8 騎士ガールの新生活
幸い良い天候が続き、5日後には、ゲルドヴァスティ王国の王宮に到着した。
イリナとカールロは、学園が始まるまでは、王宮で過ごすことになっている。学園が始まれば、寮生活だ。二人は初めての自立生活も、楽しみの1つであった。
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ゲルドヴァスティ王国の学園の制服は、イリナには嬉しい工夫がされていた。普通、女子生徒の制服は、ワンピースで裾はくるぶしまである。しかし、騎士を目指している女子生徒の制服は、裾が膝より短くしてあり、濃い目の色のズボンがついている。学園内で帯剣は許可されていないが、動きやすさを求める女性騎士希望者にとっては、とても嬉しい配慮であった。イリナは、もちろん女性騎士用の制服を選んだ。
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学園が始業日になると、イリナもカールロもとても忙しい日々であった。
カールロはもちろん、イリナにもすぐに友人ができた。イリナは、この制服のお陰だと思っている。イリナは、テルヴァハリユ王国では、騎士を目指す女の子の友人は一人もいなかったので、そういう友達ができることは嬉しいことであった。同じ目標、同じ悩み、同じ鍛錬を積む女の子たちと、距離を縮めるのに時間はかからなかった。
そして、スカートを履く女子生徒たちにとっては、ズボンを履く女子生徒たちは憧れの象徴で、下手すると男子生徒よりモテるのだ。そういうこともあり、スカートを履く女子生徒たちにも、イリナはすぐに受け入れられた。
さらに、男子生徒には、イリナの剣技を見た生徒が発生源で『舞姫』と呼ばれ、憧れと対抗心と少しだけの下心などで、こちらに受け入れられるのも、早かった。
カールロは、持ち前の明るさで、男女問わず人気があるのは、昔からなので、特に記述するべきこともない。
イリナとて、性格は明るくみなに平等だし、自分の優秀さを鼻にかけたりしないので、すぐに友人ができることは間違いないのだ。制服のお陰で数日早まったにすぎないのだ。イリナはまだ自己評価が低いままのようだ。
二人は、武術の鍛練はもちろん、社交も行った。社交としての交流では、武術の交換留学をもっと行う方向で話が進んだり、他にも芸術などの交流をしたいと、学生ならではの発想も出た。
休日には、友人たちと市井に出かけたり、森に狩りに行ったりもした。二人はこの国では、顔を知られていないし、両親の立場も気にしなくていいため、下位貴族のように自由になることも可能であったのだ。
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アルットゥとオイビィは、まずは生徒会を立ち上げ、夏のイベントから企画した。イリナとカールロも、もちろん協力した。生徒会が、扱える予算として、テルヴァハリユ王国の生徒会を参考にした。イリナは、計画の発想から話し合いの内容まで、できるだけ書き留めるようにしていった。テルヴァハリユ王国の生徒会のように歴史があれば、前年度までの決定計画案だけで充分であろうが、何もないゲルドヴァスティ王国の生徒会にとって、考えるきっかけになったことまで、あった方がよいだろうとイリナが考えたからだ。
ゲルドヴァスティ王国の学園は、貴族だけの学園だったので、将来役に立つ企画ということで、ダンスパーティーが行われることとなった。初めてのなので、予算の算出にも不安があり、今回は飲み物のみにした。それでも、王城に借りる衛兵や王宮に借りる楽団、着替えのメイドの貸し料金など『学園の企画だから無料で貸してもらう』ではなく、しっかりと料金を支払うことにしたので、予算は8割方使うこととなった。
その中でも、受付を生徒がやったり、給仕はテーブルまでで、そこからは自分で持っていき自分でテーブルに片付けるなどして給仕係の人数を減らすなど、予算を使わなくともできる工夫はしていった。
イリナはアルットゥとカールロはオイビィと参加し、とても盛り上がった。
このパーティーに、国王陛下と宰相が、学園の視察に訪れ、イリナの残した議事録や決定計画案などを読み、当日に見学にも来た。
「金をあるだけ使うのではなく、きちんと予算を決め、その中で工夫しようとするのは、大変素晴らしい。文官になるための練習にもなるだろう。生徒会というものの発足を許可し、しばらくは、全面的に協力するゆえ、わからぬことは、文官などに聞くといい。」
後日、学園長を通して、国王陛下の言葉が発表されたため、生徒会役員希望者が殺到した。アルットゥとオイビィは、これに慌て、急遽募集に決まりを設けた。
『あくまでも生徒会は課外活動であり、成績が疎かになるようでは、問題がある』
希望者の中から、二年生の上位者4人、一年生の上位者2人とし、アルットゥ、オイビィ、イリナ、カールロは、あくまでも初年度相談役とすることにした。
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そんなある日、イリナとはクラスの違う、ゲルドヴァスティ王国の公爵令息の男子生徒が、イリナをお誘いに来た。学園でも有名な容姿端麗、文武両道、清廉潔白な男子生徒であった。
その彼が、教室に入って来ただけで、黄色い声が響いた。
「イリナ嬢、明日、僕と1日付き合ってもらえないだろうか?」
スマートな仕草で、満面の笑みをたたえて、イリナにデートを申し込んだ。
「イリナ、もちろんイエスと言うのよ」
「イリナ、羨ましいわぁ」
「ああ、ステキ!王子様のお誘いなんて夢を見てるみたいだわぁ」
イリナの周りにいた女の子たちは、イリナの袖を引いたり、肩をトントンとたたいたりと羨ましくて冷やかしていた。
「え、あ、はい」
イリナはまわりに冷やかしに流されて、何も考えず反射神経のように返事をしてしまった。
「ありがとう、嬉しいよ。では、明日、10時頃、寮の前に迎えに行くね。では、また、明日ね」
殺傷能力がありそうな笑顔で去っていった。その笑顔を目の当たりにして気絶した女子生徒もいたほどだ。だが、残念ながら、イリナには、蚊が刺したほどの能力も発揮しなかったようで、まわりに向かって困り顔をしていた。
冷やかしていたクラスの友人は、ガックリと肩を落とす。
『こんなに美人なのに、なぜ男女のことに疎いのだろう?でも、無理矢理にでもデートをオッケーさせてよかったわ!きっとこれでイリナも目覚めるはずだわっ!』
誰もが抱く疑問であったし、誰もが望むことであった。
女性騎士が認められているこの国では、武術の世界の女の子だからといっても、恋愛には普通の女の子なのだ。
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翌朝、朝食を寮で食べたイリナの友人たちは、当たり前のようにズボンを履いているイリナをひんむいて、イリナ唯一のワンピースを着させた。髪は、サイドをみつ編みにし、真ん中に友人のバレッタで止める。いつも、ポニーテールのイリナにとっては、襟足がくすぐったい。
寮の前には、男女問わず、見物人がたくさんいた。そこに、ワンピースを着て髪を下ろし、薄く化粧をしたイリナが現れたのだ。男女問わず、息を呑んだ。イリナの友人たちは、それだけでガッツポーズしている。
迎えの馬車から降り立った公爵令息は、まわりの様子にびっくりしたが、イリナの姿を見て、一瞬の沈黙の後、イリナの側に来て、イリナの手を取る。
「イリナ嬢、今日の貴女を独り占めできるとは、何たる幸福だろう」
そう言って、イリナの手に口づけをした。まわりの女子生徒から黄色い声と倒れる音がする。さすがのイリナでも、これには赤面し、思考停止のまま、馬車へとエスコートされた。
馬車で向かったのは、公園であった。花壇が程よく整備された園内を、おしゃべりしながら、散歩をした。それから、市井へと向かい、若者が利用する喫茶店のオープンテラスへとエスコートされる。どうやら予約していたらしい。
「君の好みがわからなかったから、魚と肉を一つずつ頼んであるんだ。どちらが好みかな?」
「じゃあ、お肉をもらいます」
イリナを優先するのもさりげない。食事中の会話も楽しかった。
食事の後に、市井をブラブラして、『今日の思い出に』と、手頃な値段のバレッタをプレゼントしてくれた。
イリナにとって、騎士団長の娘として扱われないのは、初めてのであった。公爵令息なのに、無理に高い料理店や宝石店に、行かないところは、本当にイリナの好みであった。きっと、今までイリナを見てきてくれて、今日のプランを考えてくれたのだろう。
一月後のデートは植物園だったし、さらに一月後のデートは王立図書館だった。いつもとても楽しかった。
友人たちは、イリナを質問攻めにする。イリナが公爵令息がしてくれたことを話すと、黄色い声が飛ぶ。イリナがデートから帰るとお約束事だ。
一通り話をして、みんながイリナの部屋から帰っても、ルイーズは、残っていた。ルイーズは、一番最初にこの国で友達になった騎士希望者の女の子だ。
「ねえ、イリナ、もしかして、彼のこと気に入ってないの?」
ルイーズは、イリナの目が楽しそうでないことをずっと気にしていた。
「ルイーズ、そんなこともないのよ。いつも私のことを考えて、私のやりたいことをやってくれるわ」
「じゃあ、どうして?」
「んー、私には、彼が見えてこないのよ」
イリナが困まり顔で無理に笑った。
「どういうこと?」
「あのね、彼が何をしたいのか、彼が何を食べたいのか、彼が何を言いたいのか。彼が話していることもやっていることも喜ぶのは私で、彼ではないわ」
ルイーズは、そこまで尽くされていて何が不満なのか全くわからない。ただ、イリナにとっては、不満なのだから、しょうがない。
「そうなのかしら?彼はあなたが喜ぶことをしたいでは、ダメなの?」
まるで、トンチゲームのような様相を呈してきたが、ルイーズがイリナを理解したいと思っている気持ちは本物である。
「そうね。そこに、彼も楽しみを見つけてくれるなら、それでいいのだろうけど」
イリナ自身も自分の気持ちを測りかねている。ただ、ドキドキとか、きゃあきゃあとか、みんなが思っているような気持ちは持てていない。
「なら、彼としたいこととかあるの?」
「んー、ピンとこないなぁ」
イリナは眉間に皺を寄せて考えるが、『鍛錬』しか思い浮かばない。さすがのイリナでも、それを口にするタイミングではないことを理解していた。
「そうだわ、『鍛錬』以外で、誰かと何かをして面白かったことは何?」
ルイーズがニヤリとして、イリナを見た。『鍛錬』という言葉をイリナが思い浮かべたこもを言い当てられて、イリナは冷や汗をかいて、苦笑いした。
イリナはルイーズの言葉を真剣に考えた。今まで楽しいと思えたことは、『生徒会で生徒のみんなが喜んでくれる企画を考えたこと』『王宮での勉強会で王国の未来について一緒に考えたこと』
イリナは恥ずかしがらずに、ルイーズにそのまま伝えた。
「あー、わかったわ。あなたは、一緒に作りあげたいのね。あなたの意見に賛同するか、彼の意見に賛同するか、それはともかく、一緒に考えて一緒に行動したいのだわ」
「ルイーズ!そう!それよ!彼は私に与えるばかりで、考えさせてくれないの」
「なるほどね。でも、あなたのレベルで一緒に考えられる人なんて、なかなかいないわよ」
イリナは、エルネスティを、それからヘンリッキを思い出した。思い出した自分に顔を赤くする。
「あら?そんな人がいるの?そうよね、その勉強会や生徒会にはいたはずだわ」
ルイーズの指摘にイリナはとても慌てた。先程浮かんだ顔をまた思い出しては打ち消し、顔を赤くしたり白くしたり忙しくしていた。
「か、彼らは違うわ。一人は好きあっている恋人のような女性がいる方だし、一人は気のおけない仲間のような相手だわ」
「ふぅん、そうなのぉ」
ルイーズは『好きあっている恋人のような女性がいる方』に、イリナは恋をしたことがあるのだな、と感じた。まさか、今でも……
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数日後、イリナは公爵令息に、丁寧にお断りをして、謝罪した。
「そうか、残念だが、これは仕方がないことだ。気にせずに、会ったときには、話をしてほしい」
とても、紳士な彼であった。
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