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天獄の子ら  作者: 小鳥遊春輝
1/8

編入

 翠の眼を持つ少年は、上を見た。

 その瞳に映るのは、快い晴れ空と、瞼を焦がす太陽一つ。

 その瞳に混じるのは、濁った過去と、胸を焼く後悔複数。

 戻した視線の先には、アスファルトとガードレールと、広大な海。

『美しい』と思ったのだろう。歩む足は止まり、しばらくその眼は捕らわれていた。


「見惚れるほど綺麗なのは同意しますが、時間厳守なので油を売っているひまはありませんよ」

 

そう言う彼女の声は、急かすようだが怒気は感じられない。

 癖のない黒いロングヘアーに、最低限の化粧。きっちり整っている制服を身に纏ったその姿は、校則通りということなのだろう。


「規律を重んじる良い学校のようですね。生徒会長であるあなたの一挙手一投足を見ていると、その格式の高さが伺えます」


 そう言う彼の声に、冷たさは含まれていたのだろうか。

 前を歩く会長の顔が少し歪んだ。


「確かに軽んじたことは一度もありませんが、そんなにお堅い学校だと先入観を持たないでください。

 在学生はもちろんのこと、転校生である翡翠(ひすい)君も、不自由に思うことなんて無いですから」


 どうやらいらない気を使わせてしまったようだ。

 翡翠もそれは思うところではなかったのだろう。


「それは良かったです。どうやら自分は選ぶ学校を間違えはしなかったみたいですね」

 

軽くフォローを入れた。

 細かい気を回したのが意外だと思われたのか、会長は目を丸くし驚いたような表情を浮かべた。

 一間入れてこう続けた。


「......楽しんでください」


 驚いたからなのか、彼女のその返事には妙な間があったもので、翡翠は幾つか勘繰った。

 人間不信というわけではなく、それは彼にとって当然で、自然と身に付いていった癖のようなものだった。


「行きましょうか」

 

話は終わりだと言うように、会長は踵をかえし目的地への歩を進めた。



 それから数分の間、一向に景色が変わることのない道をただ黙って二人歩いていた。

 ふと、会長が顔だけで振り返り翡翠のことを見た。

 遠慮がちにだがしっかりと凝視している。翡翠の『翠の眼』を。


「その眼は......」


 続きを言うのに躊躇っている。

 先ほどからの会長の態度は一貫して何かを恐れているようだ。

 あるいは、隠している。


「カラーコンタクトとかそういったものではないですよね...」


 またも遠慮がちに発せられたその続きの言葉は、一見すると全く意図の読めない質問だった。

 転入するに際して配られる学園のパンフレットには校則も載っていた。自由な校風で校則は少なく、確認にそれほど時間はかからない。怠らず全てに眼を通していた翡翠には、そういったものが学園で禁止されていないことはわかっていた。

 それでも、問題あるのかと聞き返すことはしなかった。

 なぜなら、会長が何を意図した質問なのか、その意味も翡翠はわかっているからだ。

 少年は何も言わずその眼を伏せ一言、こう言った。


「すみません」


「そう...ですよね...」

 

それを是と捉えた会長は、残念ですとでも言いたげに眉を下げた。進む足は止まっていた。

 彼の眼を見た者は、皆が揃って同じような反応を示す。それはいずれも、何かを怖がっている目をしていた。

 いつものことすぎて、翡翠の気持ちに思うところなんて何もなかった。嫌な気持ちも嫌な顔も、一切浮かべることはない。

 何も、思わない。


「...何か困ったことがあれば、いつでも生徒会室を尋ねてください」


 会長の言葉は優しかった。笑顔も浮かべていた。それでも眉は下がったままだった。

 返事を待つことなく会長は前へ向き直し、止まった足を動かした。目を伏せながら。

 二人の間に流れた重い沈黙は、この空間で、これ以上の会話を望めるものではない。

 学園に着くまでの通学路を、一人ずつ、黙って歩いた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 海の見えるアスファルト道路を二十分程は歩いただろう。

 変わらない景色が続いていたもので、美しくも何も無い海を見るのにもそろそろ飽きてきた頃。二人の瞳に新たな色が加わった。

 雲とは違う白い色。S造のその建物は、広大な敷地を有していることが遠くからでも伺える。

 少し近づくと、空気が変わったことを翡翠はすぐに察することができた。

 閑散としていた一本道を終えるとその先では、嘘だったかと疑うほどの喧騒が辺りを賑わせている。

 騒がしい建物の高い位置、遠くの時計に目をやると、長針は七の位置に、短針は一を少し過ぎた位置にあった。

 パンフレットの内容をある程度記憶している翡翠は、今が何の時間で、中で何が行われているか。それをすぐに理解した。


「ごめんなさいね、今は昼休みで皆気分が浮かれてるみたい。問題を起こさなければ良いのだけど」


 後半は呟くような声量だった。

 昼休みというのは学友と卓を囲み雑談でもしながら食を共にするものだ。そう理解している翡翠には、問題という二文字と、過去に何かあったかのように心配をする会長が気になった。


「...あ!別にいじめが横行しているとか、事件が絶えないとか、そういう物騒な学園ではないですからね!決して!」


 少し間を作りすぎたのか、会長は取り繕うように急いでそう言い足した。


「信じますよ。会長の必死さに免じて」

「意地悪な言い方ですねぇ。本当にわかったのでしょうか...」

「仮に物騒だとしても、自分はいつもその輪の外にいるような人間ですから問題ありません」

「言いたいことが伝わってない気もしますが、まあいいとしましょう。

 校則を順守し、気持ちよく学園生活を謳歌してください。

 くれぐれも問題を起こすことのないように」

「弁えています」


 そう言って、前を歩く会長に続くように翡翠は学園の門をくぐった。

 桜舞う並木道を、胸を踊らせた学生達傍目になんて趣深い情景はどこにもなかった。それでも会長は努めて明るく振舞った。


「楽しみですか?」


 単純な質問。期待されている返答をすることも翡翠にはできたが、彼はもう気づいていた。会長が返答に期待を抱いていないことに。


「いくつかの気付きはあるでしょうね」


 だからもう、気を使ったり取り繕うような言葉は無しにした。

 すると会長は「はあ...」とため息をひとつついた。どうやらこちらもそうらしい。


「要領を得ない回答......まあそういうタイプにも見えないですしね」


 軽い問答のいくつかと、顔を合わせてから三十分程度で随分と測られてしまったなと、翡翠は会長を警戒するような眼で見た。

 しかしそれは、彼を見ていれば皆が一様に抱く印象だった。

 無視をしたり失礼な態度をとったり、そんなことは一切ない。

 むしろ、気の回る態度や、相手を尊重した発言の方が目立つだろう。

 ではなぜか。そんな疑問は彼の利発そうな、涼しげな顔を見ていればすぐに解消される。

 初対面の時から、問答を続けてきた三十分の間、その表情は多少の変化も伴わなかった。


「ここで立ち話を続けていても時間を浪費するだけでしょうし、行きませんか」


 翡翠がそう促すと、会長は手首に巻き付いた腕時計に目を落とし、「あらま」と一声あげた。


「これは私の休憩時間はなさそうね」


 昼休み終了は十三時四十分。午後の授業はその数分後だ。


「でしたら急ぎましょう」

「そうですね......あ、言い忘れていました」


 思い出したように会長はこちらに振り向き、腰の位置で手のひらを合わせ微笑みながらこう言った。


「ようこそ美徳みとく学園へ!」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 クラスごとに分けられた靴箱まで案内されたところで、会長は翡翠に来客用のサンダルを渡し、「それじゃあ私はこれで」と言って足早に去っていった。

聞くところによると、ここからは教員が変わって案内をしてくれるそうだが。


「やっときたか憑傷(ひょうしょう)


 聞き覚えのある声が背後からかけられた。やる気のない、妙に眠そうな声だ。

 振り返るとそこには、翡翠より少し小さい程度の身長を持つ背の高い女性が立っていた。

 整えられていない黒髪はボサボサで、かろうじて見えるその目は開ききっていない。総評すると、だらしない大人と言う感じだ。


「桐乃さん」


 翡翠の下の名前を遠慮なく呼び捨てて言うその女教師は、回覧板を持っていない方の手で頭を掻きながら、あくびを一つする。

 緑月桐乃(みずきひさの)の声に聞き覚えがあり遠慮がないのは、桐乃が憑傷の従姉にあたる人物だからだ。


「教職に就いたというのは聞いていたが、やはりこの学園だったのか」


 予想がついていた故に、やれやれといった感じだ。

 新しい生活のスタートにワクワクすることはしないで余計な考えばかりを巡らせている頭に、「こらこら」と回覧板が降ってきた。


「体裁というものがあるだろう。

 学園では緑月先生と呼べ。

 敬語も忘れずに」


 そう教師然とした態度で言う桐乃が可笑しかったが、反論の必要もないので、憑傷は素直に改修した。


「では先生、はやく案内とやらを始めてください。

 時間は有限です」


 さっさと話を進めるべく、憑傷はあえてきつめの口調でそう言った。

 が、当人は不機嫌になるどころか、フッと静かに笑った。嫌な予感がした。


「まさかお前に先生と呼ばれることになるとはな。

 なかなか感慨深い」


 しみじみとまではいかないが、目を閉じその言葉を噛み締めているようだ。

 憑傷は話を広げるつもりもなかったので無視をして、歩きだした桐乃の隣へ並び歩幅を合わせた。

 そしてその太々しい顔で当然の疑問を投げ掛けた。


「何処へ?」

「職員室だ。こいつを置きにな。」


 そう言って顔の横で回覧板をパタパタと煽いでみせた。

「それは最初から置いてくるべきじゃ」と、胸中ではツッコミを加えたが、話が続いても面白くないと思い、口にだしはしなかった。

 そうして歩く二人のもとに、閑静な景色が訪れる。

 新設校舎の白い壁と、窓から差す陽光だけが、その完全な景色に溶け込んでいる。

 当然の沈黙と騒然な囀り。二人の間に気まずさなんてものはない。

 望んでいた空間に、憑傷は居心地の良さすら感じていた。


「編入初日だというのに、お前は随分退屈そうな顔をする。

 やはり思うところはないのか?」


 桐乃にとってそれは、答えがわかりきっている質問。

 それでも尋ねるのは、憑傷にとってこの環境が不慣れなものだからだろう。


「高校生というものが未知過ぎます。

 臨機応変に対応していかなければならないであろう()()というものがわからないんですから。

 不安はあります」

「然しものお前も、今回の環境変化には苦労しそうだな」


 そう言う桐乃の口角は上がっていた。

 まるで楽しくなりそうだとでも言いたげなその横顔を見て、憑傷の抱える不安が一つ増えた。


「完璧に修了してみせますよ」


 自信に満ちたその言葉。

 続く言葉はその自信の信憑性を、確たるものにした。


「いつも通りです」


小説家になろう初投稿(執筆活動自体が初)になりますので至らぬ点、多くあると思います。見難いだの分かり難いだの、散々言ってもらって構いません。その全てがありがたい糧となり、モチベーションに繋がります。

良い作品を作り上げるためにも、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します。

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