2話 異国
「ちょっと、もっとゆっくり飛んでよ! オレ乗り物酔いしやすいタイプなんだよ!」
「もう静かにしてよ! ……私の背中にリバースしたらここから振り落とすからね」
「じゃあなおさらゆっくりお願いしたいよ……」
ルクスに連れられてアツトは満月の夜をビュンビュンと風を切りながら飛んでいた。どうやら“私達の国”はここからかなり遠い場所にあるらしく、それも簡単に行けるような場所ではないようだ。
「……ねぇ、悪魔さん」
「ちゃんと名前で読んでよね、私はルクス! んで、どうしたの?」
「……一体今どこ!? 何県何市!? てかオレ明日朝から校門であいさつ当番なんだった、帰らせてマジ怖いからあああ!」
「うーるーさーい! まぁ予定のことならなら大丈夫よ、だって見てごらん!」
ルクスは空中で自らの体に急ブレーキをかけた。その反動で振り落とされそうになったアツトは思わず、
「おい! 慣性の法則で落ちそうになったじゃないか、まだリバースしてないぞ!」
と叫びながらも辺りを見てみるとその異様な光景に驚いた。道路で静止して動かない数台の車、空中で静止しているコウモリ、そして何より全く動かないスマホの時計……そう。時間が停止していたのだ。
「すごいでしょー! これ、私達の能力みたいなもので、世界の住人がこっちに来るときにそれぞれが指定した人物以外の時間をピタッと止めることができるの。つまりキミが世界を救ってくれたらさっきのお家に戻して、この状態を解除したらオールオッケーってやつ!」
「ど、どんだけ働かせる気だ……」
「てかさー、キミすっごいお喋りなんだね! 学校でも人気者なんじゃない?」
アツトはドキッとした。文面だけで判断すると褒められているであろうことは嬉しいが、ルクスのこの言葉は同時にアツトのコンプレックスも抉ってしまっていた。ルクスに悪気は全く無さそうだが、酷くアツトは落ち込むあまりカタコトのようは話し方になってしまった。
「……そんなことない、オレ学校では一人ぼっち、友達少ない」
「でもさ、キミ私とは話せてるじゃん?」
「それは、悪m……じゃなくてルクスさん、オレに悪意なく関わってくれてそうだし、何より困ってそうだったから……それに、ルクスさんはクラスの皆とは違って悪意を感じない」
「フフフ、ありがとね、キミ!」
「……うん!」
ルクスは笑顔をアツトに向けた。サキュバスというと“悪”のイメージが強いというべきか、夜な夜な男達から力を奪うバケモノという描かれ方が世の中の作品には多い。だけどルクスにはそのような邪念は全く見られない。これは少なくともルクスがサキュバスだという現実から目をそらしたいためにそう思い込もうとしているとか、ルクスに襲われたいだとかそんなものではなく、心の底からアツトはルクスを信用していた。いきなり誘拐をしかけてきた張本人であろうと……
しばらくルクスに連れられて空を移動していると、いつの間にか見慣れない景色がそこには広がっていた。洋風の建物に見慣れない農作物が栽培されている果樹園、そして看板に書かれた謎の文字……
アツトは悟った。ここは県外だとかどこかの国とかでは断じてなく、正真正銘の異世界だと。
噴水のある広場にルクスは降り立った。そして、バシーン! ベンチにアツトを叩きつけた。
「ほらほら、到着〜!」
「い、痛ぇって! 加減してよもう」
「ゴメンゴメン! 私の魔法で毛布作るからさ、明るくなったら私の家に来てほしいな。ハイこれ地図」
ルクスは簡易的な手書きの地図を渡した。
「い、いきなり外で寝かせるなんて……家に上げてくれてもいいじゃないか」
「いい? 種族も性別も違うのよ、私達。私の家シングルベッドしかないワンルームなんだから。キミさ、もしゴキブリとかに『添い寝したいゴキブリ〜!』とか言われて受け入れるの?」
「虫と同じ扱いなんて……ハハハ」
「もぉ〜冗談だってば!キミのことゴキブリなんて思ってないし!ただ流石にいきなり添い寝は怖いってだけ」
「……そだね、おやすみね、ハハハ」
アツトは涙を隠すように毛布を頭まで深く被り、背もたれに顔を向けるように寝転んだ。それをしばらく見届けたルクスはふわふわと飛んでアツヤの耳元で囁いた。
「……おやすみなさい、未来のヒーロー。あとこれはオマケ」
そしてアツトの肩に手を乗せながら右耳にチュッとリップノイズを聞かせ、そのまま帰宅していった。




