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私の石田三成

作者: 小城

 1.石田三成という男

石田三成という男がいる。

関ヶ原の戦いで西軍を率いて、徳川家康と戦い、死ぬ。

 彼は、今の滋賀県、近江国の石田村という村で生まれた。彼の父親は侍であった。そのとき、ちょうど近江国の領主は、後に豊臣秀吉といわれる羽柴秀吉であったことから、三成も少年のころから羽柴秀吉に仕えることになった。

 織田信長が死に秀吉が台頭すると、それに伴って、三成も出世していった。彼は武将ではあったが、戦は不得手だった。彼は文筆家であり、官吏の能力に長けていた。というよりも、彼にはそれしか、できなかった。父親が仕えていたという理由で、三成がたまたま仕えた秀吉という男は才ある男であった。彼は人柄もよく人を使うことにも長けていた。三成に官吏の能力があり、その役職に就けたのも秀吉であった。ただ、三成は人との関わりが得意ではなかった。

 三成は自分が気がついたときには、秀吉が作った組織の中で責任を担う重要な役職に就いていた。それでも、彼には仕事をこなすことしかできなかった。その業務の質と責任はいつのまにか彼という存在の限界を超えてしまっていた。しかし、彼にはとどまることはできなかった。彼は秀吉のためという理由を言い訳にしていた。


2.加藤清正、福島正則という男たち

加藤清正という男がいる。彼と彼の父親は豊臣秀吉と同じ故郷であった。そのことから、彼は小さい頃から、秀吉のところに仕えていた。同じように秀吉に仕えていた福島正則という男がいる。彼の母親は秀吉の親戚だったことから、秀吉のもとに仕えていた。

 秀吉が出世するに伴って、彼ら二人も出世していった。彼らは戦いが得意だった。彼ら二人の功績も戦いの中でのものが多かった。彼らも失敗することはあったが、細かいことは気にせず、ただ、秀吉のために働いた。その点では、彼ら二人と石田三成とは似ていた。しかし、性格が異なっていた。


3.三成の好いた女子

 石田三成、加藤清正、福島正則。彼らは同じく秀吉の作った組織に属していたことから、顔を合わせたり、秀吉の前での催し物などに同席したりすることがあった。そんな、彼らと同じ組織の中に女子もいた。彼女らは女中として、秀吉の組織に属しており、宴会の席などで、三成らとも顔を合わせることがあった。そんな女中の中にある一人がいた。宴会や接待の席で三成は彼女と度々、顔を合わせることがあった。接待のあとで話をすることもあった。

日々、自分を騙し、押し殺し、周りの期待や自らの責任に応えようとするほど、無口に、すさんでいく三成の中で、彼女と合う、いや、彼女と同じ組織に属している。どこかに彼女がいるという意識がいつのまにか三成の支えになっていた。無論、三成にも妻子はいたが、妻子の前でも三成は自分を押し殺していなければならなかった。

 彼女と会うと、彼女は三成にたわいない話をしてくれた。それは自分の家族のことだとか、同じ組織に属する女中のことだとか、侍のことであった。三成は難しい男であったので、三成のしたことは、彼女のそんな話に相づちを打つとか、話を合わせるだとか、自分の意見を述べてみるだとかであった。そうすると彼女は笑顔と感謝の言葉を口にした。そんなひとときが三成のなかでは最上の幸福となっていた。

 秀吉が天下人となり、三成の仕事の量も質も変わっていった。三成はただ目の前の仕事をこなすことしかできなかった。そんななかで、三成は彼女に合わせるのが難しくなっていった。彼女のことは好いていた。しかし、彼女の話が分からない。三成は仕事しかできなかったので、彼女の話す事柄の意図も見いだせないこともあった。三成は無口になった。殺伐としていった。周りからは仕事の鬼のように見えたかもしれない。そんな三成を察してか、彼女も邪魔をしないようにと三成と会っても以前のようには話しかけず、事務的な話をするにとどまっていた。そして三成も彼女と会っても、変わらない、ただ押し殺した自分が事務的な言葉を紡ぐだけであった。それでも、三成は仕事をするしかなかった。秀吉のため、組織のため、それは彼女のためでもあった。


4.三成という男

 宴会の席などで、三成は彼女と加藤清正、福島正則などが話しているのを見かけた。彼女が彼らと話をしている姿を見ると、三成は心の中で、「彼らではなく、私に話してくれ。」と思うことがあった。しかし三成は仏頂面のまま、宴会の接待役を勤めていた。そんな宴会が終わった。女中たちは片付けをしている。三成も役目柄、他の客たちが帰ったあとも残っていることが多かった。そして、そんなときに彼女と話をすることがあった。

「ああいう人たちの性格、私は好きですよ。」

彼女はふと三成にそんなことを言った。ああいう人たちとは誰のことだったのだろうか。それはおそらく加藤清正、福島正則などといった武将たちのおおらかで開けっぴろげな性格のことを言ったのであろう。三成の知っている限り、彼女には夫と子どももいた。そして、彼女も酒を飲むことはあるということであった。三成は酒は飲めないわけではないが、嗜むことはなかった。三成と彼女の間に差はあった。仕事が忙しくなってからは、三成はその差を当然のものとして、彼女と接するようになった。彼女との差。周りの人との差。三成の前のそんな差をはじめ彼女は感じさせることもなく話かけてきてくれた。それが三成にとっては不思議で、彼女の魅力的なところであり、そんな彼女が好きだった。しかし、三成はいつのまにか、自らその差を作ってしまった。自分と彼女との間には差がある。そして、彼女を私の仲間にしてはいけない。それは彼女の身を案じる思案であったのかもしれない。三成は意固地に、周りとの溝を自ら作って、自分はその溝の中に入って、仕事と家庭をただこなしていくだけであった。

 接待の席で彼女と会う機会も少なくなっていた。そんなとき、他の女中から近々、彼女が故郷に帰るということを聞いた。女中を辞めるということであった。その話を聞いたときも、三成の表情はいつもと変わることなく、「そうか。」というだけであった。ただ、いつもと違っていたのは、三成は屋敷に帰ると涙を流していた。そして、妻に向かって、「近々、女中が一人辞めるらしい。」ということを言った。いつもは仕事の話などしない夫がそんなことを言ったのは不思議だった。「家の事情があるのですか?」と妻は聞いた。三成はうまく言えなかったが、「彼女の夫の両親が老身になり、身の回りの世話が必要になったからだ。」ということは伝えた。三成にはそれが本当のことかどうかは分からなかった。ただ、変わらないのは彼女が三成と同じ秀吉の組織からいなくなるということであった。三成は大切な何かを失った気がした。彼女とはそれほど顔を合わせることもなくなっていた。親身に話をすることもなかった。彼女と三成とはそれぞれ別の家庭を過ごしていた。なぜか三成は後悔した。そして悲しんだ。役目の途中でも、涙を流しそうになることがあった。自分も役目を辞めてしまいたかった。

 宴会の席でも、彼女はいなくなった。それでも三成は接待役を勤めていた。彼女がいない。この組織に。それなのに、私は彼らの接待をする必要があるのだろうか。自分を押し殺してまで。三成はさらに溝を作り、仕事に耽った。周りには情け容赦なく、性格が残酷で薄情に、細かいことまで厳しく詮索するようになった。もしかしたらそれが本来の石田三成の性格だったのかもしれない。そんなだからこそ、おおらかで鷹揚な彼女に惹かれたのだろう。

加藤清正や福島正則は槍で人を制した。三成は筆で人を制した。お互いに対立した。

やがて、秀吉が死んだ。新しい組織は徳川家康が作ることは世間にとって明白になっていった。三成の周りにも人はいた。しかし、彼はその器ではなかった。秀吉によって見いだされた才能。それによって、彼は今は、人の上に立つ責任を負う存在となっていた。本来、彼はそのような人柄ではなかった。

 それでも彼は仕事をするしかなかった。あるべき器にない者が、その器の役割をしようとする。それは、どこかで突出して、どこかで漏れてしまう。

 それを使う秀吉も、それを心の中で支えてくれる彼女もいない。三成の周りには、彼の器に合わない能力に集い、彼の仕事を支えてくれる人はいたが、本当に大切な何かはそこにはなかった。三成は人望を失っていった。

1600年。関ヶ原の戦いで徳川家康に敗れた石田三成は捕まり、京都で処刑された。

その処刑の最後の一瞬に、三成はかつて同じ組織にいた女性のことを思い出して、「彼女が幸せであればいい。」と、そう思ったかどうかは知らないし、その女性が今、どこで何をしているのかは作者は知らない。

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