7話:銀の月、狼亭
「んで、ここがギルド拠点になるのか?」
ひとしきりシエラと二人で飲んで騒いだあと、俺は店の中を見渡した。少々狭いが、大所帯にする気がないのなら十分だろう。場所も程よく分かりづらいのも良い。
「そうだね。鍛冶や錬金術用の設備は付けられるし、三階は倉庫になってる。ある程度必要なことや物がここで済むようにしたい」
「なるほどな。シエラは商人だろ? ということはアイテムの仕入れとか経営とかそういうところを担当するんだな」
「とりあえずね。僕より腕の良い商人がいればすぐに交代するつもりだよ」
「そんな物好きがいるのやら……。さて……で、俺は何をすればいい?」
俺がそう聞いた瞬間に、シエラの緩みきった表情が引き締まった。
「言っただろ? 好き勝手やっていいと。僕はそのサポートをするだけさ。ああ、どうしてもと言うのなら、一つだけ仕事がある」
「仕事?」
「ああ。僕らのギルドの……名前を決めることさ」
名前か。そうだな。確かに名前は必要だ。
俺はその時ふと、この拠点に入る時に見た看板を思い出した。銀色の三日月と狼。
「……【銀の月】はどうだ」
別に【金の太陽】を意識したわけではないが、何となくだ。闇ギルドに相応しい名前だろう。
「ふふ、看板を見たんだね。僕ら狼獣人にとって月は神様みたいな物だ。だからお店を建てる時は必ず月のモチーフを入れるのさ」
「発起人はシエラだからな。良い名前だと思わないか? この拠点は【狼亭】とでも呼ぼうか」
「異論はないよ。さて、じゃあ【銀の月】のギルドマスターはまずは何をするんだい?」
「まずは、冒険者の再登録だよ」
俺はそう言って、笑った。とにもかくにも、冒険者登録をしないと依頼も受けられない。
「じゃあ、ギルド庁だね。僕はアイテムの仕入れと、この狼亭をもっと充実させられるように色々動いてみるよ。ああ、そういえばアニマもここに住むといい。どうせ今寝泊まりしているのは宿屋だろ?」
「そりゃあそうだが……良いのか?」
「何が?」
「一つ屋根の下に住む事だよ」
「……ああ。アニマが嫌でなければだけど」
「俺は宿屋代も浮くし助かるが」
「ふふふ……君はあまり獣人の生態を知らないようだ」
シエラが目を細めた。
「どういうことだよ」
「……知らないのかい?」
そう言ってシエラが顔を寄せて、俺の耳へと囁いた。
「獣人の雌は発情期になると、見境なく相手を襲うんだよ?」
その声はやけに扇情的で俺の背筋がぞわぞわと粟立った。俺が何か言おうと口を開こうとした瞬間、冷たい物が僕の唇に触れた。
「くくく……冗談だよ」
それはシエラの人差し指だった。細く、白い指が俺の唇に触れていた。シエラはふふっと笑うと、指を俺の唇から放し、自分の唇へと付けた。その仕草が妙に色っぽい。
「じゃ、僕は買い出しに行ってくる。ああ、その前に施錠魔術に君を登録しておくよ。解錠魔術でここを開け閉めできるようにね」
シエラは悪戯っぽい笑みを浮かべ、去っていった。
「からかわれたな……」
俺はため息をつくと、立ち上がった。
さて、ギルド庁へと向かわないと。
☆☆☆
無事、冒険者登録をし直した俺は、3階梯と書かれた冒険者の証であるギルドカードを見て、失笑する。やれやれだ。
「さて、まずは装備を調えないとな」
今の俺は丸腰だ。剣士スキルや攻撃魔術を使うなら、剣や触媒が必須だろう。支援魔術は触媒の質で効果が左右されないのでこれまでは護身用のナイフで十分だったが、これからはちゃんとした物を用意した方が良さそうだ。
俺はギルド庁で、依頼を早速受けていた。それは、王都の地下に張り巡らされているダンジョンでオークを10体狩ってこいという、よくあるタイプの依頼だ。大体こういう依頼はダンジョン管理局が出しているものなのだが、この依頼は個人の依頼で、しかも報酬金自体は少ないものの、銀のロングソードという今の俺にぴったりな武器が報酬品に入っていた。
今の俺ならオーク10体ぐらいは多分このナイフだけで倒せる。万が一怪我しても治癒魔術があるし……。
「うっし、今からサクッと行くか」
前の俺からすると考えられないほどの無計画さだが、それが出来てしまうほどの力があるとこうなってしまうのだろう。
俺はダンジョン管理局に早速向かい、そこからダンジョンへと入る。基本的にダンジョンには冒険者しか入れない事になっており、入るにはギルドカードを提示する必要があるのだ。
ダンジョンの入口はダンジョン管理局内にあり、厳重に管理されているが……噂によるとそこ以外にもあるとか。
ダンジョン上層は湿っぽい洞窟になっていて、スライムやゴブリンといったあまり強くない魔物しか生息していない。なのでここは駆け出し冒険者にとっては格好の訓練の場となる。見れば、駆け出し冒険者達がパーティを組んで、ゴブリンに悪戦苦闘している。
中級者ぐらいの冒険者パーティが怪訝そうな目で俺を見て、通り過ぎていく。
「この格好でダンジョンに単独潜行とか、舐めてると思われそうだな」
麻の服に軽装の革鎧、そして護身用ナイフ一本。
事実、ちょっと油断していたかもしれない。
なぜなら。
探知系と視覚聴覚強化スキルを全開にしていた俺が――
「――遊びなら帰れ。ここは神聖な戦いの場、愚弄するのは許さん」
肩を掴まれるまでその存在に全く気付かなかったからだ。
俺が手をナイフに伸ばしながら振り返ると、そこには――
黒髪ポニーテールで狐の面を被った女が、俺に刀を突きつけていた。
今回はハーレムなので、ヒロインとのいちゃつきが、私の作品にしては珍しくちょこちょこあります。
王都には、多種多様の種族が住んでおり、それぞれで信仰が違ったりします。その辺りについてもまたどこかで書ければなあと思います




