17話:その悪魔の名前は
テトとアスカが【銀の月】に加入してから数日が経った。
この間、何をしていたかというと、拠点である狼亭の改装と整理だ。
アスカは数着の着替えと細々とした日用品しかなく、すぐに常宿を引き払ってここに移ってきた。ただし、どこからか持ってきた武器のコレクションを部屋に置いており、日々刃物が増えている。
テトはもう棺桶街に戻りたくないようで、俺が日用品や服を買ってあげた。シエラはちゃっかりそれに使った金額分の借用書をテトに渡していたが。
まあ、出世払いで構わないさ。
そうやってそれぞれが住む部屋を掃除したり整理したりしているうちに、数日が過ぎてしまったのだ。勿論その間俺もボーっとしていたわけではない。
「今日だっけ? ギルド庁に行くの」
「ああ。ようやくアポイントが取れた。ったく、もったいぶりやがって」
「僕も付き合って良いかい?」
「もちろんだ」
というわけで俺とシエラはギルド庁にやってきていた。
テトは、拠点に残って掃除や洗濯などの家事諸々をするそうだ。俺はそんな事はしなくて良いと言ったのだが、どうやらテトは家事全般をするのが好きらしく、喜んでやっていた。ちなみにシエラとアスカは家事については自分の分を最低限することしか出来ないようで、正直助かっている。
日に日に明るくなるテトに俺は癒やされていたが、時々、剣呑な雰囲気を出す事があるので、たまには発散の為にダンジョンに連れて行ってあげる必要があるかもしれない。
アスカは、今日もダンジョンに潜って依頼をこなしていた。修行と金稼ぎの両方が出来て、良いんだとか。新人冒険者達に決闘を挑まないように何度も言ったので、まあ大丈夫だろう。
俺はギルド庁の受付のお姉さんに声を掛けた。
「今日の10時からアンダンテ氏とアポイントを取っている、アニマだ」
俺はそう言って、ギルドカードを差し出した。
「確認いたしますね」
そう言って、お姉さんがギルドカードを魔導具であるカード読み取り機に通した。内部に保存されている情報を確認して、微笑むとカードを返してくれた。
「では、二階の五番会議室へどうぞ」
「ありがとう」
俺がシエラに目配せすると、シエラが無言で頷いて俺の後に付いてくる。ちなみにシエラは帽子を被っているしロングスカートで尻尾を隠していた。
王都は多種多様な人種が住んでおり、勿論獣人も一定数いるのだが、やはり目立つ事に変わりない。シエラは外出する時はなるべく隠しているそうだ。
俺とシエラが指定された会議室で待っていると、扉が開いた。入って来たのは、俺と同じ歳ぐらいの青年だ。金髪碧眼の優男風だが、この若さで国家機関であるギルド庁で課長補佐まで上がる程度には有能だ。
「久しぶりだな、アンダンテ。ちょっと老けたか?」
俺は目の前に座った優男――アンダンテにそう親しげに話しかけた。
「それはこっちのセリフだよアニマ。おや……おやおやおや? その子は?」
アンダンテが興味深そうにシエラを見つめた。シエラが帽子を脱いでぺこりと頭を下げた。
「シエラです。アニマさんのギルドで経営を担当しています」
「俺は、アンダンテだ。こいつとは同郷でな、一緒にこの王都へとやって来たんだよ。しかし、アニマお前、【金の太陽】を追放されたって本当だったのか」
信じられないとばかりにアンダンテがそう聞いてくるので、俺は正直に答える事にした。
「本当だよ。で、シエラと新しいギルドを立ち上げた。と言っても登録申請してないけどな」
俺が笑ってそう言ったのを、隣で聞いていたシエラが無言で驚いていた。耳がせわしなく動いているので、分かりやすい。そりゃあ、ギルド庁の職員の前で闇ギルドを作りましたと言えば具合が悪いだろう。
「心配するなシエラ。こいつは俺の悪友でな。弱味を握っているから全部話したところで、何もしないさ」
「おいおい、それはこっちのセリフだぜ。お前四年の事、バラすぞ?」
「それは勘弁してくれ。まあ冗談はそれぐらいで、もうあれこれ人間関係で苦労するのは懲りた。だから好き勝手やろうってな」
「犯罪だけはすんなよ。お前に限ってはしないと思うけど」
ため息をついてアンダンテがそう言ってくれた。よし、これでこいつ公認になったぞ。
「勿論だ。それで、今日来た理由だが――まず一つ、【冥王】について教えてくれ」
俺が冥王という言葉を発した途端に、アンダンテの雰囲気がピリついた。
「……冥王は七年前に解散した」
「表向きはだろうが」
「以降、ギルド庁は一切その動向に関知していない。だから教えてくれと言われてもな」
「俺が思うのに、近々何かしらの動きがあるんじゃないか?」
「はあ……ったくどこで仕入れた情報だ?」
アンダンテが諦めたような顔で語り始めた。
「いいか、お前だから信用して話すが、ここから先は一切他言無用だ。……闇ギルドとなった【冥王】はずっとギルド庁の暗部で監視してきた。ここ数年は表立った動きはなかったが……二年前から何やら動き始めてな。どうやら……奴が戻ってきたようなんだ」
「奴?」
隣でシエラが身体を硬直させているのが分かった。俺はソッとその手を握った。
アンダンテがチラリとこちらを見て目を細めると、口を開いた。
「ああ。Sランクギルド【冥王】を崩壊へと導き、そして闇へと堕とした張本人さ。その名は――カロン。最低最悪の悪魔だ」
どうでもいい裏話ですが、この作品にでてくる男性の名前は大体音楽用語から取っています。意味を調べたら、キャラが分かる……かも?




