族はいろんな魔法を使えてるからさ、これから冒険する上で心強いでしょ?」
「ぼ、冒険って……早く帰らせてよ……」
「もぉ〜、それってもしかしてホームシックってやつ? ホント人間ってメンタルが弱いよねぇ」
「うるせぇ、お前が連れてきたんだろがぁ〜!」
「ほらほら、そのフラストレーションをやる気に変えて! 薬草と装備買ったら出発するわよ〜!」
「ちょ、ちょっと1人にしないで! ここらへん何も分からないから、ってわあぁっ!」
さきさき進んでいくルクスをアツトは慌てて追いかけたアツトは石畳のほんの僅かな段差で転んでしまった。ルクスが面倒くさそうにアツトに手を貸しだした。アツトが例を言ってそのまま立ち上がろうとした瞬間、ルクスはアツトの手をぎゅっと握りしめ、やや赤くなった顔を隠すように目を逸らせて呟いた。
「……ドジ踏まれたら恥ずかしいから。ほら行くよ、遅いとこのまま肩から腕、もげちゃうかもよ」
「……ちょ、ちょっとルクスさん!」
「なーにーよ、もう! なんで人間って私達からの干渉に全く耐性ないの? あきれちゃう」
アツトはもはや恥ずかしさで失神してしまいそうだった。顔が焼かれた鉄のように赤く染め上がり、蒸気機関車のように鼻息をぽーぽー漏らしていた。もはやこのままどこかへと走り去っていきたいほどに。だがそれはルクスも同じだった。勢いで思わず手を握ったが、そのまま歩いている様子は傍から見ればカップルそのものだ。ただ、別にアツトと付き合っていると思われるのが嫌というワケではなかった。突然連れてきた世界で勇敢に戦ってくれて、それがルクスからすればとても元気付けられて、嬉しくて、どこかかっこよく見えたのだ。
ルクスとアツトはその後も言い合いをしながらも、街角の道具屋と武器屋、防具屋でショッピングを済ませたのだった。次の目的地へと向かうために……




