18話:交渉成立
「カロン……聞いたことないな」
俺の言葉を聞いてシエラが震えているのが分かる。その俺は優しく、でも力強く手を握り返す。
「俺達が王都に来る前に闇に潜んでしまったからな。それからはずっと影も形もなかったんだが」
「二年前ね」
二年前。アスカの兄が行方不明になった時期と重なる。
アスカによると、アスカの兄はどうやら【冥王】に所属していたらしい。時期的に考えて闇ギルドになったあとだろう。おそらくは用心棒か何かとして雇われたのかもしれない。だから、アスカは【冥王】という言葉を知っていたのだ。
「ギルド庁のお偉いさんは危険視していないが、俺は近々何かが起こるんじゃないかって気がしてるんだ」
アンダンテの言葉に俺は頷いた。俺の身近で、三人も冥王に間接的に関わっている人間が集まった。偶然にしては出来すぎだ。
「……これを見てくれ」
銀のロングソードを腰のベルトから外すと、アンダンテと俺達の間にあるテーブルの上へと置いた。
「――【冥王の徴】か」
アンダンテが眉間にしわを寄せた。まるで厄介者を見るような目付きだ。
「ああ。これを偶然入手した上に、これを持っているが為に襲撃を受けた。どうやら、この【冥王の徴】を集めているようだ」
「……最近、そういう噂をよく聞く。〝冥王が還ってくる〟という言葉と共に、王都中、大陸中に散らばった【冥王】の残滓……彼らの武具やかつて所属していた冒険者達が王都に集結しているとか。それをどうやって手に入れた?」
「依頼だよ。その報酬にあった。まあ、見てくれ」
俺はそう言ってギルドカードを取り出してアンダンテに渡した。このギルドカードには特殊な魔術と魔導技術が使われており、受けた依頼の記録が全て保存されている。
アンダンテはテーブルの脇にあった読み取り機を使うと、水晶でできた板に映る文字列を読んでいく。
「オーク10体の依頼か。どうみても罠依頼だな」
「ああ。アホなことに、何も考えず受けてしまった」
「お前は、昔から有能な癖にたまにそういうミスをするよな……まあそこが良いんだが」
アンダンテが笑いながらそう言って俺にカードを返す。うるせえ、ほっとけ。俺は苦笑を浮かべるが、隣でシエラがようやく笑みを浮かべてくれたので良しとしよう。
「で、俺がここに来た用件、その二だ。この依頼の依頼主についての情報が欲しい。【冥王の徴】であると分かっていて報酬品にしたのかどうか。もしそうなら【冥王】に繋がっている可能性がある」
「……アニマ、悪い事は言わん。【冥王】に関わるのは止めとけ。せっかく、そんな可愛い恋人もいて、新しいギルドを立ち上げたんだ。わざわざ危険なことに首を突っ込む必要はないだろ」
「こ、恋人ではな! い……です」
シエラが突然声を上げた事に、自分でも驚いており頬が少し赤く染まっている。
「ギルドの仲間だよ。邪推するのはお前の悪い癖だぞアンダンテ」
「悪い悪い。いずれにせよ、基本的に依頼主について冒険者に教える事は出来ない」
トラブル防止の為であり、冒険者と依頼主、双方の為に間にギルド庁が入っているのだ。そう簡単に教えてくれない事は予想済みだ。
「アンダンテ、お前も【冥王】については手駒を動かしているんだろ? こちらも【冥王】に繋がりそうな点が三つほどある。協力しないか? 俺も【冥王】とやらを何とかしないと枕を高くして寝れないんだ」
「お前の闇ギルドと協力しろと?」
「そっちのが都合が良いだろ?」
隠し事をするには持ってこいだ。なぜなら書類上は存在しないのだから。
俺がそう言うと、アンダンテが押し黙った。こいつが押し黙る時は、大体、許諾したという証拠になる。決裂であれば、とっくに言葉の羅列で否定されているはずだ。
それが分かるぐらいには、俺とアンダンテの関係は長い。
「――良いだろう。ただし、条件が一つ。俺の部下、いや部下でもないな……なんだろうな……説明し辛い……とにかく、一人、橋渡し役をそちらに付けたい」
「おいおい、俺の事を信用してないのかよ。監視なんていらんぞ」
「そうじゃねえよ。俺だってしたくはねえけど、そうした方が一番上手く行くんだよ……まあすぐに分かる」
なぜかアンダンテが言葉を濁している。どういうことだ。
俺はシエラへと向くと、彼女は思考した末に、無言で俺に頷いた。
「じゃあ、それでいこう。こっちで手に入った情報は渡すから、そっちでも分かったことがあれば教えてくれ。あと、武力が必要なら、任せろ」
「ほお? 珍しいなお前がそんな事を言うなんて。ああ、そういえば聞いていなかったな。なんて名前のどんなギルドなんだ?」
アンダンテがそう聞いてきたので俺とシエラは顔を合わせニヤリと笑うと、声を揃えて答えた。
「【銀の月】――最高最強の、最小のギルドさ」
ギルド庁非公認公式闇ギルドという謎の状態に。




