Day2、3 薄い空気
第一話を読んでいただき、ありがとうございました。
良ければ第二話も引き続きお願いします。
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5月1日。
僕は学校にしがみつくことで、精一杯だった。[こんな生活は送るつもりではなかった。]
ただしがみついていた。
しがみつくため、授業の半分以上の時間を睡眠に費やす。ただ僕は計算高い男だった。本当に眠い時以外は、自分の得意科目の時、寝るよう調節していた。その位やらないと、しがみつけない。
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5月12日。
僕の夏の大会ベンチ入りの可能性は0%になっていた。
一年生は、入学初めの練習や試合の結果で、ある程度見限りをつけられるのだが、僕はそこで早々にミスをしたからだ。因みに、一年生は二人がベンチ入り候補として生き残った。
見限られた人達は、ベンチ入り候補たちがグラウンドで練習する中、あの川沿いの遊歩道を借りてランニングメニューを行う。
彼らとは完全なる別メニューだ。
今日もその川沿いの遊歩道で【疑問】を抱えながら、足を左右に前進させる。足を踏み込むと、硬い地面からの反動を感じる。
人数は10人。
やるのは全員一年。
このメニューを始めてから四週間が経とうとしていた。
右を向くと川面が見える。川面には日差しが反射し、金色の輝きを放っている。その金色は消えては浮き上がるを繰り返す。
コンクリートでできた遊歩道には、
帰宅中の高校生、
爺ちゃんランナー、
犬を連れたおばさん、、、
様々な人がばらばら通り過ぎる。
僕たちはその人たちが通る度に挨拶をし、終われば再び走り出す。
「いやぁー、早く帰りてーわぁー。」
短いレストタイムの間、腰に手を置きながら、小田が面倒くさそうに言った。
彼は硬式野球クラブ出身で、ピッチャーをやっていた。
「帰りたい、、、帰りたいよ、、。」
僕もそれに同意する。実は僕も硬式野球クラブ出身だ。
「おい! お前らやっぞ! そういうこといってんなあ!」
中学時代キャッチャーをやっていた松田が檄を飛ばす。僕と小田以外の一年は、全員軟式野球上がりだ。ベンチ入り候補に選ばれた二人も軟式上がりだ。
ピー!!
タイマーが鳴り、再び僕らは走り出す。タイマーの笛は僕らを待っちゃくれない。タイマーには感情なんて在りはしない。時間を等間隔に区切り、知らせる。ただそれだけ。それだけ考えていれば生きていけるのだ。
僕らは何度も何度も、足を前進させる。遊歩道の『遊』の字も『歩』の字も僕らには見えない。僕らは恐らく『逃』の為にひたすら走っているのだろう。
僕らが走った距離はもうとっくに駅までの道程を超え、もしかしたら家にも着いているかもしれないが。
この川沿いトレーニングでは、野球部の規則、先輩へのマナー、グラウンドでとるべき態度なども徹底的に教え込まれる。だからこのランメニューには、一人の小さな指導者が付く。二年の大野さんだ。そして、練習後の反省会では、大野さんが今日の反省、次回の課題などを話してくれるという感じだ。
彼は右手にサポーターを付けている。
ノックで速い打球を捕球した際、変な方向に手首を捻ってしまい、怪我をしたらしい。怪我をしてから三ヶ月が経ったが、まだ治らないとも言っていた。かなり苦労している。練習後の反省会で教えてくれた。
そんな練習後の反省会で、必ず気を付けなければならない事がある。それは、話している人の目を見ることだ。つまり、大野さんの目を見るということ。
僕は何故か、5回ほどそのことで『目を見て話を聞け』と注意された。自分でもなぜ注意されているか【疑問】である。
今日こそ注意されないために、『トカゲが獲物を見つめるような微動だにしない目で、しっかり見つめてやろう!』と思っていた。
今日も練習が終わる。
薄茶色の海の上
幻想的な空が広がる
紫色の空の下
この色は終わりを告げるもの
カラスも人も帰るもの
空に大きな船が浮かぶ
船の中はどうなっているのだろう
大きな城が隠れているのか
見知らぬ世界に通じているのか
先祖たちに出会えるのか
霧に包まれている
二十万年
時を越え、
何するものぞ
人間よ。
一軍の練習が終わると同時くらいに、僕らはグラウンドに帰り、反射的に半円を作り、大野さんの話を聞く準備をしていた。
大野さんが監督に『戻った』の報告を終えた。こちらへ小走りでやって来る。僕たちの目の前に立った。
話が始まる。
「今日は、声もしっかり掛けられていたし、雰囲気は良かったと思う。あとは、どれだけ全員がちゃんと全力でできるか、そこだと思う。」
[全力でできるか]このワードが僕の頭を掠める。
「おい! 原!」
「はい。」
「ちゃんと目を見て。」
また言われた。
【疑問】が頭の中を高速で動く。
僕は本当に目を見てなかったのか?
目が動いてしまっていたのか?
余計なことは考えてないはず、
例えば
今日の晩御飯や
何のゲームをやろうかなど。
そんなことは微塵も考えていないはずだ。
いや
そもそも目を離さなかったはずだ。
彼の顔はずっと投影されていた。
今日はかなり気を張っていた。
それなのに、、、
僕は今
夕明かり
砂漠のど真ん中に立っているよう
足元にサソリがいても気付かないだろう
思考だけが
回り続ける
クルクル
クルクルと、、、、
「いや、見ていました。」
いつの間にか、そう返していた。いや、そう悟った。周りの空気が止まったのを僕の触覚が敏感に感じ取る。
彼と僕は見つめ続ける。互いの目は蠟人形のように動かない。いや、お互いが獲物を見つめる猛獣のように、睨み続けているのだ。
彼は口を結ぶ。
五秒くらい時が止まっただろうか。『空気中の粒子も血液の流れも止まっていた』と言われても何も疑わないだろう。
「まあ、注意して。」
彼はそう言った。それ以降、彼が何を話したかは覚えてないが、目だけは強い意思を持ち、動かなかった。
辺りは暗くなり始めていた。
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完全に暗闇へと移行した。
僕は静かにグラウンドの片付けをした。
その片付けも終わり、
挨拶も終わり、
監督の話も終わり、
部室に入ろうとした時だった。
「おい! お前あれはねーだろ! お前見てなかったんだろ?」
松田がそう言ってきた。後ろから頭に投石を受けたような驚きが肩を走る。
「いや、見てたけど、、、」
咄嗟に答えた。
「いや、でもお前あそこは空気読めよ。普通に『はい』って言えよ。あれはありえんわ。」
確かに彼の言う通りかもしれない。[砂時計のように、毎日止まらず、静かに、少しづつ、僕の掌を希望は流れ落ちていく。]
僕はこれ以上言い争いたくはない。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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