23話:受付爺
「立ち話も無粋でしょう。……ここの後始末については既に暗部を手配しておりますので」
そう、その爺さん――レガートが言うと、スタスタと狼亭の方へと歩いていく。
「え、いや、えーっと」
……暗部という名前。ギルド局員という肩書き。俺は、おそらくアンダンテが寄こした橋渡し役が、このレガートだという事に気付く。
「やれやれ……」
俺は、諦めてレガートの後についていく。謎の爺さんに対して戦闘態勢になっていたアスカとテトが、俺の姿を見て、武器を下ろした。
「ふむ……確かに武力に関しては問題なさそうですな」
レガートが二人の姿を見て、目を細めた。
「師匠……この御仁は? 油断ならない雰囲気を纏っているが……」
「味方だよ……多分ね」
レガートが微笑みを浮かべ、店舗の前に立つと、看板を見上げた。その顔にはなぜか郷愁を感じさせるような表情が浮かんでいた。
「看板もまだ残していたとは……」
すると、扉が開いた。
「無事、撃退したかい……え?」
出てきたのはシエラだった。静かになったので出てきたのだろうが、目の前にレガートがいて、目をまん丸にしている。
「レガート……?」
あれ、知り合い?
「久しぶりですね……シエラ嬢」
「レガート!! 生きていたのね!!」
シエラが満面の笑みを浮かべ、ぴょんぴょん跳びはねていた。あれは、本当に嬉しいときにしか出ない仕草だ。
「知り合いか?」
俺がそう声を掛けると、レガートとシエラが同時に頷いた。
「ええ。詳しい話は、中で」
シエラが嬉しそうにレガートを迎え入れた。あんな態度を他人に見せるなんて珍しい。
なぜか、少しだけ嫉妬している自分がいて、俺は笑ってしまった。
「やれやれ……」
こうして、ブリオ達による襲撃は被害なく終わったのだった。
☆☆☆
狼亭、一階。
レガートがまるで勝手知ったるとばかりにカウンターの中に入り、まるで魔法のように全員分の飲み物を一瞬で作った。
ちゃんと、アスカとテトにはアルコールが入っていない物を用意する辺り、流石である。
「さて……まずは、改めて自己紹介させていただきましょうか。私はレガート。アンダンテの命により、皆様に助力するように仰せつかっております。つまり、ギルド庁の職員と思っていただければ幸いです」
「なるほど。とりあえず歓迎するよ。俺ら……については自己紹介する必要はなさそうだな」
アスカが酒を飲めない事まで知っているのだ。不要だろう。
「マスターは察しが良くて助かりますね」
レガートがそう言って微笑んだ。テストは合格かな?
俺の隣に座るシエラがウキウキして俺とレガートのやり取りを見ている。
「当分の間、私が皆様に依頼を斡旋する受付嬢――この場合は受付爺ですな――としてこちらのギルドに所属する形になります。ま、表向きは、ですがね」
受付嬢。
それはギルド庁の職員であり、厳しい試験を合格した者のみがなれる、王都の女子の憧れの職業の一つだ。彼女達は当然ギルド庁の受付に立つ事もあるが、ほとんどの者が各地の街や村、もしくはある程度の規模となった各ギルドの専属依頼斡旋人として派遣される。
ちなみに、【金の太陽】には受付嬢がいなかった。ブリオがその僅かな派遣料をケチったからだ。
「なるほどね。実際に依頼も斡旋してくれるのか?」
「もちろんですとも」
「アニマ、心配する必要はないぞ! レガートは優秀な上に強いし、料理も上手だ!」
シエラが嬉しそうにそう言うので、俺は二人にどういう関係なのか問うた。
「ああ、そっか。そこはまだ言っていないのか。レガートも人が悪い。彼は……【冥王】の元メンバーだよ!」
「Sランクギルドの時のか」
「そうとも! この店も父さんとレガートが建てたんだ。それに13階梯の冒険者でもあるんだぞ!」
なるほど……道理で強いわけだ。あの影達を倒した一撃ですら、実力を全て出していないように見えたし。
「もう冒険者は引退しましたよ。今はしがないギルド庁の使い走りです」
「あんた……暗殺者か」
持っている仕込み杖や、雰囲気でなんとなくそう感じた。俺の言葉にアスカが頷いている。彼女も何か感じるところがあるのだろう。
「その通りですマスター。さて、昔話をしたいところですが、今はそれよりも……」
レガートが俺の腰にある銀のロングソードを見つめた。
「【冥王】の話をしようか」
俺がそう言うと、レガートが頷いた。その為に彼が派遣されてきたのだ。
「ええ。残念ながら、めぼしい情報はあまりありません。ですが、先ほどの襲撃に交じっていた影達は……間違いなく【冥王】の手先です。【星影】と呼ばれる暗部ですな。奴らが動き始めたということは……おそらく何かを企んでいるのでしょう」
「なぜ、【冥王の徴】を集めているんだ? 言うなれば、紋章が付いているだけの物だろ?」
「象徴的な物を必要としているのかもしれません。もしくは……いえ、これ以上は憶測なので今語るのはやめておきましょう」
レガートがそんなことを言い出すので、俺は首を横に振った。
「それも教えてくれ。憶測でもいい」
実はそれが真実だったりするパターンがあるからな。俺がそう言うとレガートは少し躊躇ったものの、口を開いた。
それは、あまりに荒唐無稽で、信じがたい話だった。
「……かつての【冥王】を……至高にして最強だったギルドを……そしてそこに所属して一騎当千の古強者を――文字通り、復活させようとしているのでしょう」
1章の敵が見えてきましたね。更なるヒロイン、展開、山場が続きますので、お付き合いいただければと。
 




