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1 ステキな騎士ガール

「イリナ・ハールシス侯爵令嬢、私と剣で勝負をして、私が勝ったら私の願いを聞いてもらう!」


 きっちりとした身なりをした男子生徒が、ご令嬢の前に躍り出た。そして腰に手を当てて胸を反った。


「王子殿下、もちろん、よろしいですわ。では、参りますよ」


 ご令嬢は、すぐさま木剣を抜いて構える。『参りますよ』と言いながらも、相手に合わせるため、構えたまま待っている。


 『王子殿下』と呼ばれた男子生徒が上段の構えから、走り出す。


カッキーーン


 すれ違いざまに、柄の少し手前を下から上に跳ね上げられて、男子生徒の木剣は、宙を舞う。膝から崩れ落ちる男子生徒。

「なぜ、こうも勝てぬのだ」


『実力です』誰も口にできない。


 なぜなら、この男子生徒は、本当に王子殿下なのだ。ここテルヴァハリユ王国のたった一人の王子殿下 エルネスティである。



「お前なぁ、少し手を抜くとか考えろよ」


 先程までイリナと一緒に歩いていて、この戦いのためにイリナの教科書を持たされていた宰相トフスカラ公爵のご令息ヘンリッキが呆れた顔を向けた。


「イリナさん、エルスに合わせる気ありますか?」


 こちらも一緒に歩いていた医務局大臣ライサネンド伯爵のご令息ヨエル。哀れな王子殿下をチラリと見た。


「それは、騎士を目指す私としては、無理というものよ。そもそも、女子である私に手を抜いてほしいなどと、王子殿下が思うはずがありません」


 イリナは腰のベルトに木剣をしまい直し、ヘンリッキから、教科書を受け取る。

 


「当たり前だ!ヘンリッキ!ヨエル!余計なことを言うな!

カールロ!鍛練へ参るぞ!」


 王子のくせに自分で木剣をちゃんと拾い上げるエルネスティは、近衛騎士団長コルトーラ侯爵のご令息カールロに声をかけて、走り出す。


「はっ!」

 

 カールロは、真面目な顔をしてついていった。


〰️ 〰️ 〰️


 時を遡ること、6年前、容姿端麗、文武両道、天才、と詠われるほど、テルヴァハリユ王国第一王子のエルネスティ王子殿下10歳は優秀であった。エルネスティは、剣の練習で、貴族の同年代では相手にならぬと騎士団員の子息が集まる鍛練場へと護衛を伴い訪れた。

 そこには、たった一人だけ、体の小さな子供が、倍ほど大きな青年と対等に打ち合いをしていた。

 その剣技の早さに魅了され、エルネスティは飽くことなく小一時間見学をしていた。そして、おもむろに踵を返すと、元の練習場へ戻り、護衛相手に鍛練を行った。


 その半年後、エルネスティは、その子供に勝負を挑むも、秒殺される。それからというもの、エルネスティはその子供と一緒に鍛練をつんだ。そして、半年に一度は、その子供に勝負を挑み、毎回秒殺されているのだ。その子供こそ、王立騎士団団長ハールシス侯爵のご長女イリナ・ハールシス侯爵令嬢であった。



〰️ 〰️ 〰️


 16歳になり、王立学園に入学した後でも、エルネスティがイリナに挑むことは続き、文頭の状態になる。


 この学園は、16歳~18歳の貴族たちはもちろん、金持ちまたは才能のある平民も通っている。王立学園の中でもレベルは上位である。この学園は、王都の東にあるのだが、西にも王立学園はあり、貴族は、どちらかの学園に通うことになっている。

 学園には、王都の屋敷からや、下宿所から通う者が多く、寮生は少ない。


 学習は、必須科目はもちろんあるが、入学前テストによって、同じ科目でもランクが分かれるものが多いし、入学後も月に一度、希望者には、飛びランクテストがあり、どんどん上にいける。その科目の特別ランクになれば、年に一度、レポートを出すだけでよくなる。そして、決められた単位数を取れば、いつでも卒業資格が得られるのだ。

 選択科目が半分ほどあるため、本人がやりたいこと、興味のあることを勉強できるようになっていて、かなり自由な学園だ。


〰️ 


 ヘンリッキとヨエルとイリナは、一緒に教室へと向かった。三人が向かっているのは、薬学の授業だ。

 エルネスティとカールロは、空き時間なのか、鍛錬場へ行ったようだ。


 イリナは、王立騎士団団長ハールシス侯爵のご長女であり、最近まで、兄弟は妹令嬢お一人で、イリナは王立騎士団を継ごうと鍛練していた。

 しかし、2年前、侯爵家に待望の男の子が産まれた。そのご長男がまだ幼いため、確定とまでは言えないが、予定としては、ご長男が跡取りであり、王立騎士団を継ぐと考えることが妥当であろう。そうなれば、イリナは…。


「お前、王立騎士団、継がないんだろ?もうそれ以上強くなる必要ないんじゃないのか?」


 幼い頃からの友人であるヘンリッキは、立場の変わってしまった友人が心配だ。


「今さら何もできないわ。団長になるだけが騎士ではないもの。一人の騎士として、王国を守る立場になれればなんでもいいの」


 イリナは、ヘンリッキの心配を余所に、すました顔で答えた。イリナにとって、『王国を守る立場』は幼い頃から目指していたもので、今では当たり前なことだ。


「その強くなりたいあなたがなぜ薬学なのです?」


 戦いや剣に全く興味のないヨエルには、イリナの行動は不思議が多い。それにしては、取る授業に被りが多いことも、ヨエルには不思議でならない。


「戦地では、薬が調達できるかわからないでしょ。野草で止血だけでもできれば命は助かるわ」


 イリナは、自分の教科書をパラパラとめくり、その部分を指で指し示した。

 戦闘での止血はともかく、野営で腹を壊し、野草で助かったという話はよく聞く。イリナはいつか、そういう知識を騎士全員に持たせたいと思っている。なので、まずは自分が薬学を知り、どれが騎士に必要かを検討しているのだ。


「なるほど。確かにこれは、調合でもよく使う薬草ですね。本当に戦争になってしまった時のことを考えているんですねぇ」


「そうね。近衛と違って、前線に立つことが多いから。戦時は野外であることが多いのよ」



 イリナの父親が団長を務める王立騎士団は、戦争になれば最前線に赴くことが仕事である。平穏時であっても、王都の警邏や王都防衛壁の衛兵など、常に表に出る担当をしている。


 カールロの父親が団長を務める近衛騎士団は、王家を護ることが仕事である。平穏時の王城の警邏、城壁の衛兵などだ。暗部なども秘密裏ではあるが、こちらに含まれる。


 遠い昔は、王立騎士団と近衛騎士団が対立していた時もあったが、今では、お互いに仕事の違いを理解しているし、お互いの力も認めあっているので、良い関係を築けている。

 かくいう、イリナとカールロも幼い頃から、お互いに切磋琢磨していて、何万回も剣を交えている仲である。


 学園に入ってからも、イリナやカールロが訓練に勤しむことはかわらない。とはいえ、授業の分、訓練が減ったと感じている二人は、毎日、朝練はもちろん、昼休みも昼食もそこそこに練習場へと足を運ぶのだ。


 二人の実力は、かなりのもので、入学時に二人に勝ったのは、三年生に数名いるだけであった。


 かといって、二人とも、勉学を疎かにしているわけではない。家庭教師で勉強してきたし、3年前からは、王宮で勉強していた。

 これは、エルネスティ、ヘンリッキ、ヨエルにも言えることで、5人は大変優秀なのである。


〰️ 〰️ 〰️


 イリナたちは2年生になった。入学式を終えると、三年生の生徒会役員の指名で、次代の生徒会役員が選ばれる。5人は当然のように生徒会役員に選ばれた。

 そして、5月の末には、イベントを成功させていた。


 そして、9月、隣国ゲルドヴァスティ王国の双子の王子王女が留学してきて、2年生に編入してきた。


「オイビィ王女殿下の学園での護衛を頼みたい」


 コルトーラ近衛騎士団長からの直々の依頼に、イリナは快諾した。


 イリナは毎朝、朝練の後、学園の玄関前でオイビィを待つ。オイビィとアルットゥは一緒に登校してくるので、自然と朝は三人でいることが多くなった。


「イリナ様は、いつもそのような服装でいらっしゃるの?」


 この学園は、私服だ。ただし、学園内では、女子はスカートの膨らみの少ないドレスまたはワンピースが推奨されており、男子はクラバットではなくクロスタイまたはネクタイまたは詰め襟が推奨されている。制服にすると高額になりすぎ、貧乏男爵でさえも通えないということになりかねない。ましてや平民も通う学校である。


 イリナは、詰め襟タイプの軍服を改造したもので、長めの上着にサイドに大きくスリットが入っており、同色の細身のパンツをはいている。


「そうですね。選択科目も剣術や棒術など体を動かすものが多いですし、時間外でも鍛練に行くことが多いので」


 自分の姿をよく見てから答えるイリナの真面目さがわかる。


「女性騎士ですね。ステキです。我が国にも多くの女性騎士が活躍していますよ。イリナ嬢は、おいくつから武術を嗜んでいるのですか?」


 アルットゥは、女性を褒めなれている雰囲気だ。あまりに自然に『ステキです』と言われ、イリナは聞き流してしまっていた。


「まだまだ騎士と呼べるようなものではありません。父に剣を持たされたのは3歳だと母から聞いております」


 まるで軍隊のような質疑応答であるが、イリナの姿からは違和感を感じない。


「まあ、すごい!頼りにしてますわ」


 オイビィは、手を合わせて喜んでいた。


「オイビィも安心だね」


 アルットゥがオイビィに笑顔を向ける。


 とはいえ、選択科目の都合で、イリナとオイビィがいつでも一緒にいられるわけではなく、オイビィはエルネスティとともにいることが多かったし、アルットゥはヘンリッキやヨエルとともにいることが多かった。

 イリナとカールロは、昼休みも昼食をサンドイッチ程度にして鍛練へ行く。なので、エルネスティ、ヘンリッキ、ヨエル、アルットゥ、オイビィで昼食をしていることが多い。


〰️ 


 放課後、アルットゥとオイビィは生徒会の見学という名前のお手伝いに来る。

 現在、文化祭にむけて、生徒会は大忙しだ。


 この学園には、クラスという概念がない。


 その代わり、文化部への所属が義務付けられており、授業にも、文化部の時間というものがある。三年間同じ文化部でもいいし、毎年変えてもいい。


  美術部、演劇部、音楽部、天文部、図書部、淑女部、ガードゲーム部、ボードゲーム部、園芸部、語学部、地理部、演算部、歴史部、装飾研究部、経済研究部


 文化部の時間の他、自由参加で放課後に活動することも許されている。この文化部が展示なり、発表なりするのがこの学園の文化祭である。なので、大変大規模で、大変盛り上がる企画であるのだ。


 文化祭は、2日に渡って行うし、保護者や町の有力者など、招待客も大勢くるし、飛び入り見学でも、入口でのボディチェックなどをクリアすれば見学は可能だ。


 それほど大々的な行事なので、生徒会は忙しくなる。

 アルットゥとオイビィは、手伝ってくれながら、生徒会運営に対する質問などをしてくる。

 二人の母国ゲルドヴァスティ王国の学園は、学園主体であり、生徒の自主性はあまりない。アルットゥもオイビィも、生徒が企画する文化祭にとても興味を持っているようだ。


〰️ 〰️ 〰️


 ある日の学園の学食テラス席。

 イリナと美しい女子生徒が二人でお茶を楽しんでいた。彼女は、クリスタ・レフィトサーリ伯爵令嬢である。

 クリスタは、カールロの幼い頃からの婚約者だ。その繋がりで、イリナとも仲がいい。

 イリナとクリスタは、1年の時から、選択科目の都合を合わせて、毎週二人きりのお茶会を、学生食堂ですることにしていた。 

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