10話:棺桶街
俺はダンジョン管理局の受付で依頼達成の証としてオークの牙を納品した。便利な事で、ダンジョン内で完了する依頼の報告はここで行えるのだ。
「確かに、10体分確認出来ました。更に追加で6体倒していますので、当局からも報酬金を上乗せしておきます」
受付のお姉さんがそう言って、報酬金を渡してくれた。ふむ、オーク10体+ボーナスで5000ユールはまったく割に合わないがその代わりに……。
「こちらもどうぞ」
受付のお姉さんが、布に包まれた一本の剣を差し出した。今回の依頼のメイン報酬である銀のロングソードだ。市場価値で言えば、軽く5万ユールはする代物だろう。
それを手に取ってみる。剣なんてろくに握った事がないのにしっくりと手に馴染む。良く見れば、柄も鞘も使い込まれているのが分かった。抜いてみると、綺麗に研がれた銀の両刃が輝いている。刀身の根元と柄に見慣れない紋章が刻まれているのが少し気掛かりだが……。
「アニマ様、大変助かりました。この依頼、実は二年前に依頼が出されたっきり、ずっと放置されていたんですよ」
受付のお姉さんが突然そんな事を言いだした。
「放置?」
「ええ。一応依頼の期限が切れる三年の間は掲示しているのですが、誰も受けなくて」
まあ、一見するとわりに合わない依頼だからね。オーク10体狩る依頼ならもっと報酬金が高いものがあるし、銀のロングソードも必要とする者が限られてくる武器だ。
銀は良い魔術触媒となるので、遠近ともに対応出来る銀のロングソードはかなり便利な武器なのだが、魔術も剣技も使いこなせる者は少数しかいない。だからこの依頼が放置されていたのも無理はないだろう。
俺は、一瞬依頼主が誰か聞こうか考えたが、やめた。知ったところで何になるわけでもないしな。
「しかし師匠よ、中古品で良いのか?」
「構わないさ。状態も良いしな」
冒険者の命とも言える武具を、手放してでも依頼を出したいという冒険者あるいは元冒険者は案外多い。仇討ち、怨恨、逆恨み……まあ色々理由はあるが、さてこの依頼主はどういう気持ちでこのオーク10体討伐という依頼を出したのだろうか。
俺は銀のロングソードを鞘に戻し腰のベルトに差した。ずしりと重いその感覚が安心感を生む。
「さてと、とりあえず一旦拠点に戻ろうか。そういえば俺が勝手にメンバーを勧誘して良かったのか聞き忘れていた」
「ほお、もう拠点があるのか。まあ師匠がギルドマスターなら私はどこでも文句ないが」
アスカは俺の勧誘にあっさり首肯した。詳しい話はしていないが、俺がシエラの受け売りであるギルドのコンセプトを話すと、目を輝かせたのだ。
「ふふふ……一騎当千、孤軍奮闘、孤立無援……全部私の好きな言葉だ」
「孤立無援はあまり良い言葉じゃないだろ」
「だが、事実だ。今は師匠がいるから違うが」
そう言って微笑むアスカを見て、俺は頭を掻いた。さて、シエラになんと説明しようか……なんて考えながら、裏通りを進む。
「師匠」
「なんだ」
「……大変言いにくい事があるのだが」
「なら言わなくていいぞ」
「……迷っているのでは?」
……。狼亭の場所、どこだっけ。
俺はアスカに答えずに、あてにならない記憶を頼りに入り組んだ路地を進む。んー、こっちだったような。
と、彷徨っていると、何となく陰気な雰囲気の通りに出た。
「師匠……私は王都の土地勘があるわけではないが……ここだけは分かる」
その狭い通りには黒く塗られた窓のない建物が並び、人どころか、ネコ一匹歩いていない。どことなくカビ臭いし、心なしか空気も冷たい気がする。まるで……墓場にいるような感覚に陥ってしまう。
そんな場所は、王都広し言えど一つしかない。
「【棺桶街】か……話には聞いていたが、こんなところにあったのか」
【棺桶街】……それはこの王都で最も不吉で、忌み嫌われている場所だ。ここの住人達もダンジョンに潜る者という意味では、広義で冒険者に分類されるのだが、彼らは決してギルドには入らないし、当然パーティも組まない。
なぜなら、彼らはとある事を専門としているからだ。
「師匠……ここは死体漁り共の住処だぞ」
「ああ。戻ろう」
ダンジョンには、無数の死体が落ちている。
あるいは魔物に襲われて死んだ者。あるいは、トラップにやられた者。もしくは……冒険者同士のトラブルで殺し合いに発展し、殺された者。
そんな冒険者の屍がダンジョンにはゴロゴロ転がっている。勿論仲間がいれば、死体は持ち帰られるかもしれないが、大体の場合においてそれどころではない事がほとんどで、死体はそのまま放置される事が多い。
ダンジョン管理局によってダンジョン内のルールはある程度定められているが……ダンジョンの死体、および遺留品については基本的に見付けた者、拾った者に所有権が帰属するのだ。
ゆえに、冒険者が身に付けている貴重な装備品や装飾品を求めて、ダンジョンに潜る事を専門とした者達が現れるのも必然だった。
死体を漁り、それで得た品を売って日々の糧とする彼らは、侮蔑の意味も込めて死体漁りと呼ばれており、普段はあまり人目の付かない、日陰に住んでいるという。
そう、まさにこの【棺桶街】はそういった者達が寄り合って出来た街なのだ。
死の匂いが――立ちこめている。
「私も、兄を捜す為に何度かここに足を運んだが……無意味だった。会話にすらならない」
「そうだろうな。彼らは決して他者と交わろうとしない。生者に興味なんてないんだよ」
こんなところに用はない。俺は急いで元来た路地に戻ろうと背を向けた。
しかし、その瞬間、背後から冷たい風が通り過ぎる。
「……死体は好き。だって……痛いことしないもの」
俺は背中に走る悪寒と共に振り返りながら銀のロングソードを抜刀。隣でアスカも同様に腰に差していた刀へと手を置いた。
そこには背の低い、ボロボロのローブを纏った幼い少女が立っていた。まだ十代前半だろうか? 銀色のショートカットの下には、病的に白く、そしてゾッとするほど美しい顔があり、赤い瞳が怪しく光っていた。
だが何よりも異彩を放っていたのは、その小さな手に握られている……無数の骨を組み合わせて作ったような歪な大剣だ。
殺気と死の瘴気を撒き散らすその少女が大剣を構えると口を開く。
「じゃあ……その剣……貰うね」
少しずつ、設定を開示していくスタイル。死体漁り達は冒険者に忌み嫌われており、ダンジョン内で遭遇してもお互いに干渉しないのが暗黙の了解ですが……中にはやべえ奴らもいます。
しかしそう考えるとソウルシリーズの主人公はほぼ全員死体漁りですね。あ、最後に出てきた骨の大剣はまんま【墓王の剣】的なビジュアルです。
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