3話:最高最強の、最小のギルド
青髪の少女は、その狼のような耳を揺らしながら上目使いで俺を見つめる。背はさして高くないが、露わになっている肌着から豊満な胸の谷間が覗いており、俺は目を逸らしつつ外套を脱いで彼女に手渡したのだった。
少女は遠慮無く俺の外套を羽織ると、ゴソゴソと気絶している男の懐を探り始めた。
「ちっ、ろくなもん持ってないなこいつ。やれやれこれだから貧乏人相手の商売は嫌なんだ」
「あ、いや、それは追い剥ぎだろ」
「ローブを破られたからその弁償代ぐらいは貰ってもいいだろうさ。ああ、そういえば言い忘れていた。僕はシエラ、しがない商人だよ。見ての通り、狼獣人だ」
狼獣人の少女――シエラはその男の財布の少ない中身をポケットに入れた。俺はそれを見てため息をつく。やれやれ、ただのか弱い少女ではなさそうだ。
「俺はアニマだ」
「アニマね……髪色からして南方系の血が入っているね。それにさっきの身のこなしと支援魔術。相当な腕前の冒険者か傭兵か、はたまた後ろめたい職種か。いずれにせよ有能である事には変わらなさそうだ。こんな場所で得体も知れない少女を見返りなく助ける辺りは、ちとお人好しが過ぎるけどね。おっとそれとも見返りはこの後に要求されるのかな? 怖いねえ」
おー、よく喋る子だ。ペラペラと喋りながらも、油断なく俺の動きを見ている。おそらく、変に動けばすぐに逃げるつもりだろう。獣人だから、ある程度身のこなしは軽いはずだ。
「親父が南方出身だよ。別に見返りなんざいらん。ただの気紛れだ」
「気紛れで人助け、とは随分と傲慢だね。ま、僕はそういうの嫌いじゃないよ。ああ、そうだ。この男に売ったマジックポーション、本来なら2000ユールだがアニマには特別感謝価格で一本1000ユールで譲ろうと思うが、どうだい?」
そう言って、シエラが気絶している男から回収した、紫色の液体の入った小瓶を俺に差し出した。
「シエラ……詐欺をするなら、もう少し上手くやれ。それ、マジックポーションじゃなくて染料で色を付けた、ただの水だろ」
俺がそう指摘すると、シエラが目をまん丸に見開いた。やっと年相応の顔付きになったな。まあ、獣人は年齢が分かりづらいので、十代後半ぐらいという俺の読みが合っているか謎だが……。
「はは……いや、凄いね。見ただけで分かるんだ」
前のギルドで散々、物資補給の雑務をやらされたからな。冒険者に必須のポーションやら何やらを見分けるのは嫌でも得意になる。
「マジックポーションはもっと濃い紫色だし、液体にもう少し粘性がある。素人ならともかく冒険者ならすぐに見抜くぞ」
「なるほど。やれやれ、僕もこんな、まがい品は売れないと言ったんだけどね」
シエラがそう言って、肩をすくめた。
「じゃあ、俺は行くぞ」
さっさとギルド庁に行って再登録しないと。その後は一人でこなせそうな依頼でも探すか。
「待って待って! さっきの口振りからするとアニマは冒険者かい?」
「冒険者だった、が正解だな。ギルドを追放されたから、今から単独の冒険者として登録し直しだ」
俺の言葉にシエラが反応する。その表情は、まるで獲物を見付けた獣のようだ。
「ねえ、アニマ。提案があるんだけど」
「却下だ。どうせろくなもんじゃないだろ」
こんな見ず知らずの少女の提案なんて怪しすぎる。
「いやいや、そんな大した事ではないんだ。実は僕、ギルドを設立しようと考えていてね。ところが、有力な冒険者はこんな小娘の作るギルドに入ろうなんて思わない」
「そりゃそうだろう。言っておくが俺はもう他人の為に働くのは止めたし、俺は俺の力を俺の為にしか使わない。今助けたのも自己満足の為だ。だから礼もいらん」
俺の言葉を聞いたシエラが目を輝かせ、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「それだよ!! やっぱりアニマは僕の考えるギルドに相応しい!!」
「はあ?」
「僕は、常々疑問だったんだ。なぜ大手ギルドは皆、無駄に戦闘員を増やしたがるんだろうと。これはもう無駄の極みだろ? 商売をするならともかく、冒険者ギルドは言わば戦闘のプロフェッショナルだ。だから、強さを求めるのは結構だが、商人も鍛冶屋も入れず、ただ馬鹿みたいに金がかかる中途半端な戦闘員ばかり入れる」
「まあ、確かにそれはその通りだな。おかげで前のギルドでは雑務は全部俺がやっていたよ。武具の維持費や治療費も馬鹿にならんのだが、気にすらしない」
「アニマはギルドの業務もできるのかい!?」
「え? ああ、まあ大体全部俺がやってたし」
「素晴らしい……アニマ、君は素晴らしい! 強い上にそういう事まで出来るのか! 君はやっぱり僕の理想のギルドにぴったりだ!!」
シエラが大興奮といった感じで、はしゃいでいる。飛び跳ねるせいで、スカートの中に隠していたであろう青いフサフサとした尻尾が白い太ももの間から見えているぞ。
「なんか知らんが、俺はもうギルドには入らないぞ」
「もちろんだとも! さあ、行こうかアニマ。君がどこか既存の野暮ったいギルドに入るなんてそんな勿体ない事は僕がさせないさ!」
シエラが俺の手を掴むと、そのままズンズンと路地裏を進んでいく。
その白く小さな手はひんやりとしており、少しだけ俺はドキッとした。
そのせいで、俺は一度その言葉を聞き逃してしまう。
「――のギルドを作る! そしてそれをまとめあげるギルドマスターはもちろんアニマだ!」
「ちょい待て。何を作るって?」
俺がそう聞き直すと、前を行くシエラがこちらへと振り向く。
その顔には――惚れてしまいそうなほど素敵な笑みが浮かんでいた。
「何って? そりゃあ勿論……他者を顧みない、援護も支援も名誉もクソ食らえだって言う、選りすぐりの精鋭――この大陸最高最強のメンバーだけで構成した最小のギルドだよ!!」
というわけで、アニマさん何やら壮大な計画に巻き込まれつつありますね