4話 ゴブリンと闇魔法 その1
「……ってカッコつけてみたけど何この姿!? 尻尾とか生えてきてるんですけど! それに声も何だか……高くなったような」
戸惑うアツトを見かねたのか、ルクスはアツトにテレパシーを送った。
《それは私と融合したから! 今のキミはいつもじゃ考えられないぐらいに身体能力が上がっている。それに羽があるから少しの距離なら飛べるんだよ》
「そ、そうなのか……」
《さぁ、早くアイツ倒すよ! 私達の力、見せつけてあげよ!》
自信満々に構えを取ったアツトをゴブリンは嘲笑った。
「フハハハハハ! 面白イナァ。オマエ、サキュバスト融合シタダロ? ヨリニモヨッテナァ、可哀想ニ」
「何がおかしいんだ?」
《……キミ、聞いちゃだめ!》
ルクスはアツトの体に耳鳴りを起こした。
「ぐわぁ、耳が痛ぇ! 何すんだ、ルクス!」
「仲間割レトハ、ヤハリ面白イ! ダカラホンノ少シダケ死ヌマデノ時間ヲ伸バシテヤル。イイカ? サキュバスッテノハ、身勝手デ薄情デ利己的デ! ソイツラトノ契約ハ大ハズレナンダヨ。実際、コレマデニ多クノ人間ガ裏切ラレ、精神及ビ体ヲ乗ッ取ラレテイル」
《そいつを信じないで! 少なくとも、私はそんなのじゃない! 本当に私はキミを必要として……!》
「オイ人間、サッサトソイツヲ切リ離セ。ソシテオレタチト行コウ」
「裏切り、か……」
アツトにとって裏切りは飽きるほど何度も何度も受けてきたものだ。小学校では仲の良かった友人が突然無視してくるようになり、中学校では落ちこぼれであろうと必死で努力し続けた自分を顧問は裏でバカにしていた。そして高校に入っても都合のいいときだけ頼ってくる同級生も多くいる。もはや人間不信であったアツトだが、やはりと言うべきか結局今回“も”ルクスを見捨てることはできなかった。
周りの家の窓からは住民たちが心配そうにこちらを見ている。中には小さな子どもいて、殺されてしまうのかと今にも恐怖で泣き出しそうだ。
アツトはそれが許せなかった。力あるものが力なき者の平穏を脅かすということが。だからこそ、その状況はアツトの闘志に炎を灯したのだった。
「……たとえこの後裏切られてしまうのだとしても、市民の平和を脅かすお前は! このオレが代表して、ブッ倒す義務があるんでなぁ!」
「ソチラガソノ気ナラ、コチラモ存分暴レサセテモラウ!」
「うああああああああ!」
アツトは雄叫びを上げてゴブリン男に詰めかかった。ゴブリン男がそれに合わせて斧を振り下げてきたのを読んでいたかのように回り込んで回避し、張り手を食らわそうと右手を突き出すと至極色のボールが突如浮かび上がり、ゴブリン男の体に激突すると爆発して吹き飛ばした。
「グギャアアアアアア!」
「ええっ!? 今の何!?」
《……キミ、いきなり魔法使えるなんてすごいよ! それは闇魔法に分類されるもので、習得するのはとっても難しい! 才能あるよ、それも10年に1人の逸材レベルに!》
「10年に1人!? よくわかんないけど、このまま倒しちゃいますかぁ!」
「オノレ……タダデ済ムト思ウナヨ!」
ゴブリン男は斧をブンブンと力任せに振り回しながら突進してくる。アツトはヒョイヒョイと身軽にそれをかわしながら隙を伺う。
「潰ス、潰ス潰ス! 邪魔者ハ何デアロウト!」
さっき闇魔法を使えたことからもアツトにも十分に分がある。ただし油断はできない。なぜなら相手はただの人間でもゴブリンでもなく、それらの融合体だ。フルパワーで振り回される斧をマトモに体に喰らえば大怪我は免れないだろう。アツトは一振り一振りから丁寧に回避を続ける。
「逃ゲテバカリハ卑怯ダゾ! ソレトモ、本当ハ戦ウノガ怖イノカ?」
「逃げるだと? お前を始末するベストタイミングを伺ってんだよ!」
どんどん後ろ歩きをしながら避け続けていると、やがてアツトは背中に冷たく硬い物がコツンと当たった感触がした。驚いて振り向くとそこには家を囲む石壁がそびえ立っていた。さらに不運なことに、右横には電柱、左横には馬車のようなものが停まっている。アツトは気付かぬうちに逃げ場を失ってしまったのだ。
「し、しまった!」
「逃ゲニテッシタ罰ガ当タッタヨウダナ。サテ、ドコカラ切リ刻厶トスルカ」
「クソォ、結局オレは結局こんな最期を迎えるんだな……」
アツトは敗北を悟り、ゆっくりと目を閉じた。勉強も運動もできず、ヘタレでドジな性格で皆からはバカにされ、それに青春らしい青春も経験できず……。匙を投げて抵抗することすら諦めたアツトを、ルクスは叱った。
《何言ってるの、何考えてるの! キミと合体した状態でやられたら、私も死ぬんだよ……! せめて、せめてさっきみたいにキミのベストを尽くしなさいよ!》
(さっきみたいに、ベストを……?)
ーーーーー
『ハハハハハ! お前って何をやってもダメだなぁ!』
『何でアイツ、あんなに頑張っちゃってるのぉ? どうせいい成績残せないのに』
「ハハハ、そうだね……」
『おいアツト! 何でまた赤点なんだ! 結果が出ないのは怠慢の証拠だ!』
『アツト! また赤点だぞ、自分の成績と自分と向き合ったらどうなんだ? 漫画と小説ばかり読んでるからこうなるんだ!』
「やめて、やめてよ……」
『おいオタク、何で同じグループなんだよ、運動ヘタなお前と組んだら負けて良い成績つかねぇじゃねえか!』
『やーい! このひとスマホでへんなマンガみてたー! やっぱダサい人って好きなものもダサいんだなー!』
「オレだって、オレだって! 頑張ってるんだあああああ!」
ーーーーー
周りからバカにされて、怒られてばかりで、蔑まれてばかりで、ほとんど褒められない人生だった。本当は自分でもわかってる、大人になるに連れ「成績は悪いが努力はしてるんです」だけじゃ通用しなくなるなんてこと。ただ、頑張っているところの自分を見てほしいし、サボってるなんてワケじゃないことを少しでも認めてほしかった。それをルクスは「さっきみたいにベストを尽くせ」と叱ることで満たしてくれた。オレに欠如していた自信を、頑張りを認めてほしいという欲求を。
「……そうだね、ごめん。 やってみるね」
再びアツトは右手を勢いよく突き出した。
「ム?ソノ構エハサッキノ」
至極色のボールはまるで辺りの陽光をすべて飲み込まんとするほどに混沌としている。どんどんボールが成長を遂げるとともに辺りに植えられていた花は枯れ、ヒラヒラと舞っていたチョウは地に落ち、そして自分自身の意識と生気すら奪われそうになった。
「……オイ、ソノ技ダケハヤメロ! 何ダッテスルカラ、ヤメテクレ!」
《……やっぱりやればできるじゃん、そのままやっちゃえ!》
「喰らえ!ヒガンバアアアアアアアア!」




