6
神崎純一郎は誰もいない、寂しい道路の歩道を歩み、待ち合わせの場所に向かった。平日とは言え、街中の夜に人間の全くいない有様を不気味に思った。しかも、何よりも、最近の時代にますます増えてきた経済的な破滅を示すだろうとも感じた。
泉黄神社の向こう側に、既に閉店した昭和風洗濯屋の前で山路啓介がタバコを吸っていた。灰を落とし、純一郎を見上げた。
「お、お疲れ。一瞬来ないかと思った。良かった」
「あ、ごめん。ちょっと道に迷ってしまった。もう一人は?」
啓介はポケットから携帯を出して、確認するため画面を眺めた。
「もうそろそろ来るらしい。ちょっと待っておこう」
純一郎が地味に湧いてきた緊張感を収めようと、素早く頷いていた。腕時計を確認しようとしたら、手が微かに震えていることに気づいた。啓介もこれを見て、微笑んだ。
「神崎ちゃんまさかビビッてないよね。研究とかやりたいとか言ってただろう」
「いや、ま、そうかもね。幽霊とかは別に実際に信じていないけど、どっちかというと、不法侵入するのが怖いかも。捕まったら卒業にも影響が出るかもしれないし」
「あ、なるほどね。大丈夫だよ、捕まらない。最近こういう肝試しは流行っているし、入ったけど捕まらなかった知り合いも結構いるよ。何かを言われても、論文の研究のためにやっていると説明すれば謝る程度で済むだろう」
純一郎はあまり納得していなかったが、紗季のことを思い出して、再び確信に満ちた気持ちになった。
「お待たせした、山路君」
横から女性の声が響いた。見てみると、わりと背の高い、20代半ばに見える女性が二人へ向かって歩いていた。髪の毛は肩より長くて真っ黒、前髪は眉ぐらいまでしかなく、紫色に染まっていた。上半身はジーンズジャケットと赤いマフラー、下半身は赤いミニスカートに黒いレギンスとドクターマーティンブーツだった。
となりに身長の高い男性が連れ立っていた。随分日本人離れした顔で、西洋人のハーフに見えて、高い鼻筋に本格的な蒼白い金髪と冷たい灰色の目があった。服装でいうと灰色のセーター、黒いジーンズと青いコートだった。首から高価そうな業務用カメラをぶら下げていた。
啓介は男の人に気づいて、露骨に不満そうな表情が顔に浮かんだ。
「あ、、、矢木さんお疲れ、、来てくれてありがとう、、、彼は?」
「初めまして、黒川フリッツです。ドイツ人とのハーフですが、日本語しか喋れません。よろしくお願いします」
男の人が微かに頭を下げて言った。
「ほう。矢木さんの彼氏ってこと?」
フリッツは素早く首を横に振った。
「違います。プロ写真家を目指していて、面白い写真を撮るチャンスだと思って連れて来てもらっただけです」
啓介は更なる説明を求めるように、矢木夏希の方へ視線を向けた。
「黒川君はうちのバンド『眩暈サイレン』の写真を何回も撮ってくれているんだ。先週出たライブで肝試しのことを教えたら、すごい興味を持ってくれたので誘ってもいいんじゃないかなと」
「いいじゃないか、記念写真を撮ってくれるじゃん」
啓介が本音を抑えて言った。
「で、この人は神崎さん、、、ですね?」
夏希が純一郎に向かって聞いた。
「あ、はい。神崎純一郎と申します。よろしくお願いします」
夏希が微かに頷いた。
「あまり肝試しみたいなものに興味を持つ人じゃなさそうですけどね」
純一郎は辛うじて微笑んだ。
「ま、そうですね。どちらかというと、都市伝説の研究を行うために参加している感じです」
「じゃ、逆に自分以外けっこうみんな何かの目的を持って参加している感じみたいね」
「矢木さんは特にないんですか?」
純一郎は聞いた。
「そう、単純に暇で肝試しをやってみたいだけです!よろしく」
「いいね、気楽に行こう。ってか、もう0時になるから、そろそろ入ってみるか?」
啓介は向かいの泉黄神社に目を向けると、そう提案した。
「そうだね、やりまっか!」と夏希は皮肉な口調で言って、道路の向こう側に渡り始めた。
啓介は「何それ」と言って笑い、彼女の後を追いかけ始めた。純一郎とフリッツも何も言わずについていった。
「おい、ちょっと。なんで彼女は男を連れてきたんだ?」
啓介が渡っている途中で、純一郎に向かって囁いた。
「さ、自分に聞いても」
と純一郎は言い返す。
「なんか、話が違うぞ」
「その辺、話していたっけ?」
啓介が眉を寄せる。
「いや、特に話していないけど、頭の中の話と違う」
純一郎はこれに対して激しく鼻で笑った。
4人が泉黄神社の古びた鳥居の前にたどり着き、立ち止まった。鳥居の石は時代の経ちによって酷く風化してしまい、すでに苔が生え始めていた。かつて鳥居の上からぶら下がっていたしめ縄は真中に切られて、不気味に垂れていた。
啓介の顔に意外と真剣な表情が浮かんで、他の3人に視線を向けた。
「よし。正しい入り方を説明しよう」