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天獄の子ら  作者: 小鳥遊春輝
7/8

患者

「冗談の判別は苦手です」


 あえて茶化すようにそう言った。

 判別が難しかったのは事実だ。が、その事実以外の愚考も、憑傷の頭の中には強くでていた。


「冗談か。そのくらいに受け取ってもらえた方が、いいのかも。

 これ以上踏み入った身の上話をするには、私たちの関係値と覚悟がまだ足りないもの」


 これ以上廻夜命良という人間を知らない方がいい。

 それは、憑傷が直接思ったことではない。命良自身が、そう訴えかけている。彼はそう思った。

 関係値と覚悟が足りていない。それを尤もだと肯定した彼は、それ以上話を続けることは無い。

 入院している理由も、おおよその検討がついている為、答えが帰ってこなくても別に良かった。


「「......」」


 少しだが、二人の間に沈黙が流れた。

 全く心地の悪いものだったが、並んで座る(ベンチは別)二人は、それとは別のことに意識を向けているようだ。

 探るようなその沈黙も終わる。憑傷の顔を見ながら、命良が呟くように声を出した。


「やっぱり」

「?」


 確かに呟くように言う台詞だが、声量としては十分憑傷の耳に届く程だった。


「さっきから表情がちっとも変わらないね」


「ババ抜きでは負けなしでしたね」


 そんな実績は無いため、これは冗談になる。

 それを聞いた命良は、面食らった様に表情を変えた。

 それは冗談に対してではなく、質問と答えの意向のギャップにだろう。


「お互いの腹の内じゃなくて、トランプでも構えて探り合いしたいもんだね」


 それも一瞬のことで、さっきまでと変わらない、どこか悟ったような笑顔でそう答えた。

 自らのことを語りたがらない二人からすれば、今の場の空気は好ましく無いものだ。

 本心を偽善で囲った会話は、意味通り埒が明かない状態で続いていく。

 痺れを切らしたように会話を終わらせたのは憑傷だった。

 都合の悪い空気を、都合の良い、時間という制限が断ち切る。


「それはまたの機会にしましょう」


 時間を一瞬確認し、座っていたベンチから立ち上がる。


「また、があるんだ」


 憑傷の今の言葉は、何とはなしに発したものだ。それはもちろん、彼はもう一度会う気があるということになる。

 目の前で「はい」という言葉を期待している少女に、期待通りの言葉を返してやると少女は、またも驚くような顔になる。素直な言葉は想定していなかったのだろう。


「じゃあ、楽しみにしていいのかな」


 尋ねるようにそう言う。

 一々許可を得なければいけないことでは無いと思うが、もしかしたらその機会が訪れないことを危惧した確認なのかもしれないと憑傷は一考する。


「ランニングは日課です」


 はいとは言わない。いくつもの可能性が錯綜する彼の脳内が、確約を許さなかった。

 それでも、込めていた意図は命良に十分伝わったようで、変わらない笑顔で「そうなんだ」と言う。

 背を向け歩き出す直前、一応の挨拶は必要かと思い、顔だけ命良を向き一言告げる。


「では」

「うん、またね」


 念押しするかのように「また」を続けて言い、小さく可愛げに手を振る先輩を背に感じながら、長い休憩を挟んだランニングを再開する。

 この日から学園での憑傷のランニングコースに、病院前が追加された。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 入学初日、クラスでの自己紹介というシチュエーションにおいて、正解とはなんだと考えた時、答えは複数あるだろう。そしてそのどれもが、普通に考えれば簡単に導き出される単純なものばかりだ。


「翡翠憑傷です」


 それだけ言ってしばらく沈黙が流れた。

 続く言葉を待っていた生徒達の何人かから、「終わり?」と密やかに呟く声が上がる。

 単純なシチュエーションで不正解を繰り出した少年は、担任の後に続きクラスに入って以来、二度目の訝しげな視線に晒されていた。


「まさかそれで終わりか?」


 代表するように、その新参者を連れてきた女性が問う。

 担任である桐乃が向けたのは、呆れたような声と視線だった。


「必要事項があるのなら続けます」


 自己紹介の意義をよく理解していない彼は、不十分だと言いたげな桐乃に疑問を孕んだ視線を返す。

 尤も、どんな人間なのか理解してもらうという目的自体は、今のだけで十分達成されただろう。

 それを理解しているからか、はたまた面倒臭いだけか、桐乃は「まあいいか」と言って早々に終わらせた。

 そして次に彼女が発した言葉は、堅くなっている空気をさらに少し増すものだった。


「言う必要も無いだろうが、こいつはUCS患者だ。

 周りと少し変わることもあるだろうが、仲良くしてやってくれ」


 Unique Children Syndrome(特異な子供達)。別名、髪眼変色症。

 それがいつから発生したのか、発生の原因は何か、正確なことを知る者はいない。

 存在が確認され、記され出したのは今から二十年程前のことで、公的に発表が成されたのはその約十年後。

 親の遺伝子等一切関係無く、その症状を患った者は、髪と眼、もしくはその一方が変色して産まれてくる。

 この症状は稀有なもので、発症例は非常に少ないが、近年は増加傾向にあるという。


 自己紹介を終えたであろうこの場面では、空いている席に着席するのが流れとしては自然だ。が、その前に生徒の誰かから小さく発せられた()()()()という言葉によって、黒板の字を消していた桐乃の手が止まった。

 それは気になる程の長さでは無かったが、憑傷が見逃すはずもない間だ。

 とは言うが、担任が言及しないことを、一生徒が出しゃばる理由もないと思い、視線を戻した。


 悪魔憑き。

 つつがなく暮らしたかった彼らに与えられた蔑称。あるいは呪い。

 異端として生まれた子供達には、自身、あるいはその周辺に、必ず悪意がもたらされた。

 いずれも、及ぼした影響は大小様々だが、後者が世間に与える印象はあまりにも悪かった。

 普通とは違う容姿を持つ子供達を不気味だと理不尽に避け、周囲に不幸をばら撒く異端児達を悪魔のようだと虐げる。

 いつからか、誰かが言った悪魔憑きという肩書きは、加虐性をおおいに含み、一般社会に溶け込んでしまった。


 もはや一般的なそのフレーズは、誰もが聞き流すか、陰口の肴にされるか、他者を傷つける武器とされるか。

 どれもが否定されていない現代社会で、手を止め、顔を顰める善人は、今この場に桐乃くらいしかいないだろう。

 ただその蔑称を嫌っているだけで、善人ではないのかもしれないが。


「空いている席は一つしかないんだ。

 終わったのならさっさと席につけ」


 字を消し終え、手から軽く粉を落とすような仕草をしながら、善人とは言い難い口調で着席を促す担任教師。

 教師像として立派ではないのは明らかだが、気にする様子がないのは、憑傷にとって慣れたものだからだ。

 速やかに着席した窓際の席は、左を見ればつまらない景色が映し出され、右を見れば見慣れた女生徒がこちらを見ている。そんな席だった。


「よろしくお願いします」


 軽く頭を下げ、軽い挨拶をする生徒会長に、憑傷も軽く挨拶だけ済ませた。


「こちらこそ」


 憑傷には学校生活というものの経験がないため、読み聞きしただけの知識しかないのだが、その知識とのギャップを彼は既に感じていた。


「わからないことがあれば隣の生徒会長に聞くといい」


 桐乃はそう言い、後のことを全て生徒会長に丸投げする。


「他に連絡事項もないしホームルームは終わりだ。

 授業の準備をして休みに入るように」


 担任がクラスの扉を閉めると、閑散としていた教室からは徐々に話し声がきこえるようになった。

 これが一般的な風景なのだろう。問題児が仲間に入ったとは思えないくらいいつも通りだ。

 当然その『いつも』に溶け込めない憑傷は、ちらちらと様子を伺うような生徒会長を尻目に、つまらない景色に目をやった。

 転校生は注目を集めてよく話しかけられるという話をどこかで聞いた憑傷は、それが嘘だったのだとつまらなそうに認識する。

 元々期待していなかった彼にとっては、つまるもつまらないもないのだが、やはり手持ち無沙汰感は少し生まれていた。


「よっ!辛気くせぇ顔してどうしたんだ?」


 UCS患者に関わろうとする奴がいたらそれこそおかしいかと思考していた矢先に、前方から随分調子の良さそうな声が発せられる。

 その方を見ると、上体をこちらに向け、明らかに憑傷に話しかけている一般生徒が眼に映った。

 感じていたギャップにさらに拍車をかける状況は、流石に意外感を覚えさせた。


「ちょっと。初対面でそれは失礼でしょう」


 先に話しかけられてしまった女生徒は、その開口に乗っかる形で会話に参加を試みた。

 男子生徒は突っ込まれたことに少し驚いた後、やれやれといった様子で続ける。


「いやいや、会長が堅すぎるんだって、今時お堅い生徒会長なんて流行らないぜ」

「流行るかどうかは関係なくて......初対面では相応の言葉遣いをするべきです」

「どうだろうな。

 なあ!どう思う?」


 目の前で言い合いを見せられ、答えづらい選択まで迫られ、憑傷にとってこのファーストコンタクトは、とても気分の悪いものだった。

 その腹いせ...ではなく、あくまで自分の思っている意見として、男子生徒の期待には叛いた。


「生徒会長に同意します」


 一方を選択したのだから、当然そこには嬉しそうな顔と、ばつ悪げな顔が並んだ。


「なんだよノリわりぃな。

 よし今決めた!お前らが付き合うことになっても、俺は絶対応援しないからな!」


 初対面で随分きつい冗談を言うその男子生徒に対して生徒会長は「はぁ...」と呆れるようにため息をついていた。

 それが普通の反応だろう。だが憑傷は違った。

 目の前の男はごく自然にUCS患者と一般人が交際関係になるという冗談を言ったのだ。

 そんな記録は見たことないし、UCS患者を嫌っているのだとしたらそもそも出てこない発想だろう。

 この時点で憑傷の中の男子生徒は、『差別をしない善人』か、『一般人ではない』という二択になった。

 尤も、彼の経験上、前者である可能性はその時点で捨てていた。


「まあいいや。とにかく、自己紹介しないと何も始まらないよな」


 生徒会長のため息と、ノーコメントの憑傷を見て、何も始まらなかったことを自覚した男子生徒は、空気を変えようと、会話の転換を試みた。


「俺は服部駿(はっとりしゅん)。このクラスのイケメン担当ってとこだな」


 そう言い、男はよろしくと続けた。

 一貫した駿の口調とテンションは、メンタルが相当強いのだろうと、二人のなかではもはや感心の域に達していた。

 イケメンを形成する容姿の部分を評価するなら、駿は確かに整った顔をしている。

 それは憑傷だけが抱く感想ではないのだろう。隣の生徒会長も変に否定することはなく、会話の流れに乗った。


夢咲望(ゆめさきのぞみ)です。みんなには生徒会長とか会長って呼ばれてるから、本名はあんまり覚えられてないかも...」


 そんな軽い自虐を挟み、趣味は読書だと続けた。

 一般的な日常風景の中にいる憑傷は、それが本来あるべきものだとは自覚しながらも、続く彼女らの言葉に対して、裏を読むように、素直な解釈をすることはできなかった。

 予鈴がなるまで自己紹介という問答は続いたが、そのほとんどは望と駿の二人が憑傷に一方的に好きなもの、ことを紹介していた。

 憑傷は自分のことを語らないし、二人も何も聞かない。それが二人にとっての、UCS患者との接し方なのかもしれない。そう考えることで、憑傷の中では二人の評価が少し上がった。



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