Day7、8 矛盾
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7月11日。
「もうここまで続けたんだし、辞めないでもう少し頑張ってみれば?」
母親に相談したが、大した答えなんて返ってこないと分かっていた。
「他の部活にすればよかったな。弓道部とか、科学部とか、、、」
「だから言ったじゃん。本当に野球部でいいの?って」
そんなことは分かってる!
どこの部活がいいかなんて僕にわかるわけないじゃないか!
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7月12日。
「先生は続けてほしい。原が活躍してる姿を見たいから。頑張っている姿を見たいから。」
「わかりました。」
僕は担任の先生に相談した。先生は何処か柔らかい、でも真剣な表情で僕をそう諭してきた。
なんで僕はこんなに迷っているのだろう。
たかが辞めるっていう選択なのに。
一言いえばいいだけなのに。
大学進学の経歴に泥が付くからか?
続けることが美談の世の中
辞めるって選択肢は想像以上に体力をつかう。
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昼休み。
僕はいつも通りオアシスで休息をとる。
いつも通り鷹取が話しかけてきた。
「そう言えば原ちゃん、朝のホームルーム後、先生に連れていかれたよね? 何言われたんだ?」
「あー。部活のことでちょっと相談したんだ。そしたら職員室に連れていかれた。部活辞めようか迷ってて、、、」
「なるほどね。俺今週から科学部に入るんだよね。何回も見学に行ったけど普通に雰囲気良かった。科学部はいいぞ~。」
冗談だろうけどそう言ってくれるのは嬉しい。
「俺も科学部入ろうかな?」
実際、入学前迷っていた部活の一つだったし、素直に口にした。
「それもいいんじゃないか?俺は全然歓迎やで。まだ入ってないけど(笑)。どうするかはその人次第だし全然それもありだと思うよ。」
さっきの笑顔から一転、落ち着いた表情で答えてくれた彼を見て、今度は安心感を覚えた。
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放課後、練習。
三年生が抜け、一・二年生だけの新チーム。その新チームでの初練習。チームも僕も、準備体操の時から『声が出てない』と監督に怒られる。
僕は感情と【疑問】を[無意識]へ流し込み、ただ黙々と業務をこなした。
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外が完全に暗くなる。
「僕、部活辞めるかもしれないです。」
「まじ?それは残念だけど、、、」
練習終わりのグラウンド整備の最中、同じサードのポジションを守る柏木さんに打ち明けた。
「いや、そう言っといてどうせ辞めねーから!」
過去に僕が先に帰った件で怒ってきた先輩、永山さんがレフトからサードベース付近にやってきてそう言った。
少し腹が立ったが、僕は心の中に収めた。
最近、彼の性格が何となくわかった気がする。良くも悪くも『思ったことをはっきり言う』そんな性格な気がする。時折とんでもない場面で怒ったりするところも見ている。だから彼の発言は深く考えず、上手く対応するように、最近は心掛けている。
人付き合いっていうのはとても難しいものだ。
マネージャーにも辞めることを止められし、
数少ない仲の良いチームメイトにも止められた。
僕の『辞めたい』なんて発言は、簡単に拡がっていく、そんなことは知っている。いきなり辞めるやつよりはよっぽどいいと思う。
数少ない仲良いチームメイトは皆、自転車通学。
駅を利用する野球部員に仲の良い人間ははっきり言うといない。
でもいっつも合わせて下校していた。
だから会話についていけない。
一生懸命話そうとしたけど無駄だった。
なんか空気が合わないというか、波長が合わないというか。
下校中、常に心臓を握られている感覚があった。
それが苦しかった。
どうせ辞めるから、今日は彼らより先に、一人で駅に向かった。
そっちの方が早く帰れるし。
どうせ部室ではゲームだの、あの人が付き合っただの、くだらない話しかしてないし。
僕は誰にも挨拶せず、無言で重たいバックを肩にかけ、部室を後にした。
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帰り道の途中にあるコンビニ。
いつも彼らが寄っていたコンビニ、国道沿いのコンビニだ。
家に帰ればご飯があるというのに、なんでわざわざ定価より高いコンビニの食品を買って、時間も使って、屯っていたのだろう。
僕も一緒に帰っていたときは勿論寄った。
皆が食べている中、我慢なんてできないから自分も買って食べた。
美味しかった。
でも、【疑問】が拭えなかった。
今日はコンビニを無視して、駅まで真っ直ぐ帰る。
なんでだろう?
一人で帰っても、心臓の苦しみは変わらない。
【疑問】が拭えていないからだろうか。
というか最近、殆どの時間【疑問】が僕を付きまとっている気がする。
解放されれば、こんな【疑問】も消えるのかな?
早く解放されたい。
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家に着いた。
「ただいまー」
珍しく父親が先に帰宅していた。
「優斗!お前部活辞めようと思っているのか?」
ギクッと僕の肩が一瞬震える。まーそう声をかけるのは当然のこととわかってはいるが。
「うん。まあ。」
「そうか。」
父はこう続ける。
「でも、野球部で学べることっていうのは多いし、今は気づいていないかも知れないけど、野球部での体験っていうのは社会に出たら絶対に役立つから。決めるのは優斗の自由だけど、お父さんは辞めないほうがいいと思う。」
少し強めの口調で父は言った。思った通りの回答だ。
「後、部活に打ち込むことで、非行とか、余計なことに巻き込まれないっていう意味もあるから、若いうちは部活に打ち込めばいいと思うよ。部活なんて高校生の時しか経験できないんだから。青春だよ!」
キッチンで晩御飯の用意をしてくれていた母親も、そう続ける理由を付け加えた。
「うん。わかった。」
なんでだろう?
何でこんなに迷っているのだろう?
この【疑問】は何なのだろう?
迷っている自分に苛立ちと緊張を感じた。
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無言でご飯も食べ終え、シャワーも済ませ、クタクタに疲れたから、寝ようかと思った時だった。
ピコッ
携帯に連絡が届く。
僕は連絡に気づいたらすぐ返信するタイプの人間だ。
そして大体は事務連絡。
やり取りしている人なんて一人もいない。男友達とはやり取りなんてしないし、女性でやり取りするほどの友人はいない。しいて言うならマネージャーと事務連絡を取り合うくらいだ。
この時間帯の事務連絡は珍しい。
不思議に思いながら僕はスマホを起動した。
〈森崎 宏昌〉一件
あの森崎からの連絡だった。彼とは最初の土日練習で一緒に遅刻して以来、喧嘩することもあったが、今では数少ない仲良いチームメイトの一人だ。一緒にご飯を食べに行ったりもした。
なんだろうか。
僕は早速、通知を開いた。
僕は文章を見て驚いた。
そこには長々と原稿用紙一枚分ほどの文字が並べられていた。
辞めてほしくないという思い
彼から見る僕の長所や野球人としてのセンス
野球部に必要だという理由
将来はもっと重要になってくるはずとも書いてあった。
細かな内容などは霞んでしまった。
僕にこんな文が送られてくると思わなかった。
僕は一気に罪悪感に苛まれた。これまでの怒りが和らぐ。
僕は辞めたいけど『辞める』という決断が出来なかった。
心は苦しかった。
今夜寝れるかどうかわからない。
感情を抑えられるかどうかもわからない。
気を紛らせようと音楽を聴こうと思った。
寝転がっている位置から見て、右上のタンスにCDプレイヤーが入っている。
僕はそれを取り出す。
そしてCDプレイヤーの電源をつける。
でも、何を聞けばいいのかわからなかった。
「お母さん、CD聴こうと思うんだけど、なんかおすすめのCDある?」
僕はベットから体を起こし、声を掛ける。
声をいい具合に誤魔化し、寝る前だからと言い訳できるよう準備する。
「えー? CD取り出すの面倒なんだけど。」
一瞬ビビったが何とか大丈夫そうだ。
「教えてくれたら自分で取るよ。」
「ハー、わかった。」
ため息交じりだが、了承を得られた。
「私の部屋の棚の二段目に、ミスチルの『SUPER MARKET FANTASY』って入っているでしょ?それとかどう?小学生の頃よく聞かせてたよ。」
「おけ!」
何となく、聞き覚えがあるような作品名。
僕は、母親の部屋の電気をパチッとつけ、最短距離で棚に向かった。
二段目を覗く。
B`s、GLAY、QUEEN、BONJOVI、、、、、名前だけは必ず聞いたことのある名立たるロックバンドが並ぶ。
色々と古臭さに興味を持って物色していると、『Mr.children』が並んでいる部分を見つけた。
僕は『SUPER MARKET FANTASY』を探す。
簡単に見つかった。
明るい印象を持たせるこの表紙、何となく見たことあるような。
ギチギチに詰まっているCDの列から、ゆっくりと取り出し、再び部屋の電気を消す。
落とさぬよう大事にCDを脇に抱え込み、早歩きで自分の部屋へと逃げる。
自分の部屋の戸をゆっくり閉め、早速CDプレイヤーに挿入し、イヤフォンを繋ぐ。
自分の部屋の電気も消し、ベットに寝転がった。
寝転がると同時に、感情が落ち着いてきていることに気が付いた。少し安心感が生まれた。でも、心の中の【疑問】が消えていない。
折角持ってきたし、集中して音楽を聴きたかった。
心の中で【疑問】の一つ一つを自己解釈し消化していく。
時間は少しかかったが、完全な安心感が生まれてきた。
僕は暗闇の中、イヤフォンを両耳につけ、探り探りボタンを押した。
ビンゴ!見事に再生が始まる。
パパパパパパパ パーパパーパー
イントロが聞こえてくる。
聞いたことある感じ。懐かしさを感じる。でも、違和感も同時に流れてくる。
この違和感はなんだろう?僕は違和感の正体を探ろうと真剣に考えてしまった。
そののち、僕は胸の高鳴りを感じてしまった。