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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あかね色の空の果て

作者: 裄穂

遠く、遥か遠くの空を夢見ていた。

今日も夕陽が海に沈んでいく。

あの夕陽の向かう先に僕も行ってみたいと思っていた。


今の生活が辛いわけではなかった。

人口も少なく、とりわけこれといった変化もない小さな村ではあったが、その代わりに大きな問題が起こることもなく平和な毎日を過ごすことのできるこの村での生活は悪くなかった。


ただ、ここで生まれ育った僕はそれ以外の世界を知らない。

だから、見たことも聞いたこともない世界にいつしか想いを馳せるようになっていた。


しかし、だからといって何かをするわけでもなかった。

平和な日常を享受し、一日の終わりに夢を見る。

そんな生活を繰り返しているだけだった。


ある日、珍しく物見櫓の鐘が鳴った。

あの鐘が鳴るということは魔物が村に近づいているという合図であった。


魔物は稀にやってくる。

獣のような姿をしていたり、人間と同じように二足歩行ではあるが明らかに異形の姿をしたものもいて、その様相は多岐にわたる。

普段は村の方にはあまり近付いてこないものなのだが、群れからはぐれたやつなのかはたまた競争に敗れたやつなのかはわからないが、ふらっとこちらの生活圏に侵入してくるものがいるのだ。


そんな時のために村のものはある程度の戦闘技術を学んでいる。

もちろん、全員が戦えるわけではないのだが、それでも大きくなれば誰でも武器に触れてみるということはやっているのだ。


突然の襲来だったため、みんな少し緊張していたが、それでもなんとかなるだろうと心のどこかで油断していたのだと思う。


それはあっという間のことだった。

村の柵が破壊されたと思ったら、狼のような姿をした魔物が一斉になだれ込んできた。

皆、応戦をしていたが、一人、また一人を数におされ、敗北は必至だった。

それでもなんとか抵抗を続け、狼の数がかなり減った頃に大きな遠吠えが聞こえたと思うと残った狼たちは去っていったのだった。

残されたのは多くの死体と残骸ばかりだった。

亡くなった者の中には僕の両親もいた。

今朝、「明日は狩りにでも行こうか」なんて話していたのがまさか最後の会話になるとは思っていなかった。

呆然と立ち尽くす僕。

生き残った数少ない仲間たちも似たような状況だったと思う。

この辺りのことはあまりよく覚えていないのだが、それでもこのままにしてはおけないと両親の墓を作って埋めてやったのだったか。


それから何日か経ち、僕は村を出ることにした。

荷物はお金と両親の形見であるロケットと食糧、それと父がくれた槍だけだ。

数少ない生き残りの若い男手だったもので、何人かには引き止められもしたのだが、その気にはなれなかった。

だから僕は村のみんなに謝りながら「夢を追いかけてみるよ」なんて笑って出発した。

うん、きっとちゃんと笑えていたはずだ。


本当は海の先に向かってみたかったのだが、当然船旅なんてできっこない。

あんなことがあった村の漁のための船を使うわけにもいかないし、そんな小さな船で海を越えられるとも思っていなかった。


だからとりあえずは東に向かって歩いてみることにした。

確かそちらには大きな街があったはずだ。

そんなことを時折村に来てくれていた行商から聞いたことがある。

果たして遠いのか近いのかそれは今の僕にはわからない。

それでもこの道を進んでいけばきっと着くのだろうと、ただそれだけを思っていた。

今思えばなんと無謀なことだったのだろう。

きっと若さ故の無謀だったのだ。

そんな行き当たりばったりの旅ではあったが、それ自体が新鮮で、どきどきで、わくわくで、楽しいものだったんだ。


最初についた街で簡単な話を宿で聞くことができた。

ここのところ魔物があちらこちらで活発化していると。

今、この街ではそれを退治するべく、義勇兵を募っていると。

義勇兵には討伐数に応じた賞金が街の領主様から出ると。

正直この話は渡りに船だと思った。

なぜなら僕には金銭的な余裕はあまり無い。

そもそも村でもあまり金銭を必要としなかったというのに、大量のお金を持っているなどあろうはずもなく、今後の資金についてどうしようかと考えていたところだったからだ。

幸いにして武器には困っていない。

ここまでの道中でも何度となく愛槍に助けられている。

まあそんな槍もメンテナンスは怠っていないとはいえ、結構ボロボロになってきてはいるのだが。

一応武器に関しても簡単なものであれば支給されるということなので持っていなくても問題はなさそうであったが。


そして当日、集合場所へと向かってみるとそれなりの人数が集まっているようだった。

何人かに話を聞いてみると僕と似たような境遇の人もチラホラいるようだ。

村を出てきた理由は口減らしとかそんな感じの方が多いようではあったが。

それでもみんな魔物への怒りは強そうだった。

僕は他の人に比べるとそういうことに関してはどうだったのだろう……。

今となってはもうわからない。

ただお金が必要だとか、魔物は危険だから倒すべきだとかそんなことばかりを理由として並べていたように思う。


討伐期間についてはそれなりにかけるようであった。

下手に打ち漏らしを作ったりしたくなかったのだろう。

何日かに分けて街の周囲をしらみつぶしに調べ、駆除していくようなそんな予定になっていた。

一日二日と順調に予定はこなされていく、ある程度大きめの群れにあたっても領主直属の兵であるという人が陣頭指揮を取り、見事な即席の連携がなされていくのだ。

多少の怪我人は出しつつも、魔物は退治されていく。

僕?僕には槍を振るうしか能がないのでほとんど先頭で突っ込んでいくような役目だったんじゃないかな。

そのおかげで隊の中では他の人からの覚えはいい方だったようだけど。

順調に、それでいて堅実に、そんな調子で進んでいく。

そろそろ終わりか?と思われた頃、大きめの群れに当たってしまった。

それは狼のような魔物の群れだった。

聞き覚えがあるような遠吠えが聞こえる。

連携の取れた魔物の群れが襲ってくる。

あの時の記憶がフラッシュバックする。



それからことを僕はあまり覚えていない。

ただひたすらに槍を振り回し、突き刺し、刃こぼれをしても叩きつけていたように思う。

僕の周りにはいくつもの魔物のなきがら。

そして離れたところから僕を呼ぶ声。

覚えているのはそれぐらいだった。


「よくやったな!」「すげえよお前!」

「まるで竜巻のようだった!」

口々にみんなが讃えてくれていたように思う。

疲労困憊の僕はそれに応えることはできなかったのだけれども。


その夜、報酬については算定が終わった後日に払うとされ、義勇兵団は解散となった。

宿のベッドで寝転がり、今日のことを思い出している時涙が出てきた。

「そういえば、両親が死んだ時は泣けなかったな」

そんなことを思い出して僕はそのままシーツに包まり泣いたことを覚えている。


その後、報酬を支払ってくれるというので指定された場所に向かった。

思った以上の金額となんか高そうな槍を一緒に渡してくれた。

壊れた武器の代わりに、と用意してくれたそうだ。

いや、そもそも自前で用意していたのは最初の方に壊れていたし、そもそも支給されたものも何本もダメにしていたのだが……。

その時に「一緒にここで兵士をしないか」と勧誘をいただいたのだが、丁重にお断りをした。

そもそも旅に出たのは夢を追いかけるためだったのだ。

そのために資金が必要だから参加していただけだという旨を伝えると納得していたようだった。

別れ際に「それでは良い旅を。『旋風』殿」と言われたのでなんのことだろうと思いながら宿に帰って女将さんに聞くとどうやら『旋風』という通り名がいつのまにか僕についていて広まっているらしいと知った。

なんだかやたら僕の方を見てヒソヒソ話している人はいるのはそれだったのかと気づくと同時に気恥ずかしくなってしまった。

なんでも繰り出す槍は振れば大気を切り裂き、突けば何物をも貫き、叩けば大地を砕くとか。

たった一人で魔物の群れを壊滅させることができるとか。

そんな噂が独り歩きしてどんどんどんどん肥大化してるとか。

これはたまらないと数日にうちに旅支度をすませて、さっさと街から出ていくことにした。

向かう方向はやはり東だ。その先に何があるのかそれはわからないけれどきっと何かが見えてくるのだろう。そんなことを思って。


それからの旅も似たようなことの繰り返しだった。

次の街に着けば、資金を集めまた旅に出る。

そんなことをしていれば意外と顔も広くなっていくもので、ある時を境に便利屋のようなことをするようになった。

旅のついでに困っている人の頼みを聞くのだ。

近くに魔物の群れが出没しているようだから退治してほしいという村長の頼みを聞いたり、とある道具を作るためにあの魔物の素材が必要だから取ってきて欲しいだったり。

中にはうちの猫がいなくなったから探してほしいなんてものもあった。

そのうち一人の手には余るようになり、協力を頼むようになった。

最初は友人に頼む程度だったのだが、気づけば僕と同じように旅をしている人が資金を工面するために依頼を回してくれないかという話まで持ちかけられるようになっていた。

僕としても自らが出来ないのならば自分ですることに固執する理由もないので持ちかけられる依頼を振っていたら自然と互助会のようなものが出来上がっていた。

危険を冒しながらも人々のためになるように旅をしているのだと認識されるようになり、気づけば僕らは『冒険者』と呼ばれるようになっていた。

僕個人としては別にそんなつもりもなく、ただ資金を調達するのにちょうどいいからおつかいをしていたぐらいの気持ちだったのだけれど……。


ある時から、僕には同行者がいた。

旅をしている途中に魔物に襲われている馬車を発見し、そこに助けに入ったのだが、一人の女性を救うことしかできなかった。

彼女は父と兄と一緒に行商をしており、今回は護衛を雇って目的地から帰るところだったのだが、魔物の群れに襲われて護衛も父も兄ももうやられてあとは自分だけという状況だったようだ。

「助けに入るのが遅くなって申し訳ない」と一言告げ、彼女を街まで送り届けた。

それでお別れだと思っていたのだが、「もう私には行く宛がありません。助けて貰ったお礼もできていないのでよろしければお供させてください」と言って聞かなかった。

彼女は元々売り子を担当していたようで受け答えがとても上手だった。

今までなんとなくでやっていた依頼受領等も代わりにやってくれるようになり、気づけば僕の補佐のような秘書のような……奥さんのような存在になっていた。

そりゃ僕だってそこまで鈍感なわけではない。

彼女を絶体絶命の危機から救ったのは僕であると理解していたし、そんな彼女が僕に対してどのような気持ちを抱いているのか想像をするのは難くない。

だがそれに甘えて安易に手を出すと後悔するのは彼女の方だとわかっていた。

だけど長い付き合いになってくるにつれ情に流されてしまった。

決定的だったのは依頼を失敗した時のことだった。

最初は簡単な依頼だと思っていた。

最近畑を荒らすものがいるから捕まえてくれというありふれたもののはずだった。

どうせ小さい魔物でも来ているのだろうから追い払うなり退治するなりすればそれで治るだろうと。

実際は盗賊団の斥候が入り込んでいた。

雨が降ったため一日出発を遅らせて依頼人と共に村へと向かうと少し近づいてきたあたりで遠くの方で火の手が上がっていた。

村の中は蹂躙され、男は殺され若い女や子供は連れ去られた後だった。

その時の依頼人の慟哭を僕は忘れることができなかった。

共にきた冒険者仲間と協力し、盗賊団のアジトを突き止め、

そのまま非道の輩を一人残らず切り捨てるつもりで暴れてやった。

無理矢理連れてこられた村人たちは既に何人か息絶えており、生き残ったものも無事であるとは言えなかった。

子供の人数が足りないため生かしておいた奴らに吐かせるとどうやら奴隷として売り捌く予定があったため既に『出荷』したあととのことだった。

その後、残された村の人に対して僕らは何をすることもできなくてそのまま街に戻った。

街に戻った時、彼女が僕を心配して声をかけてくれていた。

どうも相当消耗しているように見えたらしい。

そんな彼女を見ていて、もし今彼女を失ったら。彼女があのような目に遭ったらと思うと絶対に手放したくないと気づいたのだった。

そうして彼女に縋りつき、朝気づけば彼女は僕の隣で寝ていた。

やってしまったという後悔はあったが、そんなことを思うのも失礼だろうと考え直した。

仲間に報告し、祝福され、そして僕らは夫婦になった。


それでもまだ旅を止めることなく続けていた。

彼女に「どこかに落ち着こうか?」と聞くと「あなたがしたいようにしているのを見ているのが一番なんです」と返ってきた。

だから僕もそれ以上何かを言うことはなかった。

ただただ目的らしい目的があるわけもなく当てのない旅を続ける。


それから……それから?

僕は今何を……………。















誰かの声が聞こえる。

周りを見渡そうとしてもどうやら体を動かすことはできようだ。

全身が痛む。

力むこともできない。

ああ、そうだ。街に迫っているドラゴンとやり合っていたんだったか。

多くの仲間を引き連れドラゴンと対峙し、多くの仲間を犠牲にしながらもようやく逆鱗をなんとか貫くことができた瞬間までは覚えている。

だがそのあとに何が起こったかはわからないがきっと僕は限界を迎えたのだな。

僕を呼んでいるのは誰だろう。

もう耳もまともに聞こえやしない。

そうか、今のが走馬灯というやつだったのか。

ふふっ、結局旅続きの人生だったな。

それでも最期に彼女たちを、アイラとお腹の子を守ることができて良かった……。

ああ、目の前が真っ赤だ。

あの時見た夕陽のように空が真っ赤に燃えている。

僕は、僕は旅路の終わりに着いたのか。

僕の旅の終着点はここだったのか。

正解なんて誰も教えてくれない。

だが、それでいいんだ。


「ぼくは……しあわせ、だっ、た……。だか、ら、お前たちもしあわ……せに……な……」


きっと僕の人生の答えは遺した2人が出してくれる。

だから、だからきっとこの旅は無意味なんかじゃなかったんだ。












「ギルドだぁ?」

「ああ、そうさ!」


イカつい顔をした中年が俺の前で頭を捻っている。

だが、俺は俺の出した結論を変えることはない。


「親父が各地でやってきた活動をちゃんとした制度として確立するんだ!そうすればもっと色々便利になるはずだ!」

「言いたいことはわかるがよ?今のままじゃダメなのか?ちゃんと出来ているだろ?」

「いいや、そんなことはない。それこそ情報網を整備して連絡を密に取りあえばドラゴンなんてデカいものが街に近づく前にわかったりしてもおかしくないだろ?」

「っ……」

「今まではたまたま上手くいっていたところもあるだろう。それでも多くのものを取りこぼしてきたはずだ。そういうのをなくしていくためにちゃんとした制度と施設を作るんだ!」

「それがギルドだって?」

「そうだ!俺たちの通称、そして親父の名前を貰って立ち上げるんだ!」


『旋風』の歩んできた道のりを後世へと繋いでいく。

一陣の風のように駆け抜けた親父の人生を無駄にしないために今息子である俺にできることがきっとこれだと確信している。


「作るぞ!『冒険者ギルド』!」



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