7 騎士ガールの門出
卒業式の翌日、生徒会室では、入学式の話し合いが少しだけ行われた。その翌日からは春休みで、2日後、オイビィとアルットゥの帰国とともに、イリナとカールロも留学するのだ。
みんなが立ち上がり、学園から帰宅の準備をして廊下へ出る。
「イリナ嬢、少し話をしたいのだが」
エルネスティがイリナに声をかけた。
「はい」
イリナの返事を確認したヘンリッキは、ドアを開け放ったまま、帰っていった。先日のようにソファーへ座る。
「留学の支度は済んでいるのか?」
「はい。大したものは持っていきませんので。足りないものはあちらで揃えます」
イリナはキビキビと答える。まるで軍隊の見送り話のようだとエルネスティは寂しく感じた。
「そうか。体調に気を付けてな」
「はい」
イリナが腰を浮かせた。エルネスティは慌てて引き止めた。
「あ、いや、そうではないのだ」
「はい?」
イリナはエルネスティの様子を確認した。エルネスティはまだ話があるようだ。イリナは、ソファーに座り直した。
「イリナ嬢は、帰ってくるころには、更に武術に磨きをかけているのだろうな」
エルネスティは、両手を握ったまま、テーブルを見ている。いや、恐らく何も見ていない。イリナのいなくなった未来の学園を頭の中で見ているのだろう。
「そのつもりでおります」
そんなことも知らないイリナは、武術に磨きをかけている未来の自分を頭に描き、気合を入れていた。
「だがな、どんなに強くなろうとも、何があろうとも、この国に帰ってきてほしいのだ」
イリナは夢に満ちた話かと思っていたが、エルネスティの雰囲気の違いに気がついた。
「殿下…」
「私は、君に武術で勝つよりも、将来の国王として、君の役に立つ者になろうと思っている」
「はい」
イリナはしっかりと受け止めるように返事をした。
「だから、私はこの国で君を待っている。必ず帰ってきてほしい」
「はい!必ず帰ってきて、王立騎士団の成長に役に立ちたいと思います!」
イリナはしっかりと受け止め、軍人のようにキビキビと返事をした。
エルネスティ王子が、目を見開いて、その後、ガックリと下を向いた。
しばらくして、復活したエルネスティに馬車寄せまで送ってくれた。エルネスティが右手を出すと、イリナもそれに応えて、二人は固く握手をした。
『未来を託されたのだわ!』
イリナはそう考えながら、帰宅した。
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卒業式から2日後、王城門から出発することになっていた一行である。オイビィは泣き腫らしたという目をして外にいる見送る人々を見つめている。イリナは、至って平常心で手を降っている。クリスタは、満面の笑みで一行を見送るようだ。
「クリスタ嬢、貴女は泣かれないのですか?」
ヨエルがそっとクリスタに聞いてみる。
「わたくしは、カールロ様にわたくしの笑顔を忘れないでいただきたいのです。カールロ様は、騎士です。何かを守るために動くお方ですわ。それなら、カールロ様を待つわたくしは、笑顔でお出迎えをすることが、安らげる家というものですわ。カールロ様が、外でも家でも守る側では大変すぎるではありませんか」
クリスタは、笑顔で手を振りながらヨエルにだけ聞こえる声で話をしている。
「クリスタ嬢って、大人なんですね。僕、ちょっと尊敬しました。何だか、誤解しててすみません」
びっくりしたヨエルは、クリスタに顔を向けて少し仰け反った。
「ヨエル様、この笑顔を解いていい時になりましたら、ゆっくりお話いたしましょうね」
ヨエルは、ブルッと震えた。
いつまでも別れを惜しんではいられない。一行の馬車が動き出した。王族を除く面々が頭を下げて、隣国の王族をお見送りした。
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馬車の中では、テルヴァハリユ王国での思い出や、ゲルドヴァスティ王国での習慣について、話をした。
夜の宿屋では、イリナとオイビィが同室であった。
「ふふ、わたくし、女性と長旅は初めてですの。お母様とも、長旅はしたことがございませんのよ。いつもは、アルットゥと同室で、つまらなかったのです。イリナ様と同室なんて、それだけでワクワクしますわ」
テーブルでお茶をしながら、オイビィはずっとニコニコしている。
「ハハハ、喜んで貰えて何よりです。私は家族と領地へ行くこと以外で長旅は初めてなので、まだ少し緊張していますよ」
確かにイリナはまだ笑顔がぎこちない。
「まあ、そうは見えないですわね」
笑顔はぎこちないが、動きはいつものように機敏なイリナに、オイビィは感心していた。オイビィが緊張しているときには、震えて何もできなくなってしまうからだ。
「オイビィ王女殿下は、テルヴァハリユ王国に留学に来るときに緊張は、しませんでしたか?」
イリナは、留学の先輩であるオイビィに教えを乞う。オイビィは、少し嬉しくなった。そして、わがままを通すチャンスと思った。
「イリナ様、二人のときに、王女殿下はお止めいただけると嬉しいわ」
オイビィが可愛らしく、小首を傾げてイリナにおねだりをした。
「クスッ、では、オイビィ様、で」
「それで、お願いしますわね。
こちらに来る時ですわよね。もちろん、緊張はしましたわよ。でも、アルットゥが馬車の中でも、部屋の中でも騒がしくって、考える暇などありませんでしたわ。
ほら、今日のご様子で、なんとなく、わかりますでしょう?」
確かに、馬車内では、7割方アルットゥが喋っていた。
「フハハ、なるほど、わかります」
「明日のカールロ様が、心配なほどですわ」
つまり、アルットゥは、部屋に入ってからも話し続けるだろうと予想をしているようだ。実はイリナは、今日のアルットゥに驚いていたのだ。普段、アルットゥといても、あんなにはしゃべる人ではなかったはずだ。
「カールロなら大丈夫ですよ。きっとうまく対応します」
イリナは、おしゃべりアルットゥは、オイビィ専用ではないかと思っていた。
「そうですわね。はあ、まだ1日もたっていないのに、もう会いたくなってしまいますわ」
『エルネスティ王子のことね。出立時のオイビィ様はそれはそれはお可哀そうでしたもの』
イリナは、そう考えて、返事をする。
「きっと、あちらもそう思っていらっしゃいますよ。戻られたら、手紙のやり取りをなさるのでしょう?」
「ええ、それは、お約束してくださいましたわ。わたくし、あの方に教えていただいたことをしっかりと学園に伝えていきたいと思っておりますのよ」
それから、オイビィが学園でやりたいことなどを話したら、あっという間に、就寝時間であった。
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「アルットゥ、先に湯浴みいいぞ」
カールロは、誰に言われたわけでもないが、すでにアルットゥを呼び捨てだ。これがカールロのいいところの1つだ。
「わかった。カールロ、寝るなよ」
「わかったよ。じゃあ、早くしてくれよ」
まるで、昔からの友達のようだ。
湯浴みから上がった二人に、果実水を出して、メイドは下っていった。
「それにしても、アルットゥは、よくしゃべるなぁ。話題の多さに関心するよ」
カールロも、馬車内のアルットゥが今までカールロが描いていたアルットゥとは違っていたことにびっくりしていたのだ。
「オイビィのためさ。あいつは、基本的に寂しがりなんだ。今回もテルヴァハリユ王国に気残りがあり過ぎるくらいだろ?」
王子らしくなく水を一気に飲んで、グラスをテーブルに置いた。
「まあ、そうだな。今日も朝は随分泣き腫らした顔をしていたな」
カールロは、自分の婚約者クリスタとの違いに、微笑した。
「ゲルドヴァスティ王国を出るときもそうだったんだよ。だから、オイビィにそれを考えさせる暇を与えないために、話をし続けるのさ」
カールロは、考えがあっておしゃべりアルットゥに変身していたことに、感嘆した。
「へぇ、アルットゥって、いいヤツなんだな」
「それ、今更かよ」
アルットゥが、眉を寄せた。その顔で二人は大笑いした。
「それより、クリスタさん、いい笑顔だったな」
アルットゥも、クリスタのことは気にしてくれていたようだ。
「ん、まぁ」
本当は昨日、クリスタには、朝から散々泣かれたのだ。だが、夕方になると立ち直った。
『明日は笑顔で見送りますわ。わたくしの笑顔をみくびらないでくださいませね。カールロ様が、早く戻って来なくてはならないって、思うような笑顔をお見せいたしますわ。』
クリスタは、ガッツポーズで帰っていったのだ。本当に頼もしい婚約者である。
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カールロとクリスタは、小さな頃からの婚約者なので、『親の決めた婚約者だ』とよく誤解される。本人たちも面倒くさいので、イチイチ否定もしない。
だが、本当は、初恋同士なのだ。
二人がまだ6歳の頃、王宮でエルネスティの誕生会が開かれた。そこには、エルネスティと1つ2つしか歳のかわらない、伯爵以上の令息令嬢が、母親やメイド、執事という保護者を伴い、集められた。キレイなドレスやタキシードを着た可愛らしい子どもたちの集いだ。カールロは、早速天真爛漫さを発揮し、人気者になっていた。
そこに、母親のスカートに隠れて、出てこない女の子がいた。カールロは、ふと気になって、様子を見に行った。
「君はお菓子を食べにいかないの?」
スカートの向こうにいるはずの女の子に声をかける。
「あらまぁ、お誘いくださって、ありがとうございます。ほら、クリスタ、いってらっしゃいな」
クリスタは、母親のスカートの影から、小さなお顔だけをヒョコっと出した。それがあまりにも可愛らしくて、カールロは、妖精が隠れているのかと思ったほどだ。
「僕の剣は、王様にあげなくちゃいけないんだ。でも、僕は君といたいな。何をあげれば、君といられるんだろう?」
カールロは、少し困った顔で一生懸命に考えていた。本人の意識なく、大胆告白をしたのだ。
「まあ、まあ、まあ」
それを聞いて、興奮しているのは、大人たちである。クリスタは、この頃から恥ずかしがり屋ではあるが、おませさんだったので、カールロが言う意味が、まるでプロポーズであるかのようだと、理解した。なので、真っ赤になって、再び、母親のスカートに隠れてしまった。
「あれ?妖精さん、僕は妖精さんとお菓子を食べに行きたいんだけど」
カールロは、夫人の向こうにいる妖精を誘おうと、体を斜めにして覗き込む。
「まあ!まあ!まあ!」
大興奮の大人たちだ。クリスタの母親だけでなく、まわりにいた女性たちも大興奮だった。
クリスタがまたひょっこりと顔を出す。
「妖精さんって、わたくしのことなの?」
クリスタが顔を出すと、カールロは、パァッと笑顔になった。
「そうだよ。君みたいに可愛らしい妖精さんを見たのは初めてだよ。僕と一緒に遊んでくれる?」
カールロの笑顔に嬉しくなったクリスタは、やっと夫人のスカートの影から出てきた。
「いいわ。わたし、お水がたくさん出るお池に行きたいわ。その後、ケーキも食べたいわ」
「あ、そこなら、僕が場所を知っているよ。妖精さん、一緒に行こう!」
カールロが手を差し伸べるとクリスタは素直にその手を繋ぎ、二人で噴水広場に行った。
興奮した大人たちの中に、王妃殿下がいて、早速、両家の顔合わせが行われることとなった。
それは、カールロのコルトーラ侯爵家で行われた。これには、『騎士の鍛錬を見て怖がるようでは、嫁にはできぬ』というコルトーラ侯爵の近衛騎士団長としての思惑があった。
コルトーラ侯爵は、その日わざとカールロが汚れ、打ちのめされる姿を、クリスタに見せた。
「よし、今日の鍛錬は、ここまでだ」
「はい、父上。ありがとうございました」
カールロが、きちんと父親であるコルトーラ侯爵に頭を下げて、コルトーラ侯爵が立ち去るのを待つ。コルトーラ侯爵は、カールロの脇を抜け、屋敷の影にいたクリスタの脇を抜けて屋敷へ戻った。すると、クリスタがカールロにかけ寄る。
「カールロ様は、騎士様だったのですね。本当にクリスタの夢の人みたい。
カールロ様なら、きっと強い騎士様になりますわ」
クリスタは、真っ白なハンカチが汚れることも気にせずカールロの口元を拭い、カールロにハンカチを預け、可愛らしいドレスが汚れることも気にせず、カールロのお尻のホコリをはたいた。
この時のハンカチは、実はいまだに、カールロの宝物である。
この日、カールロとクリスタは、婚約者となった。
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そして、カールロは、今日のクリスタの笑顔を見て、自分の帰る場所がどこであるかをきっちりと確認した。
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