2 騎士ガールの友人
クリスタがお茶を淹れて、イリナの前に置いた。自分の分も置いて、イリナの隣に座る。大きい声でできない話もあるので、隣が丁度いい。
「そういえば、最近、エルネスティ王子殿下とオイビィ王女殿下、近すぎではありませんこと?」
最近ご令嬢の間で、よく見かける二人だと話題になっている。クリスタとしては、あまり興味はないのだが、そのことについて、オイビィの護衛であるイリナはどう思っているのかは、気になる。
「そうかな?選択科目の関係でしょ?」
優雅な仕草でお茶を飲むイリナは、逆に全く気にしていない様子だ。イリナは、格好は確かに騎士であるが、仕草は大変優雅で、女性でも見惚れてしまうほどだ。
エルネスティとオイビィのことを全く気にしていない様子のイリナに、クリスタは、ため息をつく。
「ふぅ。まぁ、そうかもしれませんけど、ねぇ。確かに脳筋のカールロ様とオイビィ王女殿下は、あまり二人でいるところは見たことありませんわね」
クリスタは、もう一度、エルネスティの様子を想像してみて、にっこりと笑った。そして、優雅にお茶を飲む。
二人が毎週この時間このテーブルでお茶をすることは、近頃学園内で有名になりつつあり、イリナファンとクリスタファンが遠くからチラチラと見ていたりする。
「自分の婚約者を脳筋だなんて」
イリナは少し呆れて眉を寄せた。長い足をテーブルの下で組み、人差し指をその眉根に当てる。
「近衛になられるのですよ。なので、それでいいのですわ。それが彼の魅力なんですもの。ふふ」
クリスタは手を口元に当てて、にっこりとした。クリスタがカールロを想像しているときの笑顔は、慈愛に満ちている。その女神のような笑顔に遠くで悲鳴が聞こえた。まあ、そんなことは、イリナもクリスタも気にはしない。
「あなたの好みならいいけど」
その笑顔を見たイリナは、苦笑いするしかない。そう言いながらも、カールロが優秀であることは、二人ともわかっているのだから、イリナがクリスタの惚気話に付き合っているにすぎないのだ。
「イリナこそ、最近、エルネスティ王子殿下とはどうなっていらっしゃるの?」
クリスタの顔付きが変わる。クリスタがイリナをある意味とても心配しているということなのだが、イリナには、伝わっていないようだ。
「どうなってるもなにも、最初からどうもなってないわよ」
イリナは何を言われているのか理解できず、困った顔をしていた。
「あらあら、まだそんなことをおっしゃってらっしゃるの?のんびりなさっていると王女様にさらわれてしまいましてよ」
クリスタは、少し意地悪な視線をイリナへ送る。
「時々、あなたの言っていることがわからないときがあるのよね」
イリナは顎に指を触れて考えていた。その憂いを帯びた表情に遠くで悲鳴があがる。
「そのうち、わかりますわ。ところで、アルットゥ王子殿下は、どうですの?」
クリスタがカップに手を伸ばした。香りを楽しんでから、琥珀色の液体を口に運ぶ。本格的に入れた紅茶は香り高くとてもおいしい。
今日の紅茶は、クリスタがいれた。心の中で自画自賛していた。
「どうって?すごい人だよ。学ぶことに貪欲だね。生徒会でも、いろいろと質問してくるの。あちらの学園で、すぐにでも生徒会を立ち上げたいらしいわ」
生真面目なイリナの答えは、まるで報告書のようだ。イリナの感情が入っていない。
「ふふふ、そういう意味では、ないのですけれど、そういうところがイリナらしいですわね」
クリスタは、クスクスと笑っていた。
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イリナとカールロは、文化祭のため、自警団を構成している。武術を選択している生徒に声をかけ、ボランティアでやっているのだ。腕には、共通の腕章をつけている。
このボランティア自警団は、去年、イリナとカールロが立ち上げたものだ。生徒会の企画において、警備が必要になった場合に集まることになっている。共通の腕章というのが、功を奏していて、ボランティアにも関わらず、協力してくれる男子生徒には、事欠かない。
なぜなら、この腕章をつけて、三人組で歩いていると、それだけで、黄色い声がかかるからだ。恋愛結婚が多く、婚約者のいる者が少ないこの国の貴族にとって、学園でモテることは、将来のためにも必要である。
そして、この腕章をきっかけに、恋人を得た者も、去年実際にいたのだ。
そういうこともあり、イリナとカールロが卒業した後にでも、この自警団は引き継がれ、生徒会の企画の滞りない運営に一役かっている。そして、数年後には、腕章のおかげで結婚したカップルも生まれるのだ。
それは、さておき、
二日に渡る文化祭なので、一日目のリーダーをイリナ、二日目のリーダーをカールロとし、団員たちは、一日交代で楽しめることになっている。
とはいえ、入口などの大切なところは、騎士団から騎士を派遣してもらっているので、自警団の役目は警邏である。
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文化祭の1日目。
予定通り、イリナは二人の団員とともに、生徒や保護者、来客に注意を払いながら巡回していた。
ふとイリナが視線を送った先には、エルネスティにエスコートされて文化祭を楽しむオイビィがいた。今日は本物の近衛が二人をお守りしているので、イリナの出番はない。イリナは、何かひっかかりを感じるが、それが何かはよくわからない。
そこで立ち止まっているわけにもいかず、イリナが歩き出す。二人の団員も特に気にする様子もなく、イリナの後ろに付きながら、周りを見ながら歩みを進める。そこへ、アルットゥが駆け寄ってきた。
「イリナ嬢、自警団の見回りですよね。私もご一緒させてください」
イリナは、アルットゥの周りをキョロキョロと見回すが、どうやら近くに近衛は見当たらない。
「アルットゥ王子殿下、護衛なしですか?」
「ええ、まあ。イリナ嬢と自警団の方々といれば、問題ないでしょう?私が一緒でも、大丈夫ですか?」
「はぁ?それは構いませんが、あまり楽しめないかもしれませんよ?」
「構いません。では、行きましょう」
アルットゥは、有無を言わせぬという雰囲気で、話を進め、歩き出した。3人はアルットゥを放っておくわけにもいかないので、小走りでアルットゥに追いつく。こうして、4人で、警邏を再開した。
「アルットゥ王子殿下、ご要望でしたら、お迎えにあがりましたのに。お一人で私を探しておられたのですか?」
歩きながら、イリナはやはりアルットゥの警備のなさが気になっていた。
「ハハハ、入場が厳重ですし、私も木剣を帯同していますので、問題ないですよ」
アルットゥは何でもないことのように言うが、剣にかなりの自信があるようだ。ベルトにかけられている木剣は、使い込んでいることがよくわかる。
アルットゥが話題を変えた。
「自警団は、ボランティアですよね。人数の確保は大丈夫なのですか?」
アルットゥにとって、自警団も生徒の自主性の象徴なので、とつも興味を持っていた。イリナには生徒会室で質問できるが、イリナやカールロでない意見を聞くには、とても良い機会である。
「僕たちは、イリナ嬢と同じ剣術の特別ランクにいます。学園の安全を守るために、何かできるなら、お安いものですよ」
男子生徒が、下心を隠して笑顔で答えた。もし、イリナの組以外の組に質問していたら、下心が聞けたかもしれない。イリナはもちろん、婚約者のいるカールロも、男子生徒たちの下心は、知らないのだ。
下心があっても、学園を守る気持ちがないわけではないし、警邏をいい加減にやっているわけではないので、自警としての役割は充分に果たされている。
4人で、見回りながらも、生徒と交流したり、時には、展示物を見たりとそれなりに文化祭を楽しめた。
1日目の終了時間となり、学園に残るのは生徒のみとなった。自警団の本日の当番であった者たちが集まり、イリナの号令で解散した。
「イリナ嬢!」
アルットゥの声にイリナが振り向いて止まった。
「明日は自警団の当番じゃないですよね?今日、回れなかったところを明日一緒にまわりませんか?」
イリナは、留学生の接待ということも踏まえて、アルットゥのお誘いに快く頷いた。
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文化祭二日目。
朝からアルットゥと会場回りをしていたイリナは、アルットゥの何気ない気遣いや会話のお陰で、思いの外、楽しい文化祭であった。イリナの視界の隅に映る二人の姿さえなければ、だが。
イリナは、クリスタに言われてからというもの、エルネスティとオイビィが二人でいることに、ひっかかりを感じている。イリナも『護衛の都合のため、二人は一緒にいるのだ』とは聞いている。
『そうだわっ!クリスタに言われたから、気にして見るようにしているだけよ。クリスタには………何て報告すべきかしら?』
イリナは、思考の彼方で、素っ頓狂な結論を出した。
アルットゥがよく話しかけてくるので、イリナは思考の彼方にあまり行かずに済んでいた。
イリナとアルットゥは、学食へ向かった。今日は、ブュッフェ形式の昼食となっていて、学園の生徒でないお客様も、一定の料金で食べられることになっている。
「文化祭中のランチは毎年大人気だそうです。去年は、私も入れなくて。今年は来れて嬉しいです」
「それは楽しみだな。すでにいい香りがしていますね」
二人は混雑を予想して、かなり遅い時間に来たのだが、まだかなりの人だかりであった。
食堂室内の行列とは別のグループの中にオイビィがいた。オイビィが二人に気が付き、笑顔で手を振りながらこちらにきた。
「イリナ様、今からお食事ですの?アルットゥは、失礼なことをしておりませんか?」
笑顔でアルットゥへの失礼な質問をするオイビィに、イリナはクスクスと笑ってしまった。イリナは、この兄弟の仲の良さはよく知っている。
「オイビィ、勘弁してくれよ。真面目に見てまわってるよ」
アルットゥは本気の苦笑いだ。ただし、心配する妹に苦笑いなのか、イリナに恥ずかしいことを言われていることへの苦笑いなのかは、不明だ。
「ふふ、大丈夫です。ご一緒できて、楽しいですよ」
イリナは笑顔で答えた。本当に楽しんでいることには、間違いない。
「そうか、イリナ嬢も楽しんでいるなら良かった」
突然、後ろからの声に、イリナはびっくりして振り向いた。エルネスティが笑顔で立っていた。
『そうか、オイビィ王女が一人のわけはなかったわ。そう、これは警備上、当たり前の姿なのよ。だからって、なぜ後ろから?まさか、私達を驚かすため?』
イリナは思考の彼方でも、ひっかかりの意味を見つけられない。そのことが嫌で、なんとなく二人を避けていたのだ。
「オイビィも楽しそうで何よりだよ。エルネスティ王子殿下にワガママはしてないかい?」
アルットゥがお返しとばかりに、エルネスティに質問する。だが、目はとても優しい。妹姫がかわいいのだろう。
「ちょっと!アルットゥ!」
オイビィが、少しだけ口を尖らせた。
「オイビィ王女のワガママなど可愛らしいものですよ。フハハ」
エルネスティがオイビィのその顔を見て、笑っていた。イリナは3人の様子をまるで第三者のように見ていた。
『ワガママも可愛らしいか。オイビィ王女は、女の子って感じだものね。なら、私はどう見えているんだろう?』
またしてもイリナはひっかかりを感じていく。
エルネスティは、イリナが考え事をしている仕草をよく知っている。今、イリナが何を考えているかはわからないが、話にのってこないことには、気にしない。
「イリナ様、わたくし淑女部に入りましたのよ」
イリナのそんなくせを知らないオイビィは、イリナを現実へと引き戻す。イリナの視点がオイビィに、定まった。エルネスティは、誰にも気づかれないように『ふっ』と笑った。
「は、あ、そうだったのですね」
「淑女部は、今日は、『紅茶の飲み比べ』をしておりますの。お食事が終わりましたら、是非、いらして、ね?」
今日の淑女部は学食の一角を使って、文化祭に参加していた。そこにいたので、イリナとアルットゥを見つけたということらしい。
オイビィが、胸の前で手を合わせて、お願いポーズをして、小首を傾げた。
「そうですか。それなら、あまり多くは食べずに伺いますよ。楽しみにしていますね」
オイビィのあまりの可愛らしさに、イリナは笑顔で答えた。
「はい!それでは、また後で」
笑顔のオイビィとエルネスティが連れ立って去っていく。イリナは、その背中を見つめていた。ひっかかりを思考しようとしたが、ちょうど食事の順番になり、アルットゥに声をかけられた。
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