1話 サキュバスのルクス
202X年9月15日。この日はそれはそれは綺麗な満月であった。まだ残暑が残る中、東京都に住むサエない高校生である陽川アツトはこの日もスマホでASMRを聞きながら部屋の片隅に置かれたシングルベッドで寝落ちしようとしていた。エアコンの調子が悪いせいで最近は扇風機と窓を開け、耳に快音を浴びながら寝ることで何とか暑さを耐え忍んでいた。
定期的に窓から風が吹いてはカーテンがなびき、イヤホンから吐息が発せられる度にアツトは肩をゾクゾクっとさせる。アツトは現在、休み時間も女子と唯一交わす会話のレパートリーが「席借りていい?」「あ、いいですよ」ぐらいしかなく、機械から放たれる息遣いはさみしい心の拠り所だ。
だからこそ、耳元で寄り添ってくれるASMRにハマり、毎晩のルーティンと化している。そして、それは今日も例外ではなく――
『えへへぇ、今から、連続吐息たぁ〜いむ!』
「ウッホォー、やっぱたまんねぇなASMRは! 画面の中にこそオレの運命の人はいるんだなぁ」
『それじゃあ、いくよぉっ!』
「うんっ♡」
「ねぇ、そこのキミ!」
「……うおー、この動画すっげえな、まるでお腹に誰かが乗っかってるみたいに重みを感じるなんて!」
「ねぇ、何でずっと耳にフタしてるの!」
「そりゃあキミのASMRを聞くため……って何じゃこりゃあああああ!」
アツトがふと柔らかくも重い、そんな感覚を感じた方へと目を向けると、そこには一度も見たことがない人物が乗っかっていたのだ。ダークブラウンの髪に金のメッシュカラー、赤いツノがちょこんと生えており、黒いレオタードに身を包んでいる。また羽と尻尾も確認でき、元々生えているのかそういう衣装なのか……少なくとも“まともな人間”ではなさそうだ。
アツトは思わずその“悪魔”を振り払って距離を取って問い詰めた。
「どどど、どこから入ってきた! つ、通報するぞ!」
「どこって? そこから」
悪魔は窓を指さした。アツトは急いで窓を全開にし、早くここから出ていけと悪魔に指示した……が、悪魔は言うことを聞かない。それどころかアツトにすり寄り、手を握り耳元でささやき始めた。
「……あのね、今私たちの世界が大変なことになってるの! ホントはこんなことしたらマズイんだけどね、来てほしいな、早く!」
悪魔は以外にも剛力で、アツトをおんぶして窓から飛び立とうとする。当然、アツトは焦ってすぐに悪魔から降りようとした。
「ちょ、ちょっと待てって! 意味わかんねぇよ、オレもそういう異世界転生とかの作品は好きだけど! そういうシチュエーションのドッキリとかは流石に別だ、しかもお前マジで何者だよ!」
「あぁ、名乗ってなかったね、ゴメン! 私はルクス。憑き先、キミに決まったの! それじゃあ行くよ、落ちたら死ぬわよ!」
「ちょ、ちょっと! お母さん助けてええええええ!」
ルクスはアツトを背負って窓から空へと飛び去ってしまった。話を聞くことなく……




